NIDSコメンタリー 第272号 2023年8月31日 軍隊におけるジェンダー主流化(その2)——オーストラリア国防軍を事例に

特別研究官(国際交流・図書)付
岩田 英子

はじめに

軍隊におけるジェンダー主流化の第2弾として、西側先進国の軍隊がいかにしてジェンダー主流化を推進しているのかをみていく。

軍隊がジェンダー主流化の一翼を担うようになったのは、2000年に国連安全保障理事会において安保理決議第1325号(UN Security Resolution 1325:UN SCR1325、以下、決議1325)が採択されたことに端を発する。軍隊でのジェンダー主流化を端的に説明すると、それは、軍隊のあらゆる活動においてジェンダー視点を機能させることであり、作戦計画プロセスにジェンダー・アナリシスを適用することである。

本稿は、西側民主主義国の軍隊の中でも決議1325を積極的に履行しているオーストラリア国防軍(Australian Defence Force: ADF、以下、ADF)を事例に、軍隊におけるジェンダー主流化を紹介する[1]

決議1325履行の背景

ADFが決議1325を積極的に履行する契機は、2011年に「補給艦「サクセス」」での性犯罪行為や士官学校(Australia Defense Forces Academy、以下、ADFA)での女性士官候補生に対するセクハラがそれぞれの被害者によりメディアへリークされるという不祥事(以下、2011年不祥事)への対応の中にあった。

2011年以前からADFはマンパワーの維持・確保において問題に直面していた。それは、好調な資源ブームによる不況知らずの経済によるリクルートにおける困難さや海外派兵を敬遠する若年層の募集難、そして、好調な資源ブームによるADFから民間企業への転職が要因であった。ADFはこうしたマンパワー不足へ対処するため、女性軍人を積極的にリクルートし活用する方向性にかじを切っていた[2]。2011年4月、スミス(Stephen Francis Smith)国防大臣(当時)は女性軍人へ全職域の門戸を開放することを発表したのもこうした施策の一つであった[3]

同じ頃、国防政策にも変化が生じていた[4]。それは、次の2点を背景とした変化であった[5]。1点目は、2009年国防白書が目指したパワーシフトによる戦略ヘッジ政策(Strategic Hedging)への移行による戦力増強だけでは解決できない国際情勢であった。2点目は、国際的な国防関与強化のためのいくつかの機会到来であった。

決議1325履行に関する施策

マンパワー不足を打開し、国防政策の変化にも寄与するために、ADFは3つの施策を同時並行的に進めた。

1点目は、ジェンダー平等視点の導入に関する施策であった。これは、ADFでの受け入れがたい行為(unacceptable behavior)を撲滅することを目的とした。具体的には、新隊員教育、初級幹部教育、指揮幕僚教育、高級幹部教育などのADFの正規教育に、ジェンダー平等視点を盛り込むものであった。特に、指揮幕僚教育や高級幹部教育において、シミュレーションを通して紛争地での女性の保護についての教育とともに、軍隊を尊敬される組織とするために指揮官に求められるLeadership教育としても実施したことは重要であった。この施策では、決議1325がツールとして活用された。

2点目は、女性を含めた多様な人材の能力を生かすことで、軍全体を改革するのみならずその能力を向上させることを目指すダイバーシティ・マネジメント施策であった。これにより、女性軍人の割合が恒常的に20%超えとなると同時に、戦闘職種での女性軍人養成を本格化させた。因みにNATO加盟国軍の女性軍人の割合は概ね11.3%~12%であり[6]、日本の自衛官の女性比率は約8.3%である[7]。現時点でのADFは、正規戦の範疇に入る陸上での近接戦闘を女性軍人に解放していないものの、危機対応において女性軍人を積極的に活用している。

3点目は、国際的な国防関与政策での文脈で進められた施策であった。これは、2013年国防白書が打ち出した、「国際的な国防関与(International Defence Engagement)」政策に則した量から質への転換ともいえるもので、紛争リスクの蓋然性を低下させる平時の努力を強調しているものであった[8]。この文脈は、決議1325が国連PKOのみならず広く危機対応にも適用されるようになっていく過程と呼応しており、ADFの関与政策は国連PKOとNATOとの協力における女性軍人活用となった。具体的には、国連PKO軍事部門司令官に女性軍人を配置したことや、NATOのパートナー国としてアフガニスタンでの安定化作戦にジェンダー・アドバイザー(Gender Advisor: GENAD、以下、GENAD)として女性軍人を参加させた。こうした国際的な国防関与政策を実施するために、ADF司令官(Chief of Defence Force: CDF、以下、CDF)直轄組織が編成されて、陸・海・空それぞれの軍種における決議1325の履行は一元的に管理された。この直轄組織のトップには、ADFで初めてGENADとしてアフガニスタンへ派遣されたジェニファー・ウィットワー(Jennifer Wittwer)海軍大佐が配置された。一方、NATOのアフガン・ミッションという平和構築任務の観点から、統合能力群(Joint Capability Group: JCG、以下、JCG)隷下にあるADF学校局(Australian Defence Colleges)[9]の指揮幕僚教育部やPKOセンターにおいて、シミュレーションを通して紛争地での女性の保護についての教育が実施された。

決議1325を取り入れた軍事ドクトリン等

ADFは、現在、第1次の決議1325に関する国別行動計画(National Action Plan:NAP、以下、NAP)(2012-2018)を終え、第2次決議1325NAP(2021-2031)を履行している。

第1次NAP策定以後、ADFは女性軍人のみの任務部隊(Female engagement teams)及び軍人のGENADの活用やNAPに盛り込まれている女性や少女を含む市民の保護のためのガイドラインを策定するとともに、こうしたNAPの具体的作業の履行と、ADFの軍事ドクトリンとの整合性を図ることで、軍隊の精強性(operational effectiveness)が低下しないように、「国防履行計画(Defence Implementation Plan:DIP)」(以下、DIP)を策定した。その成果は、「国防履行計画(DEFENCE IMPLEMENTATION OF WOMEN, PEACE AND SECURITY 2012-2018:DIP2012-2018))として2018年11月に発表された[10]

DIP作成に加えて、「ADFドクトリン(Australian Defence Doctrine Publication (ADDP) 3.11)」、「軍民協力(Civil Military Cooperation ADDP 3.20特にジェンダー視点の認識を高めるために)」、「軍隊の人道活動への貢献:既に海外での任務に就いている部隊が派遣地域の宗教・文化・ジェンダーに対する理解を深めるために(The Military Contribution to Humanitarian Operations ADDP 3.8 )」、「平和活動(Peace Operations ADDP 5.0)」、「統合作戦計画(Joint Planning ADFP 5.0.1 UNSCR 1325の決議の後の様々な関連決議に対応するために)」、「ADF統合作戦課程(Australian Defence Force Publication, Joint Military Appreciation Process)」を改訂した[11]。併せて、「進捗報告書(Progress Report)」においてより広範な統合運用でジェンダー視点を取り入れることを提言する一方、「統合ドクトリン進展ガイド(Joint Doctrine Development Guide)」ではジェンダー視点の統合運用での取り入れのために組織改革が必要であることを提言した[12]

また、ADFは2018年に、ジェンダー視点を取り入れた作戦活動ドクトリンとして、「軍事作戦におけるジェンダー 統合ドクトリン・ノート2-18(Military Operations in Gender:JDN2-18」[13] (以下、JDN2-18)及び「航空作戦におけるジェンダー空軍ドクトリン・ノートAFDN1-18(Gender in Air Operations:AFDN 1-18)」[14](以下、AFDN 1-18)を出版した。JDN2-18では、国連安保理決議1325と豪州国内当局の双方に沿って、統合・多国籍任務における計画・作戦へのジェンダー統合に特化したガイドを指針が示された[15]。この指針により、ADFの軍人がGENADとして活動する上で考慮すべきジェンダー視点を把握できるとされた。   

一方、AFDN 1-18は作戦計画プロセス、特に標的設定プロセスにおけるジェンダー視点/配慮の重要性を指摘した[16]。例えば、ADFN1-18はその具体例として、女性が食料や水を得るために使う道を空爆で破壊することは、未知の地形で代替の道を見つけなければならない場合、女性の安全を脅かす可能性があると説明した[17]。AFDN1-18は、このようなシナリオを避けるための方法として、ある地域を攻撃目標と設定する(ターゲティング)結果、その地域のコミュニティに生じる2次的、3次的影響を特定するための「性差別データ」の分析を提案した[18]。「性差別データ」の分析がジェンダー・アナリシスと称されるものである。

決議1325に関する教育訓練

第1次1325NAPを履行するため、ADFは独自のGENAD訓練課程を設けて、GENADを育成した[19]。一方、平和活動訓練センター(Peace Operations Training Centre)は、文民と軍人に対して1週間にわたるジェンダー・セミナーを開催した[20]

第2次1325NAP(2021-2031)では、ADFの全ての軍人がジェンダー視点に基づく教育訓練を受けているばかりでなく、治安維持活動、人道支援活動、救援活動、そして、復興支援活動に配置できるGENADとして、男女合わせて200人近くの軍人がいることを紹介した[21]。これは、ADFが、第1次1325NAP(2012-2018)の策定以来、軍隊の作戦・活動にジェンダー視点を取り入れることに尽力した結果であった。また、第2次1325NAPを受けて、2021年9月にADFは「国防、ジェンダー及び平和のマンデート(Defence Gender, Peace Security Mandate)」を発表した。同マンデートは次のようなことを努力目標として挙げた[22]。それは、既存のドクトリン等の更新、治安維持活動・PKO・平和構築活動・文民保護等に配置するGENADやGFP(Gender Focal Point: GFP、以下、GFP)のための教育訓練のさらなる充実、ADF内部でのジェンダー視点の徹底化、ジェンダー視点を取り入れた教育訓練を通しての国際協力においてのADF軍人のSGBV撲滅、ジェンダー視点を取り入れた教育訓練を海外の軍隊へ実施することによる国際協力への貢献、1325NAPの具体的作業のADFによる履行を監視・評価する手段の徹底であった[23]

第2次1325NAPの策定により、ジェンダー視点を持つ軍人によるジェンダー視点を取り入れた教育・訓練を、東南アジア諸国などを含む海外の軍隊に提供することが可能になっている。

決議1325のさらなる履行を目指して

ADFは2020年7月、各軍種に対して決議1325履行を更に浸透させるための新組織を、JCG隷下にある統合支援業務局(Joint Support Services Division: JSSD、以下、JSSD)に創設した[24]。それ以前は、CDF直轄組織に決議1325を一元的に履行・浸透させる役割を担わせていたが、さらなる決議1325のADFへの浸透が図られた。

JSSDに新設された新組織は、ジェンダー・平和・安全保障部(Gender, Peace & Security Directorate、以下、GPSD)と称され、国防省のシビリアンと現役・予備役のADF軍人から構成された[25]。GPSDは、ADFの平時、戦時を問わないあらゆる場面でのジェンダー・アナリシスに基づくジェンダー視点のさらなる浸透を目指すとともに、より複雑さを呈する軍事活動に、施策と軍事ドクトリンに取り入れたジェンダー視点がうまく反映できるようにすることを任務とした[26]

GPSDの初代部長にはジェニファー・マックリン(Jennifer Macklin)海軍大佐(O6 Navy)が配置された。GPSDは次の頁で示されているように、JCG長(Chief of Joint Capability Group: CJC、以下、CJC)(陸軍)隷下にあるJSSD長(Head of JSSD)(空軍)に編成された。これは、以前のCDF直轄という補佐的な位置付けに比べると、GPSD長の上位はJSSD長(空軍)、その上位にはJCG長であるCJC(陸軍)、さらにその上位には事務次官(Secretary of Defence)と横並びのCDFが位置するように、GPSDにより組織立った役割を担わせることを示しており、さらなる決議1325の履行が期待できる。

NIDSコメンタリー 272号

出典:在日オーストラリア大使館ADF国防武官主催勉強会資料(2022.10.17)

おわりに

ADFは決議1325を浸透させるべく、積極的に軍事ドクトリンに組み込み、ジェンダー視点やジェンダー・アナリシスを取り入れた教育訓練を実施していた。これは、ADFのあらゆる活動においてジェンダー視点を機能させるとともに、作戦計画プロセスにジェンダー・アナリシスを適用することであった。つまり、軍隊におけるジェンダー主流化の動きは不可逆的なものとなっている。ADFでのジェンダー主流化は、女性軍人を戦略的に活用するツールを超えて、西側民主主義国の軍隊の価値規範の一つとして機能しているのである。

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  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書)付
  • 専門分野:
    軍隊におけるWPS等