NIDSコメンタリー 第276号 2023年10月3日 軍隊におけるジェンダー主流化(その4)——アメリカ合衆国の軍隊を事例に
- 特別研究官(国際交流・図書)付
- 岩田 英子
はじめに
本稿は、西側民主主義国の軍隊におけるジェンダー主流化を紹介する第4弾である。
軍隊におけるジェンダー主流化は、2000年10月に国際連合安全保障理事会(以下、国連安保理)で採択された国連安保理決議第1325号(以下、決議1325)、別名、「女性、平和、そして、安全保障(Women, Peace and Security:WPS)」の履行を通して具体化されている。決議1325は、女性の権利獲得・地位向上の動き、文民保護(Protection of Civilian: POC、以下、POC)の重要性の増加、及び、国連の平和維持活動(Peacekeeping Operations:PKO、以下、PKO)の変化(危険性の高まり)の3つが相まったものである。
一方、アメリカ合衆国の軍隊(米軍)は決議1325履行前に既に、少子化[1]、並びに、安全保障環境及び国家戦略の変化の下での米軍の即応性・精強性を保つために、ジェンダー主流化の端緒を切っていた。
他方で、その他の西側民主主義国よりも後手に回ったものの、2017年策定されたWPS法(WPS Act)に基づき、2020年ぐらいから米軍は決議1325に具体的に取り組み始めた。それは、既存のジェンダー主流化に関する施策に横串を指すような分野横断的な形で取り入れられた。
以下では、米軍でのジェンダー主流化を取り上げる[2]。
米軍でのジェンダー主流化の方向性
米軍でのジェンダー主流化には3つの方向性がある。
一つ目は、女性軍人への全職種開放方針であり、これは能力基準で人材を配置する方向性である。二つ目は、ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management:DM、以下、DM)による女性をも含む多様な人材を活用する人的資源管理(Human Resource Management: HRM、以下、HRM) の方向性である。これら二つの方向性は、あらゆる職種に就くことが可能になった女性軍人を、能力基準で適材適所に配置することを基調とする人事管理施策である。つまり、少子化対策のためである。三つ目は、決議1325履行によるジェンダー主流化の方向性である。決議1325は、女性の積極的な参加、女性の保護、女性に対するあらゆる暴力の予防、女性の救出と女性の権利の再獲得(女性の復興、reconstruction of women)の4つを柱としており[3]、決議1325履行は軍事作戦へジェンダー視点やジェンダー分析を取り入れるのみならず、米軍内部や米軍の同盟国や友好国の軍隊での性暴力の撲滅も入るため、分野横断的なジェンダー主流化の方向性を示す。これは、少子化対策であるばかりでなく、安全保障環境・軍事戦略の変化に対する施策でもある。
米軍では、人事管理は1部(マンパワー・人事)が主担当である一方、決議1325履行は作戦計画に関わるため5部(戦略計画・政策)が主担当となる。しかし、決議1325はその射程が多岐にわたるため[4]、5部が中心となりつつも、既存の1部に関する施策とともに3部(作戦)にまで及ぶ、加えてその他の全ての分野に横断的に関わる。米軍でのジェンダー主流化の3つの方向性は、米軍のあらゆる施策に相互補完的かつ分野横断的に関わるものである。
米軍での人事管理施策を通してのジェンダー主流化
DMによるHRMは、次のような施策として実現した。DMによるHRMの具体化は、アメリカ国防省主導の下、2010年に米軍ダイバシティ・リーダーシップ委員会(Military Diversity Leadership Committee:MDLC、以下、MDLC)が発表した最終報告書「代表から包摂へ:21世紀の軍隊におけるダイバシティ・リーダーシップ(From Representation to Inclusion: Diversity Leadership for the 21st-Century Military)」[5](以下、最終報告書)と、最終報告書に基づいてなされた陸・海・空・海兵隊の各軍種での人事管理施策で履行された。
2010年にMDLCがまとめ発表した最終報告書は、女性軍人に対する職種制限を撤廃することを提言したことで[6]、米軍での人事管理が男・女の性別や性的嗜好・人種・宗教の区別なく、一定の体力基準を満たす軍人を全職種で活用する「多様性・包摂性・平等性(diversity, inclusion, and equity)政策」(以下、DIE政策)として制度化された。具体的には、米軍の陸軍・海軍・空軍・海兵隊は、①雇用管理制度、②人材育成制度、③評価制度、及び、④報酬制度を、DMを基調とする人事管理とした。その一方、米軍では、イラクやアフガンでの闘いにおける女性軍人の活用が米軍全体の作戦で効果をあげているとして、女性軍人を多様性の代表という狭い定義から脱却させ、より幅広い定義、包摂へと、多様性の定義をシフトさせた[7]。こうした米軍における女性軍人活用は、冷戦や9.11以後の米軍の多様な任務の遂行能力を向上させるために「多様な人材を活用」すべきとの考え方を背景とするものであり、民間企業の教訓を反映させたものであった。
一方、全職種を女性軍人に開放する施策は2015年12月から制度化されており、米軍の安定化作戦(偵察・情報収集)、対反乱作戦(Counterinsurgency、以下、COIN)及びPOCでの治安維持活動、PKO、並びに、平和構築(Peacebuilding、以下、PB)等の戦争以外の軍事作戦(Military Operations Other Than War、以下、MOOTW)[8]での女性軍人の積極的活用として具体化された。
各軍種におけるDM & Iと同時並行して、女性軍人への全職種開放が国防長官の主導で進展した。2013年1月24日、パネッタ(Leon Edward Panetta)国防長官(当時)は、戦闘任務や戦闘部隊にも女性を配属する方針を正式に発表し[9]、米軍では女性軍人の陸上での近接戦闘任務を禁じた規定を撤廃する道が開かれた。しかし、パネッタ国防長官の方針発表で直ちに、女性軍人が全ての職種につくことが可能になったわけではなく、特に、女性軍人の配置を制限する内容を盛り込んだ「リスク・ルール(Risk Rule)」の解釈をめぐり、しばらくの間混乱が続いた。2013年5月、米議会調査書「戦闘における女性:議会への問題提起(Women in Combat: Issues for Congress)」[10]が提出された。これは、今の戦場では前線と後方地域が曖昧になっており、どこにいても危険であるため、女性軍人の安全を確保するために後方地域での任務のみに制限することは無意味であると説明し[11]、こうした混乱の打開を目的とした。その後、2015年9月、米議会調査書「戦闘における女性:議会への問題提起(Women in Combat: Issues for Congress)」[12]が提出され、あらためて、能力に応じて男女の別なく平等に配置することが提言された。こうした女性軍人へ全職種を開放する方針は、カーター(Ashton Baldwin Carter)国防長官(当時)に踏襲され、2015年12月に全職種を女性軍人に開放する方針を発表した[13]。
DMによるHRMを基調とする人事管理施策は、家族支援の充実化施策と抱き合わせで進められた。米軍では、「軍人及びその家族への支援計画(Military and Family Support Programs)」[14]において、任務に従事するために海外へ派遣されるに際して、即応性を高めるために、軍人の家族に対してまでも、支援やケアを与える制度を整えた。こうした家族支援は、女性軍人を戦闘職種へ配置するに際しても適用される。人事管理施策における施策を通してのジェンダー主流化は、決議1325履行前に取り組まれていた。
なお、制度上、女性軍人は全ての職種につくことが可能になったが、海兵隊では、女性軍人が特殊部隊の任務に適するかどうかの研究を専門家に委託研究させた結果、女性軍人は特殊部隊任務に適さないことがわかったとする声明を発表した。海兵隊における特殊部隊任務への女性軍人の排除は、現時点でも維持されている[15]。
米軍での決議1325履行を通してのジェンダー主流化
米軍での決議1325履行は、2011年に策定された決議1325国別行動計画(United States National Action Plan on Women, Peace and Security: 1325NAP、以下、1325NAP)に、女性軍人による外国の軍隊に対するPKOのための訓練等が具体的な施策として盛り込まれたことから始まった[16]。これに基づき、米国防省は、1325NAPの要点項目を戦略や軍事計画ドクトリンに取り入れるべく検討し始めた。
しかしこの時期の米軍は、人事管理施策でのジェンダー主流化の端緒が既についていたこともあり、NATOの1325NAP(Bi-SC DIR 40-01)やホワイトハウス(以下、米政府)の1325NAPを国際的な合意事項であり米国内の法的な措置とは性格を異にするものとして捉えていた。そのため米軍では、決議1325を具体的な作戦計画へ取り入れることは後手に回った。
こうした状況は、2017年10月の米政府による「2017年女性・平和・安全法(The Women, Peace, and Security Act of 2017)」(以下、2017WPS法)[17]、同年(2017年)12月の米政府による「女性・平和・安全保障に関する米国の戦略(United States Strategy on Women, Peace, and Security)」(以下、2017WPSドクトリン)[18]、及び、2019年6月の米政府による「女性、平和、安全に関する米国戦略(United States Strategy on WPS)」(以下、2019WPSドクトリン)[19]を策定したことで一変した。
まず、2017年10月に署名された2017WPS法は決議1325履行の立法化であり、法的根拠ができたことで弾みがついた[20]。2017WPS法は、政治的、経済的、社会的エンパワーメントを通じて女性と女児が平和の担い手となることで創出する利益を認めている[21]。
次に、同年(2017年)12月、米政府は、「女性・平和・安全保障に関する米国の戦略(United States Strategy on Women, Peace, and Security)」(以下、2017WPSドクトリン) という、決議1325のためのドクトリンを発表した[22]。2017WPSドクトリンでは、決議1325が、女性及び女性軍人の安全保障に関するあらゆるレベルでの参加が紛争地の女性のみならず、紛争地全体の治安回復に役立つと述べられている[23]。また、2017WPSドクトリンでは、ジェンダー視点を軍事作戦に取り入れるとともに、女性軍人の解放職種での実戦配置/活動を促進することを目的とするとも述べられている[24]。
そして、2017WPS法を受けて、2019年6月、米政府は「女性、平和、安全に関する米国戦略(United States Strategy on WPS)」(以下、2019WPSドクトリン)を発表した[25]。2017WPS法と2019WPSドクトリンはともに、致命的な紛争や災害を予防、緩和、解決、回復するためのプロセスに女性を有意義に組み込むことを促進することを目的としている。2017WPS法を受けて策定された2019WPSドクトリンにおいて、それまでのポスト・コンフリクト(post-conflict)という紛争後のみに限定されていた状況に、初めて災害(disaster)時における女性の復興(recovery)と救助(relief)が追加されたことで、MOOTWの中の安定化作戦(偵察・情報収集)、COIN)及び文民保護での治安維持活動、PKO、並びに、PBのみならず、人道支援・災害救助活動(Humanitarian Assistance and Disaster Relief Operations:HADR、以下、HADR)でもジェンダー視点やジェンダー分析を取り入れることが明確化された[26] 。
加えて、2018年には決議1325履行を推進する上での楽器的な出来事があった。それは、ジェンダーや女性軍人の参加に関する言説はないものの、(1)非対称戦を重視すること、(2)民軍協力や民間の力の有効活用に軍隊は直面すること、(3)「キャップストーン・ドクトリン(Capstone Concept for Joint Operations:CCJO)」[27] に基づく統合運用を重要視していくことが、国防省の策定による2018年の「国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS)」[28](以下、2018NDS)に明記されたことであった。2018NDSに関して、ステファニー・ハモンド(Stephanie L. Hammond)国防次官補(Assistant secretary of Defense for Stability and Humanitarian affairs)(当時)は、2018NDSに明記された3点が、ジェンダー視点やジェンダー分析を米軍の活動に取り入れることへの弾みになったという[29]。
米国防省での具体的な決議1325履行に関する施策
2019年に、決議1325の履行に関して国防省及び米軍での役割分担が整理された。国防省では政策担当国防次官(Under Secretary of Defense for Policy)の下にある国防政策担当部(Office of the Secretary of Defense for Policy)の安定性・人道問題課(Stability &Humanitarian Affairs)が、米軍全体での決議1325履行に関する枠組み・履行計画を策定する。統合参謀本部(Joint Staff)の5部(J5)のグローバル政策・パートナーシップ課(Global Policy &Partnerships)が具体的な作戦計画に落とし込むとともに決議1325に関するより高度な教育訓練を策定する。陸・海・空・海兵隊の各軍種はジェンダー視点やジェンダー分析の意味や性暴力の撲滅のために必要なことなどを含む基礎的なジェンダー教育を担う[30]。
そして、2020年6月、「国防省・米軍における女性・平和・安全保障戦略の枠組み及び履行計画(Women, Peace, and Security Strategic Framework and Implementation Plan)」(以下、2020米軍履行計画)が策定された[31]。2020米軍履行計画には、国防省・米軍が履行する決議1325に関する項目について、米軍内部に対して履行すること、安全保障協力の施策の一つとして国際社会(同盟国や友好国)に対して履行することに分類されていた。それは、①米軍の7個の地域別統合軍コマンド(北方軍、南方軍、インド太平洋軍、中央軍、欧州軍、アフリカ軍、統合宇宙軍)、及び、4個の機能別統合軍コマンド(戦略軍、特殊作戦軍、輸送軍、及び、サイバー軍)への女性軍人の意味ある(形式的でない)参加をモデル化し、採用すること、②同盟国や友好国の軍隊の全職種へ当該国の女性軍人が配置されるように促すこと、③紛争・危機時に同盟国や友好国が自国の女性と女児を確実に保護するように促すことであった[32] 。
2020米軍履行計画から分かることは、国際社会に対しては、平和と安全保障の活動への女性の参加、暴力からの女性と少女の保護、紛争予防への女性の関与、紛争及び危機の前・その最中・その後での救助及び回復における男女平等なアクセス、人権擁護、法の支配の男女平等な適用、平和と安全保障での活動へのジェンダー視点・ジェンダー分析の取り入れを求めていた[33]。
米軍内に向けては、司令官課程(Commander’s courses)や中堅幹部課程(intermediate and senior service schools)において、ジェンダー視点に基づく軍人専門教育(Professional Military Education)を実施した[34]。さらに、国防省は、海外に派遣される米軍の部隊に対して、決議1325に基づく訓練(training modules on “the specific needs of women in conflict”)を課している[35]。それは、民間との協力が派遣された地域では一般的になっているからであった。国防省は、米軍の海外での活動における履行手順(Standard of Procedures: SOP)も策定していた[36]。例えば、2019年9月にモンゴル軍と米太平洋陸軍との間で実施された、「ゴビ・ウルフ2019演習」において、モンゴル全土から選抜された女性リーダー23名に対して、女性リーダーの先駆けとして必要な素養を教育する場を設けた社会的弱者に対するジェンダー視点と女性と女児への配慮を災害救助の活動に取り入れることを企図したワークショップを催した[37]。
軍事ドクトリン等における決議1325の取り入れ
実際の米軍には、決議1325に基づく1325NAPの法律やドクトリンでの制度化が本格化した2017年より前に既に、ジェンダー主流化の素地があった。
決議1325の履行に関する一連の法律やドクトリンに加えて、それらを米軍の活動に取り入れるために、統合ドクトリン(Joint Publications:JPs、以下、JP)、陸軍ドクトリン(Army Doctrine Publications: ADPs、以下、ADP)、陸軍フィールド・マニュアル(Field Manual: FM、以下、FM)や陸軍テクニカル教範(Army Techniques Publications:ATPs、以下、ATP)等の一部では、ジェンダー視点を取り入れることで、国家対国家の大規模戦争のみならず非対称戦(Irregular Warfare)にも対応できるような、軍隊の能力構築・作戦活動能力の向上を目指していることが示された。
2013年11月のJP3-06[38] 、2016年8月のJP3-077[39] 及び2013年8月のATP3-57.10[40] では、決議1325に関する軍隊でのこれまでの努力やアフガニスタンやイラクでの女性だけのチームによる偵察や治安維持活動(パトロール、検問、身体検査・家宅捜索、情報収集)・PKO・PB・POC任務に関する実績が多数記載されていた。安定化作戦を策定する上での民軍協力で留意すべき点として紛争解決における女性性の導入が、指揮官にも文民保護にもあらゆるレベルで必要であり、こうした作戦に女性軍人を積極的に参加させるとも明記された。
そして、2017WPS法[41]、2017WPSドクトリン[42]、2019WPSドクトリン[43]、及び、2020米軍履行計画)[44]の策定を通して、MOOTWでの任務に必要とされる女性性がジェンダー視点やジェンダー分析に組み替えられた。
その際、注目すべき点は、次のような点を明記していたことである[45]。それは、国防省の策定による2022年の「国家防衛戦略(2022 National Defense Strategy, Nuclear Posture Review, and Missile Defense Review: NDS)」(以下、2022NDS )が2018NDSの方針を踏襲して、女性性を要する任務の前提としての非対称戦を重視すること[46]、民軍協力や民間の力の有効活用等のジェンダー視点を尊重すべき場に軍隊が直面すること[47]、そして、「キャップストーン・ドクトリン(Capstone Concept for Joint Operations:CCJO)」[48]に基づく統合運用を重要視していくことである[49]。
これは、2018NDSから統合参謀本部のドクトリン等やその下部に位置する陸軍の教範に代表される各軍種での教範等に反映された、イラクやアフガニスタンにおいて必要とされた女性性がジェンダー視点やジェンダー分析として具体的に取り入れられたことを示すものである。
現時点での米軍での決議1325履行状況
米国は2021年に初めて、「決議1325履行に関する議会報告書(United States Government Women, Peace, and Security Congressional Report 2021)」を提出し、翌2022年7月に第2回目となる「決議1325の履行に関する議会報告書(United States Government Women, Peace, and Security Congressional Report 2022)」(以下、2022WPS報告書)を提出した[50]。2022WPS報告書が、現時点での米軍における決議1325履行状況に関する最新のものである[51]。2022WPS報告書では、米政府機関で決議1325を履行する関係省庁として、国務省(Department of State)、国防省(Department of Defense)、国土安全保障省(Department of Homeland Security)、国際開発庁(United States Agency for International Development)の履行状況が評価されていたが、ここでは、米軍の履行状況を紹介する[52]。2022WPS報告書米軍における決議1325の履行状況は次の通りであった。
まず、国防省は、ジェンダー視点やジェンダー分析を、米軍の軍人の職種に関連する訓練カリキュラムと専門的な軍事教育との双方に統合するための手順書を作成した。一方、国防省は、同盟国や友好国に対する安全保障協力プログラム(International Security Cooperation Programs)の一環として、対象国の軍隊の国防政策にジェンダー分析を組み込んだり、女性の軍隊への参加を積極化させたりした。
他方で、2020米軍履行計画で設定された3つの目標に対する進捗状況が紹介された[53]。2020米軍履行計画で設定された3つの目標とは、(1)米軍の11個ある地域別・機能別統合コマンドへの女性軍人の意味のある(形式的でない)参加をモデル化し、採用すること、(2)同盟国や友好国の軍隊の全職種に当該国の女性軍人が配置されるように促すこと、(3)紛争時・危機時に同盟国や友好国が自国の女性と女児を確実に保護するように促すことであった[54]。
米軍による3つの目標の履行状況は以下の通りであった[55]。
① 2021年米会計年度において、統合軍の7個の地域別統合コマンドの中の宇宙軍(Space Command)、及び、4個の機能別統合コマンドの中のサイバー軍(Cyber Command)は初めてWPS専門家(dedicated WPS personnel)を雇用
② 統合参謀本部とその隷下の7個の地域別統合コマンドは2022年に合計8つのWPS訓練を実施、400名の国防省職員にジェンダー・フォーカル・ポイント(Gender Focal Point:GFP、以下、GFP)訓練を実施、30名の国防省職員にジェンダー・アドバイザー(Gender Advisor:GENAD、以下、GENAD)の訓練をしてGENADの資格を付与した。430名の国防省職員は同省内でGFP及びGENADとして機能
③ 統合参謀本部は、ジェンダー分析を採用するとともに、その他の決議1325関連省庁である国務省及び国際開発庁と協働して決議1325履行のための関連省庁間での連携を強化
④ 統合軍では、ジャクリーン・ヴァン・オヴォスト(Jacqueline Van Ovost)空軍大将は輸送軍(US Transportation Command)司令官に就任、ローラ・リチャードソン(Laura Richardson)陸軍大将は南方軍(US Southern Command)司令官に就任
⑤ 2020米軍履行計画が決議1325履行のために軍隊での性暴力を撲滅するために設立した「軍隊が履行するためのロードマップにおける性的暴行に対する独立審査委員会(Independent Review Commission on Sexual Assault in the Military Implementation Roadmap)」は、フルタイムのGENADに必要な資質を明確化して、かつ、政策担当国防次官室(the Office of the Under Secretary of Defense for Policy)及び人事担当国防次官室(the Office of the Under Secretary of Defense for Personnel & Readiness)の間の協力を強化するために、決議1325履行に特化したガイダンスを与えた。こうしたガイダンスは、米軍への女性軍人の(形式的でない)意味ある参加を促進させることと同様のことを同盟国や友好国に要請することに対する注意喚起となった。
⑥ 統合軍北方軍は初めて、GENAD及びGFPを併せて27名から構成されるGENADサポートチームを、国土安全保障省によるオペレーション・アライズ・ウェルカム(Operation Allies Welcome)に派遣した。この作戦は、2021年9月から2022年2月の間にアフガニスタンで実施された作戦であり、同サポートチームは、アフガニスタンでの米国の8施設を拠点にして、アフガニスタン国民が同国から脱出する作戦に従事
米軍での決議1325履行に関する新たな動き
米軍での決議1325履行に関する新たな動きとして、人間の安全保障が伝統的な国家の安全保障(traditional national security)を補完するというよりもむしろ両輪として並列すると整理されていたこと、そして、作戦地域で活動する米軍人のリスク対処としてジェンダー視点やジェンダー分析が利用されるようになっているため情報収集・分析における決議1325履行が進展していたことの2点であった。
まず、「米軍の活動における人間の安全保障提言(Human Security in US Military Operations:A Primer for DOD)」(以下、2021HS提言)によると、陸軍の平和維持安定化作戦研究所(Peacekeeping & Stabilization Operations Institute:PKSOI、以下、PKSOI)が、人間の安全保障という言葉が軍事作戦にどのように適用されるかを検討し始めた[56] 。2021HS提言は、人間の安全保障の米国における定義として、生活基盤や環境を含め、作戦地域内で人々を脆弱にする全てのリスクと脅威を考慮すること、そして、最後に、作戦環境の人間的側面をよりよく理解するために、人間の安全保障の枠組みを戦域作戦計画や米軍の「統合作戦計画・実行システム(Joint Operation Planning and Execution System:JOPES)」の中で適用すべきであると提言した。PKSOIは陸軍の中の一つの機関にすぎず、国防省がPKSOIの提言に左右されることはないのかもしれない。しかし、前述したように2018NDSにおいて、非対称戦や民軍協力や民間の力の有効活用等のジェンダー視点を尊重すべき場に軍隊が直面することを重要視すべきと述べられており、軍隊の活動が人々の暮らす社会にまで入り込むという、軍隊の活動環境を重視する姿勢は、今後、人間の安全保障を取り入れた軍事ドクトリンの策定につながると考えられる 。
人間の安全保障については、既に2011年に陸軍環境政策研究所(Army Environmental Policy Institute)が「環境の変化と漸弱国家:早期警戒のニーズ、機会及び介入(Environmental Change and Fragile State: Early Warning Needs, Opportunities, & Interventions)」において、次のような指摘をした。それは、人間の安全保障のような、一人一人の人間の生活の安寧を志向するアプローチが現在の軍隊が活動する環境において必要とされているというものであり、伝統的な国家の安全保障(traditional national security)と並列するものとして整理されていた[57]。
次に、ジェンダー視点を取り入れると明言されてはいないものの、2022年1月27日、国防長官の名前で、90日以内に、軍隊の活動や攻撃が市民へ及ぼす被害がどの程度のリスクであるのかを分析する方法等を実施することにより、市民への被害を低減すべく取り組むように、国防副長官(Deputy Secretary of Defense)・国防次官(Under Secretary of Defense)・国防次官補(Assistant Secretary of Defense)・国防長官補佐官(Assistant to the Secretary of Defense)や統合参謀本部議長(Joint Chief of Staff)・陸軍参謀総長(Chief of Staff, US Army)・海軍作戦部長(Chief of Naval Operations)・空軍参謀総長(Chief of Staff, US Air Force)等の国防省の高官及び軍隊の高級幹部に対する指令を明記した「市民への危害軽減とそれへの対応に関する覚書(Department of Defense Releases Memorandum in Improving Civilian Harm Mitigation and Response)」が出された[58]。これは、紛争下で被害を受けている市民の保護に関する様々な軍事ドクトリンの履行を徹底させることを目指したもので[59]、豪軍やNCGMが導入している「性差別データ」分析に類似した手法であった。豪軍やNCGMが導入している「性差別データ」分析とは、ある地域を攻撃目標と設定する(ターゲティング)結果、その地域のコミュニティに生じる2次的、3次的影響を特定することで、このような攻撃で一番被害を受ける女性と女児を守ることを目的とする。米国防省の場合、戦闘員ではなく文民(Civilian)と包括的な用語が使用されているが、この覚書により、豪軍やNCGMで導入している「性差別データ」分析と同様、紛争地域における弱者である女性と女児の保護がより一層強化されることが示されている。
こうしたジェンダー分析の取り入れは、米軍人が作戦地域で負う危険を避けるためにも、作戦地域での状況認識のためにも、ツールとして活かされている。特に、統合軍アフリカ軍(AFRICOM) のGFPは2部(情報)にジェンダー視点とジェンダー分析を入れて情勢を認識・分析すべきとNATOに提言するなど、情報収集でのジェンダー視点やジェンダー分析の重要性が改めて強調されている[60]。
おわりに
ジェンダー主流化は米軍では決議1325履行以前から始まっていた。しかし、米軍が決議1325履行を取り組むべく努力し始めたことにより、平時・戦時・グレーゾーン状態にかかわらず、あらゆる場面のあらゆる活動にジェンダー視点やジェンダー分析を反映させることが可能になった。
その一方で、米軍でのジェンダー主流化は今後、米軍人が作戦地域でのリスク回避のためのツールとしても改めて強調されている。
他方で、国家の安全保障を補完し並列する人間の安全保障という概念も、決議1325履行により萌芽している。ジェンダー主流化を基軸に新しい安全保障の概念が機能していく可能性もある。
決議1325履行を通しての米軍におけるジェンダー主流化の動向は、今後とも注目される。
Profile
- 岩田 英子
-
特別研究官(国際交流・図書)付
- 専門分野:
女性と安全保障、軍隊でのWPS等