NIDSコメンタリー 第273号 2023年9月12日 軍隊におけるジェンダー主流化(その3)——NATOを事例に

特別研究官(国際交流・図書)付
岩田 英子

はじめに

本稿は、軍隊におけるジェンダー主流化の第3弾として、西側民主主義国の軍隊がいかにしてジェンダー主流化を履行しているのかを紹介する。

軍隊がジェンダー主流化の一翼を担うようになった契機は、NIDSコメンタリー270号をご参照願いたい。軍隊におけるジェンダー主流化を端的に説明すると、それは、軍隊のあらゆる活動において国連安全保障理事会決議第1325号(UN Security Resolution 1325:UN SCR1325、以下、決議1325)に基づくジェンダー視点を機能させるとともに、作戦計画にまでジェンダー分析を適用することである。

以下では、西側民主主義国の軍隊が決議1325をいかにして取り入れているのかについて、国ではないが地域的・国際的組織である北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization: NATO、以下、NATO)を事例に紹介する[1]

NATOにおける決議1325履行へ至る経緯・背景

NATOは国ではないが、決議1325を履行するための国別行動計画に相当する「NATO/EAPC行動計画(NATO/EAPC Action Plan for the implementation of the NATO/EAPC Policy on Women, Peace and Security)」(以下、NATO/EAPC行動計画)を策定し、決議1325を履行している。

NATOが決議1325に取り組むようになったきっかけは、国連平和維持活動(united Nations Peacekeeping Operations: UN PKO、以下、UN PKO)での軍人のGENADがなかなか配置できなかったことであった。軍人のジェンダー・アドバイザー(Gender Advisor: GENAD、以下、GENAD)の配置がUN PKOに必要であることを初めて指摘したのは、2002年に国連事務総長に提出された事務総長報告1154であった[2]。しかし軍人のGENADの配置はなかなか実現しなかった。きっかけは、2006年からのコンゴ民主共和国に展開した欧州連合部隊(EUFOR DR Congo)に、瑞軍から欧州安全保障・防衛政策(European Security and Defense Policy、ESDP)[3]初となるGENADが派遣されたことであった。初代GENADは軍歴を有する女性の文民であったが、欧州連合部隊の作戦司令部に配置され、司令官に対して直に報告を行う任務を帯びていた点で、UN PKOの軍事部門以外におかれたGENADとは異なった。また、NATOのアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(International Security Assistance Force:ISAF)においても、スウェーデンが、2008年に自国の担当地域で戦術レベルのGENADの運用を開始した[4]。初代のGENADは女性軍人が務めた。当時のスウェーデンはNATOパートナー国であったが、NATOのGENADに関しても先駆的な役割を果たした。

つまり、NATOが決議1325に取り組むようになったのは、EUに代わって軍事同盟として傘下に軍事の専門家集団を有するNATOと、その頃は政策的中立でありフェミニズムを外交政策に取り入れていたスウェーデンとの利害関係が一致したからであった。

NATOにおける決議1325履行に関する施策

NATOの組織図の中での決議1325担当は次頁の図の通りである。点線で囲まれた黄色い楕円の個所が変革連合軍最高司令部(Headquarter Supreme Allied Command Transformation:HQ SACT、以下、SACT)であり、これはアメリカ合衆国本土にあり、NATOの決議1325に関する教育訓練を、「スウェーデン軍国際センター(Swedish Armed Forces International Centre: SWEDINT、以下、SWEDINT)」Tの一部であるNCGMと共同で担っている[5]。NATOは、当初、SWEDINTに軍人のGENADの育成を委任していたが、SWEDINTに代わり「軍事作戦でのジェンダーのための北欧センター(Nordic Center for gender in Military Operations: NCGM、以下、NCGM)」をNATOにおけるジェンダー関連の専門分野と教育訓練に関する部局として指定した。NCGMはSWEDINTと同じ敷地内にあり、そのスタッフは北欧4か国から充当され、運営はスウェーデン軍による。

NIDSコメンタリー 273号

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一方、NATOにおける決議1325の施策は下図のように分担されている(執筆者作成)。

NIDSコメンタリー 273号

NATOの決議1325担当の中の北大西洋理事会(North Atlantic Council: NAC、以下、NAC)[6]と欧州大西洋パートナーシップ会議(Euro-Atlantic Partnership Council:EAPC、以下、EAPC)[7]は政治レベル、WPSのための事務総長特別代表は政治と軍事、SACTは軍事というふうに、その所掌は整理できる。

まず、NACとEAPCでは、NATOの決議1325の履行に関する戦略方針、戦略指針が協議・採択された[8] 。これは、軍事部門と文民部門から成るNATOがジェンダー視点とジェンダー・バランスを統合させ、NATOの政策としてNATO隷下の軍事レベルと政治レベルの双方で取り組むという宣言であった。この政策は2011年、2014年に改訂されて現在に至っている[9]

次に、NACとEAPCは2010年に「NATO/EAPC行動計画(NATO/EAPC Action Plan for the implementation of the NATO/EAPC Policy on Women, Peace and Security)」を採択した[10]。これは1325NAPのNATO版である。2010NATO/EAPC行動計画は、あらゆるレベルの教育訓練のカリキュラムにジェンダー視点を組み入れることで、「紛争に関連した性的及びジェンダーに基づく暴力(Conflict Related Sexual and Gender-Based Violence: CR-SGBV、以下、CR-SGBV)」のリスクを軍人に理解させることを企図した。具体的な教育訓練のカリキュラムは、CR-SGBVのリスクを理解させる方法やアプローチに関するモジュールや、文民保護のニーズ(特に女性と少女のニーズ)を満たすための対策を内容とするモジュールを盛り込むように開発すべきとされた[11]

その一方、NACでは、2009年にジェンダーに関する「戦略指針(Bi-SC Directive 40-1)」(以下、2009Bi-SC指令40-1)を発表し、その中でPKOや安定化作戦のような紛争管理でのGENADの活用が示された[12] 。2012年にこの改訂版、「戦略指針(Bi-SC Directive 40-1)」(以下、2012Bi-SC指令40-1)が出され、そこには次のような内容が盛り込まれていた。例えば、戦略・作戦レベルにGENAD、作戦・戦術レベルにジェンダー・フィールド・アドバイザー(Gender Field Advisor: GFA、以下、GFA)をそれぞれ配置するとともに、情報収集や窓口機能としてジェンダー・フォーカル・ポイント(Gender Focal Point: GFP、以下、GFP)をあらゆる部署に配置してネットワークを構築する指針が示された[13]。つまり、2012Bi-SC指令40-1はGFA 及びGFPの役割と責務について具体的に規定した[14]

2012Bi-SC指令40-1は2017年に「戦略指針(Bi-SC Directive 40-1)」(以下、2017 Bi-SC指令40-1)に改訂され、NATO軍事機構の全てのレベルで決議1325を組み込むために、戦略コマンド内(NATO欧州連合軍内の全ての司令部)の全ての活動において、ジェンダー視点を効果的かつ継続的に実践し、制度化するための指針を示した[15]。2017 Bi-SC指令40-1は、作戦効果と状況認識を高めるために、作戦分析、計画、実施、評価の全てのレベル、全ての段階で使用される作戦ツールとして、ジェンダー視点の作戦効果を強調している。また、新たな紛争や安全保障上の脅威を特定し、防止するためのジェンダー関連の早期警戒指標の開発に、ジェンダーの視点を取り入れることの有用性についても詳述している。つまりCR-SGBVのリスクを紛争の蓋然性を事前に知る指標にすることを企図していたのである。

2017 Bi-SC指令40-1(戦略指針)で重要なのは、この改訂版が、MCM-0009-2015「CR-SGBVの防止と対応に関する軍事ガイドライン(MCM-0009-2015 Military Guidelines on the Prevention of, and Response to, Conflict-related Sexual and Gender-Based Violence (the review of these guidelines is ongoing; next version is expected by mid-2022)」を徹底することで、実践的な解決策を提示したことにある[16]

他方、2017 Bi-SC指令40-1は指揮官の参考のために、NATO全体の行動基準と行動規範の案を提示していたが[17]、行動基準と行動規範そのものは強制力を持っていなかった。したがって軍人は、それぞれの兵力提供国が定めた規則に拘束され、懲戒処分の権限はその軍人の帰属する国にある。とはいえ、指揮官は戦略指針(Bi-SC指令40-1 Rev.2)で説明されたものよりも厳しい規制を自由に課すことができた。

さらに2017 Bi-SC指令40-1は、GENADとGFPの任務と役割を明示した[18]。戦略・作戦レベル(司令官への助言を任務とする)、作戦・戦術レベル(パトロール、基地警備等を任務とする)それぞれにGENADを配置し、情報収集や窓口機能としてGFPをあらゆる部署に配置してネットワークを構築し、その役割と責務についての具体的な指針が規定された[19]。この2種類のアドバイザーの配置につく要員の条件については、「十分に教育訓練され、経験を積んだ常時勤務の専門職」と規定した[20]

現在(2023年9月10日)、2021年に新たに策定された「戦略指針(Bi-SC Directive 40-1)」(以下、2021 Bi-SC指令40-1)が履行されている[21]。2021 Bi-SC指令40-1は、2017 Bi-SC指令40-1よりも更なる決議1325の軍事作戦への深化が図られている[22]

新しい2021 Bi-SC指令40-1で注目すべき点は、NATOの軍事機構に、GENAD を組織的に組み込むべく具体的な組織図が明示されていることである[23]。下図は2021 Bi-SC指令40-1からの抜粋である。

NIDSコメンタリー 273号

GENAD及びGFPが全てのレベルにわたって配置されることを通して、決議1325履行によるNATOでのジェンダー主流化の実現を目指すという[24]。また、決議1325のためのNATO事務総長特別代表(NATO Secretary General’s Special Representative for Women, Peace and Security、以下、WPS特別代表)[25]の隷下にあるWPS特別代表室(WPS Team)は、Human Security Unitとの別名もつけられている[26]。これは、ジェンダー主流化としての決議1325が目指すのは、女性や少女を含む弱者の安全を保障する人間の安全保障であり、実力組織である軍隊の参加をも含む総合的な安全保障の希求であるとの考えを具体化したものである。一方でこのことは、軍隊の活動地域が人々の暮らす地域、市民社会にまで入り込むようになっているため、女性や少女などの弱者が市民社会で一番被害を受けており、こうした弱者の安全保障が喫緊の課題となったことをも意味する。

以上のように、NATOの決議1325の履行は、NATO政策の3C、集団防衛(Collective Defense)・危機管理(Crisis Management)・協調的安全保障(Cooperative Security)によって取り組まれている。危機管理においては、SGBV増加が、その地域の危機状況を測る一つのバロメーターであることからジェンダー視点が活かされている一方、協調的安全保障においては、能力構築(Capacity Building)を周辺国に与えており、その中の一つとしてジェンダー視点の普及があり、決議1325の履行を推進している。さらには、米軍・英軍・豪軍において、軍隊の活動の場面が市民社会にまで及ぶようになり、人間の安全保障は集団安全保障と並列すると認識されるようになっている。こうしたことから、ジェンダー視点を軍隊のあらゆる活動に取り入れることが、NATOにおいては共通認識となっており、NATOにおける決議1325の履行はNATO政策を進める上でのツールの一つとして機能している。

WPSのためのNATO事務総長特別代表

政治レベルと軍事レベルの両義を持つNATOにおける決議1325に関する部局として、決議1325のためのNATO事務総長特別代表(NATO Secretary General’s Special Representative for Women, Peace and Security、以下、WPS特別代表)[27]及びWPS特別代表室、並びに、NATOの軍事委員会(Military Committee)隷下の国際軍事団幕僚部(International Military Staff:IMS)の部長直属のGENAD室(Gender Advisor Office:GENAD、以下、IMS GENAD)及びNATOの軍事委員会の小委員会であるジェンダー視点委員会(NATO Committee on Gender Perspectives:NCGP、以下、NCGP)がある[28]

IMS GENAD及びNCGPは、決議1325及び関連決議について、WPS特別代表と協議、その協議の結果決まったことをNATO加盟国及びパートナー国に対して伝達、そして、軍事活動に決議1325の視点を取り入れることに関わるUN、EU、OSCE、及び、AUのような国際組織や機関との連携を図っている[29]。2021年11月からはイタリアの外交官であるイレーネ・フェリン(Irene Fellin)氏が4代目のWPS特別代表として活動している[30]

一方、NCGPは、1961年に開かれたNATO加盟国の女性軍人による初の国際会議がその発端であり、女性軍人の地位向上に取り組んでいる[31]。その後、NCGPは常設の軍事委員会の小委員会となり、女性軍人の地位向上と併せてNATO加盟国内のジェンダー平等の普及・強化にも取り組んでいる[32]

NATOにおける決議1325を取り入れた教育訓練

NCGMとSACTにおける、決議1325に基づくジェンダー視点を取り入れた教育訓練を概括すると、以下の通りである[33]

NCGMは、米国にあるSACTと共同で、NATOの決議1325に関する履行のための教育訓練をNATO加盟国の軍人に対して実施している[34]。また、ミリタリー・GENAD教育で使用される教材である「Gender Education and Training Package for Nations」は、NCGMとNATOのSACTとが共同で開発している[35]

NCGMはジェンダーに関する5種類の教育課程を実施している。そのうちの2つの課程は、軍隊の作戦にジェンダー視点を取り入れることと、異なる階級の指導者に慣れさせることを目標にしている。具体的には、将官(flag officer)や大使のような上級指導者を対象とした2日間に及ぶ戦略レベルのジェンダー視点に慣れるための課程と、作戦・戦術レベルに相当する指揮官(指揮官に加え、文民でそれに相当する者が対象)をジェンダー視点に慣れさせるための3日間の課程とがある。この2つの課程はそれぞれ、計画立案や軍隊の活動を遂行するに際して、「性差別データ」の分析(ジェンダー・アナリシス)を活用することを参加者に紹介している。

他の3つの課程は、ジェンダーに関する教官育成課程、NATO加盟国の軍人GENAD育成課程及びNATO加盟国の軍人GFP育成課程である。

おわりに

軍隊による決議1325履行は軍事ドクトリンに組み込むべき要素の一つであり、NATOはこうした点に敏感に反応・対応している。軍隊におけるジェンダー主流化の動きは不可逆的なものであり、決議1325は女性軍人を戦略的に活用するツールとして機能していることを述べて結びとする。

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  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書)付
  • 専門分野:
    軍隊でのWPS等