NIDSコメンタリー 第287号 2023年12月5日 日本とフィリピンの安全保障協力——背景、進展、そして展望

地域研究部長
庄司 智孝

協力の背景

2023年11月3日、岸田首相はフィリピンを訪問し、マルコス大統領と首脳会談を行った。会談の席で両国は、円滑化協定(RAA)の交渉開始を決定したほか、政府安全保障能力強化支援(OSA)を通じたフィリピン国軍の能力構築支援でも合意した。さらに両首脳は、フィリピンへの初の警戒管制レーダーの移転が実現したことを歓迎した。日本とフィリピンの防衛協力はこのように急速に深化・拡大しており、両国は「準同盟」の関係になったとも評されている[1]。防衛協力を中心とする日比の安全保障協力はいつ、どのような背景で始まり、いかなる進展ぶりをみせ現在に至るのか。

日本とフィリピンは長い間、経済やODAを軸とする協力関係を築いていた。そこに安全保障分野での協力が新たに加わったのは、ここ10年間の話である。背景には、地域の戦略環境に関する認識の共有と戦略的利益の接近、そして地域の安全保障課題に共同で対処しようとするそれぞれの国の政権の積極姿勢があった。2010年頃を境に、中国の海洋進出が活発化し、日本は東シナ海で、そしてフィリピンは南シナ海で中国の強硬姿勢に直面した。海洋での中国の強硬姿勢にいかに対応するかという共通の課題が、両国の相互理解と協力を促進した。

協力の進展

2010年に発足したアキノ政権は、南シナ海問題への対応策として同盟国米国との協力を強化する一方、日本との協力も追求した。2011年にアキノ大統領が訪日した際、両国は戦略的パートナーシップを締結し、防衛当局間、そして比沿岸警備隊と海上保安庁間の協力強化で合意した[2]

日本側で両国の安全保障協力を強力に推し進めたのは、第2次安倍政権であった。フィリピンとの協力を進めようとする安倍政権の本気度は、2012年12月の政権発足からわずか8か月の間に外相、防衛相、首相が次々とフィリピンを訪問したことにも表れた[3]

日本とフィリピンの安全保障協力は、3方面で進展した。第1に、装備協力である。2013年の首脳会談において日本は、フィリピンからの要請に応じ、円借款による巡視船10隻の供与を表明し、2016年にはさらに2隻の追加供与で合意した。また同年には両国間で防衛装備品・技術移転協定が署名され、この協定に基づき、海自練習機TC-90や陸自の多用途ヘリコプターUH-1Hの部品がフィリピンへ移転された。さらに2019年には防衛装備・技術協力に関する事務レベルの定期協議の枠組みも設立され、両国の装備協力は制度化された。

第2に、能力構築に関する協力である。 防衛省・自衛隊は、2015年の人道支援・災害救援(HA/DR)に関する研修を皮切りに、2023年10月の同じくHA/DRに関する共同訓練まで、フィリピン国軍に対して計18件の能力構築支援事業を実施した実績があり、こうした協力は今後も続く。特に海洋安全保障関連では、フィリピン空軍に対する国際航空法セミナー、海軍に対する艦船整備に関するセミナーや研修を実施し、これらの事業を通じて、フィリピンの海上防衛能力の向上を間接的に支援してきた。

第3に、共同訓練・演習の実施である。2015年、防衛省はフィリピン国防省との間で防衛協力と交流に関する覚書に署名した。同覚書には協力のアイテムの1つとして共同訓練・演習の実施があげられており、その後自衛隊とフィリピン国軍による2国間の共同訓練・演習が活発化した。同年に海自とフィリピン海軍は、南シナ海に面するパラワン島でHA/DRの共同演習を実施し、以後およそ1年に1回のペースで、海自と比海軍はフィリピンで共同訓練を実施している。

日比2国間の訓練・演習のみならず、両者が加わった多国間の共同訓練や演習も頻繁に行われるようになった。例えば「カラット」「フィブレクス」「バリカタン」などの米比の演習に自衛隊が参加するほか、日米豪の空軍共同演習である「コープノースグアム」にフィリピンが参加し、さらには日米比3カ国にインドも加わった共同巡航訓練が実施されるなど、対米同盟に基づく2国間演習が多国化・拡大している。この点、対米同盟という共通の基盤が、日本とフィリピンの防衛協力を促進しているといえる。

興味深いことに、同盟国米国と距離を置き、中国への接近を図ったドゥテルテ政権期にも、日本とフィリピンの安全保障協力が停滞することはなかった。能力構築支援事業や共同訓練は順調に実施され、2022年には初めての外務・防衛閣僚会合(2+2)も開催された。ドゥテルテ大統領は、任期中米国を訪問することはなかったが、2016年と2019年に日本を訪問した。大統領個人の日本への信頼がそこにはあり、また国としてのフィリピンと日本の信頼関係があった。「信頼」というアセットは、両国の安全保障協力の重要な基盤である。

そして、現在のマルコス政権である。フィリピンは台湾に近く、米中対立の先鋭化と台湾海峡の緊張が、米国にとってのフィリピンの戦略的な重要性を押し上げている。またフィリピン側も、南シナ海における中国との緊張の高まりを背景に、同盟関係に基づく対米協力を強化している。こうした政権の姿勢は、アキノ政権をほうふつさせるものであり、ドゥテルテ政権からの大きな政策転換である。台湾との近接性という地理的条件のみならず、対中国で同盟国米国との協力を強化していることは、日比の安全保障協力を一層強化する推進力になっている。

協力の展望

今回、円滑化協定交渉の開始等、防衛協力の拡大で日比両国は合意に至った。フィリピンはOSAの実施第1号であり、東南アジアにおける日本の装備協力のモデルケースとなっている。また防衛協力のほか、海上保安庁とフィリピン沿岸警備隊の能力構築に関する協力強化も合意され、さらに岸田首相のフィリピン訪問に合わせ、比沿岸警備隊に対して5隻の大型巡視船が新たに供与されることが発表された。マルコス大統領は日本との訪問軍地位協定(VFA)の締結にも前向きであり、今後日本とフィリピンの安全保障協力は一層進展するだろう。

将来的な留意点は、やはりフィリピンの政権交代である。フィリピン大統領は1期6年制であり、毎回の選挙で大統領は必ず交代する。大統領は対外関係や安全保障の基本方針を決めるにあたって大きな影響力を持つ。実際アキノからドゥテルテ、そしてドゥテルテからマルコスで示された通り、政権毎に方針は大きく変化した。日本としては、安全保障協力の継続性を担保するためには、フィリピンの次期政権にも目配りする必要がある。その際重要なのは、経済面での協力である。フィリピンの人々が大統領選挙において重視するのは、やはり日々の暮らしに直結する経済や治安の問題であり、安全保障は重要だが、基本的に選挙の争点にならない。そのため日本としても、経済協力と安全保障協力の両輪をいかにうまく回し、日本との協力の重要性をフィリピンの国民レベルで浸透させていくかを考え、政策を実施していく必要がある。また、防衛協力の制度化も重要である。日比両国は防衛装備品・技術移転協定を既に締結しており、今回はRAAの交渉開始で合意に至ったが、このほか物資や役務の融通や情報共有といった側面でも協力を制度化することにより、政権交代に影響を受けにくい、確固たる防衛協力の基盤が確立されるだろう。

さらに、今回の「準同盟化」の先には何があるか。台湾海峡での緊張の高まりや互いの有事に際し、日本やフィリピンは相手に対して何らかの協力を行うのか。この問題には、たとえ同盟関係であっても自明の解はないが、両国間での平素からの戦略対話の積み重ねが重要となろう。

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  • 庄司 智孝
  • 地域研究部長
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    東南アジアの安全保障