NIDSコメンタリー 第292号 2024年1月16日 台湾・総統選挙の結果と今後の展望

地域研究部中国研究室 専門研究員
五十嵐 隆幸

はじめに

2024年1月13日、台湾で大統領にあたる総統と日本の国会議員にあたる立法委員を選出する同時選挙が行われた。即日開票の結果、総統には与党・民主進歩党(以下、民進党)から立候補した現職副総統の頼清徳が当選し、立法院は最大野党・中国国民党(以下、国民党)が第一党の座を奪還した。ただ、二大政党とも立法院(113議席)の過半数に達せず、第三政党の台湾民衆党(以下、民衆党)がキャスティングボートを握ることとなった。

台湾では1996年に総統が直接選挙で選ばれるようになり、2000年に初めて政権交代がなされた。それ以降、総統の任期制限である2期8年ごとに国民党と民進党の二大政党による政権交代が続き、同一政党が3期以上続けて政権を握ることはなかった。現・民進党政権が高い支持率を維持するなか、総統選挙に立候補した現職副総統が当選すれば、1996年以降初めて同一政党が3期以上続けて政権を握ることとなり、今回の選挙で最大の注目点となっていた。

また、立法委員については、1992年の選挙以降の任期は3年であったが、2008年以降は4年に延び、2012年以降は総統選挙と同時に投開票が行われるよう選挙制度が変更されている。任期が4年となった2008年以降は、総統に選出された政党が立法委員選挙でも勝利し、立法院で過半数を占めてきた。しかし、今回は、与党・民進党の候補が総統選挙で勝利して民進党政権が3期目に入ったとしても、立法院で過半数を割り、総統と立法院最大党派が異なる「ねじれ」状態になる可能性が指摘されていた。

こうして、2008年以降5回目となる総統・立法委員同時選挙では[1]、大方の予想通り、現職副総統で民進党から立候補した頼清徳が総統選挙で勝利を収め、立法委員選挙で民進党は過半数を割るばかりでなく、1議席差で第二党に転落した。当面の政治日程として、当選した立法委員が2月1日に初登院し、新たな立法院長が選出される。そして5月20日に総統就任式が行われ、新体制が正式にスタートする。

以下、本稿では、選挙戦のハイライトと結果を振り返ったのち、今後の展望を考察していく。

総統選挙の振り返り

2023年4月12日、民進党は、党主席で現職副総統の頼清徳を総統選挙の公認候補に決定した。前年11月に行われた統一地方選挙で民進党は大敗したのち、頼清徳は蔡英文に代わって党主席を兼任し、民進党の立て直しに努力を注いできた。5月17日、8年ぶりの政権奪還を目指す国民党は、警察官出身で現新北市長の侯友宜を公認候補に選出した。5月8日には、2019年に結成された民衆党から総統選挙に初めて擁立する候補者として、党主席で前台北市長の柯文哲が選出されていた。救急救命医から政界に転じた柯文哲は、TikTokを駆使して若者を取り込み、国民党と民進党の二大政党による対立構造に挑んだ[2]

選挙戦は、政治家キャリアが3人のなかで最も長く、立法委員、台南市長、行政院長(首相)、副総統とステップを踏んできた頼清徳がリードを続けた。だが、約40年も一党独裁体制下にあった台湾では、一つの政党が権力を握り続けることへの抵抗感が強く、政権交代を求める声が上がっていた。そうした「民意」に応じる形で、10月に入ると野党候補の一本化交渉が始まった。候補者一本化の方法として、侯友宜と柯文哲がペアを組み、どちらかが副総統候補に回ることで構想は一致していたが、両者とも譲らなかった。ところが、11月10日に国民党の馬英九前総統から柯文哲に有利な一本化策が提案され、15日に行われた協議では、一転して侯友宜と柯文哲が候補者一本化に合意した。しかし、合意文書には、柯文哲に不利な条件が記されていた。そのため、最終調整は難航し、結局のところ野党候補一本化交渉は破局した。民進党陣営は、11月初めに馬英九の側近が北京を訪問して中国共産党幹部と会談していたことを取り上げ、馬英九の背後に中国の存在があるとの見方を示し、選挙介入に反対する立場を表明した[3]

立候補期間として設定された11月20日から24日の間、各政党の副総統候補として、民進党は元駐米代表(大使に相当)の蕭美琴、国民党はベテラン政治家でテレビ司会者の趙少康、民衆党は金融やデジタル分野を得意とする立法委員の呉欣盈が登録された。選挙戦が終盤を迎えるなか、頼清徳のリードは続いたものの、政権交代を求める声は根強く、野党候補は与党批判を続けることで逆転を狙い続けた[4]

こうして迎えた1月13日、22時頃(日本時間23時頃)に全ての投票所で開票作業が終わり、民進党の頼清徳・蕭美琴ペアが当選を決めた(表1)。投票率は71.86%、前回2020年を約3ポイント下回った。頼清徳は、当選確定後の記者会見において、蔡英文政権の外交・国防路線が評価されたとの認識を示した。

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立法委員選挙の振り返り

政権交代を求める声に大きく影響を受けたのは、総統選挙と同時に行われる立法委員選挙であった。民進党は2000年に初めて政権交代を成し遂げたが、陳水扁政権の2期8年は「ねじれ」状態が続き、政局が混乱して低迷を続けた。2016年からの蔡英文政権は、2期8年を通じて立法院の過半数を維持し、多くの政策を推し進めてきたが、その反面、滲み出る「驕りと慢心」に有権者は不満を募らせていた。

2023年に入る頃から、伝統的なメディアやソーシャルメディア上で「政権交代」という言葉が目立つようになり、政権の失策への追及や民進党幹部の不祥事等に対する批判の声が高まっていった。そして10月以降、民進党幹部の女性スキャンダルがメディアを賑わせた。国民党などの野党勢力は、それを激しく追及したのだが、そのなかには数年前から証拠を集めていたと見られるものや、明らかな捏造、牽強付会なものもあった。これらが中国による統一戦線工作の一環だという直接の証拠はでていないが、疑問視する見方はある。選挙が近づくタイミングで立て続けに不祥事が暴露されたことは、民進党のイメージに少なからず打撃を与えた[5]

1980年代に一党独裁体制を敷く国民党に対抗して結成された民進党だが、延べ16年の執政を通じて革新的なイメージは失われ、国民党と同様に既得権益をもつ政党とみなされるようになっていた。負のイメージが根強く残る国民党と、エスタブリッシュメント化する民進党から離れていった無党派層、特に若い世代の受け皿となったのが民衆党であった[6]。とは言うものの、国民党には、地方を中心に伝統的な強い支持基盤が残っている。長年、民進党は地方の支持基盤拡大に注力してきたが、国民党のそれ切り崩すことは難しかった。台湾大学の王業立教授は、「総統選挙は政治理念と方向性を選択、立法委員は地方の懸案処理と政権への牽制機能という考えが重なる」と指摘する[7]。また、2016年に再び野党に転落した国民党は世代交代を進め、今回の選挙では30代の若い候補者が各選挙区で地域の問題解決を訴えていた。

総統選挙と同じく1月13日の即日開票の結果、民進党は総統選挙で勝利を収めたものの、立法委員選挙では10議席を減らし、14議席を増やした国民党に1議席及ばず、第一党の座を明け渡した。だが、二大政党とも立法院の過半数となる57議席には達せず、総統選挙では第3位の結果に終わった第三政党の民衆党が立法院のキャスティングボートを握ることになった(表2)。

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今後の展望

当面の政治日程として、最初に注目されるのが2月1日である。今回当選した立法委員によって新たな立法院長が選出される。立法院の第一党が過半数を占めていれば、その政党から推薦された候補が選出されるのだが、今回の選挙結果によると第一党の国民党は過半数まで5議席足りていない。選挙前の協力関係から見れば、民衆党が国民党と組むことで、民進党を少数与党に追い込む可能性が考えられる。だが、民衆党主席の柯文哲は、2014年の台北市長選挙では民進党の支持を受け、国民党の候補を破って当選している。今回の総統選挙で一時は国民党と候補者一本化で合意したが、それを反故にしており、関係の悪化は否めない。総統選挙を制した民進党が執政党になるので、立法院の副院長や閣僚ポストと引き換えに、民衆党は立法院で民進党との協力に合意する可能性もある。選挙は終わったが、民衆党の取り込みを狙う二大政党の争いが激しさを増していることであろう。

この先、民衆党が国民党と政策協定を結んで立法院が「ねじれ」状態になったとしても、政策ごとに態度を決める是々非々の路線をとったとしても、民進党が民衆党と政策協定を結ぶことができない限り、頼清徳は厳しい政権運営を迫られることになる。国防政策面では、米国が台湾に対して武器の売却を決定したとしても、立法院で予算案が通過しなければ実際の購入が滞ることになる。このように予算案や重要法案が立法院を通過せずに政策が停滞すれば、蔡英文政権のように高い支持率を維持することは難しくなってくる。今回の総統選挙において、1996年以降初めて同一政党が3期以上続けて政権を握ることになったが、初めて1期4年で終わる政権になる可能性がある。

それを見越して柯文哲が4年後の総統選挙に再チャレンジを狙っているのであれば、国民党とも民進党とも距離を置き、是々非々の路線を取るであろう。台湾では、これまでも「第三極の誕生」と期待される現象が起きているが、二大政党のどちらかに吸収されるか、議席を失っている[8]。どちらかと組むことを決めれば、民衆党はキャスティングボートを握るどころか、衰退の道を辿ることになるかもしれない。民衆党は、チェック・アンド・バランス機能を果たすことで、存在感を示していくことができる。

何よりも気になるのは、中国の動向であろう。1996年以降、中国は台湾で選挙が行われるたびに何らかのアクションを起こしてきた。中国は北風(軍事的威嚇や外交的圧力)と太陽(経済的恩恵)を繰り返し、台湾を揺さぶってきた。だが、その効果はあまり大きくなく、むしろ台湾の人々の反感を買って逆効果になったこともある[9]。2018年の統一地方選挙では様々な虚偽の情報が広まり、その選挙で国民党に敗れた蔡英文・民進党政権は、インターネット空間を通じた外部からの介入があったことを明かしている[10]

その後、インターネット空間を通じた介入は以前にも増して巧妙になり、統一戦線工作による選挙戦への影響も水面下で進行している。例えば、2023年11月の野党による総統候補一本化騒動について、民進党は中国による選挙介入という見方を示している。現時点では、中国が選挙介入した証拠は出されていないが、不自然な動きがあったことは否定できず、中国がそれを期待していたことは中国の官製メディアの報道からも明らかであり、統一戦線工作のセオリーにも合致する。この野党候補一本化を中国が裏で操っていたのだとすれば、今回の選挙介入は「失敗」だったのかもしれない。だが、中国は、立法院で民進党を第二党に転落させたことを「成功」と評価し、2021年以降推し進めている台湾各地の里長(公選の町内会長)を中国に招いて協力者として取り込む方策など伝統的な統一戦線工作を強化し、民進党政権の妨害を画策していくであろう。それ以上に気に留めておかなければならないのは、中国が台湾の選挙に介入する目的は、特定の政党の敗北/勝利だけにとどまらないことである。中国の長期戦略は、台湾内部の分裂を導くことで民主主義への政治不信を高め、武力を行使せずに平和的に統一を達成することである[11]

今回の選挙で中国は「戦争か平和かの選択だ」というメッセージを盛んに発し、国民党は中国の「援護射撃」を利用する形で今回の選挙を「戦争か平和かの選択」と位置づけてきた。総統選挙の結果だけを見れば、中国は台湾の人々が「戦争」を選択したと捉えるかもしれない。しかし、中国が「台湾独立勢力」と非難する民進党が政権に就いているほうが、現状が維持されるとの見方もある。「台湾統一」が果たせなくても、台湾独立勢力の企てを阻止しているという最低限の目標達成を成果として誇張することができるからである。だが、国民党が政権に就いて「台湾統一」が果たせなかった場合、中国は説明がつかなくなる。国民党が主張する「統一」は、中華民国憲法にもとづく「中華民国としての統一」であり、中華人民共和国への併合を意味していない。国民党に「裏切られる」ほうが、中国にとって痛手が大きいと言えよう。見るべきは台湾の「政党」ではなく「民意」だという指摘がある[12]。中国にこの認識があるのであれば、中国は特定の政党を支援することよりも、台湾の民意の掌握、すなわち統一戦線工作をさらに強化していくことになる。そして、台湾の民意が思うように掌握できないと判断した場合、圧倒的な実力をもって強制的な統一を可能にすべく、中国は今後も軍事力の拡大を続けていくであろう。

(2024年1月15日脱稿)

Profile

  • 五十嵐 隆幸
  • 地域研究部 中国研究室 専門研究員
  • 専門分野:
    東アジア国際政治史