NIDSコメンタリー 第321号 2024年5月21日 米韓同盟における韓国のジレンマ ―文在寅と尹錫悦政権に関する考察―

地域研究部アジア・アフリカ研究室
浅見 明咲

はじめに

昨年(2023年)4月、韓国と米国は、首脳会談の結果として「ワシントン宣言(Washington Declaration)」を発表した。この1年、米韓同盟は「ワシントン宣言」に基づき、安全保障に関する多層的かつ広域での協力強化を行い、かつてないほどにその結びつきを強めている。同盟結成より70年の歴史の中で、米韓は常に様々な困難を乗り越えながら、同盟関係を維持および発展させてきた。それは米韓による同盟のジレンマを解消していく過程でもあった。例えば、1965年、韓国軍がベトナム戦争への派兵を決定したことは、韓国が、米国主導の戦争に「巻き込まれ」た一方で、在韓米軍の駐留継続と軍事支援を得るための行動であり、米国に「見捨てられ」るという韓国側の懸念が作用していた1。韓国が抱く「見捨てられ」の不安は、1969年のニクソン・ドクトリンによってさらに助長された。ニクソン・ドクトリンは、アジアにおける米駐留軍の縮小を主張し、在韓米軍もその対象となった。同時期に発生した北朝鮮の軍事的挑発に対し、米国側が消極的な態度をみせたことにも、韓国側は不満を募らせていく。ヴィクターD・チャ(Victor D. Cha)は、このような状況で、韓国が「見捨てられ」の不安解消のために、日本との安保協力を模索していく「疑似同盟(quasi-alliance)」理論を提唱した2。一方で、倉田秀也は、韓国が、「見捨てられ」の懸念を解消するために、日本との安保協力以外にも、「自主国防論」を唱え、南北対話や多国間関係の形成を試みた側面にも注目すべきと主張した3。このように、米韓同盟におけるジレンマは、常に米韓関係の課題でもあり、研究対象としても様々な議論がなされてきた。

本稿の目的は、韓国が抱える同盟のジレンマについて、各政権がどのように対処し、その解消を試みてきたのかについて考察するものである。本稿では、文在寅政権と尹錫悦政権の2つを分析対象とし、米国との脅威認識や北朝鮮との関係を交えながら、各政権が、同盟のジレンマにどのように向き合っていたのかを明らかにする。

理論的枠組の整理

米韓同盟における韓国のジレンマについて考察する前に、同盟のジレンマに関する理論的枠組みを整理する。まず、同盟が抱える3つの主なジレンマとして、①「自立と依存」、②「捨てられる恐怖と巻き込まれる恐怖」、③「同盟が想定する敵対国とのセキュリティ・ディレンマ(敵国とのジレンマ)」が挙げられる4。①「自立と依存」とは、同盟に依存することなく、自前の軍備を整える「自立」と、経済的コストを抑えつつ不足分を同盟によって補おうとする「依存」の間でのジレンマを意味する。このジレンマは、対称同盟(symmetric alliance)が、安全保障と安全保障の交換を行う際の説明として成り立つといえるが、非対称同盟(asymmetric alliance)に関しては補完的説明が必要であろう5。ここで、ジェームズD .モロー(James D. Morrow)が提唱した「自律性-安全保障の交換(Autonomy-Security Trade-off)モデル6」を用いることとする。モローは、同盟関係において、安全保障(autonomy)と自律性(security)が交換関係にあることで、バランスが保たれているとしている。本稿では、米韓同盟という非対称同盟を考察の対象とするため、「自立と依存」のジレンマではなく、「自律性―安全保障」のジレンマを1つ目のジレンマとして定義する。

2つ目は、「見捨てられる恐怖(fear of abandonment)」と「巻き込まれの恐怖(fear of entrapment)」によるジレンマである。「見捨てられ」は、一方の同盟国が、敵国側と手を組む、同盟国間の約定を破棄する、支援が求められる危機において必要な支援を怠るというような相手からのコミットメントが得られない場合に、もう一方の同盟国が感じる恐怖を指す7。「見捨てられ」のリスクを減らすには、同盟国に対するコミットメントの強化が必要になる。反対に、「巻き込まれ」は、一方が望まない不用意な紛争に、もう一方が巻き込まれることであり、相手国への依存度やコミットメントが強い場合には、より「巻き込まれ」の可能性が高くなる8。したがって、同盟関係において、各国は、「見捨てられ」と「巻き込まれ」の恐怖の間で均衡を保つ努力が必要になる。土山實男は、「二国間同盟、しかも非対称的な同盟では、同盟のディレンマが同盟政策を左右する大きな要因となる9」と指摘している。つまり、米韓同盟は、「見捨てられ」と「巻き込まれ」のジレンマに陥りやすいということであり、同盟のジレンマを考察するうえで重要な理論である。

3つ目は、「敵国とのジレンマ(adversary dilemma)」である。グレン・スナイダー(Glenn H. Snyder)によれば、敵国とのジレンマは、同盟間のジレンマと相互補完的な関係にあるとして、同盟国間の政策または戦略が、敵対国にどのような影響を及ぼすのかを検証した10。例えば、同盟国側がお互いに協力を強め、敵対国に対して強硬な姿勢を示した場合、敵対国を抑止することができる反面、敵対国を必要以上に刺激し、不安定のスパイラルに陥る可能性がある。反対に、同盟国側が互いに支援を弱めたり保留したりする一方で、敵対国とは和解や調停を行う姿勢を見せた場合、敵対国との緊張は弱まるが、敵対国が強硬な姿勢を取り始めるという逆効果を生む可能性があると指摘している。したがって、同盟国側としては、同盟の目的である脅威への対抗を達成するために、敵対国に対し強硬と融和のどちらを選ぶべきか、選択を迫られるのである。「敵国とのジレンマ」は、敵対国とのジレンマだけでなく、同盟国間のジレンマが先行しているという部分にも留意する必要があろう。

以上3つのジレンマは、米韓同盟における韓国のジレンマを検証するに重要な指標である。それぞれのジレンマは独立したものではなく、互いに作用しあっている。土山は、「実際の同盟政策は、それぞれのディレンマがもつ不安を他の不安で相殺して、それらの不安の均衡の上に成り立っている11」としている。では、米韓同盟もジレンマによる不安を他の不安で相殺しているといえるのか。それは、政権の政治的思考や敵国側の行動に影響を受けることはないのか。本稿は、これら3つのジレンマを用いて、韓国における進歩派の文在寅政権と保守派の尹錫悦政権が、どのようなジレンマに直面し、他のジレンマによってその不安を打ち消そうとしたのかについて考察を行う。

文在寅政権 ―米国との脅威認識の差とジレンマの不均衡―

文在寅政権における米韓関係は、韓国の対北政策の影響を大きく受けていたといえる。北朝鮮に対して融和的な政策を展開し、「責任国防」を掲げていた文政権の誕生は、同盟国間のジレンマを引き起こす要因となった。その例として、戦時作戦統制権(以下、作戦統制権)の移管問題や「3不(3NO)」政策などが挙げられる。これらは、韓国側の「自律性―安全保障の交換」モデルで説明されるようなジレンマを惹起する要素となったとみえる。

まず、作戦統制権の移管問題と同盟のジレンマについて考える。韓国の作戦統制権は、米韓連合司令部(CFC: Combined Forces Command)司令官が有している。有事の際は、CFC司令官に作戦統制権が移譲され、司令部隷下に、陸海空等の構成軍が置かれることになる。文大統領は、就任当初から作戦統制権の移管に積極的な姿勢をみせていた。文大統領が就任から間もなく発表した「国防改革2.0」では、「戦時作戦統制権の転換(移管)のための必須能力を早期に確保し、我が軍が主導する指揮構造に改編を主導すること」を重要課題のひとつとした11。米韓による合同演習では、将来の連合司令部(F-CFC: Future Combined Forces Command)12創設に向けた3段階連合検証評価13を実施しながら、移管に向けた作業を進めていた14。しかし、移管に向けた検証作業は順調ではなかった。南北会談や米朝会談の影響で、米韓の大規模合同軍事演習が廃止され、新型コロナウイルスによって、訓練の規模が縮小されたのである。2021年の第53回米韓安保協議会議(SCM: Security Consultative Meeting)において、米韓は、3段階検証の2段階目であるFOC検証を2022年に行うことで一致した。2022年5月に任期満了を控えていた文大統領は、自身の退任までに、少なくともFOC検証まで終わらせたいと考えていたが、結局のところ、それが実現することはなかった15

ここで、作戦統制権の移管と自律性について留意する点を述べておきたい。文大統領は、「責任国防」の一環として作戦統制権の移管に注力していた。つまり、作戦統制権を韓国側が保有することによって、有事における自律性の確保に努めたのである。しかし、移管後のF-CFC司令官である韓国陸軍大将が、米国側との合意なしに作戦統制権を行使できるわけではない。また、現システムでは、司令官の隷下に置かれる各構成軍では、米軍側が司令官を担っている軍種や部隊があるため16、移管後の構成軍司令官の体制によって、韓国側の自律性のレベルも影響を受ける。加えて、CFC司令官は、在韓米軍司令官と国連軍司令官を兼任している。そのため、例えば、半島有事の際、国連軍が構成され、周辺国が部隊を派遣した場合、その指揮は国連軍司令官である米国側が行うことになる17。したがって、韓国に作戦統制権が移管されたとしても、有事における韓国の自律性は限定的である可能性は高い。

次に、「3不」政策と同盟のジレンマについて考える。いわゆる「3不」政策とは、韓国が、①米国のミサイル防衛への参加しない、②THAADの追加配備を行わない、③日米韓を軍事同盟にしない、という3つのNOを示したものである。2016年7月、韓国国防部は、米韓間協議の結果、THAAD(Terminal High Altitude Area Defense missile)の国内配備(星州地域)を決定した18。国防部は、配備決定の理由として、「北韓の核・WMDおよび弾道ミサイル脅威から大韓民国と我が国民の安全を保障し、韓米同盟の軍事力を保護するための防護的措置19」のためであるとした。このTHAAD配備に敏感に反応したのが中国である。中国外交部は、米韓が、周辺国の反対にも関わらずTHAADの配備を決定したことを避難する声明を発表し、「地域の戦略的均衡を著しく損なう」行為であると避難した20

文政権に入ってからも、中国からの非難や経済的報復は続いた。この停滞した韓中関係の打開を試みたのが、「3不」政策であった。2017年10月31日、韓国の南官杓国家安保室第2次長と中国の孔铉佑外交部部長助理の間で行われた協議結果にて中韓双方の立場を確認するというかたちで、いわゆる「3不」について言及された21。この発表について、韓国の康京和外交部長官は、中国との「合意」ではなく、「協議の結果」であることを強調した。また、康京和長官は、「3不」の提示は、中国からの圧力や指示ではなく、韓国政府の既存の立場を整理したものであると説明した22。一方、保守系の尹相現委員は、北朝鮮のミサイル攻撃に対応するためのミサイル防衛(KAMD)の構築が重要であり、そのためのTHAAD配備であにも関わらず、文政権が追加配備の可能性を自ら遮断していることに憂慮を示した23。韓国政府が「3不」政策を示した2017年は、北朝鮮が、6回目の核実験を行い、「火星12(IRBM級)」や「火星14(ICBM級)」および「火星15(ICBM級)」の発射実験を繰り返していた時期である。そのような時期にも関わらず、文政権は、「3不」政策を発表したのである。

なぜ、文政権は、あえて「3不」政策を発表したのか。そこには、米中間でのバランス外交によって、対北政策を進めようとする狙いがあったと思われる。「自律性―安全保障」のジレンマでみれば、米韓同盟の強化や対北ミサイル防衛よりも、南北関係改善とそのための中国の協力により重きを置いたと考えられる。元統一部長官の李鍾奭は、ハンギョレ新聞への寄稿文の中で、「『3NO原則』は主権の放棄ではなく、文在寅政府がTHAAD問題を解決する名分を中国に提供し恩を売る一方で、その機会を生かしてしばらく滞っていたバランス外交に向けた自身の意志を内外に積極的に表明したと見ることができる24」と分析している。「3不」政策の発表後、中韓関係は緩やかな回復傾向をみせた。2017年12月14日に中国で行われた中韓首脳会談について、韓国大統領府は、文大統領と習近平主席が、朝鮮半島の平和と安定を確保するための4大原則25に合意したことを発表した26。両首脳は、北朝鮮に対して軍事的挑発を自制するよう求めると共に、核・ミサイル開発が、北東アジアの平和と安定を脅かすという一致した認識を確認したのである。「3不」政策は、米中双方に過度に傾倒することなく、自律性を担保しながら、外交安全保障政策を進めていくうえで必要な措置であったといえる。要するに、文政権は、「3不」政策によって、米韓同盟による防衛強化より、米中間へのバランス外交という政治的選択をした。これが韓国の自律性の確保であった。

以上のように韓国が抱えていた「自律性―安全保障」のジレンマは、他のどのジレンマと相殺することによって均衡を保っていたのか。まず、「見捨てられ」と「巻き込まれ」におけるジレンマについてみていきたい。文政権における米韓同盟は、同盟におけるコミットメントの低下と敵対国―想定として基本的には北朝鮮―への譲歩がみられた。スナイダーによる、「同盟のジレンマ」では、このような状況下で、同盟国は、互いに「巻き込まれ」のリスクを軽減する一方で、「見捨てられ」の恐怖を感じる。特に米韓同盟のような非対称同盟においては、小国である韓国が、よりその恐怖を感じる傾向にある。そうであるならば、韓国は、「自律性―安全保障」のジレンマの間で、「見捨てられ」の恐怖を相殺するために安全保障を重視すべきである。しかし、文政権は、自律性の確保により重点をおいていたのである。

次に「敵国とのジレンマ」について考える。上述の通り、「敵国とのジレンマ」では、同盟国が互いコミットメントを弱める一方で、敵対国と和解や調停を行った場合、敵対国との緊張は弱まるが、敵対国が強硬姿勢に出る可能性があることを指摘した。まず、敵対国との緊張の弱まりとして、北朝鮮が、非核化に向けた具体策―正確にはそう思わせる行動―に出たことが挙げられる。2018年4月、金正恩は、労働党中央委員会全員会議において、「核実験と中長距離、大陸間弾道ロケット試験発射も必要なくなった27」とし、いわゆる核・ミサイル実験のモラトリアムを宣言したのである。米朝会談後の共同声明では、「完全なる非核化」に向けて努力することが明示され28、米韓も大規模軍事演習を中止または縮小するなどの措置を取ることで、緊張緩和がなされた。一方で、このような緊張緩和は、北朝鮮を強硬姿勢へとシフトさせることにもつながった。例えば、2019年にハノイで行われた第2回米朝会談は、第1回会談の時みせたような非核化に協力的な姿勢ではなかった。その他、2020年6月には、北朝鮮が、開城工業地区にある南北共同連絡事務所を爆破した29。加えて、朝鮮人民軍総参謀部は、韓国側の行為に対抗するための「軍事的行動計画」の承認を得る予定であると脅しをかける行動に出たのであった30。しかし、北朝鮮との関係が悪化する中でも、文政権は、米韓同盟の強化に積極的であったとは言い難い。むしろ政権末期の文大統領は、朝鮮戦争の終戦宣言31を提案し、任期の最後まで、南北友好に邁進した。一方で、非核化を優先する米国側は、韓国の終戦宣言提案には消極的な姿勢をみせた。

このような米韓の認識の差は、両者が「敵国とのジレンマ」を共有していなかった結果であるといえる。そして、「敵国とのジレンマ」は、「自律性―安全保障」のジレンマと相殺されるどころか、韓国の自律性の追求を加速化させる方向へと働いたように思われる。結果として、文政権と米韓同盟は、同盟におけるジレンマを他のジレンマで相殺するというロジックを逸脱し、同盟の弱体化を招いたのである。これは、北朝鮮が敵対国であると同時に同胞であるという複雑な状況において、文大統領の南北関係改善に向けた強い意志が影響したものである。北朝鮮を敵対国ではなく、同胞としていた文政権にとって、「敵国とのジレンマ」は、同胞とのジレンマでもあった。それを乗り越えるためには、「見捨てられ」の恐怖に背を向け、自律性を追求していく必要があったのであろう。

尹錫悦大統領―米国との脅威認識の一致とジレンマの均衡―

2022年5月に誕生した尹錫悦政権は、米韓同盟が強化される一方で、北朝鮮との対立が深まることとなった。「敵国とのジレンマ」の理論でいえば、同盟国側がお互いにコミットメントを強め、敵対国には強硬姿勢で対峙した場合、敵対国を抑止することができる反面、必要以上に刺激することで、さらなる安全保障上の不安定の引き起こすこという状況に陥りやすくなる状況を指している。

尹錫悦が、大統領選挙で勝利した後、北朝鮮は、明らかにミサイル発射実験の頻度を高めていった。それは、2021年の第8回党大会で発表した「国防科学発展及び武器体系開発 5ヶ年計画(以下、5ヶ年計画)」の履行の本格化とも重なることとなった。北朝鮮は、ICBM級の「火星−18」をはじめ、極超音速ミサイルや巡航ミサイルなどのミサイル発射実験を繰り返した。尹大統領が就任した2022年は、発射実験の回数が過去最多となった。北朝鮮は、「5ヵ年計画」の履行によって、核による威嚇の信憑性や反撃能力の向上を進めていったのである。技術的な「核抑止力」の強化に加えて、北朝鮮は、2022年9月に「朝鮮民主主義人民共和国核武力政策について」を発表し、新たな核ドクトリンを示した32。この法令は、核兵器の使用条件を示しており、状況によっては先制使用も辞さないとしている。また、2023年9月には、第14期第9回最高人民会議が、核武力建設について社会主義憲法に明記することを決定し、核保有国の地位を譲歩しないことを明らかにした33。これは、非核化を目的として北朝鮮と交渉することが、ほぼ不可能であることを示していている。

このような北朝鮮の軍事力強化の動きに対して、米韓は、同盟として対処するため、合同軍事演習の実施や首脳会談をはじめとする外交・安全保障政策上の協力を一層強化していった。そして、米韓同盟の強化は、北朝鮮とのさらなる軋轢を生む負のスパイラルへと陥ることになる。まず、尹政権が発足し、米韓は、縮小または中断していた合同軍事演習を再開させていった。大規模合同演習である乙支フリーダムシールド(UFS:Ulchi Freedom Shield)が再開され、文政権下で中止されていた連隊級の野外訓練も復活したのである。尹政権は、日米韓での安全保障協力も進め、5年ぶりに対潜水艦訓練を行なった34。日米韓3カ国の枠組みでは、2022年11月の首脳会談において、「プノンペン宣言(Phnom Penh Statement)」を発表し、北朝鮮のミサイル警戒データをリアルタイムで共有する協力体制を強めていった35。特に北朝鮮を刺激したのは、米韓による第1回核協議グループ(NCG: Nuclear Consultive Group)の開催であった。協議では、核による報復を含む米国のあらゆる能力をもって、韓国に対する拡大抑止を提供することが確認され、北朝鮮の核使用は、体制の終焉をもたらすことを強調した36。また、NCGの開催に合わせて、米国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)が42年ぶりに韓国(釜山)に寄港した37。北朝鮮は、強純男国防相談話を通じて、NCGを強く非難した。強純男国防相は、米国による可視的な戦略兵器の展開は、上述の「核武力政策について」の法令で定められた、核兵器の使用条件に該当するとし38、緊張が高まった。

以上のように、尹政権では、米韓同盟の強化が図られた一方で、北朝鮮による軍事力の拡大や南北対立の激化を招いた。北朝鮮の脅威レベルが上がれば、米韓も同盟の強化をもって対抗することになる。それは、北朝鮮の脅威認識を刺激し、さらなる軍事的挑発につながるという悪循環に陥るのである。実際に金与正は、合同軍事演習やNCGによって「我々の憤怒を最大に激昂させ、ソウルを狙った『引き金』の安全装置を完全に解いた」尹政権を「称賛したい」ほどであると語った39。尹政権の対北政策のおかげで、北朝鮮としては、国防力を強化する名分を得たということである。このように、尹政権は、同盟を強化し、敵対国に強硬な姿勢をとればとるほど、摩擦を引き起こすという「敵国とのジレンマ」に陥ったのである。

では、「敵国とのジレンマ」に直面した尹政権が、ジレンマを相殺するために、「自律性―安全保障」のジレンマと、「見捨てられ」/「巻き込まれ」のジレンマで、どのようにバランスを保っていたのかについて考える。まず、尹政権における「自律性―安全保障」のジレンマについてである。上述の文政権における「自律性―安全保障」のジレンマについては、作戦統制権の移管問題を例に挙げて、文政権の自律性の追求について考察した。尹政権は、文政権とは異なり、作戦統制権の早期移管に積極的ではなかった。作戦統制権の移管よりも、韓国単独では未熟な監視・偵察能力の確保が優先であり、ミサイル防衛システムの構築が急がれるとの立場を示したのである40。「敵国とのジレンマ」を抱える尹政権にとって、自律性よりも安全保障を追求することは、自然な選択であったといえる。

次に、「見捨てられ」と「巻き込まれ」のジレンマについて考える。米国による拡大抑止に関する一連の措置は、韓国の「見捨てられ」の恐怖を解消するためのプロセスでもあった。2023年1月、尹大統領は、外交部と国防部の業務報告にて、「より(北朝鮮の)問題が深刻化し、大韓民国に戦術核配備をするとか、我々自身が核を保有することもある」と発言し41、単独での核武装の可能性について言及したのである。同時期に行われた世論調査では、韓国国民の約76%が、韓国単独での核開発が必要であると感じていることが分かった42。また、国民の半数程度が、米国による拡大抑止の提供について不安を感じているとの結果が報告された43。韓国が、政治レベルでも国民レベルでも、米国の拡大抑止に不安、つまり「見捨てられ」の恐怖を感じていたことがうかがえる。この不安を解消させる契機となったのが、2023年4月の米韓首脳会談で発表された「ワシントン宣言」であった。「ワシントン宣言」は、NCGの新設、拡大抑止における韓国の役割拡大、米国の戦略兵器(strategic asset)の展開など、米国による拡大抑止の提供を強調するものであった44。特にNCGは、拡大抑止に関する新たなプラットフォームとして、核戦略に関する協議に韓国が加わることや情報共有の面での強化が期待できるものであった。また、米国の核オペレーションに対し韓国側の通常戦力によるサポートを提供する体制を整えることが盛り込まれた。もちろん、NCGはあくまで協議体であり、NATOによる核共有というレベルの制度ではない。前述の通り、米国は、拡大抑止の強化として、SSBNを釜山に寄港させた。しかし、SSBNを寄港させること自体は、新たな抑止力というよりは、韓国における核保有論を制御し、安心供与するための措置であった45。したがって、韓国は、「見捨てられ」の恐怖を、米韓同盟の強化によって払拭しようとしたのである。しかし、米韓同盟の強化は、前述の通り、「敵国とのジレンマ」を引き起こす要因という逆効果も生むことになったのである。

以上のように、尹政権においては、「敵国とのジレンマ」に対処するために、「自律性―安全保障」のうち、安全保障を優先し、「見捨てられ」の不安を解消するために「敵国とのジレンマ」に陥る選択をした。つまり、米韓同盟の中で、ジレンマを他のジレンマで相殺しようとしたのである。これは、文政権時とは異なり、韓国と米国が、北朝鮮が敵対国であるという認識を高いレベルで共有していたからである。加えて、朝鮮半島の安全保障政策に留まらず、尹政権は、「自由、平和、繁栄のインド-太平洋戦略(インド太平洋戦略)」を発表し、当該地域秩序に関する政策においても、米国への歩み寄りをみせたといえる。韓国の「インド太平洋戦略」は、中国との相互尊重を謳う一方で、台湾海峡や南シナ海の平和と安定を主張した。これは、対北政策のために、中国と米国の間でバランス外交を試みた文政権とは異なる姿勢である。このように、より広い意味での価値の共有も、尹政権下で米韓同盟の強化を推し進めた要因といえる。

おわりに

本稿では、米韓同盟において韓国が抱えるジレンマについて、「自律性―安全保障」のジレンマ、「見捨てられ」と「巻き込まれ」のジレンマ、「敵国とのジレンマ」をもとに、文政権と尹政権を比較、考察した。その結果、それぞれの政権で、異なる傾向がみられた。尹政権では、米韓協力を重視し、ジレンマを他のジレンマで相殺するという、土山が主張したような不安の均衡が成り立っていた。一方、文政権では、同盟におけるジレンマを他のジレンマで相殺するよりも、自律性をより追及する行動がみられた。つまり、不安の均衡が崩れ、同盟の弱体化を招いたということであり、ジレンマを他のジレンマで相殺するという理論が常に当てはまるわけではないことを示している。これは、米韓同盟が、「敵対国」である北朝鮮をどのように捉えていたかが大きく影響していたといえる。もちろん、本稿では、特定の政権における韓国側のジレンマに焦点を当てたものであり、他の政権や米国からの視点を考察することによって、より多層的な分析が可能になるだろう。一方で、ウク・ホ(Uk Heo)とテレンス・ローリグ(Terence Roehring)は、韓国が進歩的なリーダーで、米国が保守政権の場合、米韓関係は緊張状態に陥るが、米大統領が民主党の場合、韓国大統領の政治志向に関わらず、両国は良好な関係を維持できるとしている46。そうであるならば、米韓同盟のジレンマは、韓国側の政権や政策により影響を受けると考えられ、本稿の議論の有用性も高まるといえる。

Profile

  • 浅見明咲
  • 地域研究部アジア・アフリカ研究室 研究員
  • 専門分野:
    朝鮮半島の安全保障問題