NIDSコメンタリー 第302号 2024年3月1日 ロシアの国際秩序からの逸脱と強制手段の偏重

地域研究部 米欧ロシア研究室長
山添 博史

ロシア対外政策における強制手段の比重の増長

ロシアがウクライナの主権を損なってクリミア半島を併合する作戦を開始した2014年2月から10年、その2014年から続くウクライナ東部紛争をロシアがウクライナ全土への戦争に拡大した2022年2月から2年が経過した。ウクライナの人命、国土、社会に甚大な被害をもたらし続けているほか、国際社会の不安定化の大きな要因にもなっており、ロシア自身でも人命、軍備、法規範、将来展望が損なわれている。

これらの事象には、ロシアの大国構想が深く関わっているが、結果として、ロシアは大国としての名誉ある地位から遠ざかっている。本稿では、ロシアの大国構想と、行動様式の変容(強制手段と外交手段の均衡の悪化)の観点から、この20年弱を振り返ってみたい1

ウラジーミル・プーチン大統領は2005年4月の教書演説で、「ソ連の解体は地政学的大惨事」と述べ、旧ソ連空間における同胞の権利が守られるべきことを主張したが、一方でロシアもヨーロッパ史の苦難と進歩の中にあって自由と民主主義を実現してきたと述べて、それを重視し協調する意思を表明した2。翌5月には対独戦勝60周年記念日に主要国首脳を招き、戦後国際秩序の重鎮として協調の中核にいるという立場を強調した。この時期、プーチン政権は旧ソ連空間での発言権を主張しつつ、西側諸国に自身の地位を承認されていくことを大国構想としており、強制手段の比重は低かった。

しかし2008年8月、ジョージアにおける南オセチア紛争に関して、ロシアは越境して武力を行使した。さらに、南オセチアとアブハジアが「ジョージアから分離した国家」であるとして承認した。このことにより、ロシアは強制手段によって一方的に現状を変更し、ジョージアを友好国として保持するよりも主権の侵害を通じて行動を縛る方針に転じた。結果として、ジョージアは、紛争当事国のままであり、北大西洋条約機構(NATO)加盟の動きを進められていない。また、2009年からの米国オバマ政権は、悪化した米露関係を「リセット」すると称して関係改善を試み、ロシアは強制手段による損失を被らずにNATO加盟国を慎重にさせる利益を得て、国際社会での地位を保持した。

ウクライナについては、プーチン政権は2004年の大統領選挙に際して都合のよい候補者を支援したり、2010年に経済利益を供与することによる外交取引でクリミア半島におけるロシア黒海艦隊の地位を安定化させたり、いくつかの手法を通じて関与してきた。しかし、2014年2月にウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィチ大統領が反政府デモに面して逃亡すると、プーチン政権は突然、強制手段に訴え、非公然部隊がクリミア半島の要所を抑え、そこでの政変で成立した当局が住民投票を通じてロシアに加入する手続きを行った。4月にはウクライナ東部(ドンバス地域)でロシアから入った者による武装蜂起が起こり、ロシアによる軍事支援や非公然部隊派遣を通じて武力紛争が恒常化した3 。このあと、ウクライナで親ロシア政権が成立して安定的に統治できる余地は極端に小さくなった。

これらに対して西側諸国はロシアに経済制裁を実施するなど、ロシアの行動を承認しないための措置をとった。対するロシアは、バルト海で近隣諸国にロシア軍機の危険な接近をしかけたり、米国やフランスの選挙に介入したりといった強硬な行動を広げていったと指摘されている。このように、ロシアと西側諸国は、対立の段階を上げたが、一方で、ウクライナでの武力紛争をドンバス地域に局限するように合意を形成しつつ、フランスや米国の大統領がロシアに首脳会談を持ちかけて長期的な安定のための共通項を探った。すなわち、ロシアは西側を含む大国関係のなかでたちまわり、対立構造は限定されていた。2015年9月からロシアはシリアで軍事作戦を開始し、深刻な人道危機や西側諸国との軋轢も生んだが、西側諸国側は対話や取引の材料とする観点ももってロシアに対した。

そのような状況の2018年10月、当局に近い外交専門家アンドレイ・コルトゥノフ(ロシア国際問題評議会会長)は、対外政策において軍事的論理が比重を増しており、すべての当事者に困難をもたらすと警鐘を鳴らした4。強制手段と外交手段の均衡の回復を通じて対外行動を制御しようとする力も作用していたとも言えるが、強制手段の比重が増長していく事態も反映していた。

ウクライナ全面侵攻と地位の低下

しかし強制手段は突出するに至り、2022年2月には、ロシアのプーチン大統領は首都キーウなどに公然と軍事力を投入し、ウクライナの全土を戦争状態に陥れ、大国間の協調の余地を大幅に低下させた。ウクライナの主権および領土一体性を侵害し、武力の行使を禁じる国際連合憲章に違反し、非戦闘員に対する攻撃などの残虐で非人道的な戦争犯罪を引き起こし、核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返してきたと指摘されている5。これに対し、西側諸国は、ロシアの行動を非難し、大規模な経済制裁を発動し、ロシアとの経済・外交関係を大幅に低下させた。

加えて、ロシアの武力行使は、ウクライナの反撃作戦により大きな損害を被り、成功をもたらさなかった。首都キーウの制圧に失敗して1か月でその周辺地から撤収し、2022年秋までには東部ハルキウ州からドネツク州にまたがる地域やヘルソン周辺などの重要な占領地を喪失した。最も緊密な国ベラルーシも、ロシアの軍事作戦に兵力を参加させず、カザフスタンやアルメニアは、ロシアが主張するようなウクライナからの領土分離を認めないと公言した。

すなわちロシアは、ウクライナを服従させ、大国としての既成事実を西側諸国に受け入れさせることをもくろんだものの、ウクライナでの武力行使に失敗し、他の旧ソ連諸国を同調させるのにも失敗し、西側諸国との正常な関係からは排除された。

中国は現代国際社会の大国として重要であり、ロシアはその協力関係を維持・発展できている。しかし、中国も、ロシアがウクライナを「ナチ」と称して打倒しようとしていることまでは賛同していない。直接的な軍事協力を行っているのは、中国ではなく、国際的な制裁を受けているイランや北朝鮮である。2023年3月21日、中国とロシアが共同宣言で、自国領土外に核兵器を配備するべきではないと述べたが、その4日後の25日、ロシアはベラルーシへの核兵器の配備計画を公表した。中国を含む主要国との協調や信頼よりも、不安を増大させることを優先するかのような行動パターンに、ロシアは陥っている。

これは、プーチン大統領が思い描いていた、権威があり承認される大国の姿からは程遠いものである。約300年前にピョートル1世が「ロシア帝国」として欧州大国政治に参入してからの大国ロシアの歴史においても、前例を見出しがたい状況である。1856年にロシアはクリミア戦争で敗北し屈辱的な条件を強いられたが、大国間外交は継続し、1871年には黒海艦隊の回復を認める条約修正が受け入れられた。1968年にチェコスロバキアに武力介入したソ連に対して、米国は非難したものの実力行使は行わず、ソ連の一定地域における優越的地位の暗黙の了解があったと考えることができる6。1972年には米国はソ連と軍備管理の合意を推進し、デタントの時代に入っている。

これらに対して、2022年からのロシアは、「勢力圏」とみなす地域での一方的な権力行使を果たして他の大国に暗黙の承認を強いる実力を示していない。西側諸国からは拒絶され、中国とも対等な大国の地位は保てず、制裁を受けて強制手段への依存を強めるという、ロシア史上でも異例の道を歩んでいる。

戦況有利でも困難を抱えるロシア

2024年2月現在、前線での状況はロシアに有利に傾いており、激戦地だったドネツク近郊のアウディイウカをロシア軍は制圧した。ウクライナへの砲弾を中心とする軍需物資供給が滞っており、ウクライナはその窮状のなかで防衛線の維持を強いられている。ただし、2024年に入ってからも、チェコが80万発の砲弾の供給を表明し7、英国・フランス・ドイツ・イタリア・デンマーク・カナダがウクライナと安全保障協定を締結するなど8、ウクライナの戦力を向上させる努力は継続している。ロシアはアウディイウカを制圧する間にもウクライナの作戦によって戦力に多大な損害を被っており、事態を一直線に有利に進められるとは限らない。

今後、仮にロシアが有利な条件で「休戦」が成立し、ウクライナが主権の一部喪失を受け入れざるを得なくなる場合、それは「ロシアのハードパワーの勝利」と称することはできても、「ロシアの勝利」として持続的なものではない。ロシアは欧州市場から排除され、ロシアに対する経済制裁は解除されず、長期的な経済発展の展望は乏しいまま、国を経営することになる。NATOにはフィンランドとスウェーデンが加盟して、NATOが脅威だとするのならロシアの安全には不利になり、西隣の勢力との軍事的緊張関係を続けることになる。その場合、2008年から2022年の経緯や前述のコルトゥノフの警告を想起すれば、ますます強制手段に依存する傾向が強まることが予想される。同じくロシアにおける重鎮研究者であるセルゲイ・カラガノフ(外交防衛政策評議会名誉議長)は、ウクライナに勝つことができても西側からの攻撃は続くという認識のもと、核兵器のエスカレーションをロシアが開始すれば西側が手を引くことを強要できる、と主張している9。ロシアは武力闘争を優先する思考が進行して人的物的資源を投入し、2021年よりも危険な存在になっていくだろう。

このような「休戦」は、事態の解決をもたらすものではなく、ロシアによる危険、およびロシアにとっての危険を内包し続けるものであろう。その危険を暴発させずに抑制する長い期間を経て、ロシアが本来のロシアにふさわしい行動に復帰する道に転換すれば、ロシアにふさわしい発展の展望が開けるだろう。もちろん、このような助言を今のロシアが聞き入れるはずはなく、ロシア自身がそれを選び取るほかないが、それが早ければ早いほど、ロシアが目指す大国には近づくだろう。

Profile

  • 山添 博史
  • 地域研究部 米欧ロシア研究室長
  • 専門分野:
    ロシア安全保障、国際関係史