NIDSコメンタリー 第270号 2023年8月10日 軍隊でのジェンダー主流化——西側先進国軍隊の動向

特別研究官(国際交流・図書)付
岩田 英子

「ジェンダー主流化」という用語がある。これは、女性の社会進出を語る際に使われている。その一方で、治安維持活動、平和維持活動(Peacekeeping Operations、以下、PKO)、人道支援・災害救助活動(Humanitarian Assistance and Disaster Relief Operations、以下、HA/DR)や文民保護などの危機対応(crisis response)において積極的に女性軍人を活用することが、軍隊におけるジェンダー主流化の動きとして論じられている。

以下では、ジェンダー主流化とは何か、また、ジェンダー主流化から国連安全保障理事会決議第1325号(以下、決議1325)の策定へ至る経緯、さらには、軍隊が担うジェンダー主流化とその意義を読み解いていく。

ジェンダー主流化とは何か

ジェンダー主流化が最初に登場するのは、北京で1995年に開かれた第4回世界女性会議で採択された北京行動綱領においてであった。北京行動綱領は、政策・計画・事業などのあらゆる段階と分野にジェンダーの視点を導入することをジェンダー主流化として提示した。

一方、1997年の国連経済社会理事会は、ジェンダー主流化を次のように定義づけた。それは、女性と男性が等しく利益を得、不平等が永続しないように、すべての政治的・経済的・社会的領域において、男性だけでなく女性の関心と経験を、政策・プログラムの設計、実行、監視、評価の不可欠な要素に対する戦略であり、その究極の目標はジェンダー平等の達成であるとされた。この2つを根拠とするのがジェンダー主流化である。

ジェンダー主流化とは、女性が自ら力をつけて積極的な主体となる概念であり、あらゆる分野・レベルでの女性のエンパワーメントのことを言う。同時に、ジェンダー主流化とは、国連の経済社会理事会を中心とした女性の権利獲得・地位向上を目指す動きに端を発する、国連憲章に定められた「人権の尊重」を基調に発展してきた規範とも言えるものである。

決議1325採択とその発展

こうしたジェンダー主流化は、2000年10月31日に国連安全保障理事会において、決議1325として採択されたことで具体化した。その背景には、女性の権利獲得・地位向上の動きと併せて、文民保護の重要性の高まりや国連PKOの変化(危険性の高まり)への対処が挙げられる。前者は経済社会理事会を中心として検討されてきたが、後者は、冷戦後の安全保障環境の変化によるものであった。

冷戦後の安全保障環境の変化は、軍隊の任務に危機対応[1]をも含むようになった。危機対応は救い・ケア・再建などの他者に共感するやさしさなどに特徴がある。そのため、危機対応での任務は、女性軍人の女性性と親和性があると考えられるようになった。この考え方は、近年の国連PKOの変化(危険性の高まり)を受けて、西側の軍隊が大規模な部隊派遣に消極的になる代わりに国連PKOに対して特定分野に特化した貢献へとシフトしている[2]こととも交差して(相まって) 、国連PKOでの女性軍人活用のツールの根拠としての意義を決議1325に与えた。

決議1325が国連加盟国に求めていることを表に示す。

決議1325の支柱

・紛争予防・紛争解決・和平プロセス・紛争後の平和構築・ガバナンスでの意思決定のあらゆるレベルに女性を積極的に参加させることを要請
・紛争下の性的暴力から女性を保護する措置をとるよう要請
・不処罰の阻止、訴追の実現により女性に対する暴力を予防することを要請
・難民キャンプ、定着支援における女性の救出と権利の再獲得(原文では「復興」)のためのニーズを考慮することを要請

出典:http://www.unic.or.jp/files/s_res_1325.pdf.2023.7.28アクセス

つまり決議1325は、国連PKOにおいて影響を受けやすい女性や少女の人権(権利獲得・地位向上)を目指すものであった。

軍隊が担うジェンダー主流化

西側先進国は、ジェンダー主流化を決議1325履行により具体化するに際して、次のようなことを担った。まず、国連PKOの任務での「性的及びジェンダーに基づく暴力(Sexual and Gender-Based Violence:SGBV、以下、SGBV)」の撲滅、次に、この任務に女性軍人を積極的に活用すると同時にそうした任務に従事する女性軍人の育成であった。

ここでの決議1325の役割は、SGBVの担い手となり得る軍隊がSGBV撲滅のために女性軍人を参加させることを通して貢献することに対して大義名分を与えることであった。その際、決議1325によるジェンダー主流化は、国連PKOに限定されるのではなく危機対応全般において、「運用上の効果(operational effectiveness、以下、作戦効果向上論)」があると意味付けられた。

ジェンダー主流化が国連PKOから軍隊の危機対応でも取り入れられることを可能にするために、理論的な支柱となったのは、軍隊へ女性が参加することを肯定的に捉える「楽観論」から派生した、「危機対応をも含む多様な軍隊の任務は救い・ケア・再建などを特質とするため女性に適している」という考え方である[3]

これは、アニカ・クロンセル(Annica Kronsell)やルイーズ・オルソン(Louise Olsson)などにより主張され、楽観論とはその前提となる男性と女性との捉え方に大きな違いがあるため[4]、第3の考え方とも言える[5]。楽観論は男性も女性も区別がないジェンダー・フリーやジェンダー平等から軍隊での男女の完全な平等、つまり女性への全職種開放及びそうした職種への実戦配備を求めるのに対し、第3の考え方は、軍隊でのジェンダー役割分担が進んでいることを否定せず、それを前提に、治安維持活動、PKO、HA/DRや文民保護などの危機対応が女性軍人を必要とする立場をとる。

国連の平和維持活動局(Department of Peacekeeping Operations)(現・平和活動局)及びフィールド支援局(Department of Field Support)(現・オペレーション支援局)[6]は、2021年2月に発表した共同文書において、第3の考え方の前提である、女性と男性の違いを認識した上で、女性も男性も共に対等の立場で社会の構成員として認められるジェンダー平等社会が国連の目指す究極的な理想像であり、国連PKOを通した平和構築の過程において達成しようとするものであると明記している[7]。そして、第3の考え方は、「もっと女性を」と軍隊でのジェンダー役割分担に基づく女性軍人の戦略的活用を主張する。

特にオルソンは、危機対応における女性軍人の活用の方向性について、多少の女性軍人の参画によるデメリットは仕方ないという「受忍限度論」から、危機対応での任務が女性軍人を必要としているという意味を持つ作戦効果向上論へ転換することを提唱し、決議1325をツールとして女性軍人を危機対応に特化して積極的に活用する上での理論的支柱になっている。

また、危機対応全般において、決議1325によるジェンダー主流化による作戦効果をさらに向上させるために、ジェンダー・アナリシス(gender analysis)が取り入れられている[8]。ジェンダー・アナリシスとは、「ジェンダー(社会的・文化的性差)を踏まえた社会分析」のことであり、同じ男性性、女性性でも社会や文化によってニーズに違いがあることに留意することをジェンダー視点でありジェンダー・レンズと表現する。

軍隊でのジェンダー・アナリシスの適用事例を挙げる。オーストラリアの軍隊が、作戦計画プロセス、特に標的設定プロセスにおいてジェンダー視点/配慮の重要性を認識するためにジェンダー・アナリシスを適用している[9]。事例の一つは、女性が食料や水を得るために使う道を空爆で破壊することは、未知の地形で代替の道を見つけなければならない場合、女性の安全を脅かす可能性があると説明する[10]。そしてオーストラリアの軍隊は、このようなシナリオを避けるための方法として、ある地域を攻撃目標と設定する(ターゲティング)結果、その地域のコミュニティに生じる二次的、三次的影響を特定するためのジェンダー分析を提案する[11]。これがジェンダー・アナリシスの軍隊での作戦計画プロセスにおける適用である。

軍隊におけるジェンダー主流化に対する批判

こうした軍隊による決議1325を女性軍人活用のツールとして利用することに対して、批判がある。それは、軍隊が自身の組織における女性軍人を増やすための大義名分として恣意的に使用しているという指摘や、外国が介入する大義名分として決議1325での女性や女児などの弱者保護を利用しているとの批判である[12]。また、決議1325によるジェンダー主流化を作戦効果向上論に組み替えることに対する批判は、紛争地におけるSGBVの撲滅による女性と女児の人権獲得という、決議1325が本来有する意味が、SGBVの担い手となり得る軍隊の積極的参加により歪められているというものである[13]

こうした批判の根底には、殺戮や破壊しかない軍隊へ女性が参加しても女性が軍事化されてその軍事化が社会にまで及んでしまうという軍隊へ参加する女性に対する悲観的考え方がある[14]。この考え方は日本において主流であるが、軍隊による決議1325履行が国連全体の総意であったという経緯を見て見ぬふりをしていると言わざるを得ない。

軍隊におけるジェンダー主流化の意義

ジェンダー主流化としての決議1325が目指すのは、女性や少女を含む弱者の人権を尊重することであり、実力組織である軍隊の参加をも含む総合的な安全保障の希求である。一方でこのことは、軍隊の活動地域が人々の暮らす地域、市民社会にまで入り込むようになっているため、女性や少女などの弱者が市民社会で一番被害を受けており、こうした弱者の安全保障が喫緊の課題となったことをも意味する。こうした課題に対処するために、国連がPKO強化のツールとして決議1325に着目し、軍隊による決議1325履行を呼び掛け、それに応じた国連加盟国の軍隊が決議1325履行に舵を切ったのである。

しかしここで留意しないといけないのは、軍隊の活動地域が、かつての人がいない大海原や人里離れた原野でなく、市民社会にまで入り込むようになったことは、国連のPKOだけではなく、現在のハイブリッドな戦いにも当てはまるということである。その具体例として現在のウクライナがある。この紛争で一番被害を受けているのは、市井で暮らす女性や少女などの弱者であり、その安全を保障する人間の安全保障が、既存の国家の安全保障と共存し補完することは明らかである。決議1325によるジェンダー主流化を作戦効果向上論に組み替えることが可能になったのは、軍隊の活動地域が市民社会にまで入り込んでいるため、人間の安全保障が、既存の国家の安全保障と共存し補完するようになったことをも含意するのである。

軍隊におけるジェンダー主流化の動きは不可逆的なものとなっている。軍隊による決議1325履行は、軍事ドクトリンに組み込むべき要素の一つである。この動きに敏感に反応・対応している軍隊は、NATO加盟国やオーストラリアの軍隊である。一方、自衛隊に関しては、女性の参画と教育の面で決議1325を履行するばかりでなく、本年6月末にはWPS国際連携調整官が配置され、WPSを自衛隊で本格的に浸透させる方向性が定まりつつある。NATO加盟国の軍隊やオーストラリアの軍隊との交流を通して、お互いの軍隊の好事例を学ぶことが期待される。

Profile

  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書)付
  • 専門分野:
    軍隊におけるWPS等