NIDSコメンタリー 第305号 2024年3月26日 経済面から見たウクライナ侵攻3年目

特別研究官
小野 圭司

今では死語になったようだが、かつて春先の北海道の風物詩に「馬糞風」というのがあった。馬車・馬橇が現役の時分、根雪が融けて雪の下から馬糞が現れる頃に吹く南風のことだ。

遠くウクライナでは、長い冬を乗り越えたものの東部・南部では激戦が続いている。前線で敵と対峙する兵士たちにしてみると、3度目の冬将軍が過ぎ去ったにも拘らず、司令部の将軍たちから停戦命令が発せられる兆しはない。彼の地で春の訪れを告げる「馬糞風」も、塹壕に籠っている兵士らにしてみると文字通り「どこ吹く風」を体現しているに過ぎない。

金融・商品市場とロシア経済

ウクライナ侵攻の2年間を、経済指標を通して振り返ってみよう(表1)。

侵攻1年目の2022年はロシアの各種値が悪化した。成長率もマイナスで財政収支の赤字幅(対GDP比)も広がった。これは明らかに戦争による結果で、戦費の負担と西側諸国による経済制裁が影響している。

ところが経常収支の黒字は2倍近くに増えている。もちろん戦争で経済成長が抑えられたので、輸入が減少したこともある。しかしそれ以外にも、ロシアにとって好ましい動きがあった。

表の下半分に金融・商品市場の動きを示す。表の値は各年末時点のものだが、2022年にはそれだけでは分からない大きな変動があった。先ずルーブルの対ドル相場は、侵攻開始翌月の2022年3月には0.007と侵攻前の半分近くに下落し、6月には反動で0.018まで上昇する。その後は侵攻開始前とほぼ同じ水準に値を戻している。

西側諸国が経済制裁の一環としてロシア産原油・天然ガスを締め出したことで、2022年6月には原油価格が1バレル119.0ドルに、天然ガスも2022年8月には9.39ドルまで急騰した。ところが、その後は欧米や中国の景気減速から需要が減退して市場価格も低下している。穀物市場も同様で、小麦価格は2022年5月に1ブッシェル1,178ドルを付けたものの、その後に価格は落ち着きを取り戻した。

一時的な原油・天然ガス・小麦の価格上昇は、これらの輸出国であるロシアにとって良い方向に働く。2022年の経常収支増大には、このような背景があった。


表1:ロシアの経済指標と金融・商品市場の値
2021年 2022年 2023年 2024年(予)
GDP成長率 5.6% ▲2.1% 2.2% 1.1%
インフレ率 8.4% 11.9% 7.5% 4.0~4.5%
財政収支/GDP ▲16.5% ▲18.9% ▲21.2% ▲21.8%
経常収支 1,221億ドル 2,361億ドル 631億ドル 757億ドル
外貨準備高 6,322億ドル 5,817億ドル (5,686億ドル) n.a.
中央銀行金保有高 2,302トン 2,333トン (2,333トン) n.a.
ルーブル/ドル相場 0.013 0.013 0.011 n.a.
原油価格(1バレル) 77.4ドル 85.7ドル 77.0ドル n.a.
天然ガス価格(百万英熱量) 3.49ドル 1.53ドル 1.78ドル n.a.
金価格(1オンス) 1,794ドル 1,803ドル 2,078ドル n.a.
小麦価格(1ブッシェル) 771ドル 792ドル 628ドル n.a.

註:括弧内の値は2022年9月末、2023年のインフレ率は11月末、それ以外は各暦年末時点での値。原油価格は北海ブレント。

出所:ロシア中銀、IMF, World Gold Council, Trading Economics, Statista各ホームページより作成。

天祐とインフレ懸念

これを西側諸国から見るとどうか。原油や天然ガスの価格上昇は、市民生活に打撃を与えずにはおかなかった。エネルギー供給をロシアからの輸入に依存していたドイツでは、当初は「ウクライナを支援するためにもガスや石油の価格上昇を我慢する」という意見もあった。幸いなことに、短期間で価格が低下したためにウクライナ支援とエネルギー価格高騰を巡って世論が大きく割れることも無かった。エネルギー価格の落ち着きには、2022/23年が記録的な暖冬であったという文字通りの「天祐」もあった。

また侵攻当初は、黒海を通るロシア・ウクライナ産穀物の海上輸出航路が閉鎖された。さらには民間船舶が航行するには余りにも危険だと見られていた。これが小麦価格の高騰を引き起こす。そして両国の穀物輸出に食料供給を依存していたアフリカ、中東、南アジアなどの途上国に食料危機をもたらし、地域情勢を不安定化させかねないと見られていた。こうした懸念を払拭するため、同年7月には国連とトルコが仲介して、2022ロシア・ウクライナ・国連・トルコの4者による同意で、黒海経由のウクライナ産穀物輸出が可能となった。加えて2022年には小麦の世界生産高が過去最高を記録し、大豆やトウモロコシも2023年には豊作に恵まれた。これも「天祐」だったと言えよう。

このように景気後退や天祐が、ウクライナ侵攻による供給ショックを吸収したのが2022年だった。2023年になると、前年に見られた市場価格の乱高下は起きなかった。これはロシア-ウクライナの戦争が、金融・商品市場にとって「常態化」したことを意味している。

2023年の金融・商品市場の動きは戦争によるショックではなく、2022年後半に見られ需給関係がそのまま1年を通して継続した。エルニーニョによる暖冬傾向や小麦の豊作といった天祐も大きくは変わらない見込みである。

ロシアにしてみると、2022年のようにショックによる一時的な価格急騰の恩恵に預かることもなくなった。その結果ロシアでは、2023年には経常収支の黒字幅が前年の4分の1、ウクライナ侵攻前(2021年)との比較でも半分となった。

当たり前だが、エネルギーや食料の自給可能な国は経済制裁や海上封鎖に対する耐性が強い。第2次世界大戦時の米国はその典型だった。現在ウクライナに侵攻しているロシアも、エネルギーや穀物の自給が可能な「持てる国」だ。このため西側諸国の経済制裁を受けて、侵攻直後(2022年4月)こそインフレ率は17.8%に上昇したものの、その後は急速に低下した。

ところが2023年4月(2.3%)以降には、インフレ率も再び上昇している。コロナ禍で人口が減ったところに、徴兵動員や動員逃れを目的とした労働力の国外流出したことで、労働者不足が生じている。これにルーブル安による輸入物価上昇が追い打ちをかけたことが要因と見られている

ロシア連邦中央銀行は2024年にはインフレ率が4.0~4.5%に落ち着くと予測するが、予断を許さない。

足並み不揃いの経済制裁

2022年2月以降の対露経済制裁は、ロシアという大国を対象にしたものだ。冷戦期以降、これまでに実施された経済制裁とは、その点で量的にも質的にも異なっている。このような大国に経済制裁を行うのは、第2次世界大戦前夜以来のことだ。

ウクライナ侵攻後のロシアに対しては、グローバルサウスと呼ばれる南半球の新興国・途上国の多くが経済制裁に加わっていない。このためロシアの貿易相手国として、グローバルサウス諸国の比率が上昇している(表2)。正に地球儀を俯瞰すると、経済制裁の足並みが揃っていない。

先進国も例外ではなかった。ドイツは天然ガスの供給をロシアに依存しているため、当初は対露経済制裁に対して複雑な姿勢が垣間見えた。日本もロシアでの石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の絡みが話題となった。

それでも西側諸国は、対露経済制裁で足並みを揃える努力を続けた。その1つが、先進7ヶ国(G7)によるロシア産原油の高値取引禁止措置だった。

G7は2022年12月に、1バレル60ドル以上でロシア産原油を輸出するタンカーに対する海上保険の引き受けを禁止した。これはロシアに原油供給を続けさせながら原油価格を下げること、そしてロシアの外貨収入を抑制することを目的としていた。G7の保険会社が海上保険市場を押さえていたことから実効あるものと期待された。実際に原油価格は2023年を通じて1バレル70ドルを切らなかった。そうすると、ロシアでは無保険で原油の輸出を行う者が現れた。また実勢価格で輸出していながら、書類上は1バレル60ドル以下での輸出とした例も報道されている。

さらに西側の海運会社がロシア産原油の輸送からタンカーを締め出したことから、中古タンカーを買い取ってロシア産原油を輸送する「影の船団」も現れた。

こうしてロシア産原油の輸出に関わる対露経済制裁には「穴」が開いた。

原油だけではない。ロシアの継戦能力に打撃を与える目的で、半導体の対露輸出規制も実施された。ウクライナ侵攻前のロシアでは、半導体需要の90%を輸入品が賄っていたので、半導体の対露輸出規制でロシアは半導体不足に直面するはずだった。ところが、経済制裁に加わっていない中国・香港、トルコ、アラブ首長国連邦、カザフスタンなどを経由して、西側製半導体が迂回輸出された。

中国や香港は、米国が実施する半導体などの輸出規制先に含まれている。しかしこれは国ではなく企業を対象としているため、中国側は海外に設立した「偽装会社」を経由した迂回貿易が可能だ。

このようなことから、西側による半導体の対露輸出規制の効果は6ヶ月程しか続かなかった。

ただ足並みが揃わないことでは、ロシアも苦汁をなめている。2023年7月にロシアが穀物の黒海輸送を巡る合意からの離脱を表明したことで、ウクライナ産小麦の輸出が危ぶまれた。ところがその後、ドナウ川経由の内陸部などで代替輸送路が確保された。対露経済制裁だけではなく、それに対する対抗手段も足並みの乱れから「穴」が開いた。

決済網と貿易に空いた「穴」

ウクライナ侵攻直後の2022年2月27日に、西側諸国は対露経済制裁の一環としてロシアの銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除することを決定した。しかし、これには当初から「穴」が開いていた。

まず排除の対象となったのは露系銀行7行のみで、最大手のズベルバンクやエネルギー部門に強いガスプロムバンクは排除を見送られた。さらにSWIFTに比べると規模は極めて小さいが、露系決済システム(SPSF)や中国が運営する人民元決済システム(CIPS)は従前通り稼働している。実際にロシアの貿易決済はCIPSに移行していると見られる。

実際にロシアの貿易決済では、中国(人民元)への傾斜が表れている。ウクライナ侵攻前では、ロシアの輸入は6割近く、輸出では9割近くがドル・ユーロ建てだった。残りは殆どルーブル建てで、人民元建ては輸入で4%程度、輸出ではほぼゼロだった。しかし2023年の11月には輸出入ともに人民元建ての比率は36%になっている。そしてドル・ユーロ建ての比率は合わせても3分の1程度に低下した。

この結果、中国が貿易を通じてロシア経済を下支えしている形になっている。2022年の時点でロシアにとって中国は、輸入で4割、輸出で2割を占める最大の貿易相手国だ(表2)。ロシアの対中貿易は、西欧諸国が経済制裁を課す中にあって堅調に増えている。


表2:ロシアの主な貿易相手国(2022年)
輸入 シェア 前年比 輸出 シェア 前年比
中国 38.2% +13% 中国 19.7% +46%
ドイツ 7.8% ▲51% トルコ 10.1% +103%
トルコ 4.7% +62% インド 7.0% +367%
カザフスタン 4.4% +25% イタリア 5.3% +39%
イタリア 3.3% ▲27% ドイツ 5.2% +11%

出所:Trade Mapホームページより作成。

またトルコのエルドアン大統領は西側との仲介をたびたび演出しているが、そのトルコも対露貿易を大きく伸ばしている。

なお2022年のドイツの対露輸入が増加しているが、これはエネルギー価格の上昇によるもので、輸入量自体は約4分の3に減少していた。また経済制裁の一環として、現在ではドイツはロシア産の石油・天然ガスを輸入していない。

ウクライナが直面する内憂外患

ロシアはウクライナ侵攻以降、西側への依存度を引き下げ、中国やインドへの傾斜を強めている。これが比較的奏功しており、2024年もその傾きは変わらないと思われる。

他方でウクライナの方は内憂外患を抱えており、侵攻3年目を楽観視できるような状況にはない。

まず「内憂」だが、ウクライナ軍内での汚職の蔓延がある。国防省関係者が装備品を架空発注して代金を横領したり、制服や食料の調達を巡っても汚職疑惑が伝えられている。また賄賂を受け取って徴兵逃れを黙認した罪で、各州の徴兵事務所の責任者が全員解任された。2023年1月の大統領府副長官など要人解任や9月の国防相交代も汚職が原因だ。

そもそもゼレンスキーは2019年4月に「汚職撲滅」を公約に掲げて大統領選に当選しているが、その根が深いことが改めて明らかになった。これはウクライナのEU加盟の条件を満たさないだけでなく、西側では「汚職にまみれたウクライナ」への支援継続に否定的な世論が生じる可能性がある。ただでさえ各国には支援疲れが見えているところであり、この「内憂」は新たな「外患」を引き起こす可能性がある。

その「外患」であるが、まず2024年が「選挙の年」であり、ウクライナがそれに翻弄されかねないことがある。11月に大統領選挙を控える米国では、共和党のトランプ前大統領がウクライナへの軍事支援継続に否定的な見解を示している。彼だけではなく、米国議会ではウクライナへの軍事支援予算に対して共和党が反対している。

米国大統領選以外にも6月には欧州議会の議員選挙がある。そして英国ではスナク首相が、2025年1月の任期を待たずに前倒しで下院総選挙を実施することを明言している。欧州ではエネルギー食料価格の上昇が引き金となってインフレが進行しており、そのため少しずつ、「ウクライナが領土を失っても早期の和平を是とする」意見が世論の支持を集めている。その比率は英国で2割、ドイツでは4割に達する。このような意見は、欧州各国の政治家たちも無視できない。

実のところ、西側諸国からの援助先細りの状況だ。侵攻当初は日本企業を含む西側企業がロシア事業から手を引くと同時に、大々的にウクライナへの物資援助を提供した。ロシアからの事業撤退は、カントリーリスクの回避という点でも合理的行動だ。しかしウクライナへの支援は、民間企業にとっては完全な持ち出しだ。いつまでも続けられるものではない。

復興支援に前向きな企業の声はあるが、インフラ整備などが中心で、しかも本格化するのは停戦後となる。それまでに必要となる生活物資などの供給から、企業の「持ち出し支援」は姿を消している。ウクライナ侵攻の初年に国際機関を通じたウクライナ及び周辺国支援を行っていた日本の大手食品メーカーやアパレル企業などでは、ほとんどが2年目には支援を実施していない。例外的に2年目に支援をしている企業でも、金額が初年の約6分の1に減らしている。ウクライナ支援を行っているNGOには、民間有志からの寄付金は22年3~4月頃がピークで、その後は減少傾向にあり現在(24年2月)ではピーク時の1割程度と語っているところもある。

ウクライナ侵攻前、2021年時点でのロシアの経済力(GDP)はウクライナの9倍あった。因みに太平洋戦争開戦時の米国のGNPも、朝鮮・台湾を含むと日本の約9倍だった。

太平洋戦争3年目(昭和19年)の日本では、中国大陸からのB-29が九州北部を空襲し(6月)、インパール作戦に失敗(7月)、サイパン島が陥落して西太平洋の制海・制空権を失い(7月)、マリアナからの本土空襲も始まった(11月)。西側諸国から広く支援を受けているウクライナと、孤立無援だった当時の日本とは単純比較はできないが、ウクライナにとって経済力格差と総力戦3年目の重みを感じる年となりそうだ。

Profile

  • 小野 圭司
  • 特別研究官
  • 専門分野:
    戦争・軍事の経済学、戦争経済思想