NIDSコメンタリー 第318号 2024年4月26日 プーチン政権5期目の主要閣僚人事 —— 台頭する「テクノクラート」と高齢化する「シロヴィキ」指導層
- 地域研究部米欧ロシア研究室研究員
- 長谷川 雄之
新たな組閣プロセス
2024年5月7日の大統領就任式を終えて,プーチン大統領は,連邦政府(内閣)の編成手続きに着手した。ロシア連邦は,執政制度として執行権力(行政権)を大統領と政府議長(首相)で分掌する半大統領制(Semipresidentialism)を採るため,連邦執行権力機関(中央省庁)は,大統領管轄機関と首相管轄機関に大別される。ただし,2020年の憲法改革を通じて,大統領は,首相解任権と連邦政府(内閣)に対する全般的指揮権を持つこととなり1,首相の独立性は政治的のみならず,法的にも著しく低下し,執行権力の長としての大統領の地位・権限が確定した2。
実際にプーチン大統領は,2024年5月11日に政府副議長(副首相)の定数や中央省庁の構成を定めた大統領令「連邦執行権力諸機関の構成について」を発令しており3,行政組織編成権の行使において,大統領は強力な権限を有することが確認される4。
一方で,組閣プロセスにおける連邦会議(上院)と国家会議(下院)の権限にも変更が加えられた。主として軍事・外交・インテリジェンス機関の長は,大統領が上院と協議のうえ任命し,その他の副首相,連邦大臣は,大統領の提案を下院が審議し,承認された者を大統領が正式に任命するよう制度変更がなされた5。
こうした組閣プロセスに関わる新たな憲法条文に注目すれば,今次組閣は,2020年憲法改革以降,初めての事例となり,ロシア地域研究や比較政治学の学問領域のみならず,比較法学・外国法研究の領域においても重要なイベントとなった。
2024年5月10日,プーチン大統領は,首相候補としてミシュースチンを連邦議会国家会議(下院)に提案し6,同日中に下院が人事案を承認して7,大統領令によって正式に首相に任命された8。下院が承認権を有する副首相及び連邦大臣の人事案については,5月13日から14日にかけて審議が実施され,原案通り承認された9。連邦会議(上院)も,5月13日から14日にかけて,協議を実施し,上院の防衛・安全保障委員会は,内相,国防相,緊急事態相及び法相の人事案,国際問題委員会は,外相の人事案,憲法・国家建設委員会は,内相,緊急事態相及び法相の人事案について協議を開催した10。また,大統領補助機関の長,すなわち連邦保安庁長官,対外諜報庁長官,国家親衛軍連邦庁長官,大統領特別プログラム総局長の人事案については,候補者が上院を訪れ,マトビエーンコ上院議長,アルトゥール連邦会議(上院)大統領全権代表,その他上院セナートルが参加して,上院プロファイル委員会において協議がなされた11。最終的に14日の本会議(第567会期)において,協議の成立が確認された12。
5月14日中には,大統領・議会関係における組閣手続きが完了し,新たな閣僚等が大統領令によって任命された13。14日夜には大統領が新閣僚を招集して会議を実施し14,翌15日にはミシュースチン首相が初の閣議を主宰し15,新政権が本格的に始動した。
表1:連邦執行権力機関の構成(外局は除く) | |
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大統領管轄連邦執行権力機関 | 政府議長(首相)管轄連邦執行権力機関 |
内務省,民間防衛問題・緊急事態・災害復旧省,外務省,国防省,法務省,国家伝書使庁,対外諜報庁,連邦保安庁,国家親衛軍連邦庁,連邦警護庁,連邦軍事技術協力庁,財政監視庁,連邦文書館庁,大統領特別プログラム総局,大統領総務局 | 保健省,文化省,科学・高等教育省,天然資源・環境省,産業通商省,教育省,極東・北極発展省,農業省,スポーツ省,建設・公営住宅整備事業省,運輸省,労働・社会保障省,財務省,デジタル発展・通信・マスコミ省,経済発展省,エネルギー省,連邦反独占庁,連邦国家登録・台帳・作図局,連邦消費者権利擁護・福祉分野監督庁,連邦教育・科学監督局,連邦環境・技術・原子力監督庁,連邦国家備蓄局,連邦医生物学局,連邦青年局,連邦民族問題局 |
(執筆者作成)
表2:政府議長(首相)・副議長(副首相)人事 | |
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第2次プーチン政権第2期 | 第3次プーチン政権第1期 |
2018.5.-2024.5. | 2024.5.-2030.5.(任期満了) |
政府議長(首相):ミシュースチン | (留)ミシュースチン |
政府第1副議長(第1副首相):ベロウーソフ【経済全般・制裁対策】 | [昇]マーントゥロフ(前副首相・産業通商相)【産業全般・軍需産業】 |
政府副議長(副首相)兼ねて政府官房長: グリゴレーンコ【財政監督】 | (留)グリゴレーンコ【財政監督・デジタル発展・通信・反独占】 |
政府副議長(副首相)兼ねて産業通商相:マーントゥロフ【産業全般・軍需産業】 | 〈新〉サヴェーリエフ(前運輸相)【輸送交通・ロジスティクス】 |
政府副議長(副首相):アブラームチェンコ【農政・環境】 | 〈新〉パートルシェフ(前農相)【農政・環境】 |
政府副議長(副首相):ノーヴァク【資源エネルギー・技術】 | (留)ノーヴァク【経済全般・制裁対策】 |
政府副議長(副首相):チェルヌィシェーンコ【デジタル発展・教育・通信・マスコミ】 | (留)チェルヌィシェーンコ【マスコミ・教育・子供・スポーツ・観光】 |
政府副議長(副首相):ゴーリコヴァ【保健・労働・社会保障・文化】 | (留)ゴーリコヴァ【保健・労働・社会保障・文化・民族問題】 |
政府副議長(副首相):オヴェルチューク【ユーラシア経済連合・CIS協力】 | (留)オヴェルチューク |
政府副議長(副首相):フスヌーリン【住宅・インフラ整備】 | (留)フスヌーリン |
政府副議長(副首相)兼ねて極東連邦管区大統領全権代表:トルゥートネフ【極東開発】 | (留)トルゥートネフ |
(執筆者作成)
表3:主要閣僚等人事 | |
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第3次プーチン政権第1期における連邦大臣等の人事 | |
〈留任〉(職名のみ) 内務大臣,外務大臣,法務大臣,民間防衛問題・緊急事態・災害復旧大臣,財務大臣,天然資源・環境大臣,経済発展大臣,保健大臣,労働・社会保障大臣,建設・公営住宅整備事業省,文化大臣,教育大臣,科学・高等教育大臣,デジタル発展・通信・マスコミ大臣,極東・北極発展大臣 ※この他,連邦保安庁長官,対外諜報庁長官,連邦警護庁長官,国家親衛軍連邦庁長官,大統領特別プログラム総局長も留任 |
〈新任〉 国防大臣:ベロウーソフ(前第1副首相) 産業通商大臣:アリハーノフ(前カリニングラード州知事) 農業大臣:ルート(前農業第1次官) 運輸大臣:スタラヴォーイト(前クルスク州知事) エネルギー大臣:ツィヴィリョーフ(前ケメロヴォ州知事) スポーツ大臣:デクチャリョーフ(前ハバロフスク辺区知事) |
(執筆者作成)
本稿は,主要閣僚等の人事政策について速報的に論じるものである16。中央省庁の次官・次長級,審議官級,大統領の補助機関たる大統領府内部部局高官や安保会議委員,安保会議事務機構高官,各連邦管区の大統領全権代表部高官人事についても,新政権の特徴を分析する上で欠かせず,より詳細な分析は別稿に譲る。
台頭する「テクノクラート」と「シロヴィキ」指導層の高齢化
第一にパートルシェフ安保会議書記の交代は最も重要な人事政策である。2000年代の第1次プーチン政権において連邦保安庁長官を務めたパートルシェフは,2008年5月のメドヴェージェフ政権(タンデム政権)発足時から2012年5月以降の第2次プーチン政権期を通じて,16年に渡り安保会議書記として,国家安全保障政策の立案・総合調整及び政策実施の監督を担ってきた。この間,2010年12月には,安全保障法制が整備され,安保会議の会議体,事務機構及び書記の権限が強化されるとともに,プーチン大統領の最側近としてのパートルシェフ書記の政治的影響力も相まって,安保会議はクレムリンの数ある国家機関の中で,権力中枢としての地位を確立してきた17。
プーチン大統領による人事政策には,政府要職を解任された者が議決権のある常任委員として,引き続き安保会議に残るケースも確認される。下院議長を務めたグルィズローフ元統一ロシア党最高評議会議長(現在は駐ベラルーシ特命全権大使)や国防相,大統領府長官などを務めたセルゲイ・イワノーフ自然保護活動・環境・運輸問題担当大統領全権代表がこのパターンの人事に該当する。また,2020年1月にはメドヴェージェフ首相が辞任とともに,安保会議副議長に就任するなど18,安保会議のメンバーシップは,必ずしも実務上の要請による,厳格な実力主義に基づく人事配置に限定されない。クレムリン政治の表舞台から簡単には下せない者をインナーサークルの「顧問」として残すケースもある。
次々と主要閣僚の人事が固まるなか,ニコライ・パートルシェフの処遇に注目が集まった。最終的には,5月14日に発表された大統領府幹部人事において,パートルシェフ前安保会議書記は,大統領補佐官に任命された19。安保会議書記との比較において,法的地位・権限は大幅に低下・縮小し,内閣の副首相と同様に所掌事項も限定される。今後,セルゲイ・イワノーフと同様に,安保会議のメンバーシップを維持するのか,注目されるところであるが,イワノーフ大統領特別代表とは異なり,大統領補佐官には,大統領府内部部局の指揮権があるため20,彼の伝統的な専門領域である造船21(あるいはその他の特命事項)を任され,実務にあたる可能性も残された。パートルシェフ補佐官は,安保会議書記として数々の重要決定に関与し,専用の事態対処センター(危機管理センター)22を持つ身分であっただけに,補佐官就任後の警護体制を含む大統領府内における処遇が注目される。
パートルシェフ書記の後任に任命されたショイグーは,緊急事態相として1994年1月31日,すなわち安保会議の黎明期から委員を務めている人物であり,クレムリン内における政治経験は,ほかの誰よりも豊富である。ショイグー新書記は,2012年に緊急事態相からモスクワ州知事,国防相に配置転換となったが,その経緯を考慮すれば,パートルシェフ書記の後を継ぐことが出来るというプーチン大統領の政治判断があったものと考えられる。安保会議書記の職務は,軍事,外交,インテリジェンス政策の統括に加えて,地方の社会・経済政策の監督まで広範にわたるため,ショイグーを実務的に支える副書記や書記補佐官,地方統制を担う大統領府内部部局(とくに監督局),連邦管区大統領全権代表部との連携が要になる。
ニコライ・パートルシェフ大統領補佐官の長男ドミートリ・パートルシェフは農相から副首相に昇格し,「世襲」閣僚として注目の人事となった。エネルギー畑の次男アンドレイと同様に,連邦保安庁アカデミーや外務省外交アカデミーを修了しているが23,公開されている実務経験としては農政畑であり,副首相としても前任のアブラームチェンコの所掌事項である農政を引き継いだ。農政は,戦時下のロシアにおいて,国家安全保障上の重要分野となっており,黒海穀物イニシアティブや新興国・発展途上国への輸出強化政策など,外交的側面も持つ政策領域となっている。ドミートリ・パートルシェフ副首相の所掌事項が農政を中心とした社会・経済政策に限定されるのか,エネルギー,軍事,インテリジェンスといった「シロヴィキ」の要素が強い政策領域まで拡大するのか,今後の動向が注目される。
ベロウーソフ国防相の人事は,戦時におけるテクノクラートの台頭という観点から注目に値する。ロシア軍を政策面から支える国防省中央機構(内部部局)の最重要政策課題は,兵站増強であり,ベロウーソフ国防相が責任を負う分野となろう。ベロウーソフの後任ポストに就いたマーントゥロフ第1副首相(前副首相 兼ねて産業通商相)には,所掌事項として経済政策全般の管理は引き継がれず,マーントゥロフは継続して産業政策全般,とくに軍需産業,軍事技術分野を担う。留任のノーヴァク副首相は,新たに対露経済制裁への対応を含む経済政策全般を担当することとなり,所掌事項が拡大した24。
また,マーントゥロフの後任として,アリハーノフ・カリニングラード州知事が産業通商相に任命された。1986年9月生まれの37歳で,2008年に財務省附属全ロシア国立税務アカデミーを修了し,2009年に法務省に入省した国家官僚である。2013年には26-27歳で産業通商省対外通商活動国家規制局次長,その後,局長代行に就任するなど25,テクノクラートの中でも出世が早い人物で,経済学のPh.D.を持つ26。このほか,パートルシェフ農相の後任には農業第1次官のルートが就いた。ルートも1979年2月生まれの45歳で,2001年に連邦政府附属財務アカデミーを修了した後,銀行の幹部職員として複数の銀行に務め,2018年に39歳で農業次官に就任した人物である27。また,スポーツ大臣に就任したデクチャリョーフも1981年7月生まれの42歳で,2011年から2020年まで下院議員(ロシア自由民主党),その後,ハバロフスク辺区知事を務めた人物である。これまでのスポーツ大臣とは異なり,スポーツ界のスター選手や業界人ではないため,異例の人事と報じられたが28,国家官僚養成プログラムを持つ大統領附属ロシア国民経済・国務アカデミー(РАНХиГС)の修了生でもあり,若さと極東ロシアにおける地方知事としての管理能力が評価され,抜擢されたものと考えられる。
ウクライナ戦争に伴う対露経済制裁の下では,経済・財政・産業政策全般において,ベロウーソフやマーントゥロフなど,「テクノクラート」が連邦政府中枢に配置され29,彼らは実際に成果をあげてきた。戦時下のロシアの緊急経済・財政対策は,あくまでも事態対処を目的としたものであり,必ずしも持続可能とは言えないものの30,若手実力者の登用に見られるように,新内閣人事は,「世襲」や「縁故主義」のみならず,ロシアの国家官僚機構における厳格な実力主義の側面も持ち合わせている。
一方で,上院と協議の上,大統領が任命する軍事・外交・インテリジェンス機関の大臣・長官の人事を見ると,国防相以外は全員が留任しており,「シロヴィキ」の最高指導層の人事は,固定化・高齢化に歯止めがかからない状況である。「シロヴィキ」人事では,トゥーラ州のデューミン知事が大統領補佐官に任命され,軍需産業・スポーツ・国家評議会に関する事項を所掌する31。デューミン補佐官は連邦警護庁(FSO)出身で,FSO時代の上司であるゾーロトフ国家親衛軍連邦庁長官と近い人物である32。大統領補佐官として,軍需産業の領域ではベロウーソフ国防相,マーントゥロフ第1副首相,中央地方関係ではショイグー安保会議書記とも所掌事項が重なるため,彼らの業務上の「協力」と「対立」関係が注目される。
こうした一連の人事から,「テクノクラート」と「シロヴィキ」,さらにはより細かい集団(例えばゾーロトフ国家親衛軍連邦庁長官率いる連邦警護庁FSO派閥)の筆頭格をそれぞれ要職に配置し,グループ間を競わせるプーチン体制の基本的な人事政策に変化は見られない。
Profile
- 長谷川 雄之
- 地域研究部米欧ロシア研究室研究員
- 専門分野:
ロシア地域研究,現代ロシア政治・外交