NIDSコメンタリー 第293号 2024年1月19日 安全保障としての半導体投資

特別研究官
小野 圭司

新千歳空港の東側、JR千歳線に沿って白い鋼板に囲まれた工事区画が広がっている。区画の端は見づらいほどの遠くにあるが、時折開く蛇腹の開口部は意外と狭い。その前には警備員が1人立っているほか、辺りで目立つものといえば木立だけだ。鋼板越しに見える数基のクレーンと、開口部から出てくる土砂を積んだダンプカー以外に、大規模な工事を感じさせるものもない。

最先端ロジック半導体の国産化を目指して、2022(令和4)年8月に鳴り物入りで設立されたラピダスの工場建設現場は、思いのほか静かだった。北海道らしい穏やかさに包まれているが、半導体を巡る日本の経済安全保障の浮沈がそこにかかっている。

米国の半導体覇権

第2次大戦では、エレクトロニクス分野での米国の技術優位が連合国の勝利に大きく貢献した。当時はレーダーや近接信管の電子制御を真空管で行っていた。これはその後トランジスタ、集積回路(IC)へと変わる。しかし1960年代のアポロ計画などで半導体技術を向上させた米国の技術覇権は、一時期を除いて揺るがなかった。

その一時期とは1980年代だ。日本企業が半導体市場で急速に台頭する。1988年には日本製半導体は世界市場の半分以上を占め、企業別の半導体売上高で世界1位から3位を日本企業が独占。10位以内で6社を日本企業が占めた。

日本は米国と同盟関係にある。それでも武器やその生産設備に加え、軍用指揮・通信システムにも日本製半導体が多用されていたことから、「米国の軍事技術が日本に依存する」ことへの警戒感が生まれた。折しもエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)が出版され、米国にとって安全保障上の脅威が、ソ連の軍事力から日本の技術力に変わった頃だった。

1960~70年代の高度成長期には、鉄が産業の中核を担うものとして「産業のコメ」とよばれたが、80年代後半頃にはその座を半導体がとって代った。こうして半導体は、「戦略物資」としての存在感を高めるようになる。

日本半導体産業の内憂外患

しかし日本の半導体産業も問題を抱えていた。日本では総合電機メーカーが1つの事業として半導体生産を行っていた。しかしその後、市場を席巻したのは半導体専業メーカーだ。サムスン電子は家電も手掛けるが、半導体・情報機器の「一本足経営」に近い。

半導体事業が多角経営の1つであると、投資の意思決定には他部門との調整が必要となり取引コストがかさむ。また半導体産業には、「シリコン・サイクル」と呼ばれる一般の景気循環とは独立した市況の変化があり予見性を欠く。1991年にバブル経済が崩壊すると多角経営・合議制の意思決定は、半導体事業にとって不利に働いた(内憂)。

これ以外にもプラザ合意(1985年9月)後に急速に進んだ円高で価格競争力が低下し、日米半導体協定で米国製半導体の購入が日本側に強制される。日本企業による米国半導体メーカーの買収も、米国からの政治圧力で阻止された(外患)。

その後、弱体化した日本の半導体産業は、「失われた30年」の間に復活の試みにも失敗し続ける。

半導体の地政学リスク

半導体メーカーの栄枯盛衰はあったものの、半導体の供給が不安に陥ることはなかった。これが2019年末に始まるコロナ禍で大きく変わる。冷戦期と異なるのは、民生品分野での半導体供給危機が経済安全保障の文脈で捉えられたことだ。

5Gやデータセンタ向けの半導体需要が拡大する中、コロナ禍での在宅勤務・巣ごもり生活の普及が情報機器・情報家電の需要を押し上げる。同時に米中経済対立で、中国製半導体が西側の市場から締め出された。さらに2020年と21年には日本での火災事故、2021年に起こった米国の停電で半導体工場が操業停止となり供給量が減少する。

コロナ禍で自動車販売も低迷したことから、車載用半導体の製造ラインは他用途半導体の生産に振り向けられた。このため自動車需要が回復しても自動車向け半導体の供給がすぐには追い付かず、各国で自動車工場が生産停止に追い込まれる。さらに最近では、生成AI(人工知能)の開発に使われる画像処理半導体の需要が急拡大している。

半導体の供給網維持が経済安全保障上の課題として認識されると、各国がそれを囲い込むようになる。しかし経済のグローバル化が進展する中、米国では製造業の海外移転が進んでいた。2021年の半導体生産では米国系企業が世界の54%を握っているが、米国内で生産される半導体は全世界の11%に過ぎない(表)。このような事態の改善が急務となった。

表:半導体生産の国別シェア(2021年)

生産能力基準
(量)
本社所在地基準
(売上高)
米国 11% 54%
韓国 23% 22%
台湾 21% 9%
日本 15% 6%
欧州 5% 6%
中国 16% 4%

註:生産能力基準の米国にはカナダを含む。

出所:Kometa research HP、『電波新聞』HPより作成。

さらに半導体生産拠点の東アジア偏在は、地政学的リスクを高める。やはり2021年時点の半導体生産上位3ヶ国は韓国・台湾・中国で、軍事的緊張が高まる台湾海峡・朝鮮半島を抱える地域が60%を占めている。さらに中国が世界生産の6分の1を握っているので、中国が半導体を経済的威圧(輸出制限など)の材料として用いる可能性は捨て切れない。

このところ米国では、テキサス・インスツルメンツ、インテル、マイクロン・テクノロジーなどの米国系企業に加えて、台湾積体電路製造(TSMC)やサムスン電子などの外国系企業の大型投資が続いている。富士通が米国の半導体名門企業フェアチャイルド・セミコンダクターを買収しようとして、米国議会の強い反対にあったのは1986年だ。しかし状況は大きく変わった。当時の米国の対応は「半導体ナショナリズム」の感があったが、現在では「半導体の地産地消」の様相を呈しており企業の国籍は問われない。

TSMCは米軍の戦闘機やミサイル、指揮・通信システム向け半導体の生産を受託しているが、生産は台湾で行っている。しかし最近、米国はこれらを米国内で製造するように働きかけている。ただし台湾にしてみると、これは「米軍向け半導体供給」という安全保障上の切り札を手放すことを意味する。

日本でも冒頭に挙げたラピダスが、5兆円に及ぶ投資を計画している。キオクシア、東芝、三菱電機などの日本企業に加えて、投資総額が1兆円を超えると見られるTSMCやマイクロン・テクノロジー、ウエスタンデジタルなど外資系企業の大型投資が発表されている。これらの投資に対して、経済産業省は半導体関連の支援基金として2022年度の補正予算で1兆3,000億円、2023年度では3兆4,000億円を要求した。

地政学的リスクの回避に対しては、完成品としての半導体の自給体制を固めるだけでは不十分だ。米国バイデン政権は2022年10月に、先端半導体やその製造装置・技術の対中輸出を事実上禁じ、半導体製造装置に強い日本とオランダにも同調するよう求めた。

ところがパワー半導体などは最先端品ではないために、輸出規制対象外の装置での製造が可能だ。実際に中国の自動車メーカーは、パワー半導体の内製化に取り組んでいる。

さらには中国の半導体受託生産大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)は、輸出規制対象外の装置を用いて、先端品にあたる回路線幅7ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体製造に成功している。先端半導体は民生用の携帯電話や人工知能、スーパー・コンピュータに用いられるが、軍事部門にも利用される可能性がある。

ウクライナ侵攻と半導体

2022年2月のロシアによるウクライナへの侵攻直後に、日本も含めた西側各国は対露輸出規制を実施した。その品目には半導体やその製造装置・原材料などが含まれている。

当初は短期間でウクライナ全土が制圧されるか、もしくは停戦合意に達すると思われた。したがって半導体関連の輸出規制も、他の品目と同じようにロシア経済に制裁を加えることが主目的だった。当時のロシアは、半導体供給の約9割を西側からの輸入に依存していた。

しかしウクライナ侵攻が予想外の長期戦となったことから、半導体の輸出規制はロシアへの経済制裁もさることながら、その継戦能力を奪うことも期待されるようになる。前線で使われるハイテク武器の生産・修理には半導体が不可欠だ。ただハイテク武器でも最先端のロジック半導体やメモリーはそれほど多くは使われていない。むしろ各種センサーが取り込んだ信号を制御したりデジタル変換するアナログ半導体や、電力を制御するパワー半導体が大半を占めている。

ウクライナとロシアの双方共に軍用・民生用無人機を大量に戦線に投入し、民生用無人機の大量生産に乗り出している。民生用無人機の生産にはハイテク武器と異なり高度な生産設備を必要としないが、無人機自体は半導体を必要とする。

無人機は飛行中にセンサーを使って画像、音声、力、加速度、温度などのデータを取り込む。飛行中にはイメージセンサーや衝撃検知用センサーを使って、自身の作動状況を操縦者に知らせている。そしてマイクロコンピュータ、信号処理や通信プロトコル処理のための半導体、動力制御のためのパワー半導体なども搭載されている。

オーストラリアはウクライナに段ボール製無人機「コルボPPDS」を供与している。ラジコン模型を大きくしたぐらいの無人機で、特段高性能というわけでもない。自律飛行経路などの設定は、市販のアンドロイド端末で行うことができる。安価な「消耗品」と割り切った無人機で、段ボールは電波反射率が低いのでレーダーにも映りにくい。コルボPPDSは戦車などの目標探知に用いられ、空軍基地への攻撃では駐機中の戦闘機の破壊にも成功している。このように簡便な無人機でも半導体を必要とする。

またロシアの衛星測位システム「GLONASS」では、米国のクアルコムやブロードコムが設計した半導体が使われている。ウクライナ政府はこれら企業に対して、ロシアへの半導体提供を止めるように要求していると報じられている。

ところが半導体の輸出規制そのものが容易ではない。西側による半導体の対露輸出規制の効果は、半年程度しか続かなかったと見られている。経済制裁に加わっていない国を経由して、半導体が迂回輸出されているためだ。中国・香港、トルコ、アラブ首長国連邦、カザフスタンなどからロシアに向けて西側製半導体が流れている。マネーロンダリングならぬ、「半導体ロンダリング」が行われている。

家電製品もロシアに迂回輸出されている。そしてEUのフォンデアライエン委員長が昨年9月の欧州議会での施政方針演説で、「ロシアは食洗機や冷蔵庫から半導体を抜き取って、軍需品の修理に充てている」と述べている。現代では「腹が減らずとも、半導体が無くては戦ができぬ」。

「国家安全保障戦略」と半導体

令和4(2022)年12月に、「国家安全保障戦略」が閣議決定された。その中には半導体の供給確保、具体的には供給網の強靭化と開発・製造拠点整備が記されている。先に挙げた日本での半導体メーカーの設備投資拡大も、この線に沿ったものだ。

航空機用ジェットエンジンや艦艇用のガスタービンは、1台に5,000個のセンサーが付いており運転・稼働に関する情報をとっている。センサーの数は、航空機(旅客機)1機では24,000個にもなる。この情報処理に半導体は欠かせない。自動車も1台で500個近くの半導体を使っているが、現在普及が急拡大している電気自動車(EV)になると、必要となる半導体の数は3倍近くに増える。一定条件の下で無人運転が可能となる「レベル4」の自動運転車では、半導体の数は3,000個以上となる。

しかし半導体製造の関連機材・部材まで掘り下げると楽観は許さない。半導体製造装置では日本企業が強みを発揮している部分もあるが、市場規模が大きい装置では米国やオランダの企業がシェアの大半を占めている。また露光装置の光源レーザーに必要なネオンガスは、世界生産量の7割をウクライナが産出しており、ロシアがウクライナへ侵攻した後にネオンガスの価格は一時約10倍に跳ね上がった。露光工程に必要なパラジウムもロシアが世界生産量の4割を占めていることから、ウクライナ侵攻後に価格は約2倍に上昇した。

これらを全て揃えた半導体の「純国産」は現実的ではない。日本には強みを有する部分での競争力を維持・拡大して、他の機材・部材の交渉力に結び付ける努力が求められる。もちろんこのためには半導体製造はもとより、長期的視野に立った基礎的な技術優位の確立、そのための人材育成は不可欠だ。バブル崩壊後の余りにその場凌ぎの対応で、半導体関連の人材・頭脳を流出させた愚は繰り返されてはなるまい。

防衛装備品との関連では、日本でも装備品の国際共同開発が増えており、そうなると日本製半導体が国際共同開発された装備品に使われるようになる。ハイテク武器で多く使われるパワー半導体は、日本企業が比較的強い分野だ。ただし次世代パワー半導体であるSiC(炭化ケイ素)パワー半導体では、日本企業はやや劣勢であり決して楽観はできない。

半導体投資のアキレス腱

日本での半導体投資にとって好ましいことは、半導体製造で大量に必要となる水の質が今後も維持されそうなことだ。

冒頭に挙げた千歳市に建設中のラピダス半導体工場は完成すると、同市(人口10万人)の水道供給の7割に相当する水を消費する。国連教育科学文化機関(UNESCO)のWorld Water Development Report (WWDR) 2023によると、半導体の生産拠点である中国沿岸部・欧州のほぼ全域、米国・韓国の広い範囲で水資源が危機に直面している。台湾は国連非加盟国なので報告書に記載はないが、台湾島中南部での慢性的な水不足が報じられている。他方、日本については首都圏や京阪神で若干の危機が指摘されているものの、概ね水資源のリスクは低い。

逆に日本にとってアキレス腱となりそうなのが電力供給だ。半導体工場は水と共に大量の電力を必要とする。TSMC、サムスン電子、SKハイニックスが消費する電力は、それぞれ1社で台湾・韓国の総発電量の5~6%に達する(2020年)。見方を変えると、サムスン電子だけでニュージーランド1ヶ国の約6割に相当する電力を消費している。韓国では政策的に電気料金が抑えられており、これは半導体産業にしてみると「見えない補助金」に等しい。

ところが日本では東日本大震災以降、火力発電の比率が上昇し電気料金も緩やかに上がっている。最近では、生成AIが各方面で利活用され始めているが、生成AIは開発と利用の両面で相当量の電力を消費する。日本でも国産生成AIの開発が進められている。これは半導体に対する需要を促す一方で、電力消費と言う点では半導体製造業と競合する関係にある。

火力発電の比率を引き下げて、安価で安定した電力供給の体制を整備することは、エネルギー安全保障や地球温暖化対策だけではなく、「戦略物資」としての半導体確保の上でも重要である。

Profile

  • 小野 圭司
  • 特別研究官
  • 専門分野:
    戦争・軍事の経済学、戦争経済思想