NIDSコメンタリー 第267号 2023年7月20日 米軍における情報戦概念の展開(上)——ソ連軍「無線電子戦闘」(REC)から「情報環境における作戦」(OIE)へ

理論研究部社会・経済研究室 研究員
菊地 茂雄

はじめに

各軍種の自律性が強い米軍においては、さまざまな施策において全体としての整合が図られていないとはよく指摘されるが、それの一つが情報戦(information warfare)にまつわるものであろう[1]。1990年代以来、陸軍や統合ドクトリンにおいては「情報作戦」(information operations, IO)の語が使用されてきたが、海軍や空軍においては「情報戦」(information warfare)の語が使用されている(以下、特段の断りのない限り米国の組織を指す)。また、海空軍がいう情報戦は、自軍における情報フローの保証と活用、敵軍におけるその妨害や誘導など、彼我の部隊内部における情報を焦点とした軍の活動を指しているが[2]、これは、我が国の「国家防衛戦略」(令和4年12月)にいう「偽情報の拡散を含む情報戦」というような、より広範な国内外のオーディエンスの認識への働きかけを中心とした理解とも大きく違っている。いずれも国防省の情報戦担当者であるダニエル・デ・ウィット(Daniel de Wit)とサリル・プリ(Salil Puri)は「米軍の各部門が、競争と武力紛争における情報の役割について大きく異なる考え方を採っており、その結果、米軍がどのように情報機能を捉えるべきか、また、どのような名称でその機能を呼ぶべきかという点についても各軍の間でバラバラの理解がなされている」と指摘した[3]

近年になり国防省では、自軍における情報の活用と保証と敵のそれの妨害とより広範なオーディエンスに対する作用の両方の側面を包含した、より包括的な情報概念を導入することが試みられてきた。まず、2016年7月に国防省は、将来の「軍事情報作戦能力」に関する戦略策定を求めた2014会計年度国防授権法第1096条の規定に基づき[4]、「情報環境における作戦に関する国防省戦略」を公表[5]、さらに2018年7月、統合参謀本部は「情報環境における作戦に関する統合コンセプト」(JCOIE)を公表した[6]。また、2017年7月12日付JP 1「合衆国軍隊のドクトリン」Change 1は、7つ目の「統合機能(joint function)」として「情報(information)」を追加した[7]

本稿では、これまで統合ドクトリンにおいて、1990年代以降IOに関するドクトリン文書が刊行され用語としても定着していたにも関わらず[8]、なぜ、これに代わって作戦における「情報」を中心に理論を再構築するに至ったかを明らかにする。その際、従来のIOが、自軍の指揮統制を防護しつつ、敵軍の指揮統制を妨害するというソ連軍の電子戦に由来するアプローチに基づくものであり、その範囲が限定されていたことを示す。次に、イラクやアフガニスタンにおける作戦を経て、作戦の対象を敵軍に限定せず、国内外のオーディエンスの認識に訴える(いわば、一般の情報戦の理解に近い)アプローチが必要とされてきたこと、さらに、軍の物理的な行動そのものが持つメッセージ性を取り込んだアプローチとして、「情報」が提起されたことを説明する。

1 「戦闘のためにデザイン」された米軍「情報作戦」(IO)とソ連軍の影響

1993年8月23日付のメモランダムにおいて国防省ネットアセスメント部長のアンドリュー・マーシャル(Andrew W. Marshall)は、今後の戦争がどのように変化するかを予見する「2つのアイデア」に言及した。一つ目が、ソ連軍が「偵察打撃コンプレクス」と呼ぶ「長距離精密打撃」が「最も有力な作戦アプローチ」となるということであり、もう一つが「情報次元・側面」が、戦いの帰趨にとって「ますます重要になる」という点であった。マーシャルによれば、双方が情報優越を獲得しようする結果、自軍の情報システムを防護する一方で、「相手の情報処理・収集を部分的に破壊、妨害、操作、あるいは汚染」しようとすることが行われ、こうした活動が「軍事戦略・作戦の不可分の一部」となるとし、これを「情報戦(information warfare)」と呼んだ。そして、当時の米軍が情報戦における攻撃・妨害の対象になることをまったく想定していないため、「我々が最も理解していないところが、紛争において最も重要、中核的で、決定的な領域となりつつある」と警告した[9]。なお、マーシャルのいう偵察打撃コンプレクスは、自動化された偵察システムと火力誘導システム、ネットワーク化された指揮統制システムに依存していることから、これも2つ目の情報の問題に帰結するものだといえよう[10]

そして、戦場において情報はもっぱら電磁スペクトラム(EMS)を通じてやりとりされることから、EMSをコントロールする側が非常に優位な立場に立ち得るという状況を踏まえ包括的なアプローチを取ったのは、西側諸国よりもその問題の重要性を強く認識したソ連軍であった[11]。その認識を表していたのが、1970年代以降、ソ連軍が言及するようになった「無線電子戦闘(radio-elektronnaya bor’ba、radio-electronic combat, REC)」概念である[12]。RECは「敵の無線電子手段・システムの発見とそれ続く無線電子制圧、さらには、自軍部隊(軍)の無線電子手段・システムの無線電子防御を目的として実施される手段の集合体」(1983年版ソ連軍『軍事百科辞書』)と定義され[13]、現代の軍事作戦、特に指揮統制の無線・電子システムへの依存度に着目し、これらシステムに対して、シギント、方位測定、ジャミング、インテリジェンス、欺騙、作戦保全、火力制圧を組み合わせてキネティック、非キネティックの攻撃を行うことで、ソ連軍の指揮統制を守りつつ、敵の指揮統制を妨害することを狙ったものである。キネティックな攻撃も含む点で、西側でいう電子戦より広範で包括的な概念であった[14]

ジャミングにせよ、欺騙にせよ、ソ連軍のRECに含まれるそれぞれの能力は米軍のドクトリンや能力には存在する。しかし、米軍に欠けていたのは、「これら機能を統合する単一のアプローチ」であった[15]。そこで、1979年、国防省が打ち出したのが「指揮統制通信対抗手段」(C3CM)であった[16]。これは米軍版RECともいうべきもので、自らの指揮統制通信(C3)を防護する一方、敵のそれを妨害することを狙ったものであった[17]。さらに、湾岸戦争から2年経った1993年、C3CMは指揮統制戦(C2W)に発展した[18]。なお、表―1に示すように、C2Wの定義はC3CMとほぼ同様であるが、使用される手段に心理戦が追加されている。これは、湾岸戦争において8万7千人ものイラク軍将兵が戦わずに投降したことが米軍側によるリーフレット散布、ラウドスピーカー、ラジオ放送による呼びかけを含む心理戦によるものとして、心理戦に「敵C2を低下させる」効果があることが認められたことによる[19]

表―1 情報作戦(IO)に至る米軍における情報関係の概念の展開

指揮統制通信対抗手段
(C3CM)(1979年)
指揮統制戦(C2W)
(1993年)
情報作戦(IO)
(1996年)
敵の指揮統制通信(C3)能力に対して情報を拒否し、これに対して影響を与え、劣化させ、あるいは破壊するとともに、友軍のC3を防護するために、相互にインテリジェンスにより支援された、作戦保全、欺騙、ジャミング、および物理的破壊を統合的に使用すること。対C3とC3防護からなる。 敵の指揮統制(C2)能力に対して情報を拒否し、これに対して影響を与え、劣化させ、あるいは破壊するとともに、友軍のC2を防護するため、相互にインテリジェンスにより支援された、心理戦、欺騙、作戦保全、電子戦、物理的破壊を統合的に使用すること。 自軍の意思決定を守りつつ、敵対者・潜在的敵対者の意思決定に影響を与え、妨害し、汚染し、あるいは侵害するため、軍事作戦期間中における情報関連能力の統一的運用

(出所)Department of the Army, FM 90-24, Multi-Service Procedures for Command, Control, and Communications Countermeasures (Washington, DC, 1991), glossary-2; Joint Chiefs of Staff, JP 3-13.1 Joint Doctrine for Command and Control Warfare (C2W) (Washington, DC, 1996), v; and Joint Chiefs of Staff, JP 3-13 Information Operations, Incorporating Change 1 (Washington, DC, 2014), GL-3.

さらに、1990年にC2Wから発展したのがIOであった(表―1参照)。IOは、「自軍の意思決定を守りつつ、敵対者・潜在的敵対者の意思決定に影響、妨害、汚染、侵害を行う」という目的の点において、さらにそれを達成するための手段である「情報関連能力」(IRC)によって意味するところを限定している点においても、心理戦や欺騙、電子戦をその手段に挙げたC3CMやC2Wとの連続性は明らかである。一つの大きな違いは、IOが使用する手段、すなわち、IRCによって定義が限定されており、C3CMやC2Wには明示的に含まれていた「物理的破壊」が含まれず、「情報環境領域において用いられる、ツール、技能、あるいは活動」である戦略的コミュニケーション、広報、民事作戦、電子戦、サイバー空間作戦、心理戦、など非キネティックな能力に限定される点である[20]

米軍のIOに関する2010年の研究においてクリストファー・ローウィ(Christopher W. Lowe)陸軍少佐が指摘するように「情報作戦は、プログラム的に、ソ連のREC、C3CM、C2Wの根底にあったロジックを認めるものとなった」のである[21]。米軍のIOは、一般的なイメージとは異なり「敵を妨害し、友軍の情報フローを保存するとともに、相対的な指揮統制上の優位性を確立する」ことに最適化された、換言すれば「戦闘(battle)のためにデザインされたものであり、理念の戦い(battle of ideas)のためにデザインされたものではない」というのは、ソ連軍のRECから発展した経路依存的な現象であったといえよう[22]

2 戦争における「人間的側面」の再発見と「武力紛争未満の競争」

「戦闘のためにデザインされた」米軍のIOを見直す契機となったのが、イラク・アフガニスタンにおけるフェーズIVの作戦の経験である。前述のローウィによれば、イラクやアフガニスタンにおいて米軍は、現地における治安を確保し、民主的な統一国家の樹立を目指すというコアリションの作戦目標への現地住民の理解を得るための、いわば「理念の戦い」の手段としてのIOを実施した。そのため、自軍の指揮統制を守りつつ、敵のそれを妨害するという米軍のIOドクトリンとの乖離を来すことになった[23]。また、イラクやアフガニスタンにおいてアルカイダやタリバンは、しばしば、コアリション部隊を事前に設置した爆発物で攻撃したが、その攻撃に際して彼らは爆発物により車両が破壊される様子を撮影しておき、その映像をインターネット上で流していた。それは、そもそも攻撃自体が、コアリション部隊に損耗を与えるという戦術レベルでの目標を達成することが目的ではなく、より広いオーディエンスに対して「組織としての信憑性があるというイメージを推進し、信奉者の戦意を高め、脆弱な住民を過激化し、そして財政的な支援を増やす」という「情報上の優位性」獲得が目的であった[24]。すなわち、戦術レベルの行動は、直接的に戦略レベルの目標を達成するものとして捉えられていたのである。戦略、作戦、戦術の3つのレベルが大きく重なり合う「圧縮(compression)」現象が生じていたのである[25]

2013年5月、陸軍参謀総長、海兵隊総司令官、特殊作戦軍司令官の三者が「将来におけるランドパワーの適用法を研究」した成果を取り纏めたホワイトペーパー「戦略的ランドパワー――意志の衝突に勝利する」を公表したのも、そうしたイラク・アフガニスタンにおける経験を踏まえた方向性を打ち出そうしたものであった[26]。ホワイトペーパーは、副題を「意志の衝突に勝利する」としたことからも明らかなように、軍事作戦における人間の要素を強調したものとなった。それは、米国が過去の戦争において「意志の問題を見過ごし」、「繰り返し、『ヒューマンドメイン』とも呼ばれるものを構成する物理的、文化的、そして社会的環境を十分に考慮することなく紛争に関わっていた」と認識し、「アフガニスタンやイラクであらためて学んだように、米国は敵の戦闘序列と戦い、破壊するという内容しかない戦略計画でもって武力紛争に突入することがあってはならない」との反省に立つものであった[27]

その上で、ホワイトペーパーは、「戦争未満」の状況におけるパートナー・住民を活用したシェイピング活動を通じた紛争抑止、あるいは戦争における、戦場における戦術的な勝利を超えた「意志の衝突」といった人間的側面の重要性を強調した[28]。そして、陸軍、海兵隊、特殊作戦軍の3者による戦略的ランドパワータスクフォースを設置し、「陸上ドメイン、ヒューマンドメイン、サイバー空間ドメインの合流を研究」することで、軍事作戦の計画と実施に「ヒューマンドメイン」を組み込むことや統合・各軍種ドクトリンへの反映方法について検討することを明らかにした[29]。なお、このヒューマンドメインは、陸海空、宇宙、サイバー空間というドメインとは別のものとして存在するのではなく、むしろこれらを「上から覆う、すべてを包含するドメイン」として理解されている[30]。同時期には空軍と海軍を中心にエアシーバトル(ASB)コンセプトの開発が進められていたが、「実現するためには主として技術的手段に依存」するASBコンセプトに対して、人々が住む陸上を主な作戦ドメインとする陸軍、海兵隊、特殊作戦軍が「戦いの人間性」に焦点を当てたヒューマンドメイン概念を打ち出したのは非常に対照的な対応であった[31]

そして、JCOIEから1年9カ月先立つ2016年10月、統合参謀本部は「軍事作戦の人間的側面に関する統合コンセプト」(JC-HAMO)を発出した[32]。JC-HAMOは、「戦争はもっぱら人間の営み」というホワイトペーパーと同じ認識に立脚したもので、米国の戦略や政策、作戦の成功にクリティカルな「関係アクター(relevant actor)」とそのネットワークを特定、その行動様式を文脈にそって評価、意思決定を予測し、その行動に影響を及ぼすための「マインドセットとアプローチ」を示したものであった[33]。また、その中には、「最大限の心理的効果」を狙った武力の使用あるいは武力の脅し、「有益なインパクトをもたらす軍事行動、逆効果をもたらす軍事行動を特定」する必要にも言及しているが、これは、JCOIEで提起されることになる、軍の物理的な活動が持つメッセージ性を活用する「軍事行動の情報上の側面」(次項参照)と同じことを指している[34]

情報の役割が重視されるに至ったもう一つの背景には、米軍内における議論において、戦争と平和の間の中間的な状態として、「武力紛争未満の競争」(あるいは単に「競争」とも呼ばれる)の概念が取り入れられたことである。これは、ホワイトペーパーから引き続く、戦略的ランドパワータスクフォースによる取り組みとして進められ、2018年3月、統合参謀本部が公表した「統合キャンペーン実施に関する統合コンセプト」(JCIC)に結実した[35]

かつてサミュエル・ハンティントン(Samuel P. Huntington)は「米国人は戦争という問題については極端論者である。すなわち、戦争を全面的に受け入れるか、完全に拒絶するかのいずれかである」と述べたが、米国においては、戦争を平和から一時的に逸脱した状態と捉え、一旦戦争が生起すれば敵国の完全打倒に全力を注ぐが、戦後は平和な状態に戻ると考える、平和か戦争のいずれかに分けて状況を捉える二元論的思考が強いことはよく指摘される[36]。ポール・シャーレ(Paul Scharre)によれば、こうした二元論的思考により、中国による南シナ海進出、2014年のクリミア半島の強制併合、中東でのイランの挑発活動などに際しこれらの国が、米国による軍事的な「激しいレスポンスを引き出す敷居より下」において、「強要と威嚇により目標を達成」しようとしたことに対して米軍は「考え方の点でも組織的にも適応が不十分」となっていたという[37]。2016年3月29日に米戦略国際問題研究所で行った講演でジョセフ・ダンフォード(Joseph F. Dunford Jr.)統合参謀本部議長が、中露やイランが行う「フェーズ3あるいは伝統的な紛争未満の、軍事的次元を伴う競争」に「より効果的に対応する方法」を開発する必要があると述べていたのも、こうした状況を念頭においたものであった[38]

ダンフォード議長の下、統合参謀本部から公表されたJCICは「時代遅れとなった平和・戦争の二元論的概念の制度的残滓を排除する」ことをうたい、米国と他国・非国家アクターとの関係性を理解する枠組みとして「協力」、「武力紛争未満の競争」、「武力紛争」からなる「競争スペクトラム(competition continuum)」を提起した[39]。二元論の否定という点からいえばJCICの新規性は「武力紛争未満の競争」を導入したことにあるが、JCICは、これを「両立し得ない利益を有する」アクターが「これら利益を追求する上で公然とした紛争に訴えることを求めない」状態と説明した。その上でJCICは、米国が、資源の制約や他の地域における政策目標とのバランスや優先順位付けを考慮しつつ、自らの戦略的立ち位置の維持や強化、競争相手の目標達成を阻止しようとするが、そこでは「あらゆる手段を構ずる」ものの「当然に紛争につながりかねない手段」は除外するものとした[40]。このように、「武力紛争未満の競争」の特徴は、いずれの側も、武力紛争にエスカレートしないよう、「通常、非暴力で、武力紛争よりもより大きな法律的および政策的制約の下で行われる」ことである[41]

他方で、JCICにおいては、武力紛争においては「暴力の使用」が利益追求の「主たる手段」である一方、「武力紛争未満の競争」ではもっぱら武力紛争につながる行為は避けつつ優位性を追求する、両者に対抗性や競争性は共通しており、違いは用いられる手段にすぎないとの認識が打ち出されている[42]。また、協力、武力紛争未満の競争、武力紛争の3つは「相互に排他的なものではなく、同時に並立し得る」ものだという。すなわち、ある事態において、ある場所では武力紛争が行われる一方、別の場所では武力紛争未満の競争が展開し、さらに別の場所では協力が存在するといった「複合的な状況」を想定する必要があるという[43]

このように「武力紛争未満の競争」では、双方が優位性を追求しつつ相手の目標達成を阻止することを追求するが、同時に武力紛争への発展は回避する。「武力紛争未満の競争」と、情報そのものと軍事行動が持つメッセージ性を適切に組み合わせ、相手の認識や行動様式に影響を与えることを目指すJCOIEのアプローチは非キネティックな対応が中心であることから親和性が高い(詳細は次項)。2016年から2018年までの短い期間に相次いで公表されたJCOIEとJC-HAMO、JCICの3つが「統合コンセプト群」として相互に連携して作成され、JCOIEにおいてもJCOIEが「JCICとJC-HAMOに含まれる着想と連携して機能」するものと説明されているのもそういった相互補完性を示している[44]

3 2018年「情報環境における作戦に関する統合コンセプト」(JCOIE)と「情報」

2018年7月に統合参謀本部が公表したJCOIEは、従来のIOを「情報の伝達、処理、保存に特化」した「伝達中心のモデル」であるとした上で、「効果的で意味のあるコミュニケーションを促進するため、オーディエンスがどのように情報を解釈するかを視覚化することを手助けするモデルへの移行」が必要であるとした[45]。JCOIEが従来のIOを「伝達中心のモデル」といったのは、IOが主眼としていた自軍の指揮統制の保護や敵のそれの妨害も、つまるところ部隊内の情報の「伝達」に関わるためである。そして、そのモデルが「伝達中心」でありえたのは、情報が伝達されればそれは意図したとおりに受け止められるという暗黙の前提に立脚していたことによる。JCOIEによれば、従来のモデルは「伝達」にフォーカスするが故に「異なる世界観を持つオーディエンスがどのように情報を解釈し、文脈に当てはめるか」という問題が「見逃される」ことになっていたという[46]

表―2 2018年JCOIEに含まれる主要概念

軍事活動の情報上の側面
Informational aspects of military activities
情報パワー
Informational power
軍の活動について、観察者が解釈し、意味を付与するために用いるその特徴や細部 望ましい行動様式や行動過程に至らせる認識、態度、その他の要素を形成するために情報を活用する能力

(出所)Joint Chiefs of Staff, Joint Concept for Operating in the Information Environment (JCOIE) (Washington, DC, 2018), 42.

JCOIEは、軍事作戦において「関係アクターの認識、態度、望ましい行動様式を引き起こすその他の要素に影響を与えるため、物理的、および情報パワーを連携」することを目標に掲げた。そこで、カギとなるのが「軍事活動の情報上の側面(informational aspects of military activities)」概念と「情報パワー(informational power)」である(表―2参照)[47]。JCOIEによれば、懲罰行動としての巡航ミサイル攻撃、同盟国との演習、航行の自由作戦など、軍のあらゆる活動は、「メッセージや意図」を発信する「情報上の側面」を有する。そして「軍事活動の情報上の側面」は「物理的なパワーと情報パワーが交差する場所」であり、米軍は、意図したとおりにメッセージを発出し、軍事活動が意図せざる解釈がされないように、軍事活動が固有に持つ情報上の側面をいかに操作し、活用するかを理解する必要であるという[48]。この点で、JCOIEが「情報」に関連して扱った範囲は、従来のIOよりはるかに大きい。すなわち、米軍部隊が物理的にそこに存在し、行動するだけで、意図の有無に関わらず「情報」を外部に発信するというメッセージ性を活用し、それを情報と連携させることを目指したものであり、心理戦、電子戦、サイバー空間作戦、広報等のIRCが関わる点で範囲が限定されていたIOとは異なり、JCOIEで説明する「情報」は、IRCを持つ一部部隊に限らず、米軍全体が関わるものとなったためである。

次にJCOIEは「情報パワー」を「望ましい行動様式や行動過程に至らせる認識、態度、その他の要素を形成するために情報を活用する能力」(下線部筆者)と定義した[49]。JCOIEが他者の行動を変えるために「情報を活用する能力」が重視するのは、これまでの米軍が「もっぱら敵の能力あるいは意思決定ノードを標的としてきた」ものの、それでは「戦場での勝利」は得られても「持続的な戦略的成果」を得ることにはならなかったとの反省がある。そこで、これを変えるためには、情報環境を確保すべき「地形(terrain)」と位置付け、軍事行動の情報上の側面と情報パワーを統合することで条件を整えること、そしてそのためには、情報をすべての軍事作戦のデザインに組み込み、「軍事的パワーを最大化」することが必要であると説明している[50]。なお、上記のようにJCOIEが、それまでの米軍が「意思決定ノードを標的としてきた」ことの限界に着目していることからもうかがえるように、1970年代のC3CMから、90年代のIOに至るまでの特徴であった、敵部隊の指揮統制への妨害といった点は明示的には盛り込まれていない。

JCOIEはオーディエンスがどのように情報を解釈するかを重要視しており、そのことは、将来の米軍に必要であると位置付ける能力にも表れている。例えば、JCOIEは、米軍が、「主要なインフルエンサー、影響力のある人物、パワーブローカー」を含む「関係アクター」の「行動様式の背景にある認識、態度、その他の要素」を理解する能力や、「関係アクター」のIT活用手法とその脆弱性、さらには「米国、同盟国、パートナー国の認識や動機を形成する前提、偏見、情報取得アプローチ、学習、そして文化的前提」を理解する能力を持つことが必要とした[51]。また、オーディエンスの認識バイアスを理解しようとする姿勢は、JCOIEの「情報環境」の定義にも示されている。それは「個人、グループ、システム、共同体、組織の知識、理解、信条、世界観、そして究極的にはその行動に働きかけ、または影響を与える、多くの社会的、文化的、認知、技術的、および物理的特性」(下線部筆者)の集合体であるというもので[52]、オーディエンスが独自の「知識、理解、信条、世界観」を持つことを前提としたこの定義は、情報環境を「情報を収集、処理、発信、それに基づき行動する個人、組織、およびシステムの集合体」(2014年版JP 3-13)と定義したそれまでのIOドクトリンと異なり[53]、情報環境を構成するそれぞれの内面を理解しようとする、踏み込んだ姿勢を示すものとなっていた。そして、JCOIEが作用の対象を「関係アクター」としたことで、敵部隊に限定されないより広範なオーディエンスに影響を与えようとしていることも、従来的のIOドクトリンとの大きな違いである[54]

また、この時期の展開としては、2017年7月12日付JP 1 Change 1、2018年JP 3-0「統合作戦」において「統合機能(joint function)」の一つとして「情報(information)」を追加されたことがある。なお、統合機能とは、軍の活動で関連した能力や活動を一つのカテゴリーに整理することで、統合軍指揮官が統合作戦を統合、同期、指示しやすくするためのもので、情報のほか、指揮統制、インテリジェンス、火力、移動・機動、防護、補給が統合機能に指定されている。

JP 1 Change 1が示した情報機能とは「認識、態度、望む行動をもたらすその他の要素を変化・維持し、また人間による、または自動化された意思決定を支援するための情報の管理と運用、他の統合機能との意識的連携」を指している[55]。さらに、情報機能に含まれる機能や能力には、関係アクターへの影響、国内外のオーディエンスへの訴えかけや地元や地域の「主要リーダーへの関与」なども含まれる一方で、関係アクターの情報、情報ネットワーク、システムへの攻撃や欺騙(military deception)、電子戦、作戦保全、心理戦も含んでいる[56]。これらからもこの統合機能としての情報には、イラク・アフガニスタンにおいて重要性が認識された敵部隊に限定されない広いオーディエンスの認識への働きかけと、1970年代のC3CMからIOに至るまでの中核的な課題であった、米軍自体の意思決定のための情報活用や敵の意思決定の妨害という、情報の2つ側面のいずれもが包含されていることがわかる。

その後、2022年9月には情報に関する新しい統合ドクトリンとしてJP 3-04「統合作戦における情報」が発行された。こにより、用語としてのIOと、IOを規定していたJP 3-13「情報作戦」が廃止された。これは、IOが「敵対者・潜在的敵対者の意思決定に影響を与えるための情報関連能力の統一的運用」に焦点を当てていたことが「[敵対者・潜在的敵対者以外の]他の関係アクターを実質的に無視」してしまっていること、そして、「すべての活動の固有の情報上の側面のための計画を無視」しているなどの「欠点」によるものとされている[57]

それ以外にもJP 3-04では、JCOIEで提起されたさまざまな論点が引き継がれている。例えば、JCOIEで提起された「軍事活動の情報上の側面」については、JP 3-04そのものが「すべての活動が、作戦環境に影響を与え、指揮官の目標に貢献あるいは妨害となる、固有の情報上の側面を持つことを統合軍が認識したことに基づくマインドセットの変化の結果」であると位置付けられた。さらに、JP 3-04では統合参謀本部で5年に一度作成される統合戦略キャンペーン計画において各統合軍指揮官が「固有の情報上の側面を強調した作戦や活動」を計画すること、また、各統合軍司令部J-3が「すべての作戦を、軍事活動の固有の情報上の側面を活用するよう計画を行う」こと、作戦実施においても、各統合軍司令部において軍事作戦の情報上の側面を迅速に認知し、情報環境における失敗への対応、成功した場合の戦果拡張に応じて米軍の活動を調整するためのも組織やプロセス、ツールを備えることが必要とされている[58]

(後編「米軍における情報戦概念の展開(下)——米海兵隊『情報』戦闘機能と『21世紀型の諸兵科連合』」に続く)

Profile

  • 菊地 茂雄
  • 政策研究部長
  • 専門分野:
    米国の軍事戦略、作戦ドクトリン、政軍関係、国家安全保障政策決定過程