NIDSコメンタリー 第300号 2024年2月20日 中国はウクライナ戦争から何を学んでいるか[1]——ハイブリッド戦争という側面に着目して

地域研究部中国研究室主任研究官
八塚 正晃

はじめに

ウクライナ戦争が勃発してまもなく2年が経過する。同戦争は、伝統的な火力のみならずサイバー、宇宙、さらには認知領域を含む多岐にわたる領域で戦闘が行われ、さらには、域外国や非国家主体が関与し、戦況に影響を与えている。多くの国家が同戦争を様々な角度から検証し、今後の自国の軍事作戦に対する教訓を引き出そうとしている。当然ながら、教訓とは自ら置かれた環境に基づいて引き出されるものである。中国の場合、東アジア情勢、とりわけ台湾海峡における軍事力行使を含む統一工作がそれに当たろう。

本稿は、こうした問題意識を念頭に置き、中国国内で発表されている論考を手掛かりにして、中国がウクライナ戦争をどのように評価し、いかなる教訓を引き出しているかを析出することを試みる。既に国内外でも優れた先行研究は存在することを踏まえ、本稿は、特に中国軍関係者や専門家らが同戦争のハイブリッドな性質に関心を寄せていることに着目して、今後の中国人民解放軍の軍隊建設の方向性についての示唆を検討したい[2]

ハイブリッド戦争と国際化

中国国内の議論の特徴的な点として、ウクライナ戦争の「ハイブリッド」な側面にもかなりの程度注目していることがあげられる。ロシアによるウクライナ侵攻から一年以上経た2023年5月に汪海江・西部戦区司令員は、「ウクライナ危機は、勃発後に“ハイブリッド戦争”の新たな形態を露わにし、軍事戦・政治戦・金融戦・科学技術戦・サイバー戦・認知戦がそれぞれ交錯しつつ、戦争における争いが伝統的な領域から非伝統的な領域にまで延伸し、総合国力、戦争潜在力、軍事力の全面的な力比べになっている」と指摘する[3]。ロシア軍がこれまでの紛争で発展させてきた「ハイブリッド戦争」を今回のウクライナ戦争でいかに実施するか、という問題意識を他国の軍幹部が持つこと自体は自然なことであろう。興味深いことは、中国国内の議論では、今回のウクライナ戦争が「ハイブリッド」であることこそが、ロシア軍をして苦戦させている要素として論じられていることである。

そのハイブリッド性がウクライナ戦争にいくつか重要な側面をもたらしている。その一つが紛争の国際化である。今回の戦争は一義的にはウクライナとロシアの二国間紛争であるが、他方で、NATOを中心とした西側諸国がウクライナに対して武器装備の提供・軍事訓練・財政支援など幅広い側面から間接的に関与している。中国の論者の多くが、こうした側面に注目して、ウクライナ戦争を「代理戦争」と評価している。例えば、ウクライナ戦争の一周年を振り返る『解放軍報』の特集記事は、「米国と西側諸国は、この紛争を利用して、ロシアに対する政治的批判・包括的な外交圧力・文化的孤立を試みており、ハイブリッド戦争の手法によって総力戦を実施し、経済的・技術的な優位性を利用して制裁という大鉈を振るい、戦略的な絞殺を試みている」と指摘する[4]。すなわち、西側諸国は、ウクライナ領内でロシアと戦火を交えるような直接的な軍事介入を否定しているものの、多種多様な形でウクライナを支援することで、ウクライナをして大国ロシアへの善戦を可能とさせているとみている。この関与が、サイバー・宇宙・認知など非物理領域や、武器支援のみならず財政支援・対ロ経済制裁・外交工作など非軍事的な形でなされていることこそが、ウクライナ戦争をハイブリッド戦争たらしめているというわけである。さらに、こうした軍事支援のみならず、ロシアに対する経済金融制裁、外交的圧力をかけることがロシアの総合的国力を削っている。こうした紛争の国際化による効果に対して、中国の軍関係者らは警戒感をもって注視している。

非国家主体の関与、民生技術の転用

ウクライナ戦争では、国家主体だけでなく民間企業や個人などの非国家主体も戦争に参画しており、民間企業が提供する民生技術を利用した武器装備が大量に投入されていることも注目される。こうした民間企業が提供する技術は、特に宇宙・サイバー・認知領域において大きな役割を果たしている。国家主体と比べて、民間企業や個人などの非国家主体は、必ずしも国家間のルールや各種制約を受けることもないため、その戦略や戦術を幅広く選択できる。これは中国との関係で考えた場合、「一つの中国」政策に縛られないことを意味する。総合国力が劣勢のウクライナ側にとっては、非国家主体を通じた挑発、動員、消耗戦などの非対称な戦いを仕掛けることによって、優勢な相手に有利な戦いを展開することが可能となる。シスコやマイクロソフトなどの米国の情報技術企業は、ウクライナに対してサイバー脅威情報や防御に関するアドバイスを提供したとされる。また、ウクライナ戦争においてはハッカーらによる自発的なサイバー攻撃も活発にみられたが、こうしたハッカーの参加は、NATOによる世論戦が功を奏した結果であると中国では評価される[5]

民間企業の関与の中でも、とりわけ注目されるのが、イーロン・マスク(Elon Musk)が提供したスターリンクである。中国においてはウクライナ戦争以前から、スターリンク衛星による低軌道コンステレーションが通信・偵察・早期警戒の分野において軍事利用される可能性について注目されていた。

中国人民解放軍の研究者らは、実際のウクライナ戦争でも、スターリンクが安定的かつ継続的なネットワーク通信を提供することで、地上作戦、精密打撃、無人機運用、対ネットワーク電子妨害などの側面でウクライナ軍の能力を強化していると分析している[6]。また、ウクライナ軍によるスターリンクの利用は、戦争をより複雑にさせていると中国軍関係者は捉える[7]。すなわち、米軍も利用するスターリンクのシステムに対してロシア側が攻撃を加えることは、米国に対する攻撃を意味し、戦場の宇宙空間への拡大や戦争のエスカレーションを招くリスクがあるという。つまり、ウクライナによる米国資本の利用が、ロシアのエスカレーション管理の計算を複雑にし、作戦選択に制約を課したことを意味する。 

既に明らかになっているように、イーロン・マスクは、ウクライナによる南部クリミアのロシア海軍艦隊への奇襲攻撃を妨害するためにスターリンクの接続を切るなどしており、必ずしもウクライナに対する一貫した支援をしているわけではない。他方で、企業等に対する政府権力が強い中国においては、中国の識者らは、米国企業と米国政府・軍の一体性を当然視する傾向にある。スターリンク衛星の発射場の一部が米国のヴァンデンバーグ空軍基地に建設されたことや、米陸軍と軍用ネットワーク間における伝送システムに関する契約を結んだこと、米空軍から資金提供を受けて戦闘機との暗号化された相互接続実験を実施したこと等を挙げ、スペースXが米軍との密接な関係にあると彼らは評価するのである[8]

認知領域における戦い

今回のウクライナ戦争では熾烈な世論戦が展開された。紛争行為の正当性をめぐって、様々なナラティブが国際社会に発信され、国際世論を形成し、経済制裁の実施や国連総会決議などにつながった。中国の識者らは、情報戦や世論戦が今回のウクライナにおけるハイブリッド戦争の重要な領域との認識を示している。国防大学の李海明は、「認知領域作戦は将来戦の主戦場であり、ウクライナ戦争は認知領域作戦の新たな特徴を出現させ、我々に多くの示唆を与えている」と指摘した。そのうえで今回のウクライナ戦争で見られた認知戦の特徴として、①指導者による政治的なナラティブの重要性、②ハイブリッド戦争の認知作戦の攻勢性、③平時における国際的プラットフォーム構築の重要性、④科学技術が認知攻防に与える新規性の4点を指摘する[9]

中国の識者の多くは、ウクライナ戦争にかかる国際世論形成において西側メディアが圧倒的に優位に進めたと評価する。彼らによれば、西側諸国のメディアは、ロシアがウクライナの領土を“侵略”したとのナラティブを展開し、ウクライナにおける人道危機やロシアによる虐殺事件を選択的に報道で取り上げ、ロシアによる侵略行為の不当性を幅広く国際世論に訴えることに成功した。とりわけ、グーグル、フェイスブックなどの米国のインターネット企業はSNSのアルゴリズムや運用規則などを変更してロシア政府系メディアの報道を排除したり、また、ユーチューブがスプートニクの欧州向けのアカウントを排除するなどした。この結果、ロシアによる宣伝工作は著しく制限され、西側の強力なメディア優位の前で能力を十分発揮することができなかったのである。

こうした評価をふまえて、中国の識者らは、西側諸国との国際世論戦において現状の圧倒的劣勢の現状に対して、いかに対応すべきかの検討を進めている。例えば、人民解放軍戦略支援部隊隷下の信息工程大学の研究者らは「世論や発言権をコントロールするという点で西強東弱という状況」を認めた上で、「(中国は)世論を攻撃・擁護する能力の強化を重視し、情報誘導の仕組みを改善し、インターネット上の新たなメディアに対する支援と投資を強化することによって、(西側の世論戦能力を)早く追い抜く」ことを提起する[10]。ある中国の識者は、新華社や人民日報、中央電視台などの中国の政府系メディアは、国際ニュース放送チャンネルの中国環球電視網(CGTN)をグローバル展開するなど国際的な影響力を増強させているが、これらに比べて中国系SNSプラットフォームは海外の言論空間への影響力がなお弱いため、ティックトック(TikTok)のような米国市場に入り込む中国発の国際的なSNSプラットフォームの育成が急務と提起する[11]

他方で、西側メディアの世論戦にあまり影響を受けなかった発展途上国・新興国、いわゆるグローバル・サウスの動きも中国で注目されている。中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所の王晨星は、ウクライナ戦争の過程で国際政治構造が陣営化、集団化する傾向がみられるとした上で、こうした中でもグローバル・サウス諸国が対外政策の独立性を強化し、非同盟の立場を追求していることを指摘する 。王は、グローバル・サウス諸国は、ウクライナ戦争において、①中立的な立場を維持し、②西側の対ロ制裁をディカップリングや食糧危機を引き起こすとして批判し、③ウクライナ危機の政治的解決を主張するという特徴を指摘する[12]。ウクライナ戦争から汲み取る教訓として、中国は独立自主を維持し、短期的利益に基づいて米国に依存してはならず、非同盟原則のもとでグローバル・サウス国家間の相互連携を強化し、国際関係の民主化やグローバルな反覇権統一戦線の構築を進めることを提起している。

台湾有事に向けて中国はどのように教訓を生かすか

これまで見てきたように、中国の人民解放軍関係者や研究者らは、ウクライナ戦争において、様々な教訓を引き出している。それでは、台湾有事に向けて、これらの教訓を生かすのであろうか。また、それは今後の軍建設や外交方針にいかなる影響があるのだろうか。

ウクライナ戦争において中国人民解放軍が教訓として引き出しているのは、現代の戦争が新たな安全保障領域や経済・金融・外交・科学技術領域を幅広く含むハイブリッドな要素を強める傾向にあることである。今回のウクライナ戦争が、ロシアによって仕掛けられたハイブリッド戦争というより、新たな技術や新たな領域が戦場に現れることによって戦争がハイブリッド化している、との見方が中国の識者らによって強調されている点は重要である。ハイブリッド戦争は、紛争の空間的・領域的な拡張により、域外国の介入の余地を生み、紛争の国際化を招く傾向にある。ウクライナ戦争を経て対ロシア批判という点において西側諸国の連帯は強固になり、その連帯感は対中姿勢にも反映されている。また、西側諸国によるハイブリッドな戦い方は、劣勢国ウクライナに軍事大国ロシアと戦える能力を付与しただけでなく、ロシアの総合国力を衰退させることにもつながっている。

こうした中国側のウクライナ戦争分析を踏まえると、中国が一方的に台湾に対して軍事行動を取る場合に仮に日米の直接的な軍事介入を抑止することに成功したとしても、西側諸国によるサイバー・認知を含む非物理的領域における軍事介入や補給活動・後方支援・経済制裁・外交工作に見られる間接的な関与を回避することは難しい、と中国側が評価すると推測される。また、「一つの中国」原則のような国家間の了解や抑止関係に縛られない民間企業や個人の紛争への関与は、中国側の算段を複雑にするであろう。前記したような中国におけるウクライナ戦争への評価を鑑みるに、軍事的観点から台湾武力侵攻を実施するハードルは、少なくとも短期的に高くなったと言えるだろう。他方で、当然ながら、中国は、台湾の解放をするための軍事統一シナリオを放棄するわけではないので、以上の課題を踏まえつつ、長期的にA2AD能力・揚陸能力・市街地作戦能力、継戦能力を向上させるための努力を続けていくであろう。

また、中国人民解放軍がウクライナ戦争を観察する中で戦場で新興技術が軍事利用されていることで紛争の在り方が大きく変わりうることを再確認したことは明らかである。こうした意味では、習近平が示す「科学技術が現代戦争の核心的な戦闘力」という認識の下で「イノベーション型の人民軍隊を建設する」という軍建設の方針を継続するだろう 。習近平政権は近年、国際的な批判を避けるために軍民融合発展戦略を政府として掲げることを控えているものの、それに代えて「一体化国家戦略システム能力」という言葉を用いて、新興技術の軍事利用を促すために市民社会に対する動員体制を強化している。

同様の観点から、習近平政権は将来戦と捉えている「智能化戦争」を戦うための軍隊建設の方針を再確認しているであろう。ウクライナ戦争勃発後の2022年秋に開催された第20回党大会での演説において習近平は「機械化・情報化・智能化の融合発展を堅持する」としたうえで、「情報化・智能化戦争の特徴と規律を研究・掌握し、新たな軍事戦略指導を創新し、人民戦争の戦略戦術を発展させる」として、軍の智能化を進める方針を明確に示している 。ウクライナ戦争においては、各種無人機が活用されていることに中国側は注目していることを踏まえると、同演説で習近平が「無人智能化作戦能力を発展させる」と強調したことは示唆的である。こうした観点から、東シナ海や台湾海峡で近年活発化している無人機運用の実態や軍事的威圧の意図について注意を向ける必要があろう。

また、台湾への軍事侵攻のハードルが高い中で、中国にとっては、グレーゾーン作戦による漸進的な現状変更を継続することが重要となってくるであろう。2022年のナンシー・ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長の訪台以降、中国人民解放軍は中国軍機の中間線越えや威圧的な飛行を常態化させるなど漸進的な現状変更を進めている。こうした武力による威圧によって、台湾政府や市民に圧力を加え、半ば強制的に平和統一のテーブルに座らせる「強制的な平和統一路線」を目指している 。2024年1月に実施された台湾総統選挙の結果が示すように、台湾に対する軍事的威圧は奏功していないものの、中国が軍事的威圧を弱める気配はみられない。

さらに、中国は、ウクライナ戦争の過程で、現状における「西強東弱」という状況を認識した一方で、中国が認識する「東昇西降」という長期的傾向を推進していくためにグローバル・サウスへの取り込みや宣伝戦を強化している。近年、中東やアフリカ諸国との高官交流の際には、相手国の高官に対して「一つの中国」原則への言及のみならず、軍事的圧力を念頭にして「主権擁護のための中国側が採る正当な措置への支持」というより踏み込んだ支持表明をさせるなど、外交的な働きかけを強めている。また、アフリカ諸国で顕著に見られるように、中国政府系メディアの進出や現地メディア買収によるパブリック・ディプロマシーを展開し、先進諸国のみならず新興国も主な対象にして台湾有事を念頭に平時における世論戦を活発化させていくであろう。地理的に離れたアフリカや中東地域においては、台湾海峡を含めた東アジア情勢に対する関心が低いため、同地域でバランスの取れた情報が提供されなければ、中国の立場に近い世論や政府見解が形成される可能性は否定できない。

Profile

  • 八塚 正晃
  • 地域研究部中国研究室主任研究官
  • 専門分野:
    中国政治外交