NIDSコメンタリー 第263号 2023年6月22日 中国から見たロシア航空戦力の使い方——人民解放軍はウクライナ航空戦から何を教訓としつつあるのか

地域研究部米欧ロシア研究室
相田 守輝

はじめに

本研究の目的は、「中国人民解放軍(People’s Liberation Army:PLA)がウクライナ航空戦から何を教訓としつつあるのか」について考究することにある。2回にわたるコメンタリーの第1弾目として、本稿では「①中国から見たロシア航空戦力の使い方」について解説していく。続く第2弾目のコメンタリーでは「②中国が想定する将来の航空戦」について解説する。

2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が開始され、間もなく1年半を迎えつつある。このウクライナ戦争では大方の予想を裏切り、軍事大国のロシアがウクライナを攻めあぐね[1]、戦況は消耗戦の様相を呈し、未だに沈静化の兆しは見えない。特に、ロシアの航空戦力は航空優勢を獲得できないまま戦局全般に影響を及ぼしきれていないままである[2]

開戦当初からロシア軍の作戦機は多く撃墜され、自らの事故によっても損失を計上し続けている[3]。ロシアの空軍機が防空軍の対空ミサイルによって撃墜されるケースも続発し[4]、更にはロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機がウクライナ国境付近にあるロシアの都市(ベルゴロド)までも誤爆してしまうなど、ロシア軍の作戦遂行における調整や連携の悪さが浮き彫りになってきた[5]。これらの背景には、限られた軍事予算、時代遅れの兵器技術、パイロットの少ない飛行時間、作戦機の低い可動率、調整されていない指揮、精密誘導兵器の不足などの様々な要因が複雑に絡み合った結果とも言われている[6]

西側諸国ではロシアの航空作戦がうまく進捗していないと評価されているが[7]、中国側からはどのように捉えられているのだろうか? とりわけ中国の軍事関係者による評価や議論は、将来的なPLAの戦略/戦術にも適用されていく可能性も考えられるため注目に値する。しかしながらロシアがウクライナに侵攻した直後から、PLA機関紙『解放軍報』や『国防報』などの公式報道では、ウクライナ戦争の教訓を明示的に解説する記事を殆ど見つけることはできない。その反面、中国の一般的なメディアでは軍事関係者による議論がしばしば見受けられるようになってきた。

本稿では、中国の軍事関係者がウクライナ航空戦におけるロシア軍をどのように見ているのかを紹介した上で、その一端について議論していく。その際、少ないなかでも中国の議論を取り入れ、不足している部分には欧米の議論をもって補いながら解説していくこととしたい。

元PLA少将によるロシア空軍への評価の一例

元PLA少将の金一南(Jīn Yīnán)は、2023年2月に中国メディア『上観新聞』を通じて、ウクライナ航空戦におけるロシア軍について言及している。この報道が『解放軍報』などのPLA系メディアによる報道でないことに加え、金一南がすでに退役した軍人でもあることから、必ずしもPLAの公式な見解とは言えないが参考にする価値はあろう。この元PLA少将は「ロシア航空作戦のレベルの低さは必然であった[8]」と次のとおり酷評する。

ウクライナ紛争は貧弱な航空戦力(原文:空中力量薄弱)を露呈させただけでなく、ロシアの特別軍事作戦全体に悪影響を与えた。仮にロシアがアントノフ空港の制圧に成功し、70機以上のIl-76輸送機を順調に着陸させ(原文:70多架伊尔-76顺利降落)、重火器をスムーズに空輸できていたのであれば、ロシアは速やかにキエフを占領し戦局を決定的なものにできたであろう。しかしながら、アントノフ空港近くのウクライナ軍重旅団が、滑走路を破壊してロシア空軍輸送機の着陸を妨げたため、ロシア軍の当初の作戦計画は大幅に修正を強いられる結果となった。彼らは明らかに準備不足であり、航空戦力も十分ではなかったことは明白だ[9]

もし、米空軍がそのような任務をするならば、充分な敵防空網制圧(SEAD)と航空阻止(AI)が行なわれたであろう。対照的にロシア空軍はヘリコプターを派遣するだけにとどまり、攻撃機を派遣せず(原文:没有出动强击机)、空港を占拠した空挺部隊に必要な空中援護も行なわなかった(原文:也没有给占领机场的空降兵部队提供有效的空中掩护)。そのまま特別軍事作戦は継続され、ロシア空軍の作戦能力が低いレベルにあることを世界に露呈した[10]

このような評価にはPLA強硬派として知られた金一南のパーソナリティーが前面に出ているものの[11]、元PLA少将である人物がこれほどまでに公然とロシア空軍を酷評していることは珍しい。

中国から見える問題点:旧態依然の戦法から抜け出せないロシア空軍

更に、ロシア空軍の作戦能力の低さが何に起因しているのかについて示唆する議論も現れ始めた。その中でも、中国の航空軍事誌『航空知識』(2023年3月)の論考「ロシア・ウクライナ戦争の1年」は、新しい観点をもたらす評論として注目に値する[12]。この著者である上級編集者の老虎(Lǎo Hǔ)は、これまでもウクライナ航空戦について論考を掲載してきた人物でもあるが[13]、今回の論考ではロシアの作戦能力の低さが何に起因しているのかを示唆している。

現在のウクライナ航空戦が「理念なきロシア空軍による『古い戦争』の実態だ[14]」と断じる老虎は、ロシア空軍が開戦当初から戦略的な攻撃目標ではなく戦術的な攻撃目標に対して、ただでさえ不足している精密誘導弾を分散しながら使用していた(原文:俄空军始终将本不充裕的精确制导弹药分散使用)と痛烈に批判した[15]

その原因として、ロシア空軍が第二次世界大戦からの「戦術」を踏襲しつづけ、地上戦を上空から支援する作戦にのみ大半の作戦機を投入してしまい、航空戦力を集中するどころかむしろ分散させたままの旧態依然の戦法(原文:作战样式老套)に頼っているからだと指摘する[16]。つまり、ロシア軍の組織体質に問題があり、ロシアの軍事ドクトリンにも悪影響を与えていると示唆しているのである。

その一方で老虎は、米国発祥の空戦理論「Five Rings Model(原文:五环作战思想)[17]」のような欧米スタンダードとは一線を画すような「考え方」をロシア空軍は持っているはずであり、「ロシアにはロシアなりの戦い方があるのだ」とも擁護する[18]

ロシア人が考える航空戦力の使い方が欧米スタンダードとは必ずしも一致しないという観点は重要であり、対象国の軍事ドクトリンを深く研究していかねばならない必要性を改めて認識させられる。この老虎による指摘の妥当性は歴史的文脈からも裏付けることができる。

伝統的な志向から抜け出せないロシアの航空作戦

ロシア人が航空戦力をどのように使ってきたかを少しばかり遡ってみよう。第二次世界大戦時、ソ連軍は東部戦線でドイツ軍と死闘を繰り広げていた。一方の米英軍も反対側にある西部戦線でドイツ軍と戦闘を行っていた。著名な航空専門家であるマーチン・クレフェルト(Martin van Creveld)は、西部戦線における空戦の状況と東部戦線における空戦の状況は明らかに対照的であったと指摘していた。

西部戦線での米英軍航空戦力による作戦では、ドイツ軍の補給線を破壊すべく航空阻止(Air Interdiction:AI)が集中的に行われ、ドイツ軍車両による補給路の往来ができなくなるまで徹底された。これに対し東部戦線におけるソ連軍航空戦力による作戦では、ソ連陸軍を上空から支援する近接航空支援(Closed Air Support:CAS)が優先的に行われていた。この結果、戦闘地域へ向かうドイツ軍や物資は破壊されることなく補給活動は継続されていた[19]。ソ連空軍は他のどの飛行任務よりも「戦場支配(CASと同義)」を優先していたという点で、米英軍と異なっていたのである[20]

このような傾向はソ連崩壊後のロシアにおいても同様に見られた。1999年秋に始まった第二次チェチェン紛争においてもロシア空軍は今次ウクライナ戦争で見られるような振る舞いを見せていた。チェチェン紛争に投入された航空戦力は、ロシア空軍第4航空軍の飛行部隊とモスクワ航空・防空軍管区(Moscow Air and Air Defense District)から派遣された防空軍で主に構成されていた[21]。これら航空戦力は総じてCASに投入され、ロシア空軍のSu-24MフェンサーD戦闘爆撃機は携帯型防空システム(MANPADS)の攻撃から防護するために高高度(3500m以上)を飛行し、精密誘導爆弾をしばしば投下していた。一方、Su-25フロッグフット戦闘爆撃機をはじめとする大半の作戦機は低高度(1000~3000m)を飛行し、攻撃には非精密誘導兵器を使用することが常であった[22]

これら航空戦力の運用を十分に調整しないまま作戦を継続したロシア軍は、たびたび味方同士による友軍相撃を経験することになった[23]。チェチェン紛争のような敵の航空戦力が殆ど存在しない相手に対しても、ロシアは航空作戦を済々と遂行できた訳ではなかったのである。作戦機を運用する「空軍」、対空ミサイルを運用する「防空軍」、その他の部隊との間で十分な作戦上の調整が行なわれなかったことは[24]、のちにロシア軍の教訓にもなっていた。

このような歴史的文脈を踏まえれば、ロシア人が考える航空戦力の使い方が、米国人が考える航空戦力の使い方とは必ずしも一致しないことは明らかであろう。他の軍種/兵種との調整がとれないまま発動される航空作戦は、「ロシア軍が旧態依然の戦法をとっていた」と評価されるに足りる理由を残している。ロシア軍が伝統的に「地上戦」を中心に設計された軍隊であり[25]、その伝統的な志向から抜け出せていない姿を現しているとも言える。強大な戦車・砲兵戦力をもって敵の防御線を突破し、敵を包囲殲滅するといった軍事ドクトリンに基づいて陸軍が建設されたように、空軍においても陸軍を上空から支援すべく建設されてきたのである。

おわりに

本稿では、「PLAがウクライナ戦争から何を教訓としつつあるのか」を考究する一環として「①中国から見たロシア航空戦力の使い方」について解説した。

ロシアが航空作戦を済々と行えていない背景には、限られた軍事予算、時代遅れの兵器技術、パイロットの少ない飛行時間 、作戦機の低い可動率などの諸問題が影響していたことは言うまでも無い。しかしながら更に批判的に検討していくならば、「旧態依然の戦法から抜け出せないロシア空軍」の組織体質こそが、根本的な問題だと理解すべきであろう。

一方で「ロシアにはロシアなりの戦い方がある」という中国の指摘も、柔軟な思考をもつためには必要な観点であろう。つまり、欧米スタンダードの基準のみで「ウクライナ戦争」を見ていくことは厳に戒めるべきなのである。チェチェン紛争の例からもわかるように、航空優勢獲得の主担当が作戦機を運用する「ロシア空軍」ではなく、対空ミサイルを運用する「ロシア防空軍」であった事実を踏まえれば、「ロシアにはロシアなりの戦い方がある」という中国の指摘に耳を傾ける価値もあろう。

これら「気づき」に基づいて更に考えてみれば、ロシア軍が航空優勢を獲得できていない現状を、ロシアがさほど問題視していない可能性さえある。むしろ、ロシア軍がこれまでの作戦強度を数年間も持続させながらウクライナ戦争を継続していくことの方が、ロシア軍にとって優先度が高いのかもしれない。改めて、諸外国に対する多角的な研究や幅広い知見に基づいた柔軟な思考が求められると言えるのではないだろうか。

続く第2弾目のコメンタリーでは、ウクライナ航空戦におけるロシア、ウクライナ双方の「航空優勢」をめぐる攻防を踏まえながら、「②中国が想定する将来の航空戦」について解説していくこととしたい。

Profile

  • 相田 守輝
  • 地域研究部米欧ロシア研究室
  • 専門分野:
    中国をめぐる安全保障