NIDSコメンタリー 第275号 2023年9月28日 中国人民解放軍による台湾ADIZ進入②——多数機編隊による進入を可能にする「システム」の正体を探る

地域研究部米欧ロシア研究室
相田 守輝

はじめに

台湾周辺で軍事的プレゼンスを高める中国の言動は、周辺国のみならず、国際社会にとって強い警戒の対象となっている。中国と台湾との軍事力の差は今や明確であり、中国の力に物を言わせる強硬姿勢を受けて、2027年までに台湾侵攻が生起するのではないかとも懸念されている[1]。2022年2月に勃発したウクライナ戦争以降、中国による現状変更の試みは国際社会において更に認識されつつあるが[2]、直接的な軍事的脅威にさらされている台湾にとっては避けることのできない問題となっている[3]

その代表的な中国の軍事行動として、2020年頃から台湾の防空識別圏(Air Defense Identification Zone:ADIZ)に対し、中国人民解放軍(People's Liberation Army: PLA)の航空機が進入するケースが挙げられる。このPLA機による台湾ADIZ進入はほぼ毎日のように起こっており、台湾国防部は2020年9月17日からこれに伴う窮状を毎日公表しつづけ、2023年9月16日をもって3年の月日が経過した。

本稿は、PLA機による台湾AIDZ進入を可能にさせている物的基盤、或いは「システム」について探求することを目的としている。以下に具体的に見ていくように、この台湾AIDZ進入には「多数機編隊による進入」に重要な手掛かりがある。中国の軍事行動を理解する為には、まずはその行動を可能にさせている「システム」の正体を探るしかない。しかしこれまでの各種報道や議論では、「政治的に敏感な事象に対して中国が多数の航空機を台湾ADIZに進入させた」とする議論に収斂してしまい[4]、十分な説得力ある議論は展開されていないと言わねばならない。そこには、台湾ADIZ進入を定点観測しつづける筆者独自の視点や飛行運用の実務経験に基づく感覚が求められる。

本稿は、このような趣旨から複数の異なる機種のPLA機が編隊を組みながら台湾ADIZ進入してくる背景にある「システム」がPLAで構築されている可能性を指摘するものである。本稿では次のような構成をとる。本稿の前段では、昨年に報告したコメンタリー246号(「中国人民解放軍による台湾ADIZ進入①:この2年間を概観する」)に続く位置づけとして[5]、3年間の進入状況を総括し、引き続き注視していく必要がある事象について提示する。本稿の後段では、特徴的な「多数機編隊による進入」に着目し、何がそれを可能にさせているのかについて検討を行うこととする。

PLAによる台湾ADIZ進入状況(3年間月別)

台湾国防部がインターネット上で公表をはじめた2020年9月17日から2023年9月16日に至るまでの3年間の全データを統計すると、台湾ADIZへの進入機数は図1のとおりに推移しており、3年間の総数は4,025機にものぼる[6]。概要を把握するため、多様なPLAの進入機をあえて①「哨戒機・早期警戒管制機」クラス(青色)、②「戦闘機・爆撃機」クラス(桃色)、③「ヘリ・輸送機・無人機」クラス(緑色)と大きくクラス分けし、細部機種については図1の中に示す。

図1 台湾ADIZ進入機の推移(3年間月別)

NIDSコメンタリー 275号

【出所】台湾国防部ホームページの情報などを基に、筆者が集計・分析した結果である。当該月の 1 日から末日までの1 か月間について集計を繰り返したが、当該月途中までの集計となる月においては斜線で示した。
(https://www.mnd.gov.tw/PublishTable.aspx?Types=%E5%8D%B3%E6%99%82%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%8B%95%E6%85%8B&title=%E5%9C%8B%E9%98%B2%E6%B6%88%E6%81%AF) 別ウィンドウ

このグラフを見れば、2022年8月から桃色で示した②「戦闘機・爆撃機」クラス(桃色)が台湾ADIZ進入の大半を占めていることが確認できよう。青色で着色した①「哨戒機・早期警戒管制機」クラスの進入は月平均25機前後で推移しており、日常的なパトロール飛行を行っていることが伺える。

一方、桃色で着色した②「戦闘機・爆撃機」クラスの進入では、昨年のコメンタリーで報告したとおり、2022年8月の延べ422機の進入が顕著であり、同時期のナンシー・ペロシ米下院議長による台湾訪問に抗議した中国の軍事演習によるものであった。また最新の1年間においては2023年4月の延べ195機が進入しており、同年3月末の蔡英文総統による米国訪問に抗議した中国の軍事演習によるものである。これら突出した進入実績には、「多数機編隊による進入」という傾向と相関があり、複数の異なった機種が編隊を組んで空対艦などの組織的な航空攻撃を演練しているケースが多い。

③緑色で着色した「ヘリ・輸送機・無人機」クラスに関しては、昨年のコメンタリーに付け加える事項として、2023年9月から一定数の無人機が進入しはじめている新しい傾向があり、それらは図1のグラフ上でも緑色で着色した「ヘリ・輸送機・無人機」クラスの進入機数の大半を占めている。

PLAによる台湾ADIZ進入状況(3年間機種別)

この4,025機にも及ぶPLA機を機種別に分析すると、①「哨戒機・早期警戒管制機」クラスが延べ906機(22.5%)、②「戦闘機・爆撃機」クラスが延べ2,822機(70.1%)、③「ヘリ・輸送機・無人機」クラスが延べ297機(7.4%)という内訳になった(図2参照)。

青色で囲んだ①「哨戒機・早期警戒管制機」クラスの細部内訳では、Y-8ASW(対潜哨戒機)が424機と最も多く、Y-8EW(電子戦機)が158機、Y-8Recc(偵察機)が124機、KJ-500(早期警戒管制機)が100機、Y-9EW(電子戦機)が56機、Y-8Elint(電子偵察機)が44機などと続いている[7]。次に、桃色で囲んだ②「戦闘機・爆撃機」クラスのうち戦闘機だけを集計すれば、J-16が1,217機と最も多く、J-10 が510機、Su-30が413機、J-11が392機、JH-7が75機、J-7が4機、Su-35が2機と続いている。また、戦略爆撃機であるH-6を分析すれば、延べ190機も台湾ADIZに進入している。

2年間の進入実績を総括した昨年の報告と同様、J-16による進入が突出しているのは変わりないが、注目すべきはJ-10による進入の急増であろう。昨年の報告では、2021年11月以降にJ-10による進入が一定数増加したこと、更にJ-10のジェットエンジン換装の動向などを踏まえ中国国産「太行」ジェットエンジンの性能が改善されている可能性を指摘した。そのJ-10による進入実績は、この最新の1年間で334機も急増しており、改めて中国国産ジェットエンジンの信頼性向上が図られている可能性を裏付ける結果となった。

図2 台湾ADIZ進入機の推移(3年間機種別)

NIDSコメンタリー 275号

【出所】台湾国防部ホームページの情報などを基に、筆者が集計・分析した結果である。
(https://www.mnd.gov.tw/PublishTable.aspx?Types=%E5%8D%B3%E6%99%82%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%8B%95%E6%85%8B&title=%E5%9C%8B%E9%98%B2%E6%B6%88%E6%81%AF) 別ウィンドウ

驚くことに2005年前後までPLA空軍は洋上での飛行をほとんど行うことは無く、2015年頃から主にツインエンジンの戦闘機が中国沿岸付近の洋上を飛ぶようになっていた[8]。そして今般、シングルエンジンのJ-10を頻繁に洋上飛行させられるほど中国国産ジェットエンジンの信頼性が向上したのであれば、今後より多くのPLA戦闘機が活動域を拡大させていくことが予想される。

過大評価を避けるために、中国の空母艦載機J-15によるADIZ進入について補足説明をすることとしたい。前述した蔡英文総統の訪米に抗議し、中国が断行した軍事演習(4月8日~10日)においてPLA海軍の空母艦載機が台湾ADIZ南東部から進入したことから主要メディアは台湾が「封鎖」されたとも報じることがあった[9]。確かに4月9日から10日にかけて太平洋を航行中のPLA海軍の空母「山東」から飛来したJ-15が延べ19回も台湾ADIZに進入している。PLA東部戦区は10日に声明を発表し空母「山東」が軍事演習に参加した旨も公表した為、台湾ADIZの南東部からJ-15によって台湾が包囲されたとの認識が広まったが[10]、台湾国防部が公表するJ-15の航跡図を見る限り、台湾を「包囲」したというよりは寧ろ、洋上で空母着艦訓練を行なっている過程のなかで台湾ADIZに少しばかり進入しただけのように思われる。

PLA海軍の空母艦載機J-15に関して言えば、若手の艦載機パイロットの要員養成と「空母着艦資質認証(米海軍ではCarrier Qualificationという)」の資格付与に注力せざるを得ない状況が続いており、加えてスキージャンプ方式で発艦するJ-15の搭載燃料や搭載兵器の搭載量の限界からも、J-15単体での脅威は依然として限定的なものと考えられる[11]。なお、PLA海軍は2020年前後から艦載機パイロットの養成計画を抜本的に変更している。これまでの第3世代戦闘機の飛行経験が1000時間以上(原文:三代机1000小时以上的飞行经验)もパイロットを養成していた要領から、第3世代戦闘機の飛行経験が100時間にも満たない(原文:三代机飞行时间不足百个小时)若手パイロットを養成する要領に変更しており[12]、これら文脈を踏まえながらJ-15を評価していく必要があろう。

最後に、緑色で囲んだ③「ヘリ・輸送機・無人機」クラスの細部内訳は、昨年に報告したとおり、2022年9月以降の無人機による進入が始まったことから、③「ヘリ・輸送機・無人機」クラスが占める割合は、2年間実績の45機(1.9%)から3年間実績の297機(7.4%)へと大幅に増加している。このうちの大半は無人機であり、延べ180機(4.5%)と進入が急増したことは、台湾ADIZ進入に関する新しい傾向と言えよう。その無人機の細部内訳は、BZK-005が87機、WZ-7が28機、CH-4が25機、TB-001が19機、BZK-007が19機、KVD-001が2機であるが、総合的にBZK-005が優先的に用いられている印象を受けている。無人機以外の機種で見れば、Z-9ASW、Z-8、WZ-10、KA-28ASWなどのヘリコプターが延べ103機と着実に増加しており、またY-20AR(空中給油型輸送機)などの輸送機も延べ14機進入している状況である。

なぜ、多数のPLA機を進入し続けられるのか

前述した2022年8月のナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問のように、中国にとって政治的に敏感となる事象が発生した際に台湾ADIZ進入に多数のPLA機を進入させる傾向がある。この最新1年間においても2023年3月、蔡英文総統が米国を訪問したことを受け、中国は軍事演習のなかで多数機編隊による進入が連日行なわれていた。

時には、一度に約20~50機で構成される多数機編隊によって進入することもあるが、実はこのような多数機を台湾ADIZに編隊で進入させる行為は決して容易なことではない。たとえ20機のPLA機であったとしても、それぞれを離陸後に空中集合させ、台湾ADIZに進入させていく組織活動には極めて難しい作業が伴っていることを強調しておきたい。

身近な例で説明するならば、20台の自動車がそれぞれ動きながら集結し、1つの車列となって100km先の特定の目的地まで運転され、ドライバーは休憩することなく出発地へ引き返し、それぞれのガレージに向かって解散していく様なものと言えよう。空中で一時停止できない航空機であれば、尚更のこと容易ではない。20機が母基地に帰投し着陸しようとすれば、飛行場の管制官も一瞬にして管制業務が飽和することになろう。これらに一連の流れに加えて20機それぞれの残燃料、気象状況、他の航空機との衝突回避措置など複数のパラメーターを同時に考慮しながら、台湾正面を管轄するPLA東部戦区司令部は難しい指揮統制を行なっているのであって、その為にも事前の調整が入念に行われていることが想像できるのである。

であるが故、このような極めて難しい作業を繰り返し、3年以上も続けようとしているPLA側の「強い気持ち」を筆者は感じている。では、なぜ PLAが「多数機編隊による進入」といった難しい作業を続けられるのだろうか。複数の異なる航空機がその能力を遺憾なく発揮できる背景には、PLA機を継続的に発進し続けられるだけの物的基盤、或いは「システム」が充実していることに気づいていかねばならない[13]。更に踏み込むならば、複数の異なる機種が編隊を組み一連の行動を繰り返せる背景には、多数機編隊による進入を可能とする何らかの「システム」が構築されていると考えるのが妥当であろう。では、それはどのようなものなのであろうか。

中国の国内アピール報道から読み取れる「システム」の輪郭

こうした推論には、図1にある160機の進入を記録した2021年10月の事例が説明に適している。実際、10月1日からの4日間でPLAは149機もの多数機を同時に進入させているが、この当時の中国軍事行動は米台の政府高官のハイレベル交流といった政治的文脈で語られるものではなく、むしろ中国の正統性の主張に基づくものであった。

2021年10月3日付の中国共産党機関紙『環球時報』では、同年10月1日のPLA機による台湾ADIZ進入を捉えて、「わが軍はよくやった」、「国慶節の空中パレードを海峡で実施した」などと報じられていたおり[14]、中国の国慶節(10月1日)と台湾の国慶節(10月10日)の間に、中国が国力の差を見せつけたとも評されていた。つまり、中国がいまだ「未完の内戦」と考えている台湾との関係について、PLAが多数機を台湾ADIZに進入させている姿を結びつけているのである。事実、当時の『環球時報』では、多数のPLA機による台湾ADIZ進入をとらえて、「国慶節の空中パレードを海峡で実施した」と報じ、更には1949年に国民党軍を北京にて包囲した「北平」という出来事になぞらえながら、「1949年の『北平』を台湾に!」とまで公然と謳っていたのである[15]

更にこの国内アピールの記事には、「多数機編隊による進入を可能とする何らかのシステムがPLAで構築されている」といった推論を支える3つの手掛かりをも内包している。その一つ目の手掛かりが、①「わが軍は24時間体制で戦闘出撃できる能力を持っている」という記事の内容である[16]。これは習近平中央軍事委員会(CMC)主席がPLAに求めてきた「実戦的訓練の追求」を体現したものと考えられ、その一例として夜間飛行能力の向上を追及しているPLAの取り組みを想起することができる。事実、10月1日からの4日間で2機のH-6、6機のSu-30及び4機のJ-16が夜間に進入していたことは興味深い。2つ目の手掛かりは、②「わが軍は複数の基地から飛来し、洋上で合流している」と謳っている箇所である[17]。このくだりは、そのように調整できる飛行運用上の仕組みが確立されていることを示唆していると言えよう。実際、1つの飛行場から単位時間あたり発進できる航空機の数には限度があり、異なる機種はその整備基盤に応じた飛行場からそれぞれ離陸発進し、経路上で空中集合していくことは湾岸戦争において米軍が使った手法でもある。最後の3つ目の手がかりとは、③「わが軍は、多数の部隊が台湾接近の経験を持ちつつあり、ベテランパイロットを実践に投入できる!」と謳っている箇所である[18]。このくだりは、複数の飛行部隊をローテーションさせながら、より多くのパイロットに対して台湾ADIZ進入の経験を積ませようとする訓練管理上の「仕組み」が確立されていることを示唆している。フライトシミュレーターが如何に発達したとしても、実際のフライトによって培われた経験と自信はパイロットにとって何よりも代え難いものである。従って訓練を企画する部署の立場としては、多くのパイロットに対して台湾ADIZ進入の経験を積ませようとする心理が働くことも当然と言えよう。

この国内アピールの報道に内包されていた3つの手掛かりを総合的に勘案すれば、「中国は、多数機編隊を一元的にコントロールする為に米空軍が編み出した「ATO(Air Tasking Order)」のような命令様式を模倣しながら、PLA機を運用しているのではないか」という仮説が立てられるのである。

中国のエアパワーにとっての苦い経験とATOへの着目

ここで米空軍が編み出したATOについて補足説明することとしたい。ATOとは、統合軍司令官が多くの飛行部隊を一元的に統制するために標準化された命令様式のことであり、具体的には全ての部隊の24時間分のスケジュールが包括的に示され、一定の規則、コールサイン、機種、機数、任務などを示すことによって編隊相互の関係が理解しやすいような仕様になっている[19]。このようなATOを継続的に発出していくために、パイロット、整備、管制、補給などの要員がそれぞれやるべきエア・タスクをサイクル化され、表示された命令にそれぞれが従うことによって大規模な航空作戦が継続的に行えることになるのである[20]

翻って、これまでPLA空軍には台湾海峡を挟んだ航空作戦において苦い経験があった。1996年の第3次台湾海峡危機では中国は弾道ミサイルを数発発射したものの、米海軍空母が台湾近海に出現したことによってPLAが何も対抗できなかったことはよく知られていることであろう[21]

一方、その背景のなかでPLA空軍は台湾の半径500km以内に当時の主力戦闘機であったJ-7などを多数集結させていた。しかしながら、当時の中国軍事行動には役に立たなかったのである。実際、PLA機が前線に集結しすぎて逆に現場は混乱した経緯があり、また兵站・後方支援の能力も乏しく、PLA機の可動率も維持できなかったことも要因になっていた[22]。更に、そもそもPLAのパイロット達は洋上での飛行経験が乏しく、これらの苦い経験はPLAの航空作戦において教訓になっていったのである。

教訓から学んだPLAの取り組みとATO

ではこれらの教訓からPLAは何を学んだのだろうか、その取り組みを辿ってみよう。

PLAが現代化していく中で、これら教訓を踏まえながら長い年月、研究を行っていたPLA国防大学では、2014年に空対地攻撃戦闘部隊の構成と戦闘プロセスの分析に基づいた空対地攻撃指令の研究成果が報告されるまでに至った[23]。その後の2015年には習近平の軍改革を迎えることとなり、5大戦区に整理されたPLAが統合体制をとりながらPLAの陸軍、海軍、空軍、戦略支援部隊に所属するエアパワーの効率的かつ効果的な運用が模索されるようになっていった。2017年に至ると、空軍の劉瑞(Liú Ruì)旅団司令員が「定期的、体系的、実戦的な訓練の追求」を提唱したことによって、組織横断的なエアパワーの運用が始まることにも繋がった[24]

2020年には欧米のATOが徹底的に研究され、大規模かつ継続的な航空作戦においてATOを如何に適用していくべきかの注目が集まり[25]、また海軍の航空部隊(PLANAF)においても統合訓練の仕組みを構築するために海軍自らが果たすべき役割などが議論されていった[26]。そして2021年2月には、習近平CMC主席が、エアパワーをより組み入れた実戦的な訓練を追求するようにPLA全軍に指示したことによって[27]、PLAの航空作戦は大きな転換期を迎えていったのである。

以上の経緯を踏まえれば、PLAが現代化していく過程でこれらPLAの取組みが、パイロットの練度、出撃回数の増加、持続性ある航空作戦の実施に寄与しているものと考えることができ、同時にPLAが米空軍ATOを模倣し、新たな作戦システムを構築していることも推定できるのである。

2021年2月に習近平CMC主席が全軍に指示した以降、新たな作戦システムが運用を開始されているとすれば、その半年後の2021年10月前後から多数機編隊による台湾ADIZ進入が顕著となったことは、図1のとおり時期的にも符合しており説明がつく。この新たな作戦システムは、台湾正面を管轄するPLA東部戦区司令部が指揮統制する航空作戦の中核的な機能として活用されていることも考えられよう。

事実、2023年9月5日付のPLA機関紙『解放軍報』では、「統合航空作戦と指揮の内部メカニズム」と題する論文が掲載され、「軍種独自の考え方を捨て、統合航空作戦の集中指揮コンセプトを揺るぎなく確立するとともに、高度な技術で集約された統合航空作戦システム(原文:技术高度密集的联合空中作战体系)の構造上の複雑さも十分に認識していくべき」とも強調されていることから[28]、少なくとも中国が新たに構築した作戦システムによって台湾ADIZ進入が指揮統制されている可能性があるだろう。

おわりに

本稿の前段では、昨年11月に報告したコメンタリー246号に続く位置づけとして、3年間の進入状況を総括した。3年間で延べ4,025機ものPLA機が台湾ADIZに進入しており、引き続き増加傾向にある。また中国にとって政治的に敏感な事象が生起した際には、多数のPLA機を進入させている傾向も指摘した。更に最新1年間の動向を踏まえれば、多様な無人機による進入の増加だけでなく、中国国産ジェットエンジンの信頼性向上が戦闘機の活動域をますます拡大させていく傾向も予想される。

本稿の後段では、このような中国の軍事行動において特徴的な「多数機編隊による進入」に着目し、何がそれを可能にさせているのかについて検討を行った。その際、複数の異なる機種のPLA機が編隊を組みながら台湾ADIZに進入させていく為には、そのような編隊行動を可能にさせる何らかの「システム」がPLAで構築されているだろうとの考えに基づき、議論を展開した。考察の結果、PLAは米空軍が編み出したATOを模倣したものと推定でき、多数のPLA機を進入させ続けられる中国独自の新しい作戦システムを構築したことによって、台湾ADIZ進入に活用している可能性を指摘した。

紙幅の関係上、本稿で取り上げられなかった事項は多々あるが、更に掘り下げるべき論点については、今後のコメンタリーにて報告していくこととしたい。

Profile

  • 相田 守輝
  • 地域研究部米欧ロシア研究室所員
  • 専門分野:
    中国をめぐる安全保障