NIDSコメンタリー 第286号 2023年12月1日 軍隊でのジェンダー主流化(その6)——軍隊におけるWPS履行の意味合い

特別研究官(国際交流・図書)付
岩田 英子

はじめに

ジェンダー主流化とは、女性が自ら力をつけ積極的な主体となる概念であり、あらゆる分野・レベルでの女性のエンパワメントのことを言う。同時に、ジェンダー主流化とは、国連の経済社会理事会を中心として女性の権利獲得・地位向上を目指す動きに端を発する、国連憲章に定められた「人権の尊重」を基調に発展してきた規範とも言える。こうしたジェンダー主流化は、2000年10月31日に国連安全保障理事会において「国連安保理決議第決議1325号(女性、平和、そして、安全保障(Women, Peace, and Security))」(以下、WPS)として採択されたことで具体化した。

一方、軍隊でのジェンダー主流化を端的に説明すると、それは、平時・戦時・有事を問わない軍隊のあらゆる営みにおけるジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させることである。軍隊のあらゆる活動の中には、平時における軍人のふるまい方から戦時における作戦計画プロセス、そして、グレーゾーンと称される危機対応(Crisis Response)、あるいは、戦争以外の軍事作戦(Military Operations Other Than War: MOOTW、以下、MOOTW)[1]まで入る。そして、近年の軍隊の活動地域が人々の暮らす地域、市民社会にまで入り込むようになっているという作戦環境の変化は、益々、ジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させることで、紛争下で一番脆弱である女性、少女、子供や老人の安全を保障する。

ジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズは、誰が何のために実施する分析なのかという点に関し、それぞれの組織や個人において、表記や内容に若干の相違が生じている。しかし、ジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズは、男女で受けるインパクトが違うことに留意している点において同じである。政界、警察・軍隊、産業界などの様々な業界で使われている分析手法である。

本稿は、軍隊でのジェンダー主流化をテーマに書き下ろしたNIDSコメンタリーの270号、272号、273号、276号及び278号を総括することで、軍隊におけるWPS履行、そして、推進の意味を読み解く[2]

豪軍、米軍、英軍、及び、NATOにおけるWPS履行の概要

NIDSコメンタリーの270号、272号、273号、276号及び278号を基に、オーストラリアの軍隊(以下、豪軍)、アメリカ合衆国の軍隊(以下、米軍)、イギリス連邦の軍隊(以下、英軍)、及び、国ではないが地域的・国際的組織である北大西洋条約機構(以下、NATO)におけるWPSの概要は次頁の通りである。

NIDSコメンタリー 286号

米国だけがWPS履行のための根拠法律(WPS Act)を制定している。しかし、表に記していないが、NATO以外の豪軍、英軍、及び、米軍には自国の議会に対するWPS履行進捗状況を定期的に報告している説明責任がある。

WPS履行を通してのジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させるための計画、軍事ドクトリン、自軍の軍人に対する教育訓練、及び、キャパビルという対外的な能力構築支援に取り組んでいるのは、豪軍、米軍、英軍、及び、NATOのすべてに共通する。

一方、軍隊の訓練や現場の作戦に対して適切な指導・助言を与える役割を担う「ジェンダー・アドバイザー(Gender Advisor:GENAD)」(以下、GENAD)及び情報収集や窓口機能を担う役割を有する「ジェンダー・フォーカル・ポイント(Gender Focal Point:GFP)」(以下、GFP)は職種として整理されていない。しかし、GENAD及びGFPの配置がWPSによる軍隊内でのジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させることになるという認識は共通している。NATO加盟国の軍隊では、GFPはPKOや平和構築のみならず、平時の軍隊においても、あらゆる部署に配置してネットワークを構築するために配置される。

他方で、機会均等から多様性の包摂に基づく「ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management:DM)」(以下、DM)を導入して、女性をも含む多様な人材を軍隊内に取り込んで軍隊の組織力を高める人事管理施策とWPSとを連携させる人的資源管理を履行していると明言しているのは、米軍、及び、英軍である。豪軍に関しては、DMによる多様性を包摂する人的資源管理論をWPSと関連付けて実施するという文言が公刊資料において発見できなかったが、WPSは軍隊のあらゆる営みの規範化していることは窺える。こうしたDMを女性をも含む多様な人材活用の背景には少子化による若年労働人口の争奪戦で後れを取っているとともに、WPSをツールに多様化する軍隊の戦略環境に応じた軍隊の多様化する任務に女性を配置していることもある。こうした女性軍人の活用に積極的であるのがNATOである。その他の豪軍、米軍、及び、英軍も多様化する戦略環境に応じた多様化する任務へ女性軍人を配置する施策を進めている。

留意すべき点は、豪軍、米軍、英軍、及び、NATOにおけるWPS履行が軍隊を強くすることはないものの、その履行は軍隊の営みに対して一定の意義があるとの認識を共有していることである。

豪軍・米軍・英軍・NATOにおけるWPS履行の意味合い

1.受忍限度論から作戦効果向上論・DMへ

安全保障理事会や事務総長も含めた国連全体はWPS履行のために軍隊を必要とした。それに応じて、NATOは当初は積極的ではなかったものの、スウェーデン軍のSWEDINTの協力の下、女性軍人を活用することが作戦効果を向上させるという意味を付与し、WPSをツールに女性軍人をMOOTWにおいて戦略的に活用した。WPSのツールとしての役割は、治安維持活動、紛争予防、平和構築を含む複合型PKOのみならず、人道支援・災害救助活動(Humanitarian Assistance and Disaster Relief Operations:HA/DR)(以下、HA/DR)、及び、文民保護にまで及ぶMOOTWにおいて影響を受けやすい女性や少女の人権(権利獲得・地位向上)を目指すものに組み替えられたのである。作戦効果向上論とは、スウェーデン軍国際センター(Swedish Armed Forces International Centre: SWEDINT)(以下、SWEDINT)の報告書などにおいて2009年ぐらいから見られるようになった、ジェンダー視点の取り入れ及び普及が軍隊の活動に資するという考え方である[3]。これにより、MOOTWにおける女性軍人の活用の方向性について、多少の女性軍人の参画によるデメリットは仕方ないという「受忍限度論」から、MOOTWでの任務が女性軍人を必要としているという意味を持つ作戦効果向上論への転換が実現し、WPSをツールとして女性軍人をMOOTWに特化して積極的に活用する上での理論的支柱になった。

つまり、軍隊における決議1325の履行は、そうすることが、軍隊が活動する上で作戦に効果をもたらせるという、あくまでも作戦・運用上の必要性や効用によるものであった。

一方、作戦効果向上論は、英軍や米軍での男女を問わず試験して優れているものを採用・参画させるというDMに基づく人的資源管理と結びついた。こうした動きは、特に、英軍での「ダイバーシティ」を精強性と結び付け、陸軍のみならず全英軍のコアな規範に採りこむこととなった。そして、2015年から2018年にかけて、米軍、英軍、及び、豪軍における陸上での近接戦闘に女性軍人を配置しない措置の撤廃や全職種の門戸を女性軍に開放する施策が実現した。

2.作戦効果向上論を超えて

作戦効果向上論をベースに、複雑化する紛争管理のために非政府組織(Non₋Governmental Organization:NGO、以下、NGO)と協働してあらゆる措置を講じるという、文民の非政府組織との協力関係を抜きにしてWPSを達成することはできないという考えが発展した。こうした文民の非政府組織との協働に関して、豪軍、米軍、英軍、及び、NATOにおいて、現在の紛争は人々の暮らす地域にまで及ぶようになっているため、従来の集団安全保障の提供だけでなく、脆弱な状況に直面した個人の安全を守る活動を軍隊が支援する必要があるとの認識が軍事ドクトリンに取り入れ始めた。これは2019年ぐらいから始まった。

特に、英軍は2019年1月に、「軍事作戦における人間の安全保障(統合ドクトリン1325)(Human security in military operations (JSP 1325))」(以下、JSP1325)を発表[4]、その後JSP1325の新たな改訂版が2021年12月に「国防における人間の安全保障(統合ドクトリン985)(Human Security in Defence (JSP985))」(以下、JSP985)として公表される等[5]、人間の安全保障が従来の集団安全保障とともに重要性を持つようになっているとの認識を示した。

一方、米軍は、WPS履行に関して、人間の安全保障が伝統的な国家の安全保障(traditional national security)を補完するというよりも寧ろ両輪として並列すると整理した上で、作戦地域で活動する米軍人のリスク対処としてジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させて情報収集・分析に活かすことを、米陸陸軍の平和維持安定化作戦研究所(Peacekeeping & Stabilization Operations Institute:PKSOI、以下、PKSOI)が、検討し始めた[6]

他方、ジェンダー視点を取り入れると明言されてはいないものの、2022年1月27日、国防長官の名前で、90日以内に、軍隊の活動や攻撃が市民へ及ぼす被害がどの程度のリスクであるのかを分析する方法等を実施することにより、市民への被害を低減すべく取り組むように、国防副長官(Deputy Secretary of Defense)・国防次官(Under Secretary of Defense)・国防次官補(Assistant Secretary of Defense)・国防長官補佐官(Assistant to the Secretary of Defense)や統合参謀本部議長(Joint Chief of Staff)・陸軍参謀総長(Chief of Staff, US Army)・海軍作戦部長(Chief of Naval Operations)・空軍参謀総長(Chief of Staff, US Air Force)等の国防省の高官及び軍隊の高級幹部に対する指令を明記した「市民への危害軽減とそれへの対応に関する覚書(Department of Defense Releases Memorandum in Improving Civilian Harm Mitigation and Response)」が出された[7]。これは、紛争下で被害を受けている市民の保護に関する様々な軍事ドクトリンの履行を徹底させることを目指したもので[8]、豪軍やNCGMが導入している「性差別データ」分析に類似した手法であった。豪軍やNCGMが導入している「性差別データ」分析とは、ある地域を攻撃目標と設定する(ターゲティング)結果、その地域のコミュニティに生じる2次的、3次的影響を特定することで、このような攻撃で一番被害を受ける女性と女児を守ることを目的とする。米国防省の場合、戦闘員ではなく文民(Civilian)と包括的な用語が使用されているが、この覚書により、豪軍やNCGMで導入している「性差別データ」分析と同様、紛争地域における弱者である女性と女児の保護がより一層強化されることが示されている。

こうしたジェンダー分析の取り入れは、米軍人が作戦地域で負う危険を避けるためにも、作戦地域での状況認識のためにも、ツールとして活かされている。特に、統合軍アフリカ軍(AFRICOM) のGFPは2部(情報)にジェンダー視点とジェンダー分析を入れて情勢を認識・分析すべきとNATOに提言するなど、情報収集でのジェンダー視点やジェンダー分析の重要性が改めて強調されている[9]

米軍及び英軍では、非対称戦や民軍協力や民間の力の有効活用等のジェンダー視点を尊重すべき場に軍隊が直面することを重要視すべきと認識しており、軍隊の活動が人々の暮らす社会にまで入り込むという、軍隊の活動環境を重視する姿勢は、今後、人間の安全保障を取り入れた軍事ドクトリンの策定につながるであろう。

おわりに

最後に、軍隊におけるWPS履行、そして、その推進の意味の意味合いを改めて述べる。

豪軍、米軍、英軍、及び、NATOにおけるWPSは、平時・戦時・グレーゾーン状態にかかわらず、あらゆる場面のあらゆる活動(営み)にジェンダー視点/ジェンダー分析/ジェンダーレンズを機能させることである。

その一方で、受忍限度論から作戦効果向上論、そしてDMへと進展したWPS履行のベースとなる考え方は、今やそれらを超えて、軍人が作戦地域でのリスク回避のためのツールとしても強調され始めている。

他方で、国家の安全保障を補完し並列する人間の安全保障という概念も、WPS履行により萌芽している。WPSを基軸に新しい安全保障の概念が機能していく可能性も示している。

WPS履行は今や不可逆的な潮流である。WPSを履行しそれを推進することは、西側民主主義国の軍隊にとり新しい地平を開くものであることを述べて総括とする。

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  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書)付
  • 専門分野:
    女性と安全保障、軍隊でのWPS等