NIDSコメンタリー 第280号 2023年10月17日 イスラエル・パレスチナ情勢に揺れる中東政治——「抵抗の枢軸」の介入の行方とGCC諸国の温度差

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

エグゼクティブ・サマリー

◆ 10月7日のイスラーム主義組織ハマースなどの奇襲により、3,600名(10月15日時点)を超える死者が発生した。イスラエルはハマースおよびイスラーム聖戦(PIJ)の殲滅を目標とする反攻を開始した。同国の対応はガザ地区の封鎖を含め苛烈を極めており、中長期の政治的リスクを考えずに、比較的管理可能な脅威であったハマースの排除を進めているといえる。

◆ ハマースやPIJを含む反西側国家・組織のネットワーク「抵抗の枢軸」は、一様にハマース支持を打ち出した。「抵抗の枢軸」の領袖であるイランは、イスラエルの行動次第で戦線拡大が起き得ると牽制した。またイスラエルの隣国レバノンを拠点とするヒズブッラーは、国境地帯で砲撃戦などを行っているものの、大規模なエスカレーションには至っていない。「アクサーの氾濫」作戦は事前に「抵抗の枢軸」内で共有されていなかった可能性が高く、今後イラン主導の調整が進む中で、「抵抗の枢軸」としての対応が固まってくるものと考えられる。さらに言えば、「抵抗の枢軸」の対応が紛争の烈度と期間を左右する一因となろう。

◆ 中東政治の一角を占めるGCC諸国の反応には、温度差が見られた。ハマースを支援してきたカタルはイスラエルが一切の責任を負うとの認識の下、全面的なハマース支持を打ち出した。サウディアラビアの声明は両者間のエスカレーション停止を求めつつも、イスラエルの占領等を非難する内容となっており、パレスチナへの配慮が窺える文面であった。他方で、2020年の「アブラハム合意」でイスラエルと国交を樹立したUAEやバハレーンはハマースによる攻撃がエスカレーションを引き起こしたとの見方の下、イスラエルを非難しない形で事態終結を呼びかけた。

(注)本稿のデータカットオフ日は2023年10月15日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。

【図1:今次の軍事衝突を巡るアクターの関係】

NIDSコメンタリー 280号

(注1)GCC諸国の中でイスラエルと国交を有さない国を(◆)、国交を有する国を(◇)とした。
(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。
(出所)筆者作成

イスラエルの反攻と西側諸国のイスラエル支持

10月7日に始まったイスラエルとパレスチナ系武装組織の軍事衝突により、同月15日現地時間09:30時点で3,600名以上(イスラエル:推定1,300名超、ガザ地区:同2,329名超)の死者が生じている[1]。今次の軍事衝突の初期過程やその背景については西野が詳細を記しているため、まずはそちらを参照されたい[2]。西野論考からのアップデートとしては、当初死者数においてイスラエルがパレスチナを上回っていたものの、イスラエルによる空爆や砲撃などにより逆転した。イスラエルはガザ地区北部からの避難を呼びかけており、北部からの全面的な地上侵攻を含む大規模な軍事作戦に移るものとみられる[3]。この呼びかけはイスラエルがガザ住民への配慮を示したという体裁を作るためのものとみられ、国連事務総長が撤回を求めたように、実際に避難ができるよう措置を講じたとは言い難い[4]。このほかに10月12日にイスラエルはシリアのダマスカス空港とアレッポ空港をミサイル攻撃した[5]。イスラエルはこれまでもシリア国内のイラン革命防衛隊の基地などを攻撃してきたため、ミサイル攻撃自体は目新しいものではない。今次はイランからの供給網遮断や軍事的示威を目的としているとみられるものの、近年で最も緊張が高まっている局面では、更なるエスカレーションを誘発し得るおそれがある。

イスラエルの反攻は苛烈を極めており、本稿執筆時点(10月15日)では政治的解決の糸口は見えていない。そもそもイスラエル国防大臣ヨアフ・ガラント(Yoav Gallant)はハマース殲滅を明言しており、イスラエルがハマースとの対話に転じるかも疑わしい状況に変わりはない[6]。こうした姿勢からは、イスラエルが中長期の政治的リスク[7]を考慮せずに、他のイスラーム主義組織と比べれば「管理可能な」脅威主体であったはずのハマースの排除が目的化しているように見受けられる[8]。またハマースやイスラーム主義組織「イスラーム聖戦(PIJ)」が拉致した人質に関連して、イスラエルは人質が解放されるまでガザ地区への電気・水・食料遮断による封鎖を止めない旨を表明した[9]。すなわち、イスラエルは従来不均等な割合で行われてきた人質の交換には応じない姿勢を示したといえる。

米英仏独伊は10月9日、共同声明にてハマースのテロ行為を糾弾し、イスラエルへの「ゆるぎない結束した」支持を打ち出した[10]。同月11日に米国国務長官アントニー・ブリンケン(Antony Blinken)がイスラエルに到着し、米国は常にイスラエル側にあると述べた。同氏はヨルダン、カタル、バハレーン、サウディアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトを訪問し[11]、人道回廊の設置などの議論を進めている[12]。これに対してイスラエル側は人道支援物資がガザ地区へ供与されることすら拒否していると報道されており、人道被害の一層の拡大は免れない状況にある[13]

「抵抗の枢軸」のハマース支持と介入の行方

イスラエル軍とハマース・PIJの戦闘に加え、注目すべき論点として外部のアクターの関与が挙げられる。ハマースやPIJはイランを頂点とする反西側ネットワーク「抵抗の枢軸」の一員であり、これまでから協力関係を築いてきた[14]。「アクサーの氾濫」作戦後、イラン大統領エブラーヒーム・ライースィー(Ebrāhīm Ra’īsī)はPIJ事務局長ズィヤード・ナハーラ(Ziyād al-Nakhāla)やハマース政治局長イスマーイール・ハニーヤ(Ismā‘īl Hanīya)と電話会談を行い、支持を表明した[15][表1参照]。またレバノンのヒズブッラーはイスラエルとの隣接地帯で砲撃戦などを展開しており、レバノン南方(イスラエル北方)から圧力をかけている。このほかにイエメン北部を8年以上にわたり実効支配するフーシー派は、米国の直接介入があった場合に、ミサイルやドローン等による参戦の用意があるとした。フーシー派が保有するドローン「ワイード」(イランの「シャヘド136」とみられる)はイスラエルを射程に捉えているとされる[16]。ただし、既に米国からの軍事支援物資がイスラエルに到着していることから、フーシー派の「直接介入」が指す具体的な内容や、そもそも実際に何かしらの軍事行動を起こす意志があるかは不明である[17]

「抵抗の枢軸」はハマース・PIJとの連帯を言葉の上で表明したものの、実態として「アクサーの氾濫」作戦において「抵抗の枢軸」内での事前調整がなされていたかは疑わしい。「アクサーの氾濫」作戦の存在を知っていたのはハマースの中でも軍事部門のごく少数であったという報道があり、組織内のイスラエルへの通謀者[18]はおろか、政治部門幹部ですら軍事作戦を承知していなかった可能性が高い[19]。「抵抗の枢軸」の領袖たるイランの関与についても、イラン自身[20]やハマース[21]が否定しており、米国やイスラエルもイランの関与を決定付ける証拠を掴めていない[22]。また「抵抗の枢軸」内で唯一直接的な軍事的関与を行っているヒズブッラーでさえ、イスラエルとのエスカレーションを避けていると指摘されている[23]。なおイスラエルにとってもガザ地区とレバノン国境の南北二正面作戦や、ハマースやPIJよりも装備面で高度なヒズブッラーとの交戦は合理的ではない。

今後の情勢を見通す上で、イスラエルの地上侵攻と「抵抗の枢軸」の反応が重要となろう。イランは12日に、イスラエルのガザ地区における行動によって新たな戦線が開かれるか否かが決まるとの見方を示すなど、複数回にわたりイスラエルのガザ侵攻を牽制した[24]。イラン外務大臣は「抵抗の枢軸」傘下の組織幹部らとの会合を繰り返しており、自国主導で調整を進めているとみられる。すなわち「抵抗の枢軸」、特に主導的地位にあるイランがハマースやPIJの存在価値やパレスチナ連帯という言説との整合性をどのように評価し、支援・介入をどの程度実施するかが今後の情勢を左右する一因となると考えられる。

【表1 「抵抗の枢軸」メンバーが発表した声明】

国家・組織名 声明一部抜粋
イラン 「アクサーの氾濫」は、奪うことや否定することができない権利を
防衛する抵抗集団、および抑圧されたパレスチナ人民による
自然な行動である[25]
シリア シリアは、パレスチナ人民に対する野蛮な占領行為を非難する。
シリアは「アクサーの氾濫」を計画し、実現した英雄および
パレスチナ革命の殉教者を重視する[26]
ヒズブッラー(レバノン) 「アクサーの氾濫」は、継続的な占領犯罪や
神聖なもの・尊厳・名誉への継続的な侵犯に対する決定的な拒絶であり、
国交正常化を求めるアラブ・イスラーム諸国へのメッセージである[27]
人民動員隊(イラク) 祝福される「アクサーの氾濫」は、
シオニストの占領という全ての敵対行為に対する決定的な反撃であり、
拒絶の声である[28]
フーシー派(イエメン) 米国の直接介入があった場合、ミサイル等の軍事的選択肢を取る用意[29]

(出所)諸資料を基に筆者作成

ハマースに対するGCC諸国の温度差

「抵抗の枢軸」の動静に加え、中東政治の一角を占める「湾岸協力会議(GCC)」加盟国の行動も重要である。2020年の「アブラハム合意」でイスラエルとの国交を樹立したUAEやバハレーン、国交正常化へ向けた交渉を進めてきたとされるサウディアラビア、ハマースへの支援を行ってきたカタルなど、GCC諸国のイスラエル・パレスチナへの関与の態様には大きな差異が存在してきた。この差異は今次の軍事衝突後に各国外務省が発出した声明にも表れている[表2参照]。

【表2 GCC諸国外務省の声明】

国家・組織名 声明内容
UAE ハマースによる攻撃が深刻かつ重大なエスカレーションであり、
市民保護や暴力の即時停止を要求[30]
オマーン イスラエルの占領や敵対行為の継続の結果としてのエスカレーションに懸念を
示しつつ、市民保護などを要求[31]
カタル 今次エスカレーションの一切の責任をイスラエルが負うとの認識の下、
緊張緩和と最大限の自制を要求[32]
クウェート イスラエルによる侵害と敵対行為の継続がエスカレーションを招いたとの
認識の下、暴力行為の停止などを要求[33]
サウディアラビア イスラエルの継続的な占領による事態の暴発への警告を発しつつ、
両者間のエスカレーション停止などを要求[34]
バハレーン ハマースによる攻撃は危険なエスカレーションであり、市民保護や戦闘停止を要求[35]

(出所)諸資料を基に筆者作成

最も強くハマース寄りの姿勢を打ち出したのが、ハマースへの支援を行ってきたカタルである。カタルはエスカレーションの一切の責任をイスラエルが負うという認識を示したほか、首都ドーハにハマース政治局長ハニーヤの活動拠点を提供しているとみられる。カタルはウクライナ戦争勃発後に米国から北大西洋条約機構(NATO)の非加盟主要同盟国の指定を受けるなど、カタル・米国関係は良好な状態であるが、今次の問題では立場が明確に分かれた。イスラエルとの国交正常化に消極的とみられるクウェートや、伝統的にイランとの関係が良好なオマーンもイスラエルのこれまでの行動に軍事衝突の原因を求める内容の声明を発出した[36]

これら3カ国に加え、サウディアラビアもイスラエルを批判する形で事態の鎮静化を求めた。サウディアラビアはイスラエルとの国交正常化へ向けた交渉を進めてきたとみられており、この動きがハマースの軍事行動の一因となったという指摘もある[37]。しかし今般の衝突を受け、サウディアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉を凍結したとみられる[38]。このほかにサウディアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマーン(Muḥammad bin Salmān)は、10月12日に今年3月の国交正常化合意以来初となるイラン大統領との電話会談に臨んだ[39]

イスラエルを非難せず、ハマースの攻撃がエスカレーションをもたらしているとの見解を示したのがUAEとバハレーンであった。両国は2020年の「アブラハム合意」で国交を樹立し、特にUAEは米国、インド、イスラエルとの協力枠組み「I2U2」を含め関係を強化してきた。他方で10月11日にUAEはイランと外務大臣間の電話会談を行っており、前述の米国国務長官との会談も併せて、地域情勢の流動化に対応しようとしている[40]

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  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室
    研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、イエメン内戦