NIDSコメンタリー 第265号 2023年7月13日 ロシアによるウクライナ侵略と国際裁判所——ICJへの訴訟提起とICCによるプーチン大統領の逮捕状発付に係る問題

理論研究部政治・法制研究室 主任研究官官
永福 誠也

はじめに

ロシアによるウクライナへの侵略(軍事侵攻)開始直後の2022年2月26日、ウクライナはロシアを相手取り、国際司法裁判所(以下、ICJ)に当該侵略に関連する訴えを提起した[1]。また、本(2023)年3月17日、国際刑事裁判所(以下、ICC)予審裁判部は、ウクライナ領域内でのロシアによる戦争犯罪に関し、プーチン・ロシア大統領他1名の逮捕状を発付した[2]。このように、ロシアによるウクライナ侵略に関連し、現在ICJとICCという「国際裁判所」という名称を冠した2つの裁判所が活動しているが[3]、両裁判所は国際裁判所という点では共通するものの、役割、管轄権及び管轄権行使に関する要件等は大きく異なっている。それゆえ、ロシアのウクライナ侵略に関連して現在ICJとICCで扱っている事件の内容とそれに係る問題も異なる。そこで、本稿では、ICJとICCの相違について紹介するとともに、ウクライナ侵略に関連するそれぞれの裁判所での裁判[4](訴訟)に係る問題について、ウクライナによるICJへの訴訟提起とICCによるプーチン大統領の逮捕状発付を主な題材として解説する。

ICJとICCの相違

ICJは国際連合(以下、国連)の機関である(国連憲章第92条)。このため、国連加盟国は全て国際司法裁判所規程(以下、ICJ規程)の当事国となる(国連憲章第93条)。これに対し、ICCは国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下ICC規程)、すなわち、条約に基づいて設立された国際裁判所であり、国連の機関ではない。したがって、ICCでの裁判(訴訟)に関係する国は、基本的に同規程の締約国に限られる。(ただし、後述のとおり、ICC規程の締約国以外の国に対しても、一定の条件の下、同規程の効力が及ぶ。)2023年6月現在、欧州のほとんどの国はICC規程に加入しているが、ロシアとウクライナは加入していない[5]。しかしながら、ウクライナは、2014年4月及び2015年9月の2度にわたる宣言により、2013年11月22日以降にウクライナ領域内で犯された戦争犯罪等についてICCの管轄権を受諾しており、当該受諾に基づき、ICC検察局検察官はウクライナでの捜査を行っている。

なお、ICJの場合、事項的(ratione materiae)管轄(取り扱う事項)は国家間の全ての法的紛争であり[6](ICJ規程第36条)、国家のみがICJにおける訴訟当事者(原告・被告)となり得る(ICJ規程第34条第1項)[7]。これに対し、ICCの事項的管轄(対象とする犯罪)はジェノサイド(集団殺害)犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪であり(ICC規程第5条)、裁判の被告人たる当事者も個人である。すなわち、ICJで扱う裁判(訴訟)は国家対国家という等位者間の紛争を対象としており、国内裁判(訴訟)であれば民事裁判(訴訟)に相当するのに対し、ICCは「刑事裁判所(Criminal Court)」という名称が示すとおり、刑事裁判、すなわち、個人の刑事責任に関する裁判(訴訟)を扱う。したがって、今回のロシアによるウクライナ侵略に係る国際裁判に関し、ロシアという国家の国際法上の不法行為責任に係る裁判(訴訟)はICJに提起せねばならず、個人に刑罰を科すための裁判(訴訟)はICCで扱うことになる。

裁判(訴訟)手続きの開始は、ICJでの裁判(訴訟)の場合、紛争当事国によるICJへの事件付託による。事件付託は、紛争当事国同士の合意による付託(合意付託)と一方的付託があるが[8]、今回のウクライナ侵略に係る付託は、ウクライナによる一方的付託(提訴)としてなされた。(もっとも、ICJにおける裁判(訴訟)は紛争当事国同士の同意を必要とするが、この点については後述する。)さらに、ICJでの裁判(訴訟)に関する規則では、本案の審理に関連する不随手続(incidental proceedings)して、「暫定措置(provisional measures)(仮保全措置)」(ICJ規程第41条)、「先決的抗弁(preliminary objections)」[9](ICJ規則79条)、「反訴(counter-claims)」 [10](同第80条)、「第3国による訴訟参加(third-party intervention)」(同第62条)など、民事裁判(訴訟)的な手続きが定められている。そこで、今回ウクライナは、提訴と合わせ、ロシアに対する暫定措置(仮保全措置)の指示もICJに要請している。さらに、当該訴訟には2023年6月5日時点で33か国が訴訟参加を表明し、アメリカを除く32か国が認められた[11]

これに対し、ICCでの裁判(訴訟)は刑事裁判(訴訟)であり、手続きはICC検察局検察官に対する締約国又は国連安保理による事態の付託により、若しくは検察官の自己発意による捜査への着手として開始される(ICC規程第13条)。なお、検察官の自己発意捜査の場合予審裁判部の許可が必要であるため(同第15条第3・4項)、ロシアによる侵略開始直後の2022年2月28日、ICCの検察官は予審裁判部に捜査開始許可を求める決定を明らかにするとともに、ICC規程締約国による事態の付託があれば捜査の開始がはるかに迅速になるとして締約国による事態の付託(同第14条)を促した。これに呼応し、39か国がウクライナにおける事態を検察官に付託した(その後日本を含む4か国が付託し、付託国は43か国となった)。これにより、2013年11月22日以降にウクライナ領域内で犯された戦争犯罪等に関し、2022年3月2日から捜査が開始された。なお、ICCでの裁判(訴訟)には、反訴や第3国による訴訟参加のような民事裁判(訴訟)的手続きは無いが、予審という手続きがある。予審はICJでの本案手続きに相当するICCでの公判手続きの前に実施するものであり、被疑者が訴追(起訴)された犯罪(crimes charged)に関し十分な証拠が存在するかを審理する。予審のための被疑者の出廷確保は、逮捕又は被疑者の自発的出頭による。逮捕に関しては逮捕状が、出頭に関しては被疑者への出頭を命じる召喚状(summons)が検察官の請求により予審裁判部から発付される。召喚状は被疑者に送付される(同第58条第7項)が、逮捕は、被疑者が所在するとみられる国にICCが当該者の逮捕と引き渡しの協力を求め、被請求国がこれに応じることによって執行される。(ICC規程の締約国はICCに協力する義務(同第86条)があるが、ロシアは締約国でないため、プーチン大統領の逮捕に関しては、同大統領がロシア国外の締約国に所在する際、当該締約国に裁判所が要請し、これに基づいて当該締約国が実施することが想定される。ただし、国際法上国家元首には主権免除が認められるが、この点については後述する。)予審において十分な証拠が存在すると決定された場合、当該犯罪に係る公判のため、被疑者は予審裁判部から第1審裁判部に送致される(同第61条第7項(a))。

本案・公判時の被告・被告人の在廷に関し、ICJでの本案手続きでは被告の在廷は必要とされないが(ICJ規程第53条第1項)、ICCの公判手続きでは被告人の在廷が原則である(ICC規程第63条1項)。ICJの判決は終結とされており、上訴の制度は無い(ICJ規程第60条。ただし、再審は一定の場合認められる(同第61条))。これに対し、ICCでは(有罪若しくは無罪の)判決又は刑の量定に対し上訴が認められている(ICC規程第81条。また再審も一定の場合認められる(同第84条))。ICJの判決の履行は当事国に委ねられるが[12](国連憲章第94条第1項)、一方の当事国が判決を履行しないときは、他の当事国は安保理に訴えることができ(同条第2項[13])、また対抗措置とることもできる[14]。他方、ICCにおける(有罪)判決の履行、すなわち、刑の執行は、ICC規程で定められている刑罰が拘禁刑、罰金、没収の3種(ICC規程第77条)であるところ、拘禁刑については刑を言い渡された者を受け入れる意思をICCに明らかにした国の中からICCが指定した国において(同第103条)、罰金及び没収は関係する締約国において執行される(同第109条)。

ICJでの裁判(訴訟)に係る問題点

既述のとおり、ICCが刑事裁判(訴訟)を扱うのに対し、ICJで扱うのは国内裁判所であれば民事裁判(訴訟)に相当するものである。ただし、民事裁判(訴訟)では「訴訟係属」(事件が裁判所により審理されている状態)に被告となる紛争当事者の同意は不要であるが、ICJでの裁判(訴訟)では、国際法の一般原則に従い被告となる国の同意が必要である[15]。当該合意は提訴に係る特別の合意として形成される他、応訴(原告が提訴した裁判所での審理・判決に応じるという被告の意思表示)、裁判所の管轄を義務的と認める宣言(ICJ規程第36条第2項。以下、選択条項受諾宣言)、各条約の裁判条項(ICJ規程第36条第1項)により形成されたとみなされ得る。なお、ウクライナとロシア間には提訴に係る事前の特別合意は無く、ロシアによる応訴も期待困難であった。さらに、ウクライナもロシアも選択条項受諾宣言を実施していない。そこで、ウクライナは、ウクライナとロシアがともに締約国となっている条約の裁判条項、具体的にはジェノサイド条約の第9条(国際司法裁判所への紛争付託条項)を援用してICJの裁判管轄権を主張している[16]

また、本件提訴において、ウクライナは、①ルハンスク及びドネツクにおいて(ウクライナによる)ジェノサイド条約第3条にいうジェノサイドは行われていないこと、②ルハンスク及びドネツクにおけるジェノサイドという虚偽の主張に基づくジェノサイドの防止又は処罰を目的としたウクライナに対するジェノサイド条約上のいかなる措置もロシアは法的に取り得ないこと、③ロシアによるルハンスク及びドネツクの独立承認はジェノサイド条約上根拠が無いこと、④2022年2月24日にロシアにより宣言され、かつ、同日以降実行された「特別軍事作戦」はジェノサイドという虚偽の主張に基づいており、それゆえ、ジェノサイド条約上の根拠が無いこと、などの宣言、⑤武力の行使を含め、ジェノサイドという虚偽の主張に基づくウクライナへの違法措置を再びとることはないという保証をロシアが与えるようロシアに要求すること、⑥ジェノサイドというロシアの虚偽の主張に基づきとられた措置の結果としてロシアによって引き起こされた全ての損害について完全な賠償をロシアに命じること、の6項目をICJに請求した[17]。当該請求は、本件裁判(訴訟)へのロシアの同意という要件を充足するためジェノサイド条約の裁判条項を援用していることから、ウクライナ・ロシア間の法的紛争をジェノサイド条約上の紛争と構成せざるを得ないことに由来すると考えられる[18]。また、実際ロシアはウクライナによるジェノサイドを主張している一方[19]、ウクライナはそれを否定しているので、ジェノサイド条約上の紛争が存在すると言い得る余地はあろう。しかしながら、ジェノサイド条約は締約国にジェノサイドの防止と処罰を義務付けるものである。したがって、浅田正彦が指摘するように、同条約第9条にいう「この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争」として提訴される事件では、被告がジェノサイドを実施していると原告が主張するのが通例であり、原告がジェノサイドを実施していないと主張し、その旨の宣言を求めるのはかなり異色と言える[20]。さらに、②と④の請求は、ウクライナによるジェノサイドの事実がないということを論拠としているため、ロシアの武力行使が違法となる法的根拠は、ロシアが自らの武力行使(特別軍事作戦)の理由の1つとして示唆したジェノサイドからの人民の保護[21]、すなわち、人道的干渉が成立しないことにあり、仮にジェノサイドの事実があれば人道的干渉は成立し、ロシアの武力行使は国際法上合法と評価され得るという法理が含意されているようにも解される。しかし、国際社会では人道的干渉を武力行使の合法性根拠として認めないという国が圧倒的多数であり[22]、人道的干渉の論拠としての「保護する責任」を議論した2005年の世界サミットも、その成果文書では、ジェノサイド等からの住民の保護のための武力の行使は安保理決議に基づく集団措置という国連憲章上の枠組みを根拠とすることを想定し、記述している[23]。また、安保理も2006年にこれを再確認している[24]。よって、岩沢雄司が指摘するように、「保護する責任」論も人道的干渉(の合法性)を基礎づけているとは言えない[25]。したがって、その論拠に人道的干渉を合法とする見解が含意されているように解される②と④の請求に関し、ICJは慎重に検討し、判断する必要があろう。

また、本件提訴と同時にウクライナは暫定措置(仮保全措置)の指示要請を行った。暫定措置(仮保全措置)とは、係属中の裁判(訴訟)の主題をなす各当事国の権利を保全するために、最終判決が下されるまでの間、裁判所が指示する仮の措置である[26]。ウクライナは、①ロシアによるジェノサイド防止と処罰のためとする軍事作戦の即時停止、②ロシアが支援する部隊、ロシアが影響力等を有する組織がジェノサイド防止と処罰のためとする軍事作戦を促進する措置をとらないようロシアが即時に確保すること、③紛争悪化措置を控え、かつ、当該措置を行わない保証を与えること、④これらを履行するためにとる措置のICJへの定期的報告、の以上4つを暫定措置(仮保全措置)としてロシアに指示するようICJに求めた[27]。これを受けICJは、2022年3月16日、①ウクライナ領域における軍事作戦を即時停止すること、及び、②その指揮・支援する部隊・組織が軍事作戦をこれ以上行わないことを確保すること、をロシアに指示するとともに、ウクライナ、ロシアの双方に、紛争を悪化・拡大させる措置を控えるよう指示した[28]。その理由、特に①、②に係る理由として、ICJは、ジェノサイド防止のためジェノサイド条約の締約国が取り得るのは国際法の制限内にある措置で、ジェノサイド条約はジェノサイドの防止・処罰を目的とした他国領域における一方的な武力行使を認めているとは思えず、それゆえ、ウクライナは自国領域におけるジェノサイドの防止・処罰のためとするロシアの「軍事作戦の対象とならない権利」を有しているように思われる旨述べている[29]

しかしながら、浅田が指摘するように、「ロシアによる軍事作戦の対象とならない権利」、すなわち、ウクライナがロシアから武力の行使を受けない権利はジェノサイド条約ではなく、一般国際法上の武力行使禁止原則に由来すると解される[30]。そうである以上、ICJによる暫定措置の検討でなされた実際の法的評価の対象は、ジェノサイドではなく武力の行使であると言える。ところが、本件暫定措置の前提となる裁判(訴訟)は、ジェノサイド条約に係る紛争に関する裁判条項に基づき提起されており、浅田が指摘するように、ロシアは武力の行使に係る国際不法行為責任を主題とした裁判(訴訟)に同意したわけではない[31]。それゆえ、「ロシアによる軍事作戦の対象とならない権利」が係属中の訴訟の主題をなす当事国の権利に該当するかは疑問であり、ロシアによる当該武力行使が国際法に違反することは自明としても、ICJが(原告)ウクライナの要請に応じ暫定措置として軍事作戦の停止を命じたことの適否については議論のあるところであろう。この点について浅田は、ICJの任務は侵略の犠牲者となったウクライナとの連帯を示すことではなく「その管轄権の範囲内において法的な判断を下すこと」であり、当該暫定措置の指示は「長期的にはICJによる法的判断の信頼性を傷つけることにならなかったか、危惧される。」[32]と指摘している。

ICCでの裁判(訴訟)に係る問題点

ICCは個人を訴追するための刑事裁判所であり、ICCでの裁判(訴訟)に被告人の同意は不要であるが、ICCが対象犯罪について裁判管轄権を行使するには、犯罪が発生した国又は犯罪の被疑者の国籍国のいずれかがICC規程の締約国でなければならない(ICC規程第12条第2項)。ただし、ICC規程の非締約国であっても、ICCの管轄権を受諾すれば、当該受諾国に係る犯罪に関し管轄権を行使することができる(同第12条第3項)。また、犯罪が行われたと考えられる事態を安全保障理事会(以下、安保理)が検察官に付託した場合、当該犯罪の発生地国あるいは被疑者の国籍国が非締約国であっても、ICCは管轄権を行使できる(同第13条(b))。既述のとおり、ウクライナとロシアはICC規程の締約国ではないが、ウクライナは、2014年4月及び2015年9月の2度にわたる宣言により、2013年11月22日以降にウクライナ領域内で犯された戦争犯罪等についてICCの管轄権を受諾しているため、当該犯罪等に関しICCが裁判管轄権を行使することは可能である。

もっとも、ICCは国内裁判所を補完する裁判所と位置づけられているため(同前文)、国内裁判所がICCの対象犯罪について裁判を行わない場合にのみ裁判を行うとされている(同第17条第1項)。この原則は「補完性の原則」と呼ばれている[33]。ロシアの軍隊構成員等によるウクライナでの戦争犯罪については、(ウクライナの)文民を殺害したロシア兵に対し、2022年5月23日、ウクライナの国内裁判所により終身刑の判決が下されているように[34]、ウクライナ当局も捜査・訴追を行っている[35]。よって、上述のようにウクライナ当局が捜査、訴追するに犯罪については、ICCでは訴追しないのが原則である。他方、ICC規程上、ICCは付託された事態について、管轄権の及び得るすべての犯罪を裁くことができる。したがって、ウクライナにおける戦争犯罪等の中でウクライナが捜査、訴追していないものについては、ロシア側によるものだけでなく、ウクライナ側によるものについても[36]、理論上ICCで裁くことができる。しかし、そのための証拠収集や被疑者であるウクライナの軍隊構成員等の身柄確保などにはウクライナ当局の協力が不可欠であり、かつ、ウクライナは訴追しないことなどが条件になることから、ウクライナ側による戦争犯罪をICCで訴追することは、現実には困難であろう。

なお、既述のとおり、本(2023)年3月17日、ICC予審裁判部は、ロシアのプーチン大統領他1名の逮捕状を発付したが、当該発付に係る犯罪の嫌疑は、戦争犯罪、具体的には、ロシアによって占領されたウクライナの地域からロシアへの当該地域住民(児童)の違法な追放又は移送(同第8条第2項(a)(ⅶ)及び同項(b)(ⅷ))である[37]。ICC規程の締約国にはICCに協力する義務(同第86条)があるものの、ロシアはICC規程の締約国ではなく、ICCの管轄権行使受諾も宣言していないため、プーチン大統領の逮捕に関しては、同大統領がロシア国外の締約国に所在する際、当該締約国に裁判所が要請し、これに基づいて当該締約国が実施することが基本的に想定される。ただし、国際法上国家元首には主権免除が認められる[38]。この点についてICC規程は、国家元首や政府の長等に対するICC規程の適用に関し刑事責任からの免除は認められない旨規定(同第27条1項)していることから、少なくとも、被請求国と被請求国から引き渡される国家元首等の属する第3国のいずれもICC規程締約国(管轄権受諾国)の場合、当該国家元首等の主権免除は認められないことになる。しかしながら、同時にICC規程は、ICCが被請求国に第3国の人等に係る国家又は外交上の免除に関する国際法上の義務に違反する引き渡し等を請求できない旨定めている(同第98条第1項)。したがって、当該国家元首等の属する国が非締約国の場合、当該国が管轄権受諾国でないかぎり、当該国家元首等に主権免除が認められることになる[39]。もっとも、ICC予審裁判部が非締約国であるスーダンのアル・バシール大統領の逮捕状を発付後、同大統領が締約国であるマラウィ、南アフリカ、ヨルダンなどを訪問したが、いずれの国も逮捕・引き渡しを行わなかったことから、当該裁判部はマラウィなどについて、非協力認定(同第87条第7項)を行った[40]。しかし、これは当該逮捕状発付の前提となる検察官への事態付託が、国連憲章第7章に基づく行動として安保理によりなされ、当該付託に係る決議の中でスーダン政府にICCへの協力を義務付けていたという事情に留意する必要があろう[41]。したがって、被疑者が自国に入国すれば逮捕して裁判所に引き渡さねばならないという締約国の協力義務に着目し「プーチン大統領は、ICC規程締約国に外遊することはリスクが高いとして躊躇することになるであろう」[42]とする意見もあるが、上述のICC規程の諸規則と国家実行などに照らせば、(安保理の非常任理事国である)ロシアが非締約国であり、かつ、プーチン氏がロシア大統領の地位にある限り、ロシア国外の締約国に所在したとしても、そこで逮捕され、ICCに身柄を引き渡される可能性はほぼ見込まれないと言えよう。

また、ICCの対象犯罪の1つに侵略犯罪があるが、その定義等に関しては、2010年のICC規程再検討会議(カンパラ会議)で採択され、ICC規程に追加された。具体的には、侵略犯罪は「その性質、重大性及び規模に照らして国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略行為の、国の政治的又は軍事的行動を実質的に管理し又は指示する地位にある者による計画、準備、開始又は実行」(同第8条の2第1項)と、侵略行為は「他の国の主権、領土保全又は政治的独立に反する、また国際連合憲章と両立しない他の方法による、国による武力(armed force)の行使」(同第8条の2第2項)と定義されている。当該定義に照らせば、「特別軍事作戦」として開始されたロシアによるウクライナへの武力行使は侵略に該当し[43]、プーチン大統領は侵略犯罪の実行者に当たり得ると解される。(国連の緊急特別総会も、当該ロシアの軍事行動を侵略と非難する決議を採択している[44]。)しかしながら、侵略犯罪はICC規程の締約国でない国の国民により又は締約国でない国の領域で行われた場合、ICCは管轄権を行使しない(同第15条の2第5項)と定められている他、改正について定めた規定の中で、改正を受諾していない締約国については、当該改正に係る犯罪が当該締約国の国民により又は当該締約国の領域で行われた場合、ICCは管轄権を行使してはならない(同第121条第5項)旨定められている[45]。当該諸規定を踏まえると、ロシアはICC規程の締約国ではないため、上述のウクライナに対する侵略に関し、ICCがプーチン大統領を侵略犯罪で裁けないことになる[46]。もっとも、国連憲章第7章に基づき行動する安保理が事態をICCに付託した場合、上述の規定にかかわりなくICCは侵略犯罪に関する管轄権を行使し得るとされている(同第15条の3)。しかし、ロシアは安保理の常任理事国であり、当該付託の案に拒否権を発動すると予想されることから、安保理付託に基づくICCの管轄権行使も困難であろう。このように、ICC規程上、侵略犯罪の訴追に関する敷居は極めて高いことについて、尾崎久仁子は「(ICC規程上の)侵略犯罪は、現実には、小国の独裁者が自らの意思で侵略戦争を起こし、国連安保理がこれを制圧したという極めて特殊な場合に限って適用される可能性が高い。このような類型に当てはまらない侵略については・・・刑事法の大前提である法の平等適用が該当しないことになり、侵略犯罪という概念自体の意義が問われよう。」[47]と指摘している。

おわりに

ICJとICCはともに国際裁判所であるが、その役割は異なるため、ウクライナへの侵略に関連し両裁判所が扱う事件、適用法規、手続き等が異なるのは当然であろう。しかし、これまで紹介してきた当該侵略に関連する事件・訴訟を扱う上で両者が直面している問題は、裁判所としての存在意義、在り方という根本的な点で異なるように思われる。すなわち、ウクライナによるICJへの訴訟提起に関し「力の相対関係において劣位する側の紛争当事国による裁判の活用」[48]と評価する意見がある一方、ウクライナへの侵略が生起したこととの関係でICJの存在意義に疑義を呈する意見は認められない。しかし、ICJが、ウクライナによる請求の主題に係る法的根拠(ジェノサイド条約)とは別の法的根拠に由来すると考えられる「ロシアによる軍事作戦の対象とならない権利」を請求主題上の権利と認め、暫定措置をロシアに命じたことに法理的疑義が示されているように、本件においてICJは、裁判所としての在り方、すなわち、法的判断の正確さを含む裁判所としての公正さの保持という問題に直面していると言えよう。これに対し、ICCの場合、補完性の原則下で予審裁判部がプーチン大統領の逮捕状を発付したものの、その執行の見込みは乏しくICCでの訴追可能性はほぼないという状況にあって、裁判所としての存在意義をどこにみいだし得るかという問題に直面していると言えよう。両裁判所の課題は異なるものの、それらは国際裁判所の意義と在り方をあらためて検証する必要があることを示しているという点で共通していると言えるかもしれない。

Profile

  • 永福 誠也
  • 理論研究部政治・法制研究室 主任研究官
  • 専門分野:
    国際法(武力紛争法、海洋法、国際刑事法)、刑法