NIDSコメンタリー 第291号 2024年1月16日 米英のイエメン空爆が中東情勢に与える3つの影響——高まる連鎖的エスカレーションのリスク

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

エグゼクティブ・サマリー

◆ 2024年1月11日、米英はフーシー派に対する空爆を実施した。同派が国際社会の要求や警告を無視して、紅海沖で民間船舶や各国艦艇を対象に軍事活動を続けていることへの措置である。しかし米英が思い描く目標であるエスカレーション回避とは裏腹に、今般の攻撃は以下の3点において中東情勢のエスカレーションを招く可能性がある。

◆ 1つ目は紅海前線への影響である。フーシー派は建前上、イスラエル関連船舶および同国へ向かう船舶を攻撃対象としてきた。米国は当初多国籍枠組み「繁栄の守護者」作戦によって対フーシー派包囲網を形成しようとしたが、参加国にすら米国と一定の距離を置こうとする動きが看取されていた。こうした中で、対フーシー派攻撃に積極的な米英が独自行動に踏み切ったことで、フーシー派も両国への反撃を正当化事由として、攻撃継続や攻撃対象の拡大を図ると考えられる。

◆ 2つ目はレバノン前線への影響である。ガザ地区における対ハマース等の戦闘の段階が移行する中、イスラエルはレバノン前線をエスカレーションさせる構えを見せている。イスラエルはこれまで紅海前線の対応を米国に委ねてきたが、今回の米英の空爆はイスラエルがレバノン前線に集中することを可能にする、安心供与として機能するおそれがある。

◆ 3つ目はイエメン内戦への影響である。2022年4月の停戦合意以降、サウディアラビア主導の有志連合軍はイエメンへの空爆を控えてきた。サウディアラビアはフーシー派を軍事的に排除できないという認識の下、政治的解決を模索してきたためである。今回の攻撃はイエメン内戦の政治的解決を遠のかせるものであり、米英がこの重大性をどの程度認識し、また責任を負う意志があるかは疑問を呈さざるを得ない。

(注1)本稿のデータカットオフ日は2024年1月14日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。
(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。

米英のイエメン空爆に至った経緯と各アクターの声明比較

2024年1月11日、米国と英国はフーシー派支配地域に対して空爆を実施した。これは同派の紅海におけるイスラエル関連船舶等への攻撃が続いていることへの措置である。𠮷田はこれまでからフーシー派の軍事行動の観点からイスラエル・パレスチナ情勢を分析してきたため、同派の軍事能力などについては別稿も参照されたい[1]。またガザ地区での戦況やその展望については、西野から優れた分析が提示されている[2]。以下では軍事行動に至るまでの直近の動向や、米英およびフーシー派の声明等を基に主張を整理した上で、今後の中東情勢に与える影響を分析する。

今般の空爆に至るまでの過程を整理すると、12月中旬以降の情勢が重要であったと考えられる[3]。パレスチナ支援を掲げるフーシー派は、11月中旬から海洋軍事活動を続け、イスラエルに対する経済的負荷をかけてきた[4]。フーシー派はイスラエル関連船舶や同国へ向かう船舶を攻撃対象とし、その他の船舶の通航については妨げていないと主張しているが、疑問も呈されている[5]。イスラエルを支持する米国は航行の自由確保を大義として、12月18日に多国籍枠組み「繁栄の守護者」作戦の創設を発表した[6]。米国国防総省の発表によれば米国を含め20カ国以上が参加しているが、その内8カ国以上が国名を明かしていない[7]。またフランスは自国の指揮下で、スペインはNATOもしくはEU主導の共同作戦にのみ参加するという立場を示すなど、参加国の中には米国と一定の距離を保とうとする動きが看取された[8]

「繁栄の守護者」作戦の有効性に関する懸念が燻る中、フーシー派はそれを見透かしたかのように紅海での軍事活動を継続した。12月31日にフーシー派の11月19日以降で通算23回目の海洋軍事活動が起きた際、米軍は同派海軍戦闘員10名を殺害した。また同日に米英がイエメン空爆の用意をしていると報じられた[9]。フーシー派も隷下戦闘員の死を認めた上で、1月3日付軍声明にて民間商船への攻撃を行ったことを明らかにした[10]。同日に米国は日本など12カ国と共同声明を発出し、攻撃の停止を求めた上で、「責任を負うことになる」と警告を発した[11]。しかしフーシー派は同月10日付軍声明で、前述の海軍隷下戦闘員殺害に対する「導入的反撃」として米軍艦艇への攻撃を認めるなど、攻勢を継続する姿勢を示した[12]。なお、この攻撃を指したものとみられる米国中央軍発表によれば、米国艦艇の他に英国ミサイル艦「ダイヤモンド」も迎撃にあたった。以上のように、米国や国際社会の要求や警告を無視する形で、フーシー派は海洋軍事活動を続けていた。そのため米英が大義にしている航行の自由確保について言えば、国連安保理決議が示すように、フーシー派は明確に脅威となっている。しかし後述するように、航行の自由を守るための米英の軍事行動は結果として、国際司法裁判所(ICJ)にてその軍事活動がジェノサイドに該当するか否かの審理が始まったイスラエルを支援している側面もあり、複合的な観点からその影響を熟慮する必要があろう[13]

フーシー派の攻撃が止む兆候が見られない中、1月11日に米英は空爆実施に踏み切った。米国国防総省は同日付声明で、フーシー派のドローン、弾道・巡航ミサイル、沿岸レーダー、航空監視能力に関連した地点を対象に空爆を実施したと発表した[14]。この作戦が「繁栄の守護者」作戦とは関連がなく、別個の枠組みであるという点を明確にしつつ、同作戦の加盟国である豪州、バハレーン、カナダ、オランダの支持を得ていたと主張した。その目的はフーシー派の能力を攪乱・低減させることであるとした上で、この攻撃は、フーシー派が違法な攻撃を止めない場合に更なるコストを負うことになるというメッセージであると主張した。米国大統領ジョセフ・バイデン(Joseph Biden)も追加措置を辞さないと述べており、フーシー派抑止のための攻撃という側面が強調されているといえよう[15]

英国国防省は1月12日付声明で、同月11日に4機の「タイフーンFGR4」戦闘機による精密攻撃を実施したことを明らかにした[16]。攻撃対象地域として、偵察および攻撃用ドローンの発射に用いられているイエメン北西部のバニーと、紅海へ向けて巡航ミサイルやドローンの発射に用いられているアブス[17]の2箇所を挙げた[18]。同声明では、国際法に違反するフーシー派の能力を低減させるために空爆を行うことで合致したとも記されている。また同日の首相声明を見ると、英国が航行の自由と貿易の自由な物流を重んじ、フーシー派が国際社会からの度重なる警告を無視して紅海で攻撃を継続していることを問題視したことも分かる[19]。この他に英国政府の法的立場を示したサマリーが公表され、この中では前述した1月9日のミサイル艦「ダイヤモンド」に対する攻撃を例示した上で、自己防衛が差し迫った武力攻撃への唯一の手段であることや、使用された実力が必要かつ相応であったと主張された[20]。米国声明と比較すると、イエメン住民への被害を最小化させようとしたことが強調されており、反イスラエル感情が高まる国内世論を意識していると考えられる。

米英声明とフーシー派声明を突合させると、数点の違いが見られる。同派軍声明によると米英の攻撃は73回に及び、その対象は首都サナア、ホデイダ県、ハッジャ県、サアダ県であった[21]。なおこの声明に先立って国営通信『サバ』が攻撃を報じた際には、ザマール県が攻撃地域として挙げられ、ハッジャ県は記載されていなかった(修正理由は不明)[22]。攻撃対象については言及されなかったが、人的被害として軍に5名の死者と6名の負傷者が出たことを明らかにした。また当然であるが本作戦の目的に関する認識は異なり、米英が「イスラエルの犯罪継続支援の枠組み」としてイエメン空爆を行ったという見解を示した。これらに加えて、①パレスチナ支援の継続と、②イエメンの主権と独立の防衛が主張された。①については後述するように、フーシー派が軍事活動を正当化するために用いてきた言説である。②については、フーシー派の自派がイエメン国家を継承したという認識(国家性の主張)に基づいている他、「イエメン軍は防御的な軍隊である」という従来からの主張でもある。

【表1:1月11日の空爆に関する各アクター声明の比較】

米国 英国 フーシー派
攻撃手段 ●言及せず ●タイフーンFGR4戦闘機(4機)
●ポイジャー給油機(支援)
●べイプウェイIV誘導弾(支援)
●73回の攻撃
攻撃地域 ●言及せず ●バニー(イエメン北西部)
●アプス
●サナア
●ホデイダ県
●ハッジャ県
●サナダ県
攻撃対象 ●ドローン、弾道・巡航ミサイル、沿岸レーダーおよび航空航空 ●偵察・攻撃用ドローンの発射地点
(ドローン作戦で用いられる複数の建築物)
●飛行場の複数の主要な標的
●言及せず
目的 ●船乗りを危険に晒し、世界で最も緊要な水路の1つにおいて、グローバルな貿易を脅かすフーシー派の能力を撹乱・低減させる ●国際法に違反するフーシー派の能力を低減
●航行の自由・貿易の自由な流通への支持
●イスラエルの犯罪継続を支援
備考 ●「繁栄の守護者」作戦の枠組みではない ●市民へのリスクを最小化するための特別の注意 ●6名の死者発生

(注)公式声明の比較であって、報道機関等で報じられたものは含まれていない。例えば、『CNN』は米軍が戦闘機やトマホーク巡航ミサイルで攻撃したと報じた。

(注2)フーシー派が主張する射程と比べて、英米等シンクタンクの評価は短距離であることが多い。

(出所)U.S. Department of Defense, Gov. UK, Twitter Postを基に筆者作成

紅海前線への影響:現状認識の差異がもたらす更なるエスカレーション

今般の空爆が紅海前線に与える影響については、米英が思い描く目標であるエスカレーション回避とは裏腹に、一層のエスカレーションをもたらすと考えられる。フーシー派大統領マフディー・マシャート(Mahdī al-Mashāṭ)は1月12日に重い代償を払うことになることや、米国等の攻撃が同派のパレスチナ支援の立場を弱めるものではないことを強調している[23]。また同派国防省系メディア『戦争メディア』の『X(旧Twitter)』アカウントは、最高政治評議会の言葉として、米英の全ての権益がイエメン軍の合法な標的となったと書き込んだ[24]。フーシー派が報復の姿勢を示す中、米軍は1月13日にもフーシー派のレーダー施設を攻撃した[25]。この空爆について米国国家安全保障会議(NSC)戦略広報調整官ジョン・カービー(John Kirby)は会見で「イエメンとの戦争には興味がない」と述べ、米国の意図が紛争のエスカレーション防止であるとした[26]

フーシー派は対艦ミサイルやドローン、水上即席爆発装置(WBIED)を用いた攻撃を継続することで、米英に対抗する姿勢を示すと考えられる[27]。これまでフーシー派はイスラエル関連船舶やイスラエルに向かう船舶を攻撃対象としてきたが、「米英の権益」が攻撃対象となったため、今後米英関連船舶を攻撃対象とした声明を出す可能性がある。これに加えて今後エスカレーションが続いた場合に、フーシー派が新たに機雷を紅海に敷設する可能性も否めない。サウディアラビア紙『オカーズ』は空爆以前の1月6日時点で「信頼できるイエメン情報筋」の話として、フーシー派がアメリカの攻撃を恐れてホデイダ港、サリーフ港、ラアス・イーサー港などで機雷を設置したと報じている[28]。機雷は広範囲に設置することで艦艇の接近阻止など高い費用対効果が期待できる一方、係維索から外れて漂流する危険性が指摘されており、「航行の自由の脅威になっていない」と主張するフーシー派にとって諸刃の剣である。そのため仮にフーシー派が機雷網を敷設したとしても、それを認めないか、領海防衛と主張する可能性が高い。

米国等が抑止を目的にフーシー派攻撃を継続した場合、イランの動向にも注意を払う必要がある。イランは1月1日時点で艦艇「アルボルズ」を紅海に派遣しており、空爆以前から米国等に対して牽制する動きを見せていた。対する米国も2度目の空爆後にイランへ「非公開のメッセージ」を伝達しており、イランを警戒しつつ、その出方を窺っているとみられる[29]。イランにとってフーシー派は対サウディアラビアの有効なカードであり、フーシー派の優勢で膠着するイエメン内戦の戦況が変化するほどに米英が攻撃を行うことは、イランとしても許容しがたいであろう。すなわち米国等とフーシー派の駆け引きだけでなく、米国等とイラン間の駆け引きも同時に行われている。

紅海前線の状況がエスカレーションに向かいやすい、またはディエスカレーションに向かいにくい要因として、現在の軍事衝突を巡る米国等とフーシー派の認識が完全に異なることが挙げられる。米国等の国際社会は、同派の軍事活動を紅海航行の自由および国際海運への脅威として捉えており、それは国連安保理の声明にも表れている。他方でフーシー派はイスラエルに対する戦争(パレスチナ支援)という認識の下、自派は航行の自由の脅威となっておらず、むしろイスラエルを庇護する米国こそが紅海の軍事化を進めているという主張を続けてきた。フーシー派にとってのパレスチナ支援のための紅海での軍事活動は、米国等から見れば航行の自由の脅威であり、航行の自由確保のための米国等の軍事活動はフーシー派の視点ではイスラエル庇護を意味する。すなわち軍事行動の根拠が異なっているだけでなく、一者の軍事行動が他者の主張や認識の論拠となり、軍事行動の連鎖を招く構造となっている。

レバノン前線への影響:イスラエルへの安心供与

イスラエル・パレスチナ情勢全体の中で米英の空爆の影響を評価すると、ガザ前線への影響は軽微であると考えられる。紅海での軍事活動より以前から、フーシー派はイスラエル南部エイラートへの航空攻撃を行ってきたが、基本的にイスラエルの防空作戦が功を奏している。またフーシー派の紅海での軍事活動については、前述した通り当面は継続すると考えられ、エイラート港の活動水準が回復するには相当の時間を要するとみられる。

こうした中で懸念されるのは、今次の空爆がイスラエルのレバノン前線における軍事活動への専念を可能にする、安心供与として機能してしまうことである。イスラエル軍はガザ地区北部での軍事活動の規模を縮小し、精密攻撃に移ると発表した 。ガザ地区での対ハマース戦闘が進展を見せる中、イスラエルはレバノン前線での活動を強化しており、ヒズブッラー幹部にも被害が出ている 。他方で紅海前線については、イスラエル軍は艦艇を派遣したものの実態としては米国等がフーシー派の攻撃に対処しており、イスラエルは「繁栄の守護者」作戦に少なくとも公には参加していない 。イスラエルから見ると、紅海前線の脅威対処を米国等に委ねてきたといえる。そのため米英が「繁栄の守護者」作戦とは別枠で、すなわち2国の単独行動を選択してでもフーシー派への攻撃に踏み切ったことは、紅海前線を米英に委ねて良いというイスラエルの認識を一層強めたと考えられる。そしてイスラエルがレバノン前線(対ヒズブッラー)で活動を本格化させる事態に至れば、これまで具体的行動を控えてきたイランも方針を転換させる可能性があり、連鎖的なエスカレーションを誘発しかねない。

イエメン内戦への影響:内戦の政治的解決を阻害

2015年にイエメン内戦が勃発して以来、米国はフーシー派に対して基本的にサウディアラビア主導の有志連合軍支援を通した対立、すなわち間接的なアプローチを選択してきた[図1参照]。サウディアラビアは2022年4月にフーシー派と停戦合意に至り、同年10月に合意が失効した後もイエメンへの空爆を控えてきた。さらにオマーン仲介の下でサウディアラビア・フーシー派間の交渉が進められ、2023年には訪問団が双方の首都で会談を行うなど、政治的解決が模索されてきた。これはサウディアラビアがフーシー派を軍事的に排除できないと認識し、同派の存在を前提としたイエメン政治の再編を現実的な答えとして導き出したことを意味する。

今次の米英の空爆を受けて、サウディアラビア外務省は紅海の安全や安定の重要性を強調しつつも、自制とエスカレーションの回避を求める声明を発出した 。なお、同国は「繁栄の守護者」作戦創設前の12月初旬にも米国に自制を求めていた 。米英とその他の「繁栄の守護者」作戦参加国に温度差がある中、米英がサウディアラビアの要請を無視した上で、独自に軍事行動を行った点はかつてのイラク戦争を彷彿とさせる側面がある。前述の1月12日の会見でカービーは「イエメンでのいかなる紛争にも興味はない」とも述べたが、米国等の空爆が続きイエメン国内の勢力バランスが変われば、イエメン内戦は膠着状態から再度烈度が高まる事態も考えられる。国連の中東・アジア・太平洋局次長ムハンマド・ハーリド・ヒヤーリー(Muḥammad Khālid al-Khiyārī)も、空爆後に暴力の連鎖のリスクやイエメンの人道状況の脆弱性を警告した上で、当事者全てに自制を求めた 。やや強い言葉になるものの、サウディアラビアが軍事的解決でなく政治的解決に舵を切った中、米英はそれを阻害するような空爆を実施したといえる。米英がこれらの重大性をどの程度認識し、また今後生じ得るイエメン政治の更なる混乱に対して責任を負う意志があるかは、疑問を呈さざるを得ない。

【図1:イエメン内戦におけるアクターの関係】

NIDSコメンタリー 291号

(注1)大統領指導評議会の中で、サウディアラビアの代理勢力と評される組織を(◆)、UAEの代理勢力と評される組織を(◇)とした。

(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。

(出所)筆者作成

Profile

  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室
    研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、イエメン内戦