NIDSコメンタリー 第308号 2024年4月12日 イエメン情勢クォータリー(2024年1月~3月)——10年目を迎えたイエメン内戦とフーシー派の支持拡大

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

エグゼクティブ・サマリー

  • フーシー派は、紅海等での船舶攻撃やイスラエル南部エイラートへの攻撃を継続した。米英は空爆を継続したが、フーシー派抑止という目的を達成できていない。同派には国内外の親パレスチナの民衆からの政治的支持が集まっており、国際社会にとって重大な課題である。イエメン内戦開始から9年が経過したが、和平交渉は紅海情勢の緊張を受けて停滞しているとみられる。
  • アリーミー政権派は、空爆前後から各国要人と会談を実施した。2月中旬のミュンヘン安全保障会議では、アリーミーはフーシー派やイランに対する強い不信感を示しつつ、同派の脅威に対応するために国際社会からの支援拡大を求めた。2月上旬には汚職疑惑がかかっていたマイーンから、外相ビン・ムバーラクに首相交代が行われた。新首相の下でも、経済状況の改善が課題となろう。
  • 南部移行会議も政権派と同様に、フーシー派を非難する言説を展開した。ズバイディーはサウディアラビアの空爆が失敗したとの認識を示した上で、空爆を補完する地上部隊の必要性を指摘した。国民抵抗軍もフーシー派を非難し、2018年のストックホルム合意の瑕疵を改めて指摘した。
  • イエメンを拠点とするアル=カーイダ系組織「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」は、最高指導者バータルフィーの死亡を発表した(死因非公表)。バータルフィーの後任にはシャブワ県出身のサアド・アウラキーが選ばれた。最高指導者の交代がイエメン内戦全体に与える影響は大きくないとみられる一方、中長期的に攻撃対象が変化する可能性には留意が必要である。

(注1)本稿のデータカットオフ日は2024年3月31日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。
(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。

【図1:イエメン内戦におけるアクターの関係】

図1イエメン内戦におけるアクターの関係

(注1)大統領指導評議会の中で、サウディアラビアの代理勢力と評される組織を(◆)、UAEの代理勢力と評される組織を(◇)とした。
(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。
(出所)筆者作成

フーシー派:海洋軍事活動の継続と政治的支持の拡大

フーシー派は10月中旬から開始した対イスラエル本土攻撃、および11月中旬以降の紅海等を通航する船舶への攻撃を継続した。前四半期のフーシー派の軍事活動1、および1月11日の米英空爆については別稿で示したため、別途参照されたい2。以下では、第1回空爆以降のフーシー派の軍事活動や国際社会の反応について分析を行う。
1月11日の空爆後、フーシー派は「米英の攻撃はイエメンの軍事能力になんら影響を与えない」と主張3した上で、同月14日に攻撃を再開した4。空爆への報復措置として新たに米英船舶も攻撃対象に含め、3月2日には同派の対艦弾道ミサイルを被弾した英国貨物船「Rubymar」号が沈没した5。また同月6日には「True Confidence」号が対艦弾道ミサイル攻撃を受け、2023年11月以降初となる死者3名が発生した6。米国第5艦隊司令官ブラッド・クーパー(Brad Cooper)によれば、フーシー派のミサイルが到達するまで約75秒、艦艇の迎撃意思決定は9秒から15秒ほどしかなく、民間船舶にとっては重大な脅威である7。なおフーシー派側の主張にはなるが、同派は2023年12月時点で13種類の対艦ミサイルを保有し、内7種類を対艦弾道ミサイルとしている8[表1参照]。さらにイスラエルとハマースの停戦合意がラマダーンに入っても実現しない中、フーシー派は3月14日に攻撃範囲を従来の紅海・アラビア海(およびアデン湾)から、インド洋へ拡大することを表明した9。同月22日に最高指導者アブドゥルマリク・フーシー(‘Abd al-Malik al-Ḥūthī)は、紅海、アラビア海、インド洋でこれまでに479回のミサイル・ドローン攻撃を実施したことを明らかにし、パレスチナ支援継続を訴えた10
後述するように、米英はフーシー派抑止のために軍事・政治的な取り組みを続けているにもかかわらず、本稿執筆時点では目標を達成できていない。米英も2カ月以上フーシー派の海洋軍事活動に関連したアセットを空爆対象としているものの、同派が地下の貯蔵施設にミサイルを隠匿しているとみられることに加えて、イランからの密輸(兵器のフロー)の継続も効果を低減していると考えられる11。米軍は2月18日にフーシー派の水中無人機(UUV)破壊を発表し、同派によるUUV運用を2023年10月以降初のこととしたが、管見のかぎり同派のUUV保有が確認されたこと自体が初である12。すなわち、イランはフーシー派の海洋軍事活動を支援すべく、新たに高度な兵器を供与している可能性がある。また米軍は2月中旬、紅海沖に展開するイラン艦艇「Behshad」に対してサイバー攻撃13を実施したとされるが、同艦は引き続きフーシー派に航行船舶の情報提供を行っているとみられる14

【表1:フーシー派が保有する対艦ミサイル一覧】

名称 分類 能力
マイユーン 地対艦弾道ミサイル ●中距離
●固体燃料
タンキール 地対艦弾道ミサイル
(地対地弾道ミサイル)
●中距離
●固体燃料
ムヒート 地対艦弾道ミサイル ●中距離
バフル・アフマル 地対艦弾道ミサイル ●中距離
ファーリク 地対艦弾道ミサイル ●射程140km
●弾頭重量105kg
ファーリク1 地対艦弾道ミサイル ●射程200km以上
●固体燃料
アースィフ 地対艦弾道ミサイル ●射程400km
●弾頭重量550kg
●固体燃料
クドゥスZ-0 地対艦巡航ミサイル ●長距離
サッジール 地対艦巡航ミサイル ●射程180km
●弾頭重量100kg
サイヤード 地対艦巡航ミサイル ●射程800km
●弾頭重量200kg
マンデブ1 対艦巡航ミサイル ●中国製対艦ミサイル「C-801」の改良版
マンデブ2 対艦巡航ミサイル ●射程300km以上
ルベージュB-21
ルベージュB-22
地対艦ミサイル ●ロシア製地対艦ミサイル「P-15M テルミート」の復旧版

(注1)フーシー派の主張であり、実際の能力はそれよりも低い可能性が高い。
(注2)タンキールは地対艦弾道ミサイル、地対地弾道ミサイルの2種類がある。
(注3)フーシー派が保有する対艦ミサイルは、全種地上発射方式(地対艦ミサイル)とみられるが、原典に発射方式が記されていないものについては記載しない。
(出所)𠮷田 (2024) より引用15

軍事活動を継続するフーシー派に対して、米国や英国も無策であったわけではない。両国は第1回の空爆後に追加の攻撃を辞さない構えを示し、実際に空爆を継続してきた。1月17日には米国はフーシー派をテロ組織に再指定するなど、政治的にも圧力をかけようとした16。しかし翌18日の5度目の空爆に際して、米国大統領ジョセフ・バイデン(Joseph Biden)は、フーシー派抑止には至っていないことを認めた17。さらに同月25日に米国はフーシー派要人4名への制裁を発表したが、この効果も限定的とみられる18。対象者は国防大臣ムハンマド・アーティフィー(Muḥammad al-‘Āṭifī)、海軍司令官ムハンマド・アブドゥンナビー(Muḥammad ‘Abd al-Nabī)、沿岸防衛隊司令官ムハンマド・カーディリー(Muḥammad al-Qādirī)、調達局長ムハンマド・ターリビー(Muḥammad al-Ṭālibī)である。なお一般に「海軍(Navy)」を指すイエメンの国防省傘下の軍事組織の正式名称は「海軍・沿岸防衛隊(al-Qūwāt al-Baḥrīya wa al-Difā‘ al-Sāḥilī, Navy and Coastal Defense Forces)」であり、沿岸防衛隊は内務省傘下の「沿岸警備隊(Khafr al-Sawāḥil, Coast Guard)」とは異なる。
欧州は米国との距離を示しつつも、フーシー派の軍事的脅威に対応すべく、2月19日にEU枠組み「アスピデス」作戦の下で紅海への艦艇派遣を開始した19。派遣された艦艇による船舶護送に加え、仏海軍がフーシー派のミサイルやUAV撃墜の成果を挙げている。他方で本作戦においては先制打撃を行うことは認められておらず、防勢作戦としての側面が強調されている。またEUの枠組みで行動を進めることは、2023年12月発足の米国主導の多国籍枠組み「繁栄の守護者」作戦に対して、改めて距離感を示したともいえる。
米英やEUなど西側諸国の反応に続き、ロシアと中国の反応を整理したい。まずロシアは第1回空爆に際して、米英を強く非難した。2015年以降のロシアの対イエメン政策について見ると、国際承認政府の正統性の根源となっている国連安保理決議2216号決議(2015年4月採択)に対して、唯一棄権票を投じるなど、初期からフーシー派との距離感は遠くはなかった(残り14カ国は賛成)。しかし、ジョージ・メイソン大学のマーク・カッツ(Mark Katz)によれば、ロシアのフーシー派への姿勢はイエメンの諸アクターとの全方位的な関係の構築や、イランとの関係によって決定されており、フーシー派自体との関係を重んじたものではない20。今般の情勢下でもフーシー派を非難する国連安保理決議2722号に対して棄権するなど、一見するとフーシー派寄りに見えるものの、拒否権発動には至らない微温的な姿勢を保っている。ロシアのこうした態度について、ロシア国際問題評議会のニキータ・スマーギン(Nikita Smagin)は米国に対する「空威張り」であると主張した上で、ウクライナ戦争下での対露経済制裁が影響しているとの見方を示した21。彼によれば、ロシアは経済制裁の影響を低減すべくインドへ原油輸出を行っているが、その航路は紅海を経由している。すなわち、ロシアは米国がフーシー派対処に苦慮することは望みつつも、同派の軍事活動が自国の経済に望ましくない影響を与え得ることも認識していると考えられる。1月下旬にフーシー派交渉団代表ムハンマド・アブドゥッサラーム(Muḥammad ‘Abd al-Salām)は、ロシア外務次官ミハイル・ボグダノフ(Mikhail Bogdanov)と会談を実施しており、後述する紅海等通航にかかる安全保証について議論したと考えられる22
中国についても、米国が中東情勢に引きずり込まれることを好機と捉えていると考えられる23。中国はパレスチナ寄りの姿勢を強く打ち出し、紅海情勢に関しても長く沈黙を貫いていた。フーシー派側は広義の反米陣営として中露を捉えている側面があり、1月中旬時点で同派政治事務局メンバーのムハンマド・ブハイティー(Muḥammad al-Bukhaytī)が、中露の安全通航を保証する旨の発言をした24。さらに3月21日付の『Bloomberg』の報道によれば、フーシー派は中露に対して航行船舶の安全を供与することで合意したとされる25。しかし、その後中国が保有・運航する船舶「Huang Pu」号が攻撃を受けたことは注目に値する。この攻撃についてフーシー派は、「英国船舶を標的とした」攻撃であると主張し、中国船舶であることを認めなかった26。すなわち、「Huang Pu」号攻撃は自派が定めた攻撃範囲内の作戦であったと正当化したといえる。フーシー派側の標的船舶に関する情報収集能力不足による誤射か、あるいは他の要因かは定かではないものの、無害通航が約されたはずの中露の船舶ですら攻撃を受けるリスクを抱えているといえよう。
フーシー派の脅威について考えた場合、軍事的(物理的)な側面と政治的(観念的)な側面の2つに分けることができる。前者はここまでに述べたような、対艦ミサイルやドローンを用いた攻撃であり、米英の空爆はこの脅威に対応するものである。後者はフーシー派の言説が持つ国内外での訴求力であり、イタリア国際政治学研究所のエレオノラ・アルデマグニ(Eleonora Ardemagni)が指摘するように、中東・イスラーム諸国で同派への支持が高まっている27。国内外でのフーシー派に対する支持の広がりは、国際社会が早急に対処すべき課題である。トルコの首都イスタンブールでは、1月にアブドゥルマリク・フーシーの肖像写真28が、加えて2月の英国リーズ大学でのパレスチナ連帯デモに際して「フーシー派ありがとう」と書かれた旗が掲げられた29[図2左参照]。英国は勿論として、2023年10月以前にトルコのようなスンナ派の国においても、フーシー派を支持する現象は見られなかった。
フーシー派支配地域内のイエメンについては、イスラエル・パレスチナ情勢が緊迫化する直前の2023年8月から9月にかけての、フーシー派の行政能力に対する住民の不満が落ち着きを見せた。支配地域内の不安定化要因の中和に加えて、フーシー派の「言葉と行動の双方からパレスチナの大義に立つ」という言説は、国内の支配地域・非支配地域双方で同派に対する積極的な支持を生み出しつつある。同派は紅海での作戦開始以来、20万名30の新規戦闘員を動員、教練を施したと主張しており、サナア戦略学研究所のアブドゥルガニー・イルヤーニー(‘Abd al-Ghanī al-Iryānī)は新兵の数を15万名近くと見積もっている31。統一的な見解はないものの、今般の情勢以前のフーシー派の兵力推計の最大値が20万名であったことから、単純に見ればこの4カ月で兵員がほぼ倍増した計算になる。新兵教育については極めて短期、かつ初等レベルであったとみられ、課程修了に際して行われる記念パレードでも制服や迷彩服ではなく私服を着用している者が大半であった。すなわち、今般の新兵は従来の課程修了者とは明らかに訓練水準が異なり、軍事的な増強という意味合いでの意義は薄いように見受けられる。他方でフーシー派としては、パレスチナ連帯の下で大規模な住民動員を可能にしたと主張することで、同派への支持の高まりを見せつける狙いがあったと考えられる[図2右参照]。また支配地域外のイエメン国内においても、ジェームズタウン財団のミヒャエル・ホートン(Michael Horton)が指摘するように、反フーシー派勢力にも態度の変化が生じている32。ホートンによれば、政権派の支持基盤であるイスラーム主義政党「イスラーハ」のメンバーの中には、フーシー派へ兵器を供与する者も現れている。

【図2:拡大するフーシー派支持(左)/首都サナアにおけるパレスチナ連帯デモ(右)】

図2拡大するフーシー派支持(左)/首都サナアにおけるパレスチナ連帯デモ(右)

(注)「拡大するフーシー派支持」(左)は、ソーシャル・メディアにアップロードされたもの。 (出所)Qanāt al-Jazīra (Twitter Post) , Wikāla al-Anbā’ al-Yamanīyaより引用33

2015年3月26日のサウディアラビア主導の有志連合軍による空爆開始から9年が経過し、イエメン内戦は10年目を迎えた。フーシー派を軍事的に排除できない現実に直面し、2022年4月の停戦合意以降、サウディアラビアはフーシー派と和平交渉を行ってきた。2023年12月下旬、国連事務総長イエメン担当特使ハンス・グルンドベリ(Hans Grundberg)は大統領指導評議会とフーシー派による、全土での停戦実施などのための一連のコミットメントを歓迎する声明を発出した34。しかし米英空爆後の2024年1月13日には、グルンドベリの声明は「イエメンを取り巻く最近の動向に対する懸念」を表明するものに変わった35。同年2月の国連安保理へのブリーフィングでは、グルンドベリはガザでの戦争、特に紅海における軍事的エスカレーションに関連した地域の緊張が、イエメンの和平交渉を遅らせているとの見方を示した36。他方でフーシー派はサウディアラビアやUAEが交渉を遅延させているという認識を示しており、主張には食い違いが見られる37。和平交渉についてはこれまでからイエメン情勢に応じる形で進展に波が見られてきたが、今般はイスラエル・パレスチナ情勢に紐づいていることが、問題を複雑化させているといえる。

アリーミー政権派:ミュンヘン安全保障会議出席と首相交代

大統領ラシャード・アリーミー(Rashād al-‘Alīmī)は各国要人との会談を実施した。空爆前後では米国イエメン担当特使38および駐イエメン米国大使(1月9日)、同フランス大使39(1月10日)、同UAE大使40(1月14日)、同英国大使41(1月14日)、同中国代理大使(1月16日)などと会談を実施した42。米英は複数回会談を実施しており、フーシー派への対応に関して議論したとみられる。1月29日の駐イエメンEU大使との会談では、アリーミーはEUにフーシー派をテロ組織指定するよう要請した43。3月のラマダーン入り後もトルコ、フランス、中国の駐イエメン大使(中国は代理大使)がアリーミーとの会談を実施し、軍事活動を継続するフーシー派に関して議論を交わした。もっとも、アリーミーや彼を支持する国軍が紅海情勢に与える影響は大きくないと考えられる。
2月中旬に出席したミュンヘン安全保障会議では、アリーミーはフーシー派をテロ組織に指定するよう国際社会に求めるとともに、国際承認政府への支援を呼びかけた。またガザの戦争が終結しても紅海におけるエスカレーションは止まらないと述べ、フーシー派の「ガザにおける侵略停止まで作戦を継続する」という主張を否定した。ミュンヘン滞在中に行われたのインタビューでは、アリーミーは、フーシー派の紅海での軍事活動は和平交渉からの逃避であるとの見方を示した44。また彼は武器密輸が続いていることを根拠に、イランがイエメンの平和を望んでいないと非難した上で、「イランがイエメンの平和を希求していると、言葉ではなく行動を通して証明するよう望む」とも述べた。さらに米英の空爆はフーシー派の能力壊滅には至らないと指摘した上で、①国際承認政府とのパートナーシップおよび支援、②イランからの兵器供給遮断が必要であると主張した。アリーミー政権派としては、フーシー派の脅威が認識されていることを奇貨として、国際社会からの支援拡大を図りたい思惑があるとみられる。
2月上旬に2018年10月から首相を務めたマイーン・アブドゥルマリク(Ma‘īn ‘Abd al-Malik)が退任し、新たに外相のアフマド・ビン・ムバーラク(Aḥmad bin Mubārak)が首相に選出された。なおマイーンは大統領指導評議会顧問に任命された。マイーン率いる内閣は2023年8月以降、汚職疑惑が高まっていた。後任のビン・ムバーラクは駐米大使や大統領府長官を歴任した人物であり、強硬な反フーシー派かつ親サウディアラビア派とみられている45。ビン・ムバーラクの目下の課題は経済状況の改善であり、経済改善を通してアデンなど南部移行会議の支配下にある地域で政権派の支持を拡大することが、中長期的には目指されよう。他方で原油輸出ができず、輸入コストが上昇している足元の局面では、経済状況の改善は容易ではない。仮に電力不足などが続けば、南部移行会議はマイーン同様にビン・ムバーラクの行政能力不足を非難した上で、治安部隊などを用いた威圧を行うと考えられる。

南部移行会議:ダボス会議出席と対フーシー派強硬発言

最高指導者アイダルース・ズバイディー(‘Aydarūs al-Zubaydī)は1月中旬に世界経済フォーラムの年次会議(ダボス会議)に出席し、国際社会の介入不足を指摘しつつ、対フーシー派で強硬な主張を展開した46。『ロイター』のインタビューにて、ズバイディーは米軍主導の連合が弱い理由として、支援国であるUAEやサウディアラビアも名指ししながら、地域大国が参加していない点を挙げた47。また彼は、空爆を補完する十分な地上部隊がいない中で有志連合軍が空爆に集中した失敗を、米国主導の連合が繰り返すことは望ましくないという見解を示している48。空爆を補完する陸戦部隊としてイエメン国軍について言及し、西側諸国による訓練や兵器・インテリジェンス供与が必要と主張した。
もっともこうした強硬な主張については、どの程度ズバイディーが本心から述べているかは疑問である。南部移行会議は情勢に応じてフーシー派への姿勢を変えてきたことで知られる。例えば2021年に政権派の北部最後の砦とも言われるマアリブ県が陥落しかけた際に、南部移行会議は国際承認政府の一員であるにもかかわらず、フーシー派に交渉の用意がある旨を明らかにしたことがある49。またズバイディーは2023年6月のインタビューにて、「フーシー派が北部を支配し、南部移行会議が南部を統治しているのが新たな現実である」と述べている50。こうしたフーシー派の存在を否定しない姿勢は、南部独立の優先と北部への無関心に起因するものである。南部移行会議系の部隊は北部での軍事活動に関心を持たないだけでなく、政権派の国軍と衝突を繰り返し、南部から国軍を放逐しようとしてきた経緯がある。他方で前述した通り、足元ではフーシー派に対して強硬な発言を繰り返しており、国際社会から見れば南部移行会議は言動が一貫していない。より直截に言えば、南部移行会議が仮に支援を得て陸戦を行ったとしても、旧南イエメン以北で作戦を継続するか不明であり、また南部支配拡大(アリーミー政権派放逐)のために、海外からの支援を悪用する可能性が危惧される。こうした懸念によるものかは定かではないが、公開情報を見るかぎりでは、ズバイディーの海外要人との会談実施回数・実施国数はアリーミーやサーレハに比べて少ない。ただしロシアは、外務省中東・北アフリカ局長アレクサンドル・キンシャク(Alexander Kinshchak)がズバイディーと会談を実施した。
3月10日にズバイディーはイエメン海軍の艦艇就役記念行事に出席した51。この行事で公開された比較的大型の艦艇は老朽化が進んでいるように見受けられ、フーシー派が対艦ミサイルを発射する中、実際にどの程度の運用に耐え得るかは不明である[図3参照]。他方で機関銃を搭載した小型の舟艇については、沿岸警備隊と同様に密輸・密入国阻止に貢献する可能性がある。前四半期12月にズバイディーは海軍司令官と会談を行い、海軍の再建や即応性について聴取していたことから、海軍側も実績を残した形である52

【図3:イエメン海軍の艦艇就役記念行事に出席するズバイディー】

図3イエメン海軍の艦艇就役記念行事に出席するズバイディー

(出所)Southern Transitional Council, Wikāla al-Anbā’ al-Yamanīya53より引用

国民抵抗軍:チャタムハウス会議出席と各国の眼差し

国民抵抗軍は親パレスチナの方針を打ち出しつつ、フーシー派の海洋軍事活動を非難する言説を展開した。最高指導者ターリク・サーレハ(Ṭāriq Ṣāliḥ)は、1月上旬の国民抵抗軍の軍事情勢に関する第1回年次分析会議にて、紅海でのフーシー派の活動がイエメンへの輸送費を3倍にしており、ガザの利益にもなっていないと指摘している54。また1月下旬にも、彼はフーシー派のプロパガンダ攻勢はパレスチナ支援と関係がなく、イランがヒズブッラーを温存するために同派を使用していると主張した55
本四半期のサーレハの外遊活動で特筆すべきものとして、英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)でのトークセッションへの参加が挙げられる56。同イベントの問答の中でサーレハは、紅海で起きていることはストックホルム合意によって国際社会がホデイダ解放に立ちはだかった結果であり、国際社会はその代償を払っていると述べた。国民抵抗軍は従来から、2018年末のホデイダからの部隊撤収を定めたストックホルム合意に対する不満を表明してきた組織であり、この合意がフーシー派の延命につながったとみなしている。またイエメンが「繁栄の守護者」作戦に参加していないと述べた上で、ガザでの戦争の終結が紅海の危機の終結をもたらすわけではないとも主張した。イエメン国内の反米・反イスラエル世論の根強さや、フーシー派が盛んにプロパガンダ戦を展開していることに鑑みると、イエメン政府としても同作戦への参加は賢明ではないと判断したと考えられる。
紅海に面した西海岸地域の一部を支配する国民抵抗軍に対して、各国は積極的なアプローチを行っているとみられる。同組織は「繁栄の守護者」作戦に参加していないと明言57しているが、駐イエメン米国大使58、同英国大使59、同EU大使などと会談を実施した60。さらにロシア61と中国もサーレハと会談を実施した62。詳細な議題は不明であるものの、中露は紅海におけるエスカレーション拡大を望まない姿勢を示し、特にロシアはガザでの即時停戦の必要性に言及した。前述した地理的要因に加え、国民抵抗軍は内戦以前の精鋭である共和国防衛隊出身者を擁する比較的精強な組織とみられ、各国が重要性を認識しているといえよう。
軍事的には国民抵抗軍は行進演習や新兵養成、軽度の砲撃の応酬、インテリジェンス部隊による情報戦を行った。本四半期も大規模な軍事衝突には発展しておらず、「戦争でも平和でもない状態」が続いているとみられる。他方で前述した年次分析会議では、国民抵抗軍の過去数年の成果が誇示された。特に過去2年でティハーマ抵抗軍第1および第2旅団、ザラーニーク軍第1および第2旅団、巨人旅団第7および第9旅団を統合したと主張している。さらに同発表によれば、同期間中に共和国防衛隊第11、第12および第13旅団、海軍歩兵第1および第2旅団の新設、第1および第3コマンド旅団の共和国防衛隊への統合も行われた。これらはあくまで国民抵抗軍側の発表であり、真偽は定かではない上、イエメン内戦ではしばしば旅団等の部隊・指揮官単位で帰属組織の鞍替えが行われるため、注意が必要である。しかし、国民抵抗軍は西海岸地域の支配強化にあたり地場勢力の統合・吸収を進め、それは連合を組むティハーマ抵抗軍との不和や軍事衝突の原因ともなってきた63。国民抵抗軍公表の部隊行進などの映像を視聴するかぎりでは、確かに兵員数の増加が起きているように見受けられ、2018年時点の米国NGO「武力紛争地域事件データプロジェクト(ACLED)」による兵員推計値3,000-10,000名64から規模を大きく拡大させている可能性が高い65

その他1:AQAP最高指導者の死亡とその影響

2024年3月10日、イエメンのアル=カーイダ系組織「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」は最高指導者ハーリド・バータルフィー(Khālid Bāṭarfī)の死亡を発表した。サウディアラビア人であるバータルフィーは2015年に収監先のハドラマウト県都ムカッラーから脱獄し、2020年以降AQAPの最高指導者を務めてきた66。新たな最高指導者にはシャブワ県生まれで、同県の地場勢力との結びつきが強いサアド・ビン・アーティフ・アウラキー(Sa‘d bin ‘Āṭif al-‘Awlaqī)が選出された。AQAPは2009年にサウディアラビア系勢力とイエメン系勢力が合流して結成された経緯があり、バータルフィー以前の最高指導者であったナースィル・ウハイシー(Nāṣir al-Wuḥayshī)やカースィム・ライミー(Qāsim al-Raymī)はイエメン人であった。なおバータルフィーの死因は公表されていないが、英国『BBC』はAQAPの声明文で使われている文言を基に、他殺ではない可能性を示唆している67
最高指導者の交代によって、AQAPが2010年代前半ほどに勢力を拡大できるとは考えにくい。AQAPは2010年代初頭に「イスラーム首長国」を僭称していくつかの東部の都市を占拠したが、これは中央政府がフーシー派や南部の反政府勢力の対応に疲弊していた点によるところも大きい。イエメン内戦勃発後は東部の間隙を突く形でムカッラーを約1年にわたり支配したが、UAE軍や同軍が育成した地場の武装組織「ハドラマウト精鋭隊(Qūwāt al-Nukhba al-Ḥaḍramīya)」によって放逐された。また米軍がAQAP幹部を対象とする斬首作戦(decapitation operation)を進めた結果、ウハイシーやライミーなどが殺害された。さらに2017年以降南部移行会議が南部支配を拡大する中、同組織は対テロ作戦の枠組みでAQAP掃討を進めたため、AQAPは近年弱体化している。足元の国内前線の推移を見ても、AQAPが再拡大できるほどの混沌は生じておらず、同組織が内戦全体に与える影響は限定的とみられる。
他方で、最高指導者の交代が中長期的にAQAPの攻撃対象に変化を及ぼす可能性がある点については、注意が必要である。AQAPの戦闘については、近年南部移行会議との戦いが重視され、内戦初期のようなフーシー派を攻撃対象とする活動は減少傾向にある。これは南部移行会議の対テロ作戦に対する応戦という点で当然の結果である一方、サナア戦略学研究所はアル=カーイダ本体の影響もあると指摘している68。同研究所によれば、アル=カーイダ本体幹部のサイフ・アドル(Sayf al-‘Aḍl)は西側やサウディアラビア、UAEの権益を攻撃することを好むのに対し、アウラキーはフーシー派への攻撃を好み、アドルの意向を汲むバータルフィーとアウラキーを支持する若手の集団の間に亀裂が生じていた。フーシー派がイスラエルや米英と交戦している今、AQAPとしては同派を攻撃する大義に欠けるため、即座にAQAPが同派を主要な攻撃対象とする可能性は高くない。しかしアウラキーが組織内の統制をとり、フーシー派の活動にも変化が生じれば、中長期的にAQAPの戦略も変化し得るといえよう。

その他2:衛星画像分析によるジャナド基地空爆の検証

第1回米英空爆に際して、米英の国防当局およびフーシー派が言及した空爆地域には差異が見られた69。米国防総省は具体的な地名に触れず、英国防省は2地点(バニーおよびアブス)に言及した。他方でフーシー派は4地点(首都サナア、ホデイダ県、ハッジャ県、サアダ県)を挙げた。また民間報道機関70においては、上記以外にもタイズ国際空港など様々な地域が空爆対象として報じられた上、ソーシャル・メディア上では空爆の様子と称した動画や画像が投稿された71。こうした情報が錯綜する状態において、(事後的ではあったとしても)衛星画像や航空写真は有力な検証手段となる。以下ではフーシー派部隊が駐屯するタイズ県ジャナド基地に対して、民間報道機関が指摘したように実際に空爆が行われたかを、欧州宇宙機関(ESA)が運用する衛星「Sentinel-2」の衛星画像を用いて検証する。
県都タイズ市の北東に位置するジャナド基地は、周囲の田畑と柵ないし壁で分離されており、内部は建造物が集中する南側と近辺を見下ろす高台の北側で構成されている[図4左参照]。同基地は約5km西方のタイズ国際空港を睨む重要な基地であることから、内戦開始直後から空爆対象となっており、2016年時点で既に南側には空爆によって破壊されたとみられる建造物が看取される72[図4右参照]。
Sentinel-2は2024年1月10日(空爆前)と同年1月15日(空爆後)にジャナド基地を含む一帯を観測しており、この間の変化を見るために、2時期のカラー合成を行った。画像分析の結果、5日間という短期の間に、北側高台の西部斜面から付近の平坦部にかけて変化(黄色部分)が起きたことが分かる[図5参照]。イエメン内戦では2022年4月以降、軍事衝突の烈度が低下しており、観測期間内におけるジャナド基地周辺での陸戦は管見のかぎり報告されていないことから、米英の空爆を受けた可能性が高いと考えられる。より解像度が高いGoogle Earth Proで確認すると、空爆が集中的に行われたとみられるエリアには2022年8月時点で建造物が複数あり、米英が空爆対象とするドローンやミサイルの関連施設であった可能性がある[図6参照]。
今回検証した事例は、『Sky News』や『アラビーヤ』など大手メディアが空爆地域と報道していたことから、比較的確度の高いものであった。一方でイエメン内戦では数多くの誤情報や偽情報が拡散されており、これに対抗すべく海外の研究者やアナリストは、衛星画像や航空写真を用いたファクトチェック、およびインテリジェンス作成を行っている。「イエメン情勢クォータリー」シリーズにおいても、衛星画像分析など種々の分析手法を導入することで、独自性や粒度の高い分析を提供していきたい。

【図4:ジャナド基地の全体像(左)/空爆により破壊されたとみられる南側建造物(右)】

図4ジャナド基地の全体像(左)/空爆により破壊されたとみられる南側建造物(右)

(注1)「ジャナド基地の全体像」(左)は2022年8月23日撮像。
(注2)「空爆により破壊されたとみられる南側建造物」(右)は2016年10月3日撮像。
(出所)Google Earth Proより引用

【図5:2時期カラー合成によるジャナド基地空爆の検証】

図52時期カラー合成によるジャナド基地空爆の検証

(注1)2024年1月10日撮像のものと、2024年1月15日撮像のものの比較。
(注2)使用した衛星画像は、Sentinel-2が観測した10m解像度のもの。
(出所)Copernicus Data Space Ecosystem (Copernicus Browser) より筆者作成

【図6:ジャナド基地内の空爆が集中したとみられるエリアの詳細】

図6ジャナド基地内の空爆が集中したとみられるエリアの詳細

(注)2022年8月23日撮像。
(出所)Google Earth Proより引用した画像に赤枠を筆者加筆

「イエメン情勢クォータリー」の趣旨とバックナンバー

アラビア半島南端に位置するイエメンでは、2015年3月からサウディアラビア主導の有志連合軍や有志連合軍が支援する国際承認政府と、武装組織「フーシー派」の武力紛争が続いてきた。イエメンは紅海・アデン湾の要衝バーブ・マンデブ海峡と接しており、海洋安全保障上の重要性を有している。しかしながら、イエメン内戦は「忘れられた内戦」と形容され、とりわけ日本語での情勢分析は不足している。そのため本「イエメン情勢クォータリー」シリーズを通して、イエメン情勢に関する定期的な情報発信を試みる。

◆ バックナンバー
𠮷田智聡「8年目を迎えるイエメン内戦-リヤド合意と連合抵抗軍台頭の内戦への影響-」『NIDSコメンタリー』第209号、防衛研究所(2022年3月15日).
———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 1 月~3 月)-イラン・サウディアラビア国交正常化合意の焦点としてのイエメン内戦?-」『NIDSコメンタリー』第258号、防衛研究所(2023年4月20日).
———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 4 月~6 月)-南部分離主義勢力の憤懣と「南部国民憲章」の採択-」『NIDSコメンタリー』第266号、防衛研究所(2023年7月18日).
———「イエメン情勢クォータリー(2023年7月~9月)-和平交渉の再開とマアリブ県で高まる軍事的緊張を読み解く-」『NIDSコメンタリー』第281号、防衛研究所(2023年10月19日).
———、清岡克吉「イエメン情勢クォータリー(2023年10月~12月)-国際社会に拡大するフーシー派の脅威と海洋軍事活動の活発化-」『NIDSコメンタリー』第295号、防衛研究所(2024年1月26日).

Profile

  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室 研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治