NIDSコメンタリー 第317号 2024年5月14日 中国ステルス爆撃機の開発努力とその含意 —— 現時点で何を理解しておくべきか
- 地域研究部米欧ロシア研究室
- 相田 守輝
はじめに
2024年の中国人民政治協商会議全国委員会及び全国人民代表大会(原文:全国两会)が終了した直後の3月11日、人民解放軍(People’s Liberation Army:PLA)のある高官の発言が注目された。PLA空軍の王偉副司令員が、メディア記者からの質問に対してステルス戦略爆撃機を公開する日が近いことを示唆したのである1。
新型ステルス爆撃機が登場するかもしれないとの報道は、過去数年間にわたって繰り返されてきた2。PLA空軍のH-6爆撃機の代替機となるこの新型の戦略爆撃機は、「轟炸二十型(以下、H-20という)と呼称され、米空軍のB-2ステルス爆撃機のように、電波を吸収する塗装を施し、或いは電波の反射を少なくする形状にすることによって敵レーダーに探知されることを局限する「ステルス技術」を備えている爆撃機と想定されている3。特に2018年4、2020年5、2021年6、2022年7と毎年のようにH-20が初飛行するかもしれないと中国国内が熱狂したこともあり、海外メディアもH-20初飛行の可能性を報じてきた。
しかしながら、これら噂とは裏腹にH-20の公開は毎回行われることはなく、海外では次第に中国の技術力を懐疑的にみる声や揶揄する声さえ出始めている8。これら一連の現象は何を意味しているのであろうか。
一方、今回2024年3月11日のケースでは初めてPLA空軍の副司令員が示唆したことから、近い将来にH-20が公開される可能性は高いものと筆者は考えている。H-20がどのような性能を持っているのか関心が集まるところであろうが、残念ながら公開直後のH-20プロトタイプ機だけをもって能力を評価していく事にさほどの意味はない。何故ならば、プロトタイプ機と量産機では全く性能が異なるものになるからである。また中国には、伝統的に航空機を量産しながら都度改修していく航空機産業の文化もあることから9、将来運用されるH-20の能力評価には大きな振れ幅を伴うだろう。
したがって、現時点での能力評価よりも将来的な含意を事前に理解しておくことが重要と考える。
実は近い将来に公開されるであろうH-20には重要な意味合いが内包されている。ただ単に「中国がステルス戦略爆撃機を保有しはじめる」と捉えるのではなく、中国国内政治の特殊事情、PLA空軍の「軍種」としての役割の変化、核トライアド(核戦力の三本柱)の変化などに気づいていかねばならない。本稿ではこのような趣旨から、周辺諸国が事前に理解しておくべき事項について論述する。
1つ目の含意:軍種間での予算獲得争い
H-20の製造元は、西安飛機工業有限公司(Xi'an Aircraft Industrial Corporation:XAC)であるが、その親会社である中国航空工業集団公司(Aviation Industry Corporation of China:AVIC)は世界屈指の軍産複合体であり10、傘下のグループ企業が総力を挙げてH-20の初飛行に向けて取り組んでいることと思われる。
前述したとおり、少なくとも過去5年間毎年のようにH-20初飛行が噂され、その噂は毎回立ち消えてきた。これら中国を震源とする一連の現象は実に奇妙ではあるが、この現象を純粋に解釈するならば、いかに中国がステルス戦略爆撃機の開発に携わる技術的ハードルに立ちふさがっていたかを物語っていると言える。
他方、初めてPLA空軍の高官がH-20の公開を示唆した背景には、中国国内政治の特殊性が透けて見える。今回の全人代期間にはPLA海軍高官から4隻目の空母の建設が明言され11、その直後にPLA空軍高官がH-20の公開を示唆している事から、軍種間でアピール合戦をしているのではないだろうか。
折しも、この半年前にはPLAロケット軍に蔓延っていた汚職によって李尚福ロケット軍司令員が更迭され、多くの幹部が紀律検査委員の調査を受けている状況にある12。「虎もハエも叩く」というスローガンでPLAの腐敗を撲滅してきた習近平中央軍事委員会(CMC)主席にとって、看過できない腐敗状況がいまだ続いているのである。その為、PLA各軍種の高官は紀律検査の動向が気になるのである。
またPLAの動向に関して見れば、PLA海軍の空母はインパクトも大きく相対的にクローズアップされ易いのも事実である。そのようななか、PLA空軍高官はPLA海軍に引けを取らない奮闘ぶりを習近平CMC主席にアピールしたかったのかもしれない。中国経済に陰りが見られはじめるなか、軍種間での予算獲得争いに負けまいとPLA空軍自らが奮闘している姿を懸命にアピールしているように見える。
2つ目の含意:軍種としての性格(役割)が「戦略空軍」へ
前述のとおり2024年3月11日、メディア記者からのステルス爆撃機はいつ飛行するのかとの質問に対し、PLA空軍の王偉副司令員は「間もなく公開される、待ってほしい」と語っている13。この会見の直後、「中国が8年かけてステルス爆撃機を開発した」との見出し記事が複数のメディアから一斉に報じられた14。この8年という年月は、2016年9月1日に馬暁天PLA空軍司令員が「長距離攻撃能力を強化するために新しい戦略爆撃機を製造する」と述べた時点から起算した年月だと思われる15。このわずか8年の短期間で戦略爆撃機を開発したとする報道記事は、中国の技術力の高さを誇示するとともに、習近平の「偉業」でもあるかのような印象さえ与えている16。
しかしながら、8年間という短期間で中国がステルス戦略爆撃機を開発できたとは考えにくい。最新技術を駆使した軍用機の開発には20年近く要するからである。確かに、昨今の空軍の在り方をめぐる世界的トレンドでは、米空軍が推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)のように、合理化が追求され開発期間も短縮化されつつあるのは事実だ17。例えば米国の研究開発ではデータを用いたシミュレーションや管理が改善され、ごく短期間に高等練習機(T-7)が開発されたケースさえある18。
中国でも同様、最新鋭のJ-20ステルス戦闘機を取り扱う成都飛機工業公司(Chengdu Aircraft Industrial Group:CAIG)が、完全にデジタル化された航空機開発を2020年前後から開始している19。航空機の設計は完全にペーパレス化され(原文:飞机设计完全无纸化)、航空機の研究開発モデル、プロセスを抜本的に見直しながら試作機の生産サイクルを劇的に短期化しようともしている20。
それでも複雑なシステムの集合体であるステルス戦略爆撃機をわずか数年のDXをもって開発したとは考えにくい。歴史的経緯を紐解けば、H-20の開発は習近平CMC主席の影響というより、むしろ20年前(2004年)に胡錦涛CMC主席がPLAに要求した新たな「歴史的使命」が起源のように思われる。この胡錦濤による歴史的使命への言及は、そもそも中国の海外権益を保護する為にPKOのような非戦争軍事行動(戦争以外の軍事行動:MOOTW)によってPLAの活動域を国外に広げようとしたものであった21。
ところが、MOOTW以外にも様々な解釈がPLA内部で生まれはじめ、PLA空軍においても「戦略空軍」というキーワードが生まれ、共鳴していった。戦略的な早期警戒能力、戦略的なパワープロジェクション能力、戦略的な爆撃能力などといった「新たな能力」を求める声が次第に高まり、PLA空軍は中国の航空機産業とともに変革を遂げ、のちに早期警戒管制機(KJ-2000)や大型輸送機(Y-20)といった「新たな能力」を持つ航空機を装備していったのである22。
この歴史的使命の解釈が徐々に拡大されていった様は、昨年(2023年)に軍人として最高位であるCMC副主席を最後に引退した許其亮による過去の論文からも読み取ることができる。2009年11月当時にPLA空軍司令員であった許基亮は、中国共産党機関紙『求是』に寄稿した論文のなかでPLA空軍が変革する必要性を強調していた。
「我々は空軍戦略の転換を加速し、中国の国際的地位に見合い、国の安全を保障しながら戦略的任務を遂行できる現代的な空軍を建設し、空天一体・攻防兼備という歴史的使命を果たし、戦略的早期警戒(原文:战略预警)、戦略打撃(原文:战略打击)、戦略的パワープロジェクション(原文:战略投送)、戦略的抑止(原文:战略威慑)の能力を強化し、機械化から情報化への転換を実現せねばならない23。」
また2010年に発刊されたPLA空軍のドクトリン教範『戦略空軍建設論』にも同様に、PLA空軍が「戦略空軍」へと飛躍的に変革していく為には、政治、産業、科学、軍事分野の連携が必要不可欠であることが強調されている。
「戦略空軍の強力な長距離打撃能力は一朝一夕に実現できるものではなく、近道もない。戦略空軍は国家と軍の根気強い投資と建設、国家科学技術の絶え間ない進歩と戦略・戦術の絶え間ない革新、国家と軍の指導者の先見的な指導に依存しなければならない24。」
このように、習近平政権がはじまる2012年より前からステルス戦略爆撃機の開発ははじまっており25、同時にPLA空軍の軍種としての性格(役割)も「戦略空軍」に変わりつつあるのである。つまり、H-20が運用体制を整える将来には、PLA空軍も独立した戦略的任務を行える軍種になっているものと予想できる26。
3つ目の含意:核トライアド(核戦力の三本柱)の変化
伝統的に「陸軍に隷属する航空部隊」であったPLA空軍が、独立して作戦が遂行できる「戦略空軍」に生まれ変わっていく過程には、爆撃機の現代化と密接な関係にある27。その「新たな能力」となるH-20の登場は、同時に中国の核トライアド(核戦力の三本柱)に連動していることも忘れてはならない。
PLA空軍が核戦略にかかわりはじめたのは比較的早く、核実験に成功した1964年の翌年のことであった。1965年から1979年にかけて爆発させた核兵器のうち少なくとも12発が、PLA空軍機から投下されたものであった28。しかしながら、核の運搬手段として弾道ミサイルが世界的トレンドとなり、またPLA空軍機の性能にも限界があったことから、空中発射型ミサイル(ALCM)の核戦力は長い間、構築されないままであった。その結果、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射型ミサイル(SLBM)とは異なり、戦略爆撃機とALCMの核戦力は軽視され、中国の核トライアドは不均衡な状態が長く続いていた29。
一方で、2015年に「戦略空軍」を目指すことが公になったPLA空軍は30、戦略爆撃機の現代化に着手した。その第1段階目の現代化が、1950年代からソビエト連邦より入手したTu-16 爆撃機を国産化したH-6の核搭載化であった。このH-6を核搭載化したH-6N空中給油・爆撃機は、2019年の中国建国70周年記念の軍事パレードで航過飛行したことで初めて認知された。空中給油が可能なH-6Nは核弾頭搭載の弾道ミサイルを搭載できるようにも改良されており31、PLA空軍の核任務再開が指摘されていた32。
しかしながら、ALCMが占める割合は依然として小さく、更にH-6Nが空中給油機を伴ってロシア本土や太平洋を横断飛行しないかぎり米国本土へ攻撃することは難しい事情もあった為、PLA空軍が担う核任務は、米国本土への核攻撃というよりはむしろ周辺諸国を核兵器で威嚇(抑止)する役割と考えられてきた33。
そして第2段階目の現代化となるのが、近く公開されるであろうH-20の存在である。「戦略空軍」としての変革を象徴するこの現代化に関しては、著名な核の専門家であるクリステンセン(Hans M. Kristensen)も2020年の段階で、中国では核搭載可能な長距離ステルス爆撃機が開発中であり、今後10年以内(2030年まで)に量産も始まると予言していた34。また2016年に尹卓PLA少将も、米空軍B-2と同等のステルス性能を持つ戦略爆撃機を中国は開発中であり、その戦略爆撃機はPLA空軍の戦略任務を象徴するものになるだろうと予言していた35。
昨年(2023年)には、中国の核弾頭が2030年までに1,000発へ増加することが米国防総省によって見積もられていた36。この大幅な核弾頭の増加が、将来どのようにPLA空軍の核任務に係わっていくのか、周辺諸国は新たに注目していかねばならない。
このように、軍種としての性格が「戦略空軍」へと変革しつつあるPLA空軍は、爆撃機の現代化を進めており、同時に核トライアドにも変化をもたらす可能性を秘めているのである。つまり、H-20が運用体制を整える将来には、中国の核戦略も変わっていくことが予想できる。
おわりに
H-20の公開が示唆された3月11日から現在に至るまで、H-20はいまだ公開されていない。もしかすると、PLA海軍記念日(4月23日)や3番艦空母「福建」の試験公開を邪魔することの無いようPLA空軍はCMCから指導、統制されているのかもしれない。一方で、初めてPLA空軍の高官が示唆したことを踏まえれば、いずれH-20は登場してくることであろう。
冒頭でも指摘したとおり、現時点での関連情報が少なく、かつ根拠も不確かなことが多いことからH-20の能力について議論する事にさほどの意味はない。むしろ将来的な含意について事前に理解しておくことの方が有益であろう。本稿ではこのような趣旨から、取り急ぎ3つの含意を提示した次第である。
Profile
- 相田 守輝
- 地域研究部米欧ロシア研究室所員
- 専門分野:
中国をめぐる安全保障