NIDSコメンタリー 第289号 2023年12月12日 第10回拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)の開催

地域研究部長
庄司 智孝

2023年11月16日、第10回拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)がジャカルタで開催された。ADMMプラスは、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国と域外8カ国(日、米、中、印、露、韓、豪、ニュージーランド)の国防大臣が一堂に会する年次会議であり、参加国の国防当局間の協力枠組みでもある。同会議は、2006年に設立されたASEAN国防相会議(ADMM)の拡大バージョンとして、2010年に発足した。開催頻度は当初3年に1回であったが、現在では毎年秋頃に当該年のASEAN議長国で開催されている(2020年と21年はコロナのためオンラインでの開催)。

ADMMプラスの発展と現状

ADMMプラスは、ASEAN加盟国と域外国との防衛協力の枠組みとして発展してきた。ADMMプラスが従来の多国間安全保障対話枠組みと大きく異なる点は、専門家会合(EWG)の制度にある。EWGは、参加国の国防当局間で非伝統的課題に共同で対処することで、信頼醸成と地域の安定化を図ることを目的としている。ADMMプラス発足当初、5つの分野(HA/DR、軍事医学、海洋安全保障、対テロ、PKO)のEWGが設置されたが、その後地雷処理とサイバーのEWGが創設され、計7つとなった。各EWGは、当該分野における具体的な協力を追求し、共同演習や共通の標準作業手順(SOP)の作成作業を行っている。

EWGでは、様々な非伝統分野に関する会合やセミナー、演習が行われ、そこには域外国による資金やノウハウが提供された。その意味で、EWG制度は域外国のASEAN諸国に対する能力構築支援の場として機能した[1]

しかし、信頼醸成については、この枠組みははかばかしい進展を見せることはなく、むしろ米中対立の激化を背景として、域外国を中心として対立の場面が目立った。例えば、2015年の第3回ADMMプラスでは、米国が共同宣言に南シナ海問題に関する文言を挿入しようとしたのに対し、中国がこれに強く反対した。結果議論は紛糾し、共同宣言は出されることはなかった[2]

今日では、他のASEAN中心の枠組み同様、ADMMプラスも域内外の情勢をめぐって動揺を来たしている。2021年2月にクーデターによって権力を奪取したミャンマーの軍事政権は、ADMM(プラス)への参加資格を停止されている。またウクライナ侵攻に端を発するロシア(と中国)と日米間の摩擦もあり、参加国が一体となって協力を推し進める雰囲気づくりは難しくなっている。

日本の積極的関与

日本は、発足当初からADMMプラスに積極的に関与してきた。日本の積極姿勢はEWGの共同議長を務めることに顕著に表れた。第1期では防衛医学EWGでシンガポールと共同議長を務め、第2期ではラオスとHA/DRの共同議長を務めた。第3期に共同議長を務めることはなかったが、現在の第4期ではベトナムとPKOの共同議長を務めている。EWGで共同議長を務めることは、ADMMプラスにおける日本のプレゼンス向上にも寄与している。

ADMMプラスと並行して、「ADMMプラス1」ともいえる日ASEAN防衛担当大臣会合も行われている。同会合は2014年に始まり、日ASEAN2者間の対話と協力の枠組みとして機能してきた。2016年の第2回会合では、日本の対ASEAN防衛協力の指針である「ビエンチャンビジョン」が発表され、2019年の第5回会合では「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)のビジョンを反映した「ビエンチャンビジョン2.0」が発表された。そして今回の第8回会合では、日ASEAN友好協力50周年に際して「防衛協力強化のための日ASEAN大臣イニシアティヴ」(JASMINE)が示されるなど、同会合は日ASEAN防衛協力の重要な節目の場となってきた。

第10回ADMMプラス:WPSに関する共同声明を採択

今回のADMMプラスには、ミャンマーを除くASEAN各国の国防相のほか、宮澤博行防衛副大臣、ロイド・オースティン米国防長官、景建峰・中国人民解放軍統合参謀部副参謀長、ラージナート・シン印国防相、アレクサンドル・フォーミン露国防次官らが参加した。またオブザーバーとして、ASEAN加盟が決定している東ティモールの国防相が参加した。

中東やインド太平洋の地域情勢を含む意見交換の後、第5期(2024~2027年)EWGの新議長組合せが発表され、日本は、海洋安全保障EWGの共同議長をフィリピンと務めることが決定した。

また会合では、女性・平和・安全保障(WPS)に関するADMMプラス共同声明も採択され、第5期のEWGの活動でWPSの各アジェンダの実現に向け、取り組みを加速させることで参加国は合意した[3]。ASEAN域内外での様々な摩擦にもかかわらず、WPSという新たなアプローチにおいて共同声明が採択されたことで、ADMMプラス、そして議長国インドネシアの面目は保たれた。「協力可能な分野から協力を進める」というASEANの行動原則は、ADMMプラスでも有効である。大国間競争の激化やASEAN内部の摩擦といった様々な困難を抱えつつも、ADMMプラスはASEANを核に日米中露が集う安保協力枠組みとして唯一のものであり、安全保障でASEANの中心性を保つ試みは続く。

Profile

  • 庄司 智孝 Tomotaka SHOJI
  • 地域研究部長
  • 専門分野:
    東南アジアの安全保障