NIDSコメンタリー 第288号 2023年12月8日 中国の影響工作概観——その目標・手段・組織・対象

地域研究部中国研究室主任研究官
山口 信治

はじめに

近年、影響工作と呼ばれる心理・認知の領域における国家の活動が、相手国の安全保障にあたえる影響に関心が集まっている。影響工作とは、情報を制御し、相手国の認識や判断を操作したり混乱させることで、自分たちに有利な状況を作り出す行動を指す。とりわけ注目されるのが、中国の影響工作である[1]。本稿では中国の影響工作の背景となるコンテキスト、影響工作の手段と目標、実施に関わる組織、その対象、そしてそれがどのような問題をもたらすかを概観する。

背景:イデオロギー領域の闘争

現在の大国間競争を理解する上で、イデオロギーや価値をめぐる問題が重要となっている。現在のイデオロギー上の競争は、冷戦期のような政治・経済・社会システムを異にする体制間が相手をしのぎ、最終的な相手の体制の消滅を目指す(少なくとも標語の上で)という関係にはない。しかし体制の相異に基づくイデオロギーと価値の違いは米中対立の一つの軸となっている[2]

こうした相異は、むろん新たに生じたのではなく、そもそも存在していたものである。しかし冷戦後の世界は、グローバル化の進展の中で、これをほとんど無視することができた。しかしこのような楽観的な空気は現在ではほとんど消え失せ、体制をめぐる違和感・異質感が増大している。

中国は西側諸国(主に米国)が中国を軍事的に封じ込めるだけでなく、民主主義や人権といったイデオロギーを浸透させ、中国共産党政権を内部から変質させたり、政権を崩壊させようとするカラー革命の陰謀があるという認識を持っており、習近平政権に入ってそうした認識が強まった。

習近平にとって、「現在の世界は、イデオロギー領域における硝煙の見えない戦争が至る所にあり、政治領域において銃弾の飛び交わない力比べが止むところがない」(2015年5月)という状況にあり、西側は中国におけるカラー革命を画策しているのであった[3]。また同年12月25日には、より直接的に、「現在敵対勢力が、一貫して我が国に対して『カラー革命』を作り出すことを目論み、中国共産党の指導と我が国の社会主義制度の転覆を愚かにも企んでおり、これが我が国の政権の安全が直面する現実的脅威である」と、明言し、特に「彼らの選んだ突破口はイデオロギーであり・・・新情勢下においてイデオロギーをめぐる闘争は複雑化・先鋭化している」ことに警鐘を鳴らしている[4]

中国がイデオロギーにおける闘争を展開する上で重要な概念となっているのが、「話語権」の概念である[5]。話語権とはディスコース・パワー(Discourse PowerあるいはDiscursive Power)、すなわち言説を創出し、それを国際的に受け入れさせる権力であり、フーコーの言説に関する議論(言説の創出と管理をめぐる制度と構造的権力)の国際関係論への適用であるとされている。

中国は、国際関係における百年に一度の大変化の中でチャンスが拡大する一方で、これを封じ込め、頓挫させようとする米欧の企みによって危機にも直面する。中国を「妖魔化」し、政権への信頼を揺るがせるような言説を排撃し、さらに米欧の民主主義の国際的な正当性を弱めなければならない。

中国は国内および国際的な「話語権」を強化することが、欧米との闘争において不可欠であると考えるようになっている。すなわち欧米の「誤った見方」を正すだけでなく、中国の観点、中国のストーリーを内外に広めなければならない。国外における影響力の拡大と国内における安定の維持は直結する。こうして中国は、国内と国外の両方に向けて影響工作を強化している。

影響工作の目標と手段

ではより具体的には何が中国の話語権の強化につながるのだろうか。第一に、中国のイメージを向上し、その政策に対する支持を広げることである。第二に、中国にとって不利な外国の主張や情報に反駁すること、そして中国にとって不利な情報を遮断することである。第三に相手国の社会の分断を拡大し、政治社会に混乱を生み出すことである。

その手段としては、宣伝・プロパガンダやエリート層への働きかけ、SNSでのディスインフォメーションなどがある。

第一に、プロパガンダ・宣伝は、中国のストーリーナラティブを世界に伝え、政府の見方や中国文化を伝達し、外国のプロパガンダへ反駁することを目的としている。特にCGTNなど国営メディアの拡大、外国メディアにおける外交官の寄稿や新華社記事の配信などが行われている[6]

第二に、統一戦線工作とは、主要敵に対抗するために、主要敵を内部分裂させたり、友好勢力を増やそうとする策略を意味する。中国共産党は政権をとる過程で統一戦線工作を重視し、その有効性を高く評価し、「法宝」(有効な武器、魔法の武器)と呼んできた。統一戦線工作の対象として重要なのが、華僑・華人や外国における友好人士である[7]

習近平は特に統一戦線工作を重視する指導者である。2015年以降、より習近平は「大統戦(大統一戦線)」を掲げ、統一戦線工作を統一的な指揮の下で再活性化させようとしてきた。大統戦は、統一戦線工作を党の部門である中央統一戦線工作部のみに任せるのではなく、これを党全体の重要事業として位置付け、党の指導強化の下で関連部門間の連携を強化するものである。

第三に、ディスインフォメーションは、偽情報をソーシャルメディアなどに流すことで、相手国のナラティブへの信用を毀損し、相手の社会や政治に混乱をもたらそうとする行動である。

中国のアプローチは、ロシアのような直接的に相手の政治・社会の混乱を狙うアプローチに比べて、より間接的で、言説空間において優位に立ち、相手の掲げる価値を引き下げることを狙ったものである。中国は伝統的に相手国のエリート層への働きかけが得意である一方で、ディスインフォメーションは中国にとって比較的新しい手法である[8]

実施にかかわる組織

ではこうした行動はどのように実施されているのだろうか。中国の影響工作にかかわる組織は非常に多く、その指揮関係は非常に複雑である。このことが示唆するのは、中国の影響工作(と整理できる行動)は、習近平政権の大きな方針に基づいているとはいえ、その実施にあたって関係機関が緊密な調整の下で実施されているというよりは、バラバラな行動の集合と見る方が適切かもしれないことである[9]

中国の影響工作にかかわる組織は、大きく分けて、宣伝、統一戦線、人民解放軍の3つの系統に分けることができるだろう。まず宣伝系統は、宣伝に関わる組織から構成される。中央宣伝思想工作領導小組(組長)が宣伝工作の全般的指導と調整を行っている。2018年の党政機構改革では、中央宣伝部の権限も強化された。

次に統一戦線工作系統である。習近平の掲げる大統戦を効果的に指導するため、組織的な強化が図られている。2015年7月30日の中共中央政治局会議において、党内に中央統一戦線工作領導小組を設立することが決定した。また中央統一戦線工作部の機能が大幅に強化されている。2018年の機構改革において、それまで政府内の独立部門だった国務院僑務弁公室、国務院国家民族事務委員会、国務院国家宗教事務局が中共中央統一戦線部の指揮下に入り、党の指導が強化された。

最後に人民解放軍は、軍の影響工作を実施する。かつては総政治部が政治工作の一環として宣伝戦や心理戦を統括していたが、軍改革を経てこれは変化している。とくに新たに設立された戦略支援部隊は、サイバー、電磁スペクトラム、宇宙という情報に関わる機能を統括しており、それと関連の深い心理・認知領域についてもそのミッションに含んでいる[10]

主要な対象

その主たる対象は、台湾、グローバルサウスの国々、そして各国の華僑華人である。

台湾の独立傾向を防ぎ、さらに統一を促進することは、中国共産党にとって長年の大目標であった。現在の民進党政権は現実路線を歩み、現状維持を掲げているが、中国はこれを崩し、政権への信頼を失墜させようとしている[11]

次に華僑華人については、世界中に拡大している華僑華人コミュニティを中国共産党の政策のためにまとめ上げ、動員することが重要と考えられるようになっている。もちろんこうした人々は実際には多様であり、すべてが中国共産党の影響下にあるわけではない。しかしそうであるからこそ、影響を及ぼすことが重要と考えられている。

さらにグローバルサウスの国々である。中国は自らを「世界最大の発展途上国家」と任じ、「南南協力」(発展途上国同士の技術協力や経済協力)や「一帯一路」などによって、グローバルサウスの国家と経済的・政治的・安全保障上の関係を深めようとしている。その目的は米欧など西側諸国が主導する世界秩序や価値観に対抗し、自国の影響力を高めることである[12]

これに対して、いわゆる西側諸国に対する中国の影響工作は、必ずしも大きな効果を上げているわけではない。強固な民主主義的制度が根付いている国家において、工作を通じて影響力を拡大することは容易ではない。しかしナショナルレベルでは難しくとも、ローカルレベルでは影響の拡大に成功することもある。

何が問題か

中国の影響工作はどのような問題を民主主義国にもたらすだろうか。それには、社会の分断と混乱がもたらされること、政策イシューについて中国に有利な方向に世論が誘導されること、人権や民主といった普遍的価値が相対化されること、選挙への介入を通じて政治体制に影響すること、現在の国際秩序が価値・イデオロギー面から揺さぶられ不安定化することなどが挙げられる。

他方で、中国の影響工作は完全無欠の武器ではない。中国の手法は、それほど洗練されているとは言えない部分がある。とくにディスインフォメーションはかなり粗い部分が目立つ。組織関係から見ても、組織間調整が綿密になされているとは考えられないことから、洗練された連携が取れないのかもしれない。また、影響工作の効果の検証は一般的に言って難しいが、中国のアプローチは間接的であることからさらに難しくなっている。中国の限界、弱さを正しく把握することも重要である。

最後に、こうした中国の影響工作に対して、どのように対処することが必要だろうか。さまざまなタイプの行動に対して、全政府的アプローチで対処することが必要である。他方で、中国の影響工作への対応は、我々の価値や原則を守るために行われるのであり、相手のようになってしまわないことに留意が必要である。民主主義の強靭性を高めることが最大の対策となるだろう。さらに、影響工作は新興技術の発展と密接な関係にある。特に人工知能の発展は、影響工作を実施する側にとっても、対策する側にとっても、今後欠かせないものとなる。最後に、中国の影響工作はグローバルサウスを対象として国際秩序の変革を意識したものであるがゆえに、広い国際的協調による対策が欠かせないだろう。

(2023年11月12日脱稿)

Profile

  • 山口 信治
  • 地域研究部中国研究室主任研究官
  • 専門分野:
    中国の安全保障・政治、現代中国史