NIDSコメンタリー 第284号 2023年11月10日 「アクサーの氾濫」作戦発動から1カ月の中東情勢——ハマースが狙う長期戦とフーシー派の介入

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

エグゼクティブ・サマリー

◆ 10月7日のイスラーム主義組織ハマースなどの奇襲とその後のイスラエルの反攻が開始されてから、1カ月が経過した。イスラエル軍は10月27日頃からガザ地区での地上作戦の規模を拡大させ、11月2日にはガザ市の包囲を完了したとみられる。同軍はガザ地区北部と東部から侵入し、南北を分断した。他方でハマースは全長500kmとも言われる地下トンネルを用いた戦術を採用しているとみられ、紛争は長期戦の様相を呈している。

◆ ハマースを含む反西側国家・組織のネットワーク「抵抗の枢軸」は、イスラエルに対する多正面の軍事的圧力をかけようとしている。レバノンのヒズブッラーは、イスラエルとの国境地帯で砲撃戦などを継続している。イエメンのフーシー派は10月31日に声明を発出し、同日までに3回の対イスラエル軍事作戦を実施したと述べた。「抵抗の枢軸」の領袖であるイランは、イスラエルがレッドラインを超えたとの認識を持ちながら、戦争拡大を望まないという姿勢を示した。イランは「抵抗の枢軸」傘下組織を用いて、間接的にイスラエル・米国への攻撃を継続すると考えられる。

◆ フーシー派の軍事力は、当面イスラエルにとって差し迫った脅威となると考えられる。同派は既にイスラエル南部エイラートを狙ったとみられる航空攻撃(弾道および巡航ミサイル、ドローン)を行っているほか、紅海近辺での軍事活動も辞さない構えを示している。過去に紅海封鎖を示唆したことがあるフーシー派は2022年に海軍を増強しており、同海域においては海軍隷下の戦闘員、対艦ミサイル、水上即席爆発装置(WBIED)、機雷などを用いる可能性がある。

(注1)本稿のデータカットオフ日は2023年11月5日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。

(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。

【図1:今次の軍事衝突を巡るアクターの関係】

NIDSコメンタリー 284号

(注1)GCC諸国の中でイスラエルと国交を有さない国を(◆)、国交を有する国を(◇)とした。

(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。

(出所)筆者作成

イスラエル軍のガザ地区入りとハマースが狙う長期戦

10月7日に始まったイスラエルとパレスチナ系武装組織の軍事衝突から、1カ月が経過した。11月5日現地時間14:00時点で1万1,200名ほど(イスラエル:推定1,430名超、ガザ地区:同9,770名超)の死者が生じている[1]。今次の軍事衝突の初期過程やその背景については西野[2]が、中東諸国および西側諸国の反応については𠮷田が詳細を記しているため、まずはそちらを参照されたい[3]。両者の論考からのアップデートとしては、イスラエル軍はガザ地区への陸海空による攻撃を実施し、同地区に留まったまま作戦を継続するようになった。10月28日にイスラエル首相ベンジャミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)は軍事作戦が第2段階に入ったという認識を示した。初期から予見されていたガザ地区北部からの攻撃に加え、イスラエル軍は東部からも部隊を投入し同地区を貫く幹線道路を抑える動きを見せた。加えて北部および東部からの部隊投入により、同地区は南北に分断された。

軍事力で圧倒するイスラエルに対して、ハマースは地下トンネルを用いた長期戦や人質を用いた政治交渉を狙っているとみられる。地下トンネルの数は1,300本にして総距離は500km、最深部で70m程度という報道がある[4]。ハマースは地下トンネルをゲリラ戦術に用いてきたほか、軍事物資や人質の保管、および司令部として用いているとみられることから、地下トンネルは同組織最重要の武器と位置付けられる。また「抵抗の枢軸」系メディア『ハナーディク』はハマースの精鋭部隊が10月7日の作戦に参加せず温存されており、地下トンネルの戦闘でイスラエル軍を待ち受けていると主張した[5]。同メディアによれば、同部隊の本来の任務は「ガザ地区外の占領下パレスチナ領(筆者註:イスラエル領を指す)」での攻撃であるが、防御作戦やトンネル戦の訓練も受けている[6]。サウディアラビア資本のメディア『アラビーヤ』は精鋭部隊の人数を5,000名程度とみている[7]。そのほかにハマースは新兵器として魚雷「アースィフ」を使用したと主張し、海上作戦の能力もアピールした[8]。イスラエルの海底ガス田では操業一時停止が発生しており、36万名の予備役が投入されている状況と併せて、ハマースとしては長期戦を通してイスラエル側の経済的負担を大きくすることで厭戦感を増幅させる狙いがあるとみられる。他方でネタニヤフは長期戦の覚悟を表明しており、政治・軍事的要因で烈度の変化は見られても、紛争は長期化するとみられる。

10月9日に共同声明にてハマースのテロ行為を糾弾し、イスラエルへの「ゆるぎない結束した」支持を打ち出した米英仏独伊には、徐々に軌道を修正する動きが見られる[9]。国連安全保障理事会での拒否権発動など、最もイスラエル寄りの姿勢を示す米国も国際人道法の遵守を要求している。またフランスは国連総会の人道的休戦を求める決議に賛成した[10]。このほかにイスラエルと国交を有するヨルダンとバハレーンが駐イスラエル大使を召還するなど、国際法違反の可能性を含むイスラエルの苛烈な反攻に対する国際社会の非難が強まっている。

「抵抗の枢軸」:水平的支援と垂直的支援

イスラエル軍とハマースの戦闘に加え、注目すべき論点として外部のアクターの関与が挙げられる。ハマースや同組織と行動を共にするイスラーム聖戦(PIJ)は、イランを頂点とする反西側ネットワーク「抵抗の枢軸」の一員であり、これまでから協力関係を築いてきた[11]。𠮷田は「抵抗の枢軸」の領袖であるイランからハマース等下部組織への支援を「垂直的支援」、ハマース・ヒズブッラー間など下部組織間の支援を「水平的支援」と呼び、この越境的ネットワークに着目してきた[12]

水平的支援では、レバノンのヒズブッラーが初期からイスラエルとの国境地帯で砲撃戦などを行ってきた。同組織の最高指導者ハサン・ナスルッラー(Ḥasan Naṣr Allāh)は10月25日、PIJ事務局長ズィヤード・ナハーラ(Ziyād al-Nakhāla)およびハマース政治局副局長サーレハ・アールーリー(Ṣāliḥ al-‘Ārūrī)と会談を行い、介入等の調整を行った[13]。さらに11月3日にこれまで沈黙を貫いていたナスルッラーが演説を行い、「レバノン戦線において全ての可能性が開かれている」と述べ、イスラエルや米国に警告を発した[14]。しかしこの演説ではイスラエルとの全面戦争などは宣言されず、現時点でヒズブッラーは大規模な軍事作戦などを実施する意図がないと指摘されている[15]。ヒズブッラーの軍事介入の烈度も低く、その理由としてイランが最も重要なパートナーであるヒズブッラーの消耗を恐れ、同組織を制御している可能性がある[16]

ナスルッラー演説に先立つ10月31日、イエメンのフーシー派は軍名義で声明を発出し、これまでに3回ミサイルやドローンでイスラエルを攻撃したことを認めた(フーシー派の軍事力については次節で詳述する)[17]。同派はどの時点の攻撃かを言明していないものの、①10月19日(米駆逐艦「カーニー」が撃墜)、②10月27日(エジプト2箇所にドローンが落下)、③10月31日(イスラエル軍が撃墜)に発生した3つの事案を指すとみられる。南方からの航空攻撃に備え、イスラエル海軍は紅海方面に部隊を展開した[18]。このほかにシリアを拠点に活動してきた「イマーム・フサイン旅団(Liwā’ al-Imām al-Ḥusayn)」がヒズブッラー支援のためにレバノン入りし、イスラエル軍と交戦しているとみられる[19]

垂直的支援は限定的なものに留まっている。イラン大統領エブラーヒーム・ライースィー(Ebrāhīm Ra’īsī)はイスラエルがレッドラインを超えたと述べつつも、具体的な行動を示していない。またイラン外務大臣ホセイン・アミールアブドゥッラーヒヤーン(Ḥoseyn Amīr‘abdullāhiyān)は「戦争の拡大を望まない」と発言しており、米国やイスラエルとのエスカレーションを避けようとしている[20]。すなわち、イランとしては米国やイスラエルとの正面衝突を避け、「抵抗の枢軸」傘下組織を用いて、間接的にイスラエル・米国への攻撃を継続すると考えられる。他方でイランとしては最も重要な傘下組織であるヒズブッラーの消耗についても検討しなければならず、ハマース等パレスチナ系組織の存在価値と介入の程度(投入コスト)の比較衡量を迫られているといえよう。

フーシー派の軍事力を推し量る

前節で述べた通りイランにはヒズブッラーを温存したい思惑があるとみられ、その他の武装勢力としてフーシー派は有力な選択肢となる。それでは、イスラエルから地理的に離れたイエメンのフーシー派の軍事力をどのように評価すべきであろうか。結論から言えば、同派は「抵抗の枢軸」傘下の非国家主体の中で最も強力な軍事力を有しており、イスラエルにとって脅威となると考えられる。本邦では現代イエメン研究者の数が限られていることもあり、残念ながらフーシー派の軍事力や同派そのものに関する理解は十分に進んでいない。以下では公表資料を基に、フーシー派の軍事力を推し量ってみたい。

フーシー派は、1992年に設立されたザイド派の復興組織「信仰する若者たち(Shabāb al-Mu’min)」の流れを汲む[21]。同派は2000年代後半からイランやヒズブッラーの支援を受け、2015年の政権奪取およびイエメン内戦以降、急速に軍事力を拡大させてきた。同派は民兵に加え旧国軍の一部を吸収しており、今日ではその兵員数は20万名ともいわれる[22]。なお、英国のシンクタンク「国際問題戦略研究所(IISS)」は『ミリタリー・バランス』でフーシー派の兵員数を例年2万名程度との見方を示しているが、この数値は記載が開始された2016年版からほとんど変化しておらず、明らかに過小評価である。またフーシー派は2023年9月の軍事パレードでF-5戦闘機を飛行させるなど、非国家主体らしからぬ軍事力を有している[23]

フーシー派の対イスラエル・米国攻撃の標的として、①イスラエル本土南部、②紅海近辺のイスラエル・米国アセットが挙げられる。①は「アクサーの氾濫」作戦後から既にフーシー派が実施してきたものである。その手段は2,000km近い長距離の攻撃が可能となる弾道・巡航ミサイル、ドローンに限定され、対象も現時点ではイスラエル南部の都市エイラートに限定されているとみられる。なおフーシー派が11月1日に公表したイスラエル攻撃の動画においても、これらが使用されていることが分かる[表1参照]。その兵器詳細について、フーシー派が公表した兵器要覧『軍事産業-栄光の9月21日革命の奇跡-』や英米・イスラエル等のシンクタンクの情報を基に分析を試みたところ、同派が長距離射程と位置付ける兵器が用いられた可能性が高いと考えられる[24]。今次の攻撃で使用されたとみられる巡航ミサイル「クドゥス」については、2020年にフーシー派がサウディアラビア西部のジェッダを攻撃した際に、将来エイラートを攻撃するために用いると言及されていた[25]。ただし映像内ではフーシー派が保有する航空戦力の中で最も長距離のドローン「ワイード」(射程2,500-2,600km以上と主張、イランの「シャヘド136」とみられる)は確認できず、エイラート以北への攻撃の余力を残していると考えられる。

②の紅海近辺での軍事活動は、国際社会にとって極めて重大な脅威となろう。10月下旬に暫定政府首相アブドゥルアズィーズ・ビン・ハブトゥール(‘Abd al-‘Azīz bin Habtūr)が、ガザへの攻撃が止まない場合に紅海沖のイスラエル船舶が打撃に晒されると述べた[26]。また11月3日に最高指導者のいとこで、元最高革命評議会議長(大統領に相当)のムハンマド・フーシー(Muḥammad ‘Alī al-Ḥūthī)は、米軍空母が紅海に到達することについて「我々のミサイルの射程内にあり、何一つ心配ない」と述べた[27]

フーシー派は内戦勃発後から海洋での軍事活動も行っており、2018年に紅海封鎖を示唆[28]したことがあるほか、2022年には海軍の大幅な戦力増強を図った[29]。その活動手段としては海軍隷下の戦闘員、対艦ミサイル、水上即席爆発装置(WBIED)、機雷が挙げられる。いずれも過去にサウディアラビア軍や米軍隷下の艦艇への攻撃・防御作戦に用いられたほか、民間船舶も被害を受けてきた。機雷については紅海・アデン湾などを航行する際の行動をまとめた『ベストマネジメント・プラクティス(第5版)』にて、係維索から外れ漂流する危険性が指摘されている[30]。これは他の攻撃手段と比べてフーシー派にとっても制御が難しいことを意味する。紅海沖の船舶に加え、対岸のエリトリアにあるとみられるイスラエルの海軍基地も攻撃対象となり得る[31] 。フェイクニュースであったものの、10月26日に「抵抗の枢軸」系メディア『マヤーディーン』は在エリトリア・イスラエル軍が攻撃を受けたと報じた[32]

フーシー派は「アクサーの氾濫」作戦への連帯として対外攻撃を正当化しているが、対外攻撃の再開は自派にとって最重要の問題であるイエメン内戦にも影響を与えている。2022年4月の停戦合意(および同年10月の合意失効)以後、フーシー派もサウディアラビアも越境攻撃を抑えつつ、和平交渉を行ってきた。ところがフーシー派がイスラエルへの攻撃を開始する中で、サウディアラビアとの緊張も高まり、『ブルームバーグ』によれば既にサウディアラビア軍に4名の死者が発生した[33]。同派はサウディアラビアがエンターテインメントの祭典「リヤド・シーズン(Mawsim al-Riyāḍ)」を開催したことなど、王国のパレスチナに対する冒涜や無関心を批判している。こうしたパレスチナ支持とそれに伴うサウディアラビア批判の言説は支配地域内の住民などに訴求力を持つ一方で、イスラーム世界の盟主を自認するサウディアラビアにとり望ましいものではなく、和平交渉にも悪影響を及ぼすと考えられる。

【表1 フーシー派が対イスラエル攻撃で用いたとみられる兵器とその性能[34]

動画時間 種類 使用した兵器(推測) フーシー派主張の射程
00:09-01:17 弾道ミサイル 不明
01:18-03:02 巡航ミサイル クドゥス2
or/and
クドゥス3
クドゥス2:1,700-2,500km
クドゥス3:記載なし
03:03-03:27 ミサイル 不明夜間のため不明
03:28-05:46 ドローン サンマード3
or/and
サンマード4
サンマード3:1,500-1,700km

サンマード4:2,000km以上
05:47-05:56 ドローン 不明夜間のため不明

(注1)各種資料からの推測であり、フーシー派は使用した兵器名を公表していない。

(注2)フーシー派が主張する射程と比べて、英米等シンクタンクの評価は短距離であることが多い。

(出所)al-I‘lām al-Ḥarbī[35], Wikāla al-Anbā’ al-Yamanīya[36], Anṣār Allāh[37]を基に筆者作成

Profile

  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室
    研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、イエメン内戦