NIDSコメンタリー 第269号 2023年8月1日 サウジアラビア・イラン国交回復における中国の仲介的役割について

地域研究部中国研究室主任研究官
八塚 正晃

はじめに

2023年3月6日から10日にかけて、サウジアラビアのアイバーン国務相兼国家安全保障顧問とイランのシャムハニ最高安全保障委員会書記は北京で協議を持ち、中国の王毅・中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任の仲介で国交回復に合意したことを発表した[1]

本稿は、中国がこのサウジアラビアとイランの国交回復の仲介役を果たした背景への理解を深めることを目的とする。この背景理解には二つの問いを検討することを内包する。一つは、なぜイランとサウジアラビアが国交回復を合意するに至ったのか、という動機や要因をめぐる論点である。いまひとつは、なぜ他の国ではなく中国が仲介をすることになったのか、という国交回復に至る方法をめぐる論点である。以下で、二つの論点について国交回復の経緯を整理しつつ検討することで、今後の中国の中東地域における大国外交の展望を得ることを試みる。

サウジアラビア・イラン国交回復の経緯

中東の二大地域大国であるサウジアラビアとイランは、2016年1月に国交を断絶した。直接的な契機は、サウジ政府によるシーア派聖職者らの処刑とそれに反発したイラン市民によるサウジ大使館の襲撃であった。しかし、両国が対立する背景には、スンナ派であるサウジアラビアとシーア派の領袖たるイランによる宗派対立や中東における地域覇権をめぐる競争があった[2]。また、両国の対立は、シリア・イエメンなどの地域紛争においてそれぞれの息のかかった勢力を背後から支援することで、「代理戦争」の様相を呈していた。2019年9月には、サウジアラビア東部のサウジアラムコの石油生産プラントにおいてイランが背後に関わったと疑われるドローン攻撃がなされたことによって、両国の対立は一層先鋭化した。その後、サウジアラビアに近いUAEが2019年からイランとの安全保障協議を設けるなど緊張緩和の動きを見せ、サウジアラビアもイランも対話の機会を持ったものの、目立った成果を生んでいなかった[3]

こうした中で、サウジアラビアとイランが北京での協議を通じて、3月10日に国交回復に関する合意文書を突如として公表したことは、多くの人々を驚かせた。この「北京協議」で発表された合意文書には、両国が外交関係を回復させること、2か月以内に双方の大使館や代表機関を設置すること、各国の主権を尊重し、他国への内政不干渉を強調し、両国関係を強化することが記されている。合意発表後翌月の4月にも中国・サウジアラビア・イランの3か国外相は、フォローアップ会談を北京で開催し、北京協議で示されたロードマップとタイムスケジュールに沿って緊張緩和に向けた動きを進めることを確認した[4]。合意から約3か月後の6月7日、当初の予定から少し遅れて、イラン政府は、サウジアラビアのリヤドにイラン大使館を再設置した[5]。これに続いて6月17日、サウジアラビアのファイサル外相がイランを訪問し、ライシ大統領とアブドラヒアン外相との会談を実施し、2016年の襲撃で被害を受けて閉鎖が続く駐イラン・サウジアラビア大使館の再開についての見通しを示したとされる[6]

以上の経緯から、サウジアラビアとイランの国交回復合意は急展開にみえた一方で、合意後の国交回復プロセスは継続的な中国の関与もあって着実に進展している。サウジアラビアとイランの双方も、この国交回復を過度に楽観視せず、関係改善の中でも両国関係が抱える障害を解決する意向を示している[7]

なぜサウジアラビアとイランは国交回復を進めたのか

サウジアラビアとイランの国交回復は、中国の識者も認める通り、水到渠成であったと見ることもできる[8]。すなわち、サウジアラビアとイランは双方ともに国交回復を望んでいて、中国はそれを最後に一押しする役割を担ったに過ぎないという見方ができる。実際にサウジアラビアとイランは、2021年から2022年にかけてイラクやオマーンの仲介で国交回復について話し合ってきた[9]

サウジアラビアは、イランとの緊張関係を緩和させることで代理戦争の様相を呈していたイエメンにおける内戦を鎮静化させたい意向があった。自国周辺の安全保障環境の改善は、「ビジョン2030」など発展計画を実現するための経済建設に注力するためにも重要であった。イエメン内戦に対してサウジアラビア政府は、政権側勢力を支えるべく2015年から軍事介入を続けてきたが、イランが反政府勢力であるフーシー派勢力に対する支援を続けることで内戦が泥沼化していた。サウジアラビアは、フーシー派勢力から自国内の空港や石油施設への攻撃を受けており、自身の安全保障の観点からも隣国イエメンの内戦状態を鎮静化させることを模索している[10]。国交回復の交渉において、イランはサウジアラビアとの国交回復に際して、フーシー派勢力への武器支援を停止することを約束したとも報道されている[11]

シリア内戦においても、米国が中東地域から軍事プレゼンスを後退させる中で、サウジアラビアが支援する反体制派勢力による巻き返しは難しく、イランやロシアが支援するアサド政権の軍事的な勝利が確実視されている。こうした中で、サウジアラビア政府は、アサド政権へ影響力を有するイランとの緊張緩和を進めることで、アサド政権との関係修復を円滑に進めることを図ったとみられる。かくして、サウジアラビアとイランの国交回復が確認された1か月後の2023年5月、アサド政権は、シリア内戦によって追放されていたアラブ連盟に12年ぶりに復帰を果たした[12]

一方で、イランは、トランプ政権がイラン核合意(JCPOA)から離脱して以降、人権問題、核問題、さらにはロシアによるウクライナ侵攻への姿勢をめぐって国際社会から孤立を深め、経済的にも困難な状況に置かれていた[13]。こうした中、2021年6月に発足したライースィー政権は近隣外交を重視する方針を掲げ、サウジアラビアなど周辺国と関係改善を進めることで、難局を好転させることを模索していた[14]

また、イランは、サウジアラビア政府との関係改善を通じて、国内治安の安定化も図っている。イラン側は、サウジアラビアの財界人が出資するペルシャ語の衛星チャンネルの「イラン・インターナショナル」が2022年9月にイランで起きた抗議運動を扇動したと非難していた[15]。今回の国交回復に際して、サウジアラビアは同チャンネルでのイラン政府への批判的報道を控えることを合意したの報道がある[16]。国交回復の合意文書では、「各国の主権を尊重し、他国の内政に対する不干渉を強調する」ことが謳われているのは、その表れとも言われる[17]

以上のように、中東情勢が大きく変化する中でサウジアラビアとイランの双方が緊張緩和を模索していたことは明らかであった。他方で、2021年からイラクやオマーンの仲介で協議を続けてきたにも関わらず、中国の仲介まで大きな成果を生んでいなかった事実も考慮する必要があろう。また、サウジアラビアは、国交回復した後も、イランを周辺国への干渉や核開発を通じて地域の安全保障環境を不安定化しうる存在と警戒する認識を大きく変えていない[18]。これらを考慮すれば、中国が仲介者として関与した影響も無視できないであろう。

なぜ中国が仲介役を果たしえたのか

(1)中国の仲介工作の経緯

実際に中国がサウジアラビアとイランの仲裁役を担い始めたのは、2022年初め頃だと考えらえる。中国政府は2022 年 1 月、サウジアラビア、バーレーン、カタール、オマーン、トルコ、イランの各国外相及び GCC 事務局長を同時期に中国に招き、中東各国との間で外相級会談を開催した。中国外交部の公式発表では、サウジアラビアとイランの外相会談が実施されたとの情報は公表されていないが、中国が両国の国交回復に向けたプロセスに関与し始めた形跡が見られる。

中国外交部によれば、イラン外相との会談においては「中国側は湾岸の多角的な対話プラットフォームの構築について提案し、地域の国家安全保障に関わる問題、イエメン問題の政治的な解決、各国関係の改善や地域の平和と安定の促進を討論した」とされ、これに対して、イラン側も「サウジアラビア等湾岸諸国との関係の改善に積極的な意思を示し、イエメンなどの問題を政治解決の軌道に乗せることを希望した」とされる[19]。この数日前に実施されたサウジアラビアとの外相会談でもイランの核問題や地域の安全に係る問題について意見交換がなされたようである[20]。訪問団の受け入れ後のメディアインタビューにおいて、王毅外交部長(当時)は「湾岸アラブ諸国とイランは共に中国の友人であり、彼らは中国の独特な影響を重視し、中国にさらなる役割を果たすことを期待している」と述べており、サウジアラビアとイランの緊張緩和において中国が仲介的役割を担うことをほのめかしている[21]

その後も中国政府は、特にイラン側の外交担当の高官とのオンライン/対面での協議を重ねていった[22]。興味深いことに、中国とサウジアラビアの協議内容や合意文書においては、イラン核問題における不拡散体制の維持、近隣友好や内政不干渉原則の確認への言及が多いのに対して、中国とイランのそれにおいては、対話を通じた対立の緩和、近隣友好の実現、さらには地域の平和と安全と安定の維持が強調されている。こうしたプレスリリースで公表される文言の違いからも、中国が双方の関係改善に係る関心事項の把握とそれぞれへの伝達といった仲介的役割を担ったことが示唆される。

2022年12月には習近平はサウジアラビアへ公式訪問し、中国サウジアラビア首脳会談、中国・GCCサミット、中国・アラブ連盟サミットに出席した[23]。そして、中国サウジアラビア首脳会談で出された共同声明において、イランに関して「近隣友好と各国内政への不干渉原則」を強調した。その2か月後の2023年2月にイランのライースィー大統領が中国へ公式訪問した際に発表されたプレスリリースにおいて、習近平は「イランの周辺隣国関係を改善しようとする姿勢を称賛する」と言及するとともに、「中国も地域の平和と安定を進める建設的な役割を務めることを希望する」と発言したとされる[24]。この短期間のうちに実施された首脳レベルの交流を通じて、サウジアラビアとイランの国交回復へ道筋をつけるとともに、仲介役として中国の存在を両国に印象づけたと考えられる。

(2)中国が仲介役を担った要因

それでは、中国がサウジアラビアとイランの国交回復で仲介役を担うことができた要因はどのようなものが考えられるだろうか。

第一に、中国政府が中東地域の紛争問題に対して積極的に関与する姿勢を見せつつ、協議の場を提供するなどの外交努力を続けていたことであろう。2014年から習近平政権は「中国の特色ある大国外交」を掲げており、この実践として「国際社会・地域において火種となる問題の平和的解決を推進する」ことを追求している。その一環として、世界のために「中国の知恵」、「中国のプラットフォーム」を提供することを掲げていた。2021年3月下旬に王毅外交部長(当時)がサウジアラビア、トルコ、イラン、UAE、バーレーン、オマーンの 6 カ国を訪問し、この訪問中に受けたプレスインタビューで、①相互尊重の提唱、②公平正義の堅持、③核不拡散の実現、④集団安全保障の共同構築、⑤発展協力の加速を旨とする「中東の安全と安定を実現する5つのイニシアティブ」を披露した[25]。この中では、シリア、イエメン、リビアなどの内戦問題、パレスチナ問題の解決、イラン核問題に加えて、湾岸地域国家の平等な対話と協議の推進を掲げ、これまでの経済中心の関与のみならず、政治や安全保障の面を含めた地域秩序形成に関与する姿勢を示していた。

習近平政権は2022年4月から「グローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)」を掲げ、同イニシアティブの一環として中東における対話の促進や関係改善を位置づけ始めた[26]。習近平によって提起された外交イニシアティブの中に中東の諸問題への対応を含めたことは、中国外交当局らにとってある種のプレッシャーとして作用したであろう。つまり、中国外交当局者らにとっては、仲介役としてサウジアラビアとイランの国交回復に積極的に関与して成果を出すことが国内の最高指導者の求めに応じることを意味する。実際に、国交回復の合意発表に同席した王毅中央委員は、サウジアラビアとイランの国交回復の仲介について、GSIの実践であるとの成果をアピールした[27]

イニシアティブの提起のみならず、これまでの外交的資産を活かした外交努力も展開された。中国政府はここ一年の間に、サウジアラビアとイランに対して、首脳訪問を含む二国間協議、多国間協議(中国・GCC戦略対話、中国・アラブ連盟協力フォーラム、上海協力機構)、アドホックな協議(アフガニスタン隣国外相会議)など多層的なハイレベル協議の機会を活用して、自らの意向を伝えつつ、双方のコミュニケーションのチャネル役を務めてきた。これらは、2000年代中盤から中国が中東地域で構築してきた外交プラットフォームである。

第二に、中国が中東地域における中立的な立場を維持してきたことが挙げられる。中国は従来から、サウジアラビアとイランという反目する地域大国に対して、常にバランスを保ちながら関係構築を進めてきた。例えば、2016年に習近平が国家主席として初の中東地域への公式訪問を実施する際、エジプトに加えて、サウジアラビアとイランの両国を訪問先に選び、両国ともに「包括的戦略パートナーシップ」関係への格上げを合意した。その後も中国は、2022年に習近平がサウジアラビアへ公式訪問し、”Vision 2030”への協力を謳いつつ様々な経済協力を進める一方で、イランに対してもライースィー大統領の公式訪問を受け入れ、2021年に合意した25年の「包括的協力プログラム」を推進するなど等距離外交を展開している。こうした中国の等距離外交は、双方からの猜疑心や巻き込まれのリスクも内包するが、今回の仲介役として振る舞うことにおいては、ポジティブに作用したであろう[28]

第三に、中国の中東各国に対する影響力、とりわけ中国がイランへのレバレッジを有することが大きかったと考えられる。サウジアラビアにとっては、国交回復に際して、イランによるイエメンのフーシー派勢力に対する支援停止などの合意を取り付けるだけでなく、国交回復後もその合意を守らせる重石を必要としたであろう。サウジアラビアは、イランに対して影響力を高める中国に対して、重石の役割を期待したと考えられる。中国はイラン核協議(JCPOA)のメンバーである一方で、米国による対イラン制裁にも関わらず近年でも大量の石油輸入を続けているとされ、政治経済面でイランへの影響力を高めていると見られる[29]。また、イラン側にとっても欧米諸国の中東関与に対する不信が根強いため、仲介役を担える国家は欧米諸国以外となろう[30]。こうした意味では、日本もサウジアラビア・イラン双方と比較的良好な関係を保っているとはいえ、米国との同盟関係やイランへの影響力の観点から、サウジアラビアとイランの双方から仲介役を期待されることは難しかったでろう。つまり、米国と一定の距離を置き、イランへの影響力を得ていることが、仲介者には求められたのである。

おわりに:今後の中東における中国の大国外交

これらを踏まえるならば、サウジアラビアとイランの双方がここ数年の間に関係改善を模索していたとはいえ、最後にそれを実現させる磁場として中国が果たした役割も過小評価すべきではないであろう。中国はここ数年、中東地域において経済的な影響力を強めてきたが、それを梃に政治的な影響力を強め、域外国として中東の地域秩序形成を担い得ることを示した。

当然ながら、サウジアラビアとイランの両国は、国交回復によって両国が抱える対立点を根本的に解決したわけではない。サウジアラビアのイランへの猜疑心は大きく変わっていないし、イランが実際に周辺国への影響力行使を控えることも不透明である。この意味では、重石として中国がイランへの影響を行使し続けられるのかは今後も問われていくだろう。また、吉田が指摘するように、イエメン内戦は、イランの関与後退によって代理戦争的側面が弱まっても内戦的側面が弱まるわけではない[31]。このため、今回の中国の仲介工作が、サウジアラビアとイランの二国間関係を越えて、中東地域に緊張緩和の波を広げることを意味するかは未知数である。

他方で、中国政府は今回の成果を踏まえて自らの「大国外交」に自信を深め、中東における他の「火種となる問題」への取り組みを強化するであろう。中国政府は2023年6月、パレスチナのアッバス首相の公式訪問を受け入れ、習近平国家主席との首脳会談において「戦略パートナーシップ関係」の構築を合意した[32]。習近平政権はこれまで、パレスチナ問題を「中東問題の核心」として位置づけ、「二国家解決案」を中心とする自らの立場を示してきたものの、パレスチナ自治政府との間ではパートナーシップ関係など積極的な二国間関係を構築してこなかった[33]。今回の戦略パートナーシップ関係の合意は、中国がパレスチナ問題に対して取り組む姿勢を示すものとも解釈できる。戦略パートナーシップ関係の推進においては、二国家解決策を基にしたイスラエルとの和平協議への支持を改めて言及するとともに、二国間の経済貿易合同委員会の活用や自由貿易協定交渉など経済貿易面での推進をうたっている[34]。これまで4度開催されている「パレスチナ・イスラエル和平人士検討会」のような様々な事業を通じて、中国のパレスチナ和平に対する取り組みをアピールするであろう[35]。だが、イスラエルは、サウジアラビア・イラン国交回復に対して反対しており、今回の成果の機運をパレスチナ問題につなげることは難しい[36]。中国はこれまでもパレスチナ和平については失敗を重ねており、解決への道はより複雑で困難であることは明らかである[37]

そして、最近の中東政治の急速な変動には、その底流に米国の中東におけるプレゼンス低下があることも考えなければならない。アラブ青年調査(Arab youth Survey)の調査によれば、18歳から24歳の中東地域の若者の80%が中国を信頼に足る相手(ally)と認識しており、米国の72%を上回り、近年上昇傾向にあるという[38]。米国と比べた場合、中国の中東地域への影響力は、今後しばらく高まることが予想される。もちろん、米国は依然として中東において圧倒的な軍事プレゼンスを誇っており、中国が短期的に米国の軍事的なプレゼンスに挑戦する兆候はみられないし、そもそも代替するような存在でもない。

とはいえ、中東地域における反米感情と中国への親近感の高まりは、グローバルな米中戦略的競争において、中国側に有利なナラティブが同地域に広まる可能性がある。中国は、米国との対立先鋭化を受けて、中東諸国に対して中国の核心的利益(台湾問題、海洋問題、人権問題など)への支持表明を強く求めるようになっている。国連などの国際機関においても、中国に関するイシューが討議される際、中東諸国の多くが中国の立場を支持し、結果として中国支持国が多数派になる事例が散見されている[39]。こうした事例は、東アジア情勢をめぐって異なる見解を持つ日本にとっても無関係の事象ではないであろう。こうした観点からも、政治・安全保障面における中国の中東地域への取り組みは注視していく必要があろう。

Profile

  • 八塚 正晃
  • 地域研究部中国研究室主任研究官
  • 専門分野:
    中国政治外交(史)、東アジア国際関係、国際安全保障