NIDSコメンタリー 第314号 2024年4月26日 インド太平洋における米軍の軍事態勢と課題② —— 大国間競争下の通常抑止態勢

地域研究部 米欧ロシア研究室 研究員
切通 亮

はじめに

米国は2010年代後半から、戦略的な主眼を中東での対テロ戦争から中国やロシアとの大国間競争へとシフトし、それに合わせた抑止態勢の強化を急いでいる。2022年の『国家防衛戦略』(NDS)ではインド太平洋地域における中国への対応を国防計画上の「基準となる課題」と位置づけたうえで、抑止に対する米国の考え方を提示した。それにより米国の抑止戦略の大きな方向性が明らかになる一方で、公表されているNDSそれ自体から多くを読み取ることは必ずしも容易ではない。そこで本稿は、NDSでも言及されている「拒否抑止」の概念を手掛かりにして、大国間競争下における米軍の通常抑止態勢の特徴を探る。いわゆる拒否戦略については既に膨大な数の研究やレポートが存在するが、その多くは米軍のあるべき態勢を示す提言型である1。ここでは、従来の米軍態勢の問題点と現在の取り組みを整理することを主たる目的とし、今後の課題についても言及したい。

米軍の通常抑止態勢を確認することは日本の安全保障の観点からも重要である。今般の日本の『国家防衛戦略』でも米国同様抑止に重点が置かれており、特に日米同盟の抑止力と対処力の強化は国防戦略における主軸の1つとなっている。直近では4月10日の日米首脳会談で両国が抑止力を一層強化していく方針を確認していることからも、同盟の実効性を高めようとする日米の方向性は一致している。しかし2国間の相乗効果を高めるためには、両国間で抑止態勢や防衛方式といった大枠に対する理解をすり合わせることも重要であろう。現在の米軍は如何なる態勢を構築しようとしているのか、また、それは従来までの米国の防衛方式とはどのように異なるのか。本稿ではこうした問いに答えることを試みたい。

基本に立ち返る通常戦力

米国の通常戦力はポスト冷戦期において、長らく攻勢的な役割を担ってきた。湾岸戦争では、戦域で海空優勢を維持しクウェートを占領するイラク軍に対して大規模な攻勢作戦を展開した「砂漠の嵐」作戦が歴史的な成功を収め、その後の軍事ドクトリンに影響を与えた2。1993年の『ボトム・アップ・レビュー』(BUR)は、この作戦を基礎にしつつも、敵の占領地域の奪還のみならず、必要に応じて「敵の潜在的な戦争遂行能力の完全破壊などのより野心的な戦争目的」や敵対的な政権の転覆も視野に入れていた3。しかし精密誘導兵器などの拡散により、「砂漠の嵐」型作戦モデルの妥当性に対して疑念が広がると、代替アプローチが模索された4。その1つが2010年代前半に打ち出された「エアシーバトル」(ASB)である。しかしこの作戦構想も敵領土内のセンサーノードや重要インフラ、軍事アセットなどに対する縦深攻撃を示唆していたことから、多分に攻勢の要素を含むものであった5。そのためASBは、相手側の核戦力基盤に対する攻撃との誤認を誘発するものとして、エスカレーション管理の観点からも懸念されたのである6

交戦国本土の重要軍事インフラの破壊も辞さない「砂漠の嵐」モデルやASBは、通常戦力に依拠した構想ではあるものの「懲罰抑止」の要素を含む構想であったといえる7。また、自軍の戦域アクセスを維持・獲得するという意味においては「制圧」(control)8や「支配」(dominance)9などとも言い換えることができるだろう。

こうした1990年以降の構想は冷戦期のものとは対照的である。北大西洋条約機構(NATO)の対ソ連軍事ドクトリンは、通常戦力を防御的な役割に限定し、ソ連の政権転覆はもとより、核戦力を含むロシア領内の重要軍事インフラ等への攻撃は想定していなかった。例えば、冷戦期の大部分においては、東西ドイツ国境付近ないし可能な限り東側で侵入を食い止めようとする「前方防御」(forward defense)を採用していた10。80年代には「後続部隊攻撃」(follow-on force attack)がソ連軍の後方部隊への打撃を伴うことから議論を呼んだものの、その実態は主に陸上部隊が侵攻軍の第1陣を前方で抑えつつ、精密誘導兵器等の通常戦力で後続部隊やその指揮統制、補給等に打撃を加えようとする構想であった11。つまり冷戦期の米国は、通常戦力を敵の軍事侵攻に対する拒否に限定し、報復や最終的な勝利を担保する究極的な抑止については核戦力に依拠していた12

国際システムがポスト冷戦期の「一極世界」13や「コモンズの支配」14から、再び複数の大国が対立する大国間競争の様相を呈するにつれ、米国の通常抑止態勢も攻勢から防勢ないし「拒否」(denial)へと転化しつつある。「拒否抑止」に基づくアプローチは、敵を破壊することではなく、攻撃側の「目的達成の可能性に関する見積もり」に影響を与えることを目的とする15。海空などの作戦領域における自らの制圧や支配を前提とした従来のアプローチとは対照的に、拒否戦略は敵による特定領域の支配やコントロールを阻止するという限定的な目的を追求する16。そのため、敵本土の、特に核戦力関連の重要軍事インフラやアセットに対する攻撃の必要性は大幅に減り、故意のエスカレーションの誘因、不慮のエスカレーションの危険性はいずれも低くなる17。また拒否戦略では、抑止が失敗した場合でも能力がある限り高い確率で実行されることが予想されるため、攻撃主体からみた抑止の信憑性は、意図も考慮に入れる懲罰抑止よりも高くなるのである18

実際に、大国間競争が顕在化した2010年代後半から、米国の通常戦力は防勢ないし拒否の性格をより強く反映するようになる。例えば、2018年版『国家防衛戦略』(2018 NDS)は地理的・時間的制約を考慮した戦力運用の考え方として接触・鈍化・増援・本土防衛の4つの層から成るグローバル運用モデルを打ち出したが、このうち鈍化層は拒否抑止の重要要素で、中国やロシアによる既成事実化のための軍事行動を「遅らせ、劣化させ、拒否する」ための役割を果たすとされた19。抑止の考え方をより体系的にまとめ「統合抑止」を打ち出した2022年版NDSにおいても、拒否抑止がその中心的な柱に据えられた。特に対中抑止の観点からは「拒否能力を向上させるために既存または新たな軍の能力、配置、活動を活用するとともに、中国が狙おうとする米国のシステムの強靭性を高める」としている20。ASB型の攻勢作戦コンセプトも1つのオプションとして継続的に検証が重ねられてはいるものの21、伝統的領域や新領域を問わず米軍の優位性が脅かされつつある中で、米国の主眼は防勢的な構想や態勢の構築へと変化しているのである22

なお米国が、核戦力を保有する中国とロシアとの戦略的競争にプライオリティーを置くにしたがい、核兵器の役割も見直されている。米国は冷戦以降、核弾頭搭載トマホーク対地攻撃巡航ミサイル(TLAM-N)を1992年までに撤去し、2013年に廃棄を完了するなど、特に戦術(非戦略)核の役割を縮小してきた23。冷戦後期の1980年代に配備されたTLAM-Nは、通常戦力と高出力戦略核との間にある「低出力ギャップ」を埋める役割を期待されていたが、ポスト冷戦期の潜在的な安全保障脅威が核による実効的な第2撃能力を欠いていたため、一部では戦術核の有用性も低下したと見られていた24

しかし中国とロシアという核大国との大国間競争下ではこのギャップが再び注目を集める25。2018年版『核態勢見直し』(NPR)は短期的オプションとして低出力核弾頭を搭載可能な潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を、また中長期的なオプションとして海洋発射核巡航ミサイル(SLCM-N)を開発するとした26。バイデン政権が2022年版NPRでSLCM-Nの開発中止を明記するなど党派間で程度の差はあるものの27、核態勢における低出力オプションの多様化と近代化の取り組みは長期的な潮流にあると言っていいだろう28。今後は戦術核レベルで要請される戦力水準と、通常戦力レベルで求められる水準との間の均衡を探りながら慎重に推し進められていくものと考えられる。

受動防衛による戦力の強靭化

1990年代以降の米軍の抑止態勢にはいくつかの特徴があるが、「砂漠の嵐」作戦で見られた戦域への戦力投射はその1つである。これは、ひとたび危機が起これば、米軍は後方地域の航空基地や港湾を聖域化し、米国本土や他地域から大規模戦力を戦域に集結させ、戦闘の時間と場所を自ら選択して軍事行動を開始する、という作戦モデルである29。そのため、海外駐留部隊を中心とする米軍の前方戦力の役割は、地域安全保障への関与の意思表示と「仕掛け線」(tripwire)の側面が大きい30。単純化を恐れずに言えば、これは前方戦力が主として抑止を担い、抑止が失敗した場合には来援戦力に頼ることを意味する。

しかし、この戦力投射モデルは少なくとも2つの問題を内包する。1つは「時間の横暴」である。例えば、西海岸から日本、グアム、豪州等は海路で半月~1ヵ月を要するとされ、より限定的な弾頭・物資運搬手段である航空機に限定したとしても、空中給油機の事前配備などを勘案するとハワイ・日本間あるいはアラスカ・豪州間で最低でも24時間から48時間のリードタイムを必要とする31。さらに、ルート上に位置する関係国との政治的な事前調整なども加味すると、実際に補給物資を含む大規模な輸送が完了するまでには更なる時間が必要になると考えられている32。このことは攻撃側に目的達成のための時間をより多く与えることにつながる。仮に米国が高度な軍事力を有する大国に既成事実化を許せば、周辺基地を含めた戦域へのアクセスが著しく阻害され、占領地域の奪還はもとより展開すら困難になり得る。そのため、紛争の初日から戦闘に関与可能な態勢が求められている33

もう1つの問題はいわゆる「可視性・脆弱性のジレンマ」である。精密誘導兵器や防空システムなどが発達した中国などの大国に対しては、攻撃型潜水艦やスタンドオフ打撃力などが効果的と考えられる一方で、この種の戦力のプレゼンスが視覚的に認知しにくいことから、同盟国への安心供与などの政治的な効果が薄れることへの懸念がある34。航空機や水上艦といった「目に見える」戦力は、決意の誇示などの政治的な意思表示から、共同訓練を通じた同盟国の能力支援や相互運用性の向上、周辺国のグレーゾーン活動や挑発行動に対する牽制対応まで、平時における前線での極めて重要な活動において不可欠なアセットである35。しかし有事においては、同格の競争国は精密打撃能力などにより米軍の航空及び海上優勢を拒否しようとすることが予想されるため、前方基地に展開する主要な航空基地や港湾、空母を含む水上艦艇などは、攻撃対象リストの上位を占める可能性が高い36。つまり、このジレンマによれば、平時における前方プレゼンスの効果と戦時下の実戦能力とはトレードオフの関係に置かれているのである。

こうしたなか、米国防省内外でとりわけ重視されているのが前方戦力の強靭化である37。強靭性の概念には戦力の「分散化」と「抗たん化」という受動防衛(passive defense)手段が含まれる38。前者については近年米軍の各軍種が競うように打ち出している新たな運用構想に最も顕著に表れている39。軍種をまたいで共通する点は、敵の脅威圏内において味方の行動の自由を確保するために、如何に相手側の作戦行動を阻害できるかを問題に設定していることである。その上で戦力の分散は、相手側の意思決定とターゲティングを複雑化させることで、自軍の残存性を高め、より多くの作戦上の選択肢を提供することが可能になると考えられている。

これらの構想は主に紛争下における運用上の戦力分散に主眼を置いているが、これが平時の前方態勢にどの様な影響を及ぼすかは必ずしも明らかではない。国防省は2021年の「グローバル態勢見直し」を通じて、新たなイニシアチブにより豪州や太平洋諸国を含めたインド太平洋地域でのアクセスが拡大ことを強調しているが40、現時点では軍事施設とアセットが沖縄とグアムに集中する従来の構図が大きく変わる兆候は見られていない41。一部の識者からは、米軍がインド太平洋で強靭な態勢を築くためには、特に海空戦力については運用上の分散だけでは十分ではなく、平時の戦力分散も前方態勢強靭化のための喫緊の課題との見方も出ている42。こうした考えは地域の戦力態勢の強靭化の観点からは当然正当化され得るものである。他方で、例えば多くの批判を巻き起こしたF-15戦闘機の嘉手納基地からの撤退からも分かる通り、米国の議会や地域専門家、防衛アナリストなどの間においても「強靭な戦力」の在り方に関するコンセンサスが存在するわけではない43

こうした意味でも重要になるのが抗たん性の強化である。競合環境下での基地施設の抗たん性は、戦力運用の前提となるいわばイネイブラーの役割を果たし、主に基地内での航空機の掩体化や分散配置、電気・水道・給油等の導線の多重化、迅速な被害復旧能力などに依存する44。事前にこれらの体制が整備することができれば、その程度に応じて戦闘下での重要施設への被害を局限し、米軍の作戦行動を維持することにつながる45

しかし、国防省ではミサイル防衛や長距離打撃力などの積極防衛手段に焦点を当てる傾向にあり、受動手段には十分な注目と資源が集まっていないとの批判もある46。その理由の1つに費用効率が挙げられる。軍事インフラの抗たん化には比較的大きな費用がかかるだけでなく、「どれだけあれば十分か」の判断が極めて難しいとされ、例えば戦力の分散運用といった手段と比較して費用効率が高いとは見られていない47。もう1つの理由として意思決定の難しさが考えられる。受動的手段には、上記の積極的防衛手段などと比べると各軍や議会の中で強力な推進者が少ないため、国防省トップレベルでの強い指導力と政策過程への介入が求められる48。また、仮に強いリーダーシップが発揮されたとしても、これをより効率的に政策決定過程に反映させるためには、態勢の監視・見直しに特化した組織とプロセスを制度化することも必要になると見られている49

積極防衛と打撃力の巻き返し

米軍の抑止態勢において「致死性」(lethality)は「強靭性」と双璧をなす要素である。上述の通り近年の米国の通常抑止態勢は、敵本土の重要インフラを攻撃・破壊することよりも、侵略国の目的を拒否することに主眼を置いている。そのため、戦力の致死性はあくまで拒否戦略の文脈での攻勢的側面と考えられる。強靭性が分散性や抗たん性を中心とした受動防衛に焦点を当てるものとするならば、ここでの致死性とは限定的な攻撃や反撃を含む積極防衛の性格を持つものと言えよう50。これは、いわゆる「積極拒否」(active denial)とも同等の意味を持つ51

そのうえで米軍が直面する喫緊の課題の1つが打撃力の再構築である。ミサイル分野においては過去30年以上にわたり中国が質量ともに急速に強化し続ける一方で、米国の通常ミサイル態勢は限定的となっていた52。そのため2つの大国間に存在する「新たなミサイル・ギャップ」ないし「打撃ギャップ」が指摘されてきた53

このギャップには相互に関連する3つの性格がある。第1は射程距離である。米国のミサイルは短距離の戦術ミサイルと長距離の戦略ミサイルに傾倒しており、中距離の通常打撃力は例えば空軍のAGM-86C空中発射巡航ミサイル(CALCM)や海軍の艦艇発射トマホーク巡航ミサイルなど一部に限定されていた。これは1987年にソ連との間で締結され、500~5,500km射程の地上発射中距離ミサイルの全廃を規定した中距離ミサイル全廃条約(INF)が大きく影響している54

これに関連して、第2は陸上基盤の打撃力の深刻な不足、または海空打撃力への傾倒である。これもINFに因るところが大きく、1987年以降、地上発射中距離ミサイルは撤廃され、陸軍の通常精密誘導兵器はジャベリンや陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)といった短距離戦術兵器に特化していた。上述の通り中距離ミサイル能力は海上発射と空中発射に限定されていたが、これは多様な任務を請け負う海空軍へのリスクと負担を大きくするものでもあった55。そして、第3の特徴としてミサイルの用途の画一性が挙げられる。CALCMであれトマホークであれ、米国の打撃力では、対地攻撃がその役割の主流となっていた56。そのため、短距離対艦巡航ミサイルであるハープーンなどの例外はあるものの、米軍における打撃機能のバランスは極めて不均衡であったと言える。

近年の米国防省はこれらの問題に意識的に対処しているように思われる。例えば、空軍では2020年から、空中発射の統合空対地スタンドオフミサイル(JASSM)の射程を370kmから1,000kmへと延伸したJASSM-ERの運用を開始した57。そのJASSMの派生型である長距離対艦ミサイル(LRASM)は、射程こそ320km超とされているが、対艦能力が備わることに加え、米海軍艦艇の多くで使われるMk41垂直発射装置(VLS)からも発射可能となる58。また、海軍のスタンダード・ミサイル6(SM-6)は元来対空戦闘任務を担っていたが、継続的なアップグレードにより終末段階での弾道ミサイル迎撃任務とともに対艦攻撃任務も付与されるマルチ機能型のミサイルへと進化している59。これらの取り組みからも米軍が既存の能力を活用しつつミサイル射程の延伸化と機能の多様化を図ろうとしていることが窺える。

他方で、「積極拒否」能力の観点からしばしば強調されるのは、陸上からの打撃力である。積極拒否の支持者の間では、地上発射型ミサイルの脅威圏内での価値についての一定のコンセンサスがある60。陸上戦力を重視したアプローチには、高価なプラットフォームやインフラを必要とする海空発射型よりも安価であること、複数の任務を抱える海空戦力の負担を軽減できること、海空戦力と比較して弾倉の制約が低いことなどの重要な利点が挙げられる61。九州から沖縄、台湾、フィリピンを結び、南シナ海に至るいわゆる第1列島線に沿って陸上戦力が移動式発射機と対艦巡航ミサイルなどを配備することで、海空戦力のリスクと負担を最小限に抑えつつ、比較的低いコストで防衛の効果を最大化させることができると考えられているのである62

近年の米軍はインド太平洋での様々な取り組みを通じて、まさにこの点を強化している。例えば、インド太平洋地域での抑止態勢強化を目的として2021年に始まった「太平洋抑止イニシアチブ」(PDI)では、第1列島線上の主に地上配備型の精密誘導兵器のネットワーク化が、重点分野の1つと位置付けられているという63。この方針と合致するように陸軍は2024年中にトマホークとSM-6を発射可能な中距離ミサイルシステム(通称タイフォン)をインド太平洋地域に配備するとしている64。この2つの中距離ミサイルは、短中距離ミサイルでATACMSの後継となる精密打撃ミサイル(PrSM)と、開発中の長距離極超音速兵器(LRHW)の中間射程範囲である500~2,776kmをカバーすることが可能になる65。これにより、米軍が長らく欠いていた地上発射型の中距離ミサイル能力が追加されるのみならず、配備ミサイルの機種によっては対艦能力も加わることになる66

ただし、米国の陸上発射ミサイルは必ずしもインド太平洋地域での万能薬というわけではない。特に第1列島線上への打撃アセットの配備については、政治的なコストや有事の際の協力レベルの不確実性などの理由から、その効果に慎重な見方もある67。また、太平洋地域のグアムや「コンパクト」(COFA)締結諸国などへの配備についても、第1列島線から地理的に距離があること、限定的な島の地積規模により縦深性に欠けることなどから、軍事的な有効性は必ずしも高いとは言えない68。脅威圏外から打撃可能な海上及び空中発射のミサイルが引き続き現実的なオプションを提示していることに鑑みれば、陸上の中距離打撃力はこれらを代替するのではなく、従来の打撃態勢を補強する選択肢として期待されているものと考えられる69

おわりに

以上みてきた通り、近年顕在化してきた大国間競争を受けて、米軍の通常抑止態勢は中国などによる既成事実化の拒否を目的としたものへと変化している。米軍は自らが海空などの主要な領域をコントロールしようとするのではなく、敵がこれらの領域で自由に行動することを阻もうとする。これは、防衛有利の戦略環境を創り出すことで侵略を抑止し、抑止が失敗した際には作戦上の「行き詰まり」を相手側に強いることを目指す、米国式の接近阻止・領域拒否(A2/AD)態勢とも言えるだろう。

ただし現在は新旧の米軍態勢の移行期間と考えられ、未だ多くの課題が山積している。特に前方展開戦力の致死性と強靭性を如何に維持・強化していくのかについては、少なくともインド太平洋地域での抑止と防衛という視点から見れば、喫緊の課題である。これらの解決には、日本を含む特に第1列島線上に位置する地域の同盟・パートナー諸国の理解と協力が不可欠である。その意味でも、日米の防衛協力の一層の強化のみならず、フィリピンを含む地域諸国との連携強化の方針を明らかにした今般の日米共同声明は示唆に富むものであった。今後は、こうした協力がどの様に米国の抑止態勢に落とし込まれるのか、そしてそれを踏まえて米軍の前方戦力態勢がどの様に変容するのかが、重要な論点の1つとして注目される。

Profile

  • 切通 亮
  • 地域研究部米欧ロシア研究室研究員
  • 専門分野:
    米国の国防政策