NIDSコメンタリー 第312号 2024年4月23日 イランの史上初の対イスラエル領土攻撃とイスラエルの反撃
- 地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官
- 西野 正巳
はじめに
2024年4月13日深夜から14日未明(現地時間)にかけて、イランはドローン約170機、巡航ミサイル30発以上、弾道ミサイル120発以上から成る、計300以上の飛翔体をイスラエルに向けて発射し、イスラエル領土を攻撃した1。これは、1979年のイラン・イスラム共和国建国以来初の、イランによるイスラエル領土への直接攻撃である。
4月1日に、シリアの首都ダマスカスでイラン大使館領事部がイスラエル軍によるとみられる空爆を受けて2、イラン革命防衛隊の対外作戦部隊「クッズ部隊」のザヘディ准将ら複数の将官が殺害されており3、イランの攻撃は、これに対する報復である。なお、革命防衛隊を含むイラン軍において、事実上の最高位は少将であるため、准将は上から2番目のかなり高い階級である。
過去数年間、イスラエル軍がシリア領内に所在するイラン革命防衛隊の拠点を何度も攻撃しても、イランは反撃を控えてきた。しかし、これまでのイスラエル軍による攻撃では、イランの在外公館は標的とされなかった。4月1日の在外公館(大使館領事部)の敷地への初攻撃を、イランは自国領土に対する攻撃に等しいものとみなし、イスラエル軍が一線を越えるエスカレーションを行ったと判断して、報復としてイスラエル領土を攻撃した。
大規模攻撃に見せつつ、被害を出さないように計算された攻撃
但し、イランは、この攻撃がイスラエルに被害をもたらして、一層のエスカレーションを引き起こすことを望まなかった。だから、イランは、攻撃を見た目上は大規模なものにしつつ、同時に、攻撃が実際の被害を出さないよう画策した。攻撃を大規模なものにしたのは、イランのイスラエルに対する強い姿勢を自国民に見せるためである。他方、実際の被害発生を防ぐため、イランは攻撃の実施時期や概要を、事前にトルコ、サウジアラビア、UAEなど、米国(やイスラエル)と外交関係を持つ中東諸国に伝えていた4。イランは米国ともイスラエルとも国交を持たないが、中東諸国に事前通告することで、情報を間接的にイスラエルへ届けて、イスラエル軍が十分な防衛体制を敷けるようにした。そして、イスラエル軍は米英軍などと連携・協力して、この攻撃に対処した。ヨルダン軍も、自国領空を侵犯してイスラエルに向かおうとするイランのドローン多数を撃墜した5。その他の一部アラブ諸国も、レーダー情報の提供などの形でイスラエルを支援したとみられる6。結果的に、イランの発射した飛翔体の内、弾道ミサイルに比べて高度が低く速度が遅いドローンと巡航ミサイルは全て、イスラエル領空到達前に捕捉・撃破された。弾道ミサイルの一部はイスラエル領空に到達したが、その多くは、イスラエルの弾道ミサイル防衛システム「アロー」によって迎撃された。結果、少数の弾道ミサイルのみがイスラエル領内に着弾し、南部のネバティム空軍基地にわずかな被害が出た。つまり、攻撃の結果は、イランの期待通りのものとなった7。
攻撃後、イランは国連代表部のSNSを通じて、今回の攻撃をもって、この件は完了として、これ以上のイスラエルとの攻撃の応酬を望まない意向を表明した8。(但し、イランは、イスラエルが反撃する展開をも想定していた。今回、イスラエルに向けて発射された300以上の飛翔体の一部は、イランからではなくイエメンから飛来したが9、他方、レバノンから飛来したものはないとみられる。イランは2023年10月以来一貫して、レバノンの親イラン勢力であるヒズボラの温存、つまり、ヒズボラがイスラエルとの本格交戦に突入して打撃を受ける事態の回避を目指しており、今回も、イスラエルが報復攻撃を行ったとしても、その対象から外れるよう、ヒズボラを活用したレバノンからの攻撃を意図的に避けた可能性が高い。)
一層のエスカレーションを回避したいイランと、イスラエルの思惑
さて、今回のような、①双方が相手国を1回ずつ攻撃するが、②イランによる攻撃にはエスカレーションを望まないメッセージが込められており、それによって手打ちにしてそれ以上のエスカレーションを回避するイランのやり方には、先例がある。例えば、2020年1月に米軍がイラク領内で、イラン革命防衛隊の対外作戦部隊「クッズ部隊」を率いるソレイマニ司令官(少将)を殺害した後、イランは、米国と国交がないためイラク経由で間接的に米国へ事前通告を行って、米軍人に退避の時間的猶予を与えた上で、イラク領内の米軍基地をミサイル攻撃した。そして、施設に被害は出たが、米軍人の死者数はゼロであり、米国もイランの意図を汲んだので、それ以上の両国間のエスカレーションは回避された10。また、2023年12月にイラン南東部で警察署が襲撃されて警察官11人が殺害された後の2024年1月、イランは隣国パキスタンに拠点を置く反体制派ジャイシュ・アル・アドルの犯行とみなして、パキスタン領内の同組織拠点をミサイルなどで攻撃し、これに対する報復として、パキスタンはイラン領内に存在するパキスタン反体制派の拠点をミサイルなどで攻撃した11。この時も、イランとパキスタンは互いに、相手国内に拠点を置く自国の反体制派に標的を絞った攻撃を一回ずつ実施して、それ以上のエスカレーションを回避した。この手法は、当事国双方の思惑が一致した場合には有効である。しかし、イランとイスラエルの場合、両国の思惑はおそらく異なる。
イスラエルの視点では、(在シリア・イラン大使館への攻撃への関与を認めたとしても、)イスラエルはシリア領内のイラン在外公館敷地を攻撃したに過ぎず、イラン本土を攻撃していなかったのに、イランがイスラエル領土を攻撃した12ので、エスカレーションを行ったのはイランとなる。だから、このエスカレーションに対して、反撃が必要とされる。そして、4月19日、イスラエル軍はイランの中部イスファハンを攻撃したとみられる。これが事実であれば、長年にわたりサイバー攻撃や暗殺などの各種破壊活動を水面下で繰り広げつつも、軍による直接攻撃を回避してきたイランとイスラエルは、ついに軍が互いに相手国領土を攻撃する事態に至った。但し、イスファハンへの攻撃の被害はわずかとみられ、これは、さらなるエスカレーションを回避したいとのイスラエルの意思を反映している。
現状を整理すると、イランは事態のエスカレーションを望んでいない。イスラエルも、ガザ地区におけるハマスとの交戦に加えて、レバノンのヒズボラやシリア領内のイラン革命防衛隊など、イスラエル北部に隣接する国々の敵対勢力と交戦するエスカレーションまではおそらく想定しているが、イランとの全面交戦のような過度のエスカレーションを望んでいない。
なお、4月19日の攻撃の詳細はまだ不明だが、イスラエルは、イラン領土に到達する攻撃手段として、ドローンに加えて、戦闘機(F15など)、潜水艦発射型の巡航ミサイル(ドルフィン級潜水艦に搭載)13、弾道ミサイル(エリコ)を持つ。有人機での攻撃が可能な分、イスラエルはイランよりも多くの攻撃手段を持つ。そして、イスラエルは、①ロケット弾などを迎撃するアイアンドーム、②ロケット弾などに加えて短距離弾道ミサイルまでを迎撃するダビデスリング、③弾道ミサイルを迎撃するアロー、などから成る重層的な防空システムを持つ。弾道ミサイル防衛システムであるアローについては、イスラエルは従来から「アロー2」を運用していたが、それに加えて、2023年11月から「アロー3」をも運用しており、同国の弾道ミサイルへの対処能力はさらに向上している14。これに対して、イランはロシアから購入したS300地対空ミサイルシステムなどを保有しているので、一定の防空能力を有するが、弾道ミサイルの迎撃能力をほぼ持たない15。また、2020年1月には、イラン革命防衛隊の航空宇宙軍(空軍に相当)の防空部隊が、旅客機を巡航ミサイルと誤認して撃墜して乗員乗客176人全員が死亡した事件が起きており16、つまり、イランの防空能力はイスラエルに比べて脆弱である。
おわりに:エスカレーションによって紛争の構図や各国の姿勢が変化する可能性
2023年10月に始まったハマスとイスラエルの交戦は、間もなく、「ハマス、及び、ハマスに連帯する親イラン諸勢力」とイスラエルの交戦に拡大し、さらに今回、「ハマス、及び、ハマスに連帯する親イラン諸勢力、及び、イラン」とイスラエルの交戦に拡大した。イスラエルが中東諸国の正規軍と交戦するのは、1973年の第4次中東戦争、もしくは、イラク軍がイスラエルをミサイル攻撃した1991年の湾岸戦争、もしくは、2010年にイスラエルとレバノンの国境地帯で両国軍が衝突して以来、10年以上ぶりのことである。
但し、4月19日の攻撃の被害がわずかとみられることと、イスラエル・イラン両国がこの攻撃を深刻な事態とみなすことを意図的に避けていることが示すように、イスラエルもイランも、これ以上の相手国とのエスカレーションを望んでいない。だから、両国軍による相手国への直接攻撃は、これで終わりとなる可能性が十分ある。なお、イスラエルが今回、イランへの大規模な報復攻撃を自制した一因は、米国の姿勢であるとみられる。イランがイスラエルを攻撃した際、米国は、イスラエルの防衛には全面協力するが、イスラエルによる対イラン攻撃には協力しない姿勢を明確に示した17。そして4月18日、米国は、イランの対イスラエル攻撃で使用されたドローンなどを対象とした新しい対イラン制裁を発表した18。イランの対イスラエル攻撃の再発防止を狙った措置を迅速に講じて、イスラエルの防衛に関与する姿勢を示しつつ、イランへの反撃には協力を拒む米国の姿勢は、イランへの反撃を抑制的なものにするというイスラエルの決定に影響したとみられる。
なお、イランとイスラエルの相互攻撃という今回のエスカレーションに伴い、ガザ地区でのハマスとイスラエルの交戦として始まった紛争の構図や、それを巡る各国の姿勢が、今後変化する可能性がある。まず、ガザ地区への注目が相対的に薄れ、それに伴い、ガザ地区の人道状況についてのイスラエルへの、米国などからの批判が弱まる可能性がある。これはイスラエルにとって利点である。今回のイランの対イスラエル攻撃の直後、G7は一致してイランを非難した19。また、一部アラブ諸国の姿勢も変わる可能性がある。自国民の半数以上をパレスチナ人が占めているヨルダンは2023年10月以来、イスラエル軍による攻撃や人道支援物資の搬入制限でガザ地区のパレスチナ人住民に犠牲が出ている状況を非難し、ヨルダン軍を動員してガザ地区で医療支援を実施してきた20。同年11月には、ヨルダン軍がガザ地区で運営する野戦病院がイスラエル軍の攻撃を受けて、ヨルダン人スタッフ7人が負傷した。しかし、今回、ヨルダン軍はイスラエル攻撃に向かうイランのドローン多数を撃墜した。ヨルダン軍は一義的には、自国の領空防衛の任務を遂行したのだが、結果的に、イスラエルへ飛来するドローンの数を減らしたことで、イスラエルを支援した形になった。
サウジアラビアは、今回のイランの対イスラエル攻撃に際して、ドローンやミサイルの捕捉などのイスラエル支援を行わなかったとしている21。しかし、2010年代からシリア内戦とイエメン内戦でイランとの代理戦争を戦い、2016年から2023年までイランと断交していたサウジアラビアにとって、中東域内での最大の脅威は今もイランである。2023年10月のハマスによる対イスラエル大規模攻撃の直前、サウジアラビアはイスラエルとの国交樹立に向けて交渉を進めていたが、当時、サウジアラビアが国交樹立の見返りとして米国に要求していたものは、米国によるサウジアラビアの安全保障へのより明確な関与の約束だったとされる。そして同年10月以降、サウジアラビアはイスラエルとの国交樹立交渉を凍結した。サウジアラビアでは2019年に、イランもしくは親イラン勢力によるドローンと巡航ミサイルの攻撃で、国営石油会社サウジアラムコの石油施設が深刻な被害を受け、石油生産能力が一時的に半減した。この経験を持つサウジアラビアは、今回、イランの対イスラエル攻撃を目の当たりにして、イランの脅威を再認識したとみられる。そのため、地域安全保障上の脅威認識が一致するサウジアラビアとイスラエルは、水面下で接近・協力を試みる可能性がある22。
Profile
- 西野 正巳
- 地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官
- 専門分野:
中東地域研究、イスラーム学