NIDSコメンタリー 第298号 2024年2月9日 「米国国家防衛産業戦略」を読み解く

理論研究部 社会・経済研究室 研究員
清岡 克吉

0.エグゼクティブ・サマリー

〇米国国防総省は、2024年1月11日に米国では初となる「防衛産業」を包括的に扱った戦略文書である「国家防衛産業戦略(National Defense Industry Strategy:NDIS)」を公表。このNDISは、今後3年から5年間にわたる米国国防総省の防衛産業基盤への関与、政策立案、投資の指針となる。

〇NDISでは「強力かつ強靭な産業基盤は、軍事的優位性のための永続的な基盤を規定する」とあり、それに取り組むためにどのような方向性の取り組みが必要かについて議論がなされている。そのため「まさに防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤の強化」を目指す我が国とも視野を共有する。

〇NDISでは、取り組むべき重点領域として、「①強靭性あるサプライチェーン構築」「②防衛産業の人材確保」「③柔軟な防衛調達」「④経済抑止」をあげ、優先順位をつけている。また、それらのために必要なアクションを述べている。

〇NDISでは、「(生産の)コスト、速さ、規模の三者間に発生するトレードオフ」をいかに克服するかが繰り返し述べられ、これらを克服した「21世紀型の防衛産業エコシステム」の構築が目指される。

〇NDISに基づき、2024年の3月に公表・非公表の「実施計画」が発表される予定。これに基づいてさらに具体的な政策が実施されることとなる。

〇他のいかなる戦略文書と同じく、どのように予算やリソースを分配できるかがこの戦略の成否を左右し、さらにはこの戦略によって成し遂げられる予定である米国の防衛産業基盤・エコシステムの将来が占われる。

〇同盟国をサプライチェーンに強く組み込むことにより、それらの国々の防衛産業は大規模な市場に自ずと組み込まれることとなり、国際的な競争力の向上にもつながる。NDISで示された方針は、我が国の防衛産業にとっても国際的な連携のもとでのその在り方をいかにするかという問いを示している。

1.はじめに

米国国防総省(以下、国防総省)は、2024年1月11日に「国家防衛産業戦略(National Defense Industry Strategy:NDIS)」を公表した。この戦略文書は、米国では初となる「防衛産業」を包括的に扱った戦略文書であり、このNDISを担当、署名した国防次官補も米国では初となる防衛産業政策担当(Assistant Secretary of Defense for Industrial Base Policy)の国防次官補である。このNDISは、今後3年から5年間にわたる米国国防総省の防衛産業基盤への関与、政策立案、投資の指針となる。

これまでも、国防総省は、サプライチェーンの強靭性や防衛産業基盤の状況などについて、個々の調査を行い、報告書のかたちでまとめていた。しかしながら、NDISは、核態勢見直し(NPR)などの国防総省の他の戦略文書と同様に、国家防衛戦略(NDS)の方向性のもと、防衛産業・基盤というテーマに対し包括的な見方を示したものとなっている。また、戦略文書であるため、課題の提示と同時に、取り組むべき優先順位についても明確に示している点に大きな特徴がある。加えて、こうした動きは2024年3月までに公表が予定される公開及び非公開バージョンの実施計画(Implementation Plan)によってさらに明確化される。

この文書は、2020年の新型コロナウイルスの世界的流行に伴うサプライチェーンの混乱や、2010年代中葉より高まる中国との戦略的競争による同格の大国同士の武力衝突の可能性、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻に伴う弾薬や装備品生産のための生産余剰能力や戦略的備蓄、装備品の質に加えて量が再び重要となったこと、さらにはその状況に付加するように発生したハマスとイスラエルの武力衝突による装備・弾薬備蓄への不確実性などを教訓・課題として策定されている。このようななかで浮き彫りになった目標に対して、米国やその同盟国・同志国を確実にサポートするために必要不可欠な米国の防衛産業・技術基盤をいかに強靭するのか。そしていかに「21世紀型の防衛産業エコシステム[1]」の構築をなしていくのかについて具体的な施策とその効果、またそれらがなされなかった場合のリスクを示したものである。

さらに、この文書の冒頭に、「強力かつ強靭な産業基盤は、軍事的優位性のための永続的な基盤を規定する」とあり、それに取り組むためにどのような方向性の取り組みが必要か、という議論がなされている。そのため「いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤の強化」という一文を戦略3文書に掲げ「防衛生産基盤強化法」や「防衛技術戦略」を制定し、防衛産業基盤の強化に取り組む我が国とも問題意識や課題など共通する点も多く、日本の防衛産業政策への示唆にも富む。さらに、NDISは同盟国や同志国へのサポートを目的に挙げており、我が国は同盟国として米国の防衛産業に強い結びつきを有している。そこで、本稿では、この米国のNDISを概観し、その趣旨を読み解く。

2.目標と4つの重点取り組み

防衛産業基盤を包括的な視野からみるNDISは、「既存の防衛産業基盤から、より堅牢で強靭性のある躍動的な近代化された防衛産業エコシステムへの世代交代を促進[2]」することを目標と述べている。また、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻やイスラエル・ハマス間の武力衝突などをきっかけに米国の防衛産業では、既存の兵器体系や装備品、弾薬を、「最大限の速さと規模(at speed and scale)」で生産することが求められている。これは、冷戦後の米国や多くの西側の国家が浴してきた「平和の配当」やそれに続く「対テロ戦争」に基づく戦略環境とは異なる前提に立つものであり、その実現には一定の努力や取り組みの方向性が求められる。さらに、NDISでは防衛産業基盤の「21世紀の防衛産業エコシステム」への世代交代を目指している。そして、対置する「20世紀に根差した政策[3]」を、「(生産の)コスト、速さ、規模の三者の間には典型的にトレードオフが発生[4]」し、そのどれかを選択する必要が生じるものであると定義している。そのため、このトレードオフ(の思考)を克服・脱却することが「21世紀の防衛産業エコシステム」を目指すうえでのカギとなると読み解くことができる。上述したような目標を追求するため、NDISでは、優先して取り組むべき方向性として、4つの重点領域を定めている。その4点とそれぞれの詳細は以下のとおりである。

① 強靭性あるサプライチェーン構築(Resilient Supply Chains)

この点は、防衛産業基盤が、現在運用中の防衛装備品に加えて将来必要とされる装備品、サービス、技術を、速さ、規模、コストの面で最良かつ安全に生産できるようにするための施策となる。そのうえで、具体的なアクションとして、(1) 余剰生産能力への投資により、産業界に強靭性向上のインセンティブを与える、(2)短期リスク低減のための在庫管理と備蓄計画、(3)国内生産への支援の継続と拡大、(4)供給基盤の多様化と新生産方式への投資、(5)データ分析の活用を通じサブ・サプライヤーの可視性を向上させ、戦略的サプライチェーンリスク特定・最小化し、チェーン切断を想定した管理の実行、(6)世界的な防衛生産の拡大とサプライチェーン強靭性向上のため、同盟国やパートナーの参加の促進、(7)有償対外軍事援助(FMS)プロセスの改善、(8)産業サイバーセキュリティの強化の8つを挙げている。

特に重視されているのが、ウクライナを念頭に置いた、有事の際の装備品需要の増加に備えるための生産能力余力の確保である。例えば、ミサイルなどの複雑な装備品は、冷戦終結以降「ジャストインタイム(Just-in-Time)生産[5]」という、トヨタなどの日本企業でも用いられる方式で生産されてきた。これは、各サプライチェーンから供給される部品やコンポーネントなどを、大規模な余剰在庫を持つことなく、必要に応じてタイミングを合わせて組み立て工場に運び込み、組み上げてそのまま出荷するといった生産方式である。この方式は、多くの民間企業でも採用されている通り、それそのものに問題がある生産方式ではなく、大規模な倉庫設備を必要とせず、余剰在庫を抱えずに済むという利点がある。しかし、防衛装備品の部品点数は、一般的に航空機で約300万点、ミサイルで約100万点もあるといわれ[6]、非常に長大な部品リストとなる。こうした膨大な部品・コンポーネントの生産を、完璧な調整のもとタイミングを合わせて増加させなければならず、単に組み立て工場の稼働サイクルを挙げるだけでは済まない。では、部品の備蓄在庫を増やせば良いのだが、このためには追加の投資が必要になり、営利企業としてのインセンティブは必ずしも沸きやすくない[7]。そのため、戦略が提示するようなかたちでの余剰生産設備への追加投資や安定したサプライチェーンの洗い出しは重要かつ至難なものである。また、サプライチェーンの洗い出しは、潜在的な敵対国への供給依存による脆弱性の低減にもつながる。

② 防衛産業の人材確保(Workforce Readiness)

防衛産業基盤及びその従事者が高度なスキルを持ち、熟練され、「多様性に富み、アメリカを代表する十分な人材を備えた労働力[8]」を活用できるようにするための施策である。そのうえで、(1)将来の技術革新に備えた労働力の確保、(2)製造業とSTEM[9]領域における安全保障上重要な技能開発支援を重点的に支援、(3)「徒弟制度」とインターンシップ・プログラムの機会の増加、(4)産業職への偏見の是正、(5)非伝統的コミュニティの採用拡大を具体的な政策アクションとして挙げている。ここで重視されるのは、核兵器や潜水艦、現代艦艇などの高度な技術を要する米国の装備品体系を成り立たせうる熟練労働者の技術をいかに安定的に継承するのかという点である。米国も、我が国の「団塊の世代」と同様「ベビーブーマー」が本格的に退職しているという人口動態上の特性からくる技術継承、労働力確保の危機感がある。

③ 柔軟な防衛調達(Flexible Acquisition)

この項目は「防衛装備・プラットフォームやその保守システムにおける効率性、保守性、カスタマイズ、標準化とのバランスをとりながら、動的な機能を追求する戦略[10]」の追求のためのものであり、要するに、装備品や産品の開発時間とコストを削減し、拡張性を高めるための施策である。そのうえで、(1)プラットフォームの標準化と相互運用性の拡大、(2)スコープクリープ[11]を抑制するための要求プロセスの強化、(3)利用可能かつ合理的な場合に既製品の入手を優先する、(4)知的財産及びデータ権利へのアクセス増加を通じた取得と維持の強化、(5)契約戦略の利用拡大と政策改革の検討、(6)調達改革の継続的支援、(7)確実な備えのための産業動員権限と計画の更新、の7点を具体的な施策として示している。

④ 経済抑止(Economic Deterrence)

これは「公正で効果的な市場メカニズムにより、米国と緊密な国際同盟国やパートナーの間で弾力性のある防衛産業エコシステムを支え、経済安全保障と統合抑止に貢献する」ための重点的な取り組みである。そのうえで、具体的な施策目標として(1)経済安全保障協定の強化、(2)標準化機構への積極的参加による国際相互運用標準の実現、(3)科学技術を共有するための同盟関係の強化、(4)敵対的所有権に対する執行の強化とサイバー攻撃からの保護、(5)経済制裁対象からの調達禁止の強化、の5点を挙げている。

この項目では、第2次世界大戦以降の自由で開かれた経済市場に挑戦し、その原理を歪めようとする国々に対する脅威認識からきている。また、「米国の市場、技術、イノベーションへのアクセスが実質的に減少することへの恐怖は、潜在的な侵略者の思考に疑念を植え付ける[12][13] 」との記述があり、これは現在示される経済安全保障上の議論について、国防総省や防衛産業保護の立場の視点から意思表明がなされたものであるといえる。すなわち、米国が伝統的に保持してきた価値観であるオープンエコノミーを守るために、規制を活用するという方向性が示されているのではないかと分析できる。そのため、ここではアメリカが戦後保持してきた社会経済システムの前提である公正な市場メカニズムを保ち、その中で異なる価値観を持つ国家群との経済システムの浸透膜ないしは壁を築き、なおかつ、価値観を同じくする国家群との協力で相乗的に強靭な技術・産業基盤を構築するという志向が表れている。

また、上記5点の取り組みを行うことによって、単純に産業構造を保護するだけではなく、技術基盤や産業基盤を経済安全保障上の脅威に対して強靭さを増し、これを通じて敵対国からの米国および同盟国間の防衛産業・技術基盤への影響力を局限することが目指される。もしこれらに失敗すれば、米国や同盟国の企業が敵対国に買収されたり、技術が窃取されたりすることが予想され、この失敗は、米国や同盟国のサプライチェーンや産業インフラの脆弱性、コスト増に伴う実質的な国防予算の削減、技術的な優位性、革新性、品質の低下をもたらすとNDISでも述べられている[14]。すなわち、有事の際には防衛力そのものとなる防衛産業・技術基盤を確実に保持することによって、抑止力につなげるという構図が指摘できる。また、こうした取り組みの確実な履行によって、同盟国との信頼関係の強化・構築にもつながり、これも敵対者に対する強みの獲得につながる。

これらの4つの重点目標は、いずれもコロナ禍や2022年のロシアによるウクライナ侵攻や、2023年のハマス・イスラエル間の武力衝突、中国との大国間競争などの課題への取り組みのため、近年の米国の防衛産業基盤をめぐる議論で既に、常に個々に言及されてきた内容ではある。しかしながら、国防総省によってこうした取り組むべき課題が包括的に整理され、その優先順位が示されたことは、ここ数年の防衛産業基盤をめぐる議論の進展を表すものといえよう。また、こうした優先順位を体系的に立てて示すことによる防衛産業界との間での政策的コミュニケーションが図られることもこうした文書の意義であろう。

3. 課題は何か

では、ここまで概観してきた本戦略の今後の課題は何か。

NPRなどと異なり、NDISの政策の射程は民間企業等の国防総省が直接指揮できる範囲の外にあるアクターに及び、それらに如何に働きかけることができるかが課題の一つとなる。そのためには、戦略に示された行動目標の達成のために、例えば市場経済のなかでの商業的な最適解では余剰となる設備への投資や、人的投資のインセンティブをいかに生み出せるかがカギを握る。これは、営利を追求する企業にとっては余分なコストと映る。そのコストを確実に回収できる投資として企業に捉えさせる必要がある。その手段としては、生産した製品の確実な取得や投資に伴うリスクを共有することが挙げられる。したがって、将来にわたっての調達計画や国防総省が必要とする能力を明らかにし、さらに予算的措置を継続して実行することによる国防当局と企業との長期的な見積もりを擦り合わせる緊密かつ着実なコミュニケーションが必要不可欠である。

さらに、今後予想される米国政治の不透明性も一定の課題となりえる。もちろん、NDISに挙げられる課題は、国際的な構造要因からくるものであって、政権が変わっても不変のものである。しかしながら、この戦略の実装に資金的裏付けを行い、実行する権限を持つのは議会であり、今後の大統領選の推移のいかんによっては立法府内、あるいは行政府と立法府の間での他の議題のための具となる可能性も指摘できる。実際に、ウクライナへの支援が米国の国境管理問題をめぐる党派対立で停滞し[15]、2024会計年度の国防授権法(NDAA)の法案通過が、軍隊における中絶問題を争点として長らく議会において進まなかった[16]ことは記憶に新しい。前述したとおり、防衛産業をめぐる課題とその克服は構造的なものであり、政権を超えた継続性を有する可能性はあるが、これらの政治的な対立が戦略へのリソースの配分に影響を及ぼす可能性は依然として高い。すなわち、あらゆる戦略文書に言えることではあるが、NDISで明示した課題とそれに対する政策目標に対し、いかにリソースを着実に配分し、関連するアクターと同じ方向を向いて進めるかが重要となる。

また、これは次項の内容とも関連するが、フレンドショアリングの構築に関し米国はどこまで門戸を開くことができるかという課題もある。NDISでは、同盟国の防衛産業との間でサプライチェーンを構築し、その強靭性を向上させると述べている。しかし、これまでの前例を鑑みると、米国に直接進出し、国防総省との間で直接プライム企業としての契約に成功しているBAEシステムズ社は、米国政府との特別安全保障協定の条件に基づいて、国家安全保障分野で活動[17]しているが、BAEシステムズ社の米国法人が国防総省との間で得た機密は英国のBAE社システムズ社には開示されない[18]などの規制・障壁がある。米英間のいわゆる「特別な関係」のもとでの防衛産業の統合・協業においても、米国では歴史的経緯からくる独特の閉鎖性が存在する。他の外国の軍事請負業者は、より基本的な物品を国防総省に販売するか、米国の大手防衛産業の下請け業者として米国の直接的なサプライチェーンに組み込まれるが、投資規制や各種の輸出管理規制等の障壁は依然としてある。その様な伝統的な国家安全保障の観点に基づく閉鎖性と、近年の大国間競争に基づく新たな戦略環境が惹起する同盟国との連携のための開放性との間でいかに折り合いをつけるかが問われている。

4.我が国への影響

2022年のロシアのウクライナ全面侵攻以降、自明の事実となったように、(ごく一部の例外を除き)現代の国家間戦争において国家は単独で戦い抜くことはできない。なおかつ、多くの兵器体系を、米国をはじめとする「西側諸国」と共有するわが国はそれゆえに多くの防衛装備品や技術基盤において米国と共通の利益を有する。加えて、わが国周辺有事においても、米国はその多くの供給源となることが予想される。現在米国が取り組む防衛装備品生産の「速さと規模」の増加や柔軟性を持った調達はそれらの有事への抑止を強化し、さらには抑止が破れた際の確実な対処力となる。

さらに、NDISはアメリカの防衛産業・技術基盤を強化するものであるが、同盟国や同志国をはじめとする国際的なパートナーへのメッセージとして参画の余地のある内容も多々存在する。例えば、前述したアクションのなかでは、(①-6)世界的な防衛生産の拡大とサプライチェーン強靭性向上のため、同盟国やパートナーの参加の促進、(①-7)有償対外軍事援助(FMS)プロセスの改善、(④-1)経済安全保障協定の強化、(④-2)標準化機構への積極的参加による国際相互運用標準の実現、(④-3)科学技術を共有するための同盟関係の強化、などが挙げられる。

 防衛産業の議論には、技術開発基盤から、技術実装、生産能力、輸出など多岐にわたる論点が含まれる。その中で特に、NDISの中心的な狙いは、同盟国との「相互運用性、相互互換性、資材の標準化」を図る[19]ことで、国際的に複数の冗長性を持つ生産ラインを開発し十分な生産能力を確保することにあるといえる。また、同盟国からの需要のシグナルを受領・整理し、確実な能力提供を目指す制度の構築・改革も主眼にある。例えば、既存のFMS改革に加え、我が国も2023年1月に締結[20]した「防衛装備品等の供給の安定化に係る取決め(SoSA: Security of Supply Arrangement)[21]」などによる優先的な装備品や関連部品の提供の枠組みをさらに強化する動きなどがある。さらに、米軍の装備品の同盟国での整備を通じ、米軍のレディネス・展開能力の向上を行う(例えば我が国でも米海軍艦艇の定期補修・改修を行う見通し[22])ほか、装備品の共同生産の円滑化で規模の経済による生産コストの低減も我が国にとって重要な影響を持つ。

近年の先進各国の防衛産業をめぐる潮流では、「選択的自律性」の追求のもと、いかに自国の産業・技術的強みを国際的な枠組みで発揮するかが問われている[23]。そうした構造的潮流のもと、NDISで示された同盟国をサプライチェーンに強く組み込む方針は、それらの国々の競争力を有する防衛産業は大規模な市場に自ずと組み込まれることとなり、さらなる国際的な競争力の向上にもつながる。また、米国との安全保障分野の連携に我が国の民間企業を参画させる際に無視できないのが、セキュリティークリアランス制度の問題である。本稿執筆中の2024年1月末現在、同制度の実現に向けて法案の提出が目指されている[24]が、防衛産業連携のいわば「共通言語」である同制度の確立と確実な普及は依然急務である。いずれにせよ、2022年の「安保3文書[25]」を受けて議論されている、防衛装備品等の移転要件の議論次第ではあるが、NDISで示された方針は、我が国の防衛産業にとっても国際的な連携のもとでのその在り方をいかにするかという問いを示している。

5.おわりに

本稿では、2024年1月に公表された、米国のNDISがいかなるものであり、どのような課題認識から何を成し遂げようとしているのかを概観し、我が国への影響を考察した。そこでは、米国がウクライナ支援や今後予想される大国同士の武力衝突や、同時多発的な事態への対処に対して、防衛産業基盤の冗長性の確保をいかに行い、「(生産の)コスト、速さ、規模の三者間に発生するトレードオフ」をいかに克服するかが模索されていた。また、そうした冗長性を担保するために、同盟国との防衛装備品や生産基盤の共通化・標準化を図り、相互運用性や相互互換性を確保していくことが文書中で示され、これまでも米国との強いつながりを有してきた我が国の防衛産業もその流れとは無縁ではない。そのため、今後もこうした戦略文書に着目するとともに、NDISで示された目標とその実現状況についてフォローを続けることが緊要である。この戦略文書をさらに詳細にいかに実装していくかについては、2024年3月に公表される「実施計画」を待つほかないが、他のいかなる戦略文書と同じく、どのように予算やリソースを分配できるかがこの戦略の成否、さらにはこの戦略によって成し遂げられる予定である米国の防衛産業基盤・エコシステムの将来が占われる。

ロッキードマーティン社のF-35組み立て工場@テキサス州フォートワース(2022年4月)(写真:Lockheed Martin/DVIDS)

ロッキードマーティン社のF-35組み立て工場@テキサス州フォートワース(2022年4月)(写真:Lockheed Martin/DVIDS)

Profile

  • 清岡 克吉
  • 理論研究部 社会・経済研究室
    研究員
  • 専門分野:
    防衛産業・装備政策、技術と安全保障、軍備管理