NIDSコメンタリー 第309号 2024年4月16日 日米比首脳会合の開催 —— 3国間安全保障協力の行方

地域研究部長
庄司 智孝

2024年4月11日、岸田首相、米国のバイデン大統領、フィリピンのマルコス大統領による初の日米比3カ国首脳会合がワシントンで開催された。会合では経済やインフラ開発、脱炭素化を含む幅広い分野について協議が行われたが、主眼は安全保障にあった1

近年、インド太平洋地域で米国を中心とする同盟のネットワーク化が進んでおり、その一環として日本とフィリピンの安全保障協力も急速に進展している。その結果、共同演習を中心として日米比3カ国の協力実績も着実に積み上がってきている。3カ国の安全保障協力が進んだ理由としては、中国の海洋進出によってこれらの国々の戦略的利益が互いに大きく重なり合うようになったためである。加えて、日米比の協力はフィリピンの積極姿勢が大きな推進力となっており、そうした姿勢は、2022年に発足したマルコス政権から顕著となっている。

本短評では、今回の日米比首脳会合を手がかりとして、特にフィリピンの動向を軸に、3カ国安全保障協力の現状を考察し、今後を展望する。

日米比共同ビジョンステートメント――安全保障協力部分

会談に際して発表された共同ビジョンステートメントによると、3カ国の安全保障協力に関して、「平和と安全のための連携」と題し、多くの合意が発表された。文書では南シナ海での中国によるフィリピン船舶への度重なる妨害活動に関し、「中国」と名指ししたうえで深刻な懸念を表明した。そして3カ国の海上保安機関の相互運用性向上を目的とした合同訓練を実施するほか、3カ国の海洋協議の立ち上げで合意した。また防衛協力としては、3カ国にオーストラリアを加えた同盟国・同志国海軍間の共同訓練・演習を引き続き推進することが明記された2。こうして海洋安全保障を中心に、3カ国の安全保障協力が一層推進されることにつき、首脳レベルでのお墨付きが与えられた。

マルコス政権の積極姿勢――南シナ海での緊張

フィリピンのマルコス政権は、同盟国米国、同じく米国の同盟国で重要なパートナー国である日本との安全保障協力にきわめて積極的な姿勢を見せている。そこには主として3つの要因がある。第1に、南シナ海情勢の悪化である。同海域にある島々の領有権や海洋権益をめぐってフィリピンは中国と争い、緊張関係にあるが、特に近年、両国間で衝突が頻発している。具体的には、フィリピンの管理下にあるセカンドトーマス礁では同国による定期的な補給活動が行われているが、こうした補給活動に対する中国の妨害が激しさを増している。2023年2月、礁付近にいたフィリピン公船に対し、中国海警船が軍事用レーザーを照射する事案が発生したほか、フィリピン公船に対する異常接近、中国の海上民兵とみられる漁船の大量停泊、艦船の衝突といった事案が相次いでいる3。2024年3月には、中国海警船がフィリピン公船に対し放水銃を発射し、フィリピン側に負傷者が出る事態となった。このためフィリピンには、同盟国やパートナー国と連携して中国に抗する強い動機が生じている。

第2に、マルコス大統領個人のイニシアチブである。フィリピンの外交安全保障の基本方針は大統領個人の意向に大きく影響を受ける。ドゥテルテ前大統領は中国との経済を中心とする関係強化を優先し、南シナ海問題を棚上げしたが、現大統領の政策課題の優先順位はこれと真逆であり、状況はアキノ前々政権期に酷似している。

南シナ海問題には、ナショナリズムの問題も絡んでいる。2022年に行われた一般教書演説でマルコス大統領は、いかなる外国勢力に対しても国土の1平方インチたりとも放棄しないと述べ、翌2023年の一般教書演説でもフィリピンの主権、領土の一体性、法に基づく国際秩序を守ると強い姿勢を示した4。強気の姿勢の背景には、南シナ海でフィリピン公船や漁民に対してハラスメントを続け、フィリピンに圧力をかける中国に対する国民の強い反感がある。マルコス大統領は強い姿勢を示すことで、国民からの支持を得ようとしている。2024年4月、マルコス大統領は、南シナ海の海洋安全保障と海洋状況把握の強化に関する大統領令を出し、国内関連機関の機能強化にも乗り出した5

第3に、米国からの強い働きかけである。ドゥテルテ政権期、米国とフィリピンの関係は冷却化したが、マルコス政権発足後、米国はフィリピンとの安全保障を中心とする関係再構築に乗り出した。2022年から翌2023年にかけて、ブリンケン国務長官、ハリス副大統領、オースティン国防長官ら政府高官が次々とマニラを訪れ、そろって南シナ海有事の際には米比相互防衛条約に基づき米国がフィリピンの防衛に関与する旨明言した。こうした「マルコス詣で・フィリピン防衛の確約」に加え、2022年9月、バイデン大統領は国連総会出席のため訪米したマルコス大統領と初会談を行い、ここでもフィリピンの防衛に対する米国の関与を確認した。米国がフィリピンとの関係強化を急ぐ理由としては、南シナ海における中国の海洋進出のほか、より喫緊の課題として、台湾海峡の緊張があった。南シナ海に面し、かつ台湾に隣接するフィリピンの戦略的重要性は、二重の意味で高まっている。

日米比安全保障協力――ハブ化するフィリピン

フィリピン側も、米国からの働きかけに積極的に呼応し、両国の国防協力は急速に進展している。2023年2月のオースティン国防長官訪問に際して両国は、南シナ海共同巡視の再開に加え、アキノ政権期に締結した防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、従来の5カ所に加え、新たにフィリピン国軍の4カ所の拠点を米軍が使用することで合意した。新たな4拠点のうち2つは、北部ルソン島の台湾に面した地点にある。また同年4月、ワシントンで米比外務・国防担当閣僚会合(2+2)が7年ぶりに開催され、両国はEDCA9拠点に対するインフラ投資、南シナ海共同巡視計画の策定、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結で合意した。さらに5月、南シナ海が米比相互防衛条約の適用範囲である旨明記された米比ガイドラインが締結された6

フィリピンは米国の同盟ネットワークを活用し、防衛協力の多角化も進めている。その主要な相手国は日本、そしてオーストラリアである。2023年 11月、岸田首相のフィリピン訪問に際し、フィリピンと日本は円滑化協定(RAA)の交渉開始を決定したほか、政府安全保障能力強化支援(OSA)を通じたフィリピン海軍の能力構築支援で合意した。さらに岸田首相は、フィリピン沿岸警備隊に対して5隻の大型巡視船を供与することを表明した。マルコス大統領は日本との訪問国協定(VFA)締結にも積極姿勢を見せている。

オーストラリアとの間では、2023年9月のアルバニージー首相訪比の際、両国は戦略パートナーシップを締結したほか、毎年国防相会談を開催することで合意した。その後11月に、両国海軍は南シナ海で初の協同活動を実施した。さらに2024年2月、マルコス大統領はオーストラリアを訪問し、その際両国は新たな海洋協力協定に調印した。

米国の同盟ネットワークを礎に、2国間協力は多国間協力へと拡大している。例えば2023年8月、日米豪比4か国の海軍による共同訓練がマニラ周辺で実施されたほか、10月には米比共同演習「サマ・サマ」に日豪のほかカナダ、英国、フランス、マレーシアも参加した。2024年4月には、南シナ海で日米豪比の共同訓練が再度実施されたが、その際日本の防衛相と3カ国の国防相は共同プレス声明を発表し、自由で開かれたインド太平洋を支えるため、協力を強化する旨宣言した7。インド太平洋地域では現在、米国を中心とするミニラテラルな連携が注目されているが、クアッドやAUKUSといった制度化された枠組みのほか、フィリピンを中心とするアドホックな連携が活発化している。こうしたフィリピンをハブとするミニラテラルな連携強化を背景として、今回日米比首脳会合が行われ、3カ国首脳は一層の協力で合意したわけである。

協力の行方

中国はフィリピンに対する非難を一方的に強めており、今後も南シナ海での事案は継続的に発生するだろう。また、台湾の状況も予断を許さない。本年11月に行われる米国の大統領選挙の結果も、3カ国協力の今後に大きな影響を与えるであろう。ただ、トランプ政権期に南シナ海における米国の航行の自由作戦が活発化したように、米国防省がホワイトハウスから相対的に自律して活動を実施できるような、制度化の進む可能性も考慮する必要がある。さらに、より中期的には、フィリピンの次期大統領の意向も見逃せない。フィリピンの大統領は1期6年であり、2028年に大統領は必ず交代する。その時、次期大統領がドゥテルテ前大統領のような選好を有していた場合、日米比の協力は再度不透明化・漂流する可能性もあろう。

Profile

  • 庄司 智孝
  • 地域研究部長
  • 専門分野:
    東南アジアの安全保障