NIDSコメンタリー 第262号 2023年6月6日 グローバル・サウスにおけるASEAN—湾岸協力理事会(GCC)と太平洋諸島フォーラム(PIF)との関係強化

特任上席研究官
須永 和男

2023年ASEAN外務大臣リトリート会合

毎年2月頃に開催されるASEAN外相リトリートは、その後に開催されるASEAN首脳会議や東アジア首脳会議(EAS)に至る一連のASEAN関連会合の最初の重要な会議であり、その年の議長国をはじめとするASEANの課題設定と方向性を示すものとして日本をはじめ多くの国の注目を集める。このため、その舞台裏では日米中をはじめとする域外国を交えて激しい外交戦が展開される。国際社会が最も注目するのは、南シナ海、北朝鮮、ミヤンマー等へのASEANの対応であるが、2023年2月に議長国インドネシアの首都ジャカルタで開催された外相リトリートのプレス・ステートメント[1]からは、その他にも新たな動きが読みとれる。

その一つが、GCC 及びPIFとの関係強化の動きである。上記ステートメントにおいては、ASEAN-GCC首脳会議をリヤドで開催する可能性を追求する旨(パラ41)、またPIFについても事務局間の協力関係設立の可能性を議論する旨(パラ31)が明記された。これを受けて、5月に開催されたASEAN首脳会議の議長ステートメントにおいても同様の趣旨が確認され、更にPIFの議長をEASに議長のゲストとして招待する旨付記されている[2]

最近では、グローバル・サウスと言われる諸国が、その増大する経済力を背景にして国際社会で発言力を高め、国際社会は多極化の様相を強めている。本年1月にインドがオンラインで主催した「グローバル・サウスの声サミット」において、モディ首相は、「80年に及ぶグローバル・ガバナンスの古いモデルはゆっくり変化しており、我々は新しい秩序を形成する(shape the emerging order)べきだ」と述べた[3]。ASEANがGCC及びPIFと関係を強化する動きを見せているのも、このような多極化の流れの一つとして捉えることもできる。本稿においては、これら地域グループの間の協力の現状と今後の展望を概観するとともに、日本の外交との関係について考察する。(なお、PIFには豪、NZが加盟国となっているが、本稿においては主として太平洋島嶼国を対象とする。)

ASEANとGCCの関係

ASEAN事務局の資料[4]によれば、ASEANとGCCの接触は、1990年にGCCの議長国であったオマーンがASEANとの正式な関係を樹立したいと要望したことから開始された。同年、両グループの外務大臣が国連総会の機会にニューヨークで会合を持ち、同地において毎年会合を開くことに合意した。その後、2007年には、正式な閣僚会合を設置することが合意され、2009年にバハレーンの首都マナーマにおいて第1回ASEAN-GCC閣僚会合が開催されて、ASEAN-GCC JOINT VISIONが採択されている。同VISIONにおいては、自由貿易、経済協力・開発、文化・教育・情報の3分野において将来の関係に関する研究を行うことが合意されている。

その後、2010年に第2回会合がシンガポールで、2013年に第3回会合がマナーマで開催されたが、2017年に計画されていた第4回会合は実現しなかった。この年は、カタール断交のためGCCが分裂した時期にあたる。また、閣僚会合の結果をフォローアップするためのASEAN-GCCワークショップは、第1回会合が2014年にシンガポールで開催されただけあり、その後、目立った具体的な進展は見られていないようである。

これまでのところASEANとGCCの間の協力は停滞していたと考えられる。その根本的な理由は、両地域とも、政治安全保障及び貿易投資の面で欧米日等の先進国との関係が非常に強く、これらの国・地域との対話や協力を優先してきたからである。また、ASEANにとってはミヤンマー問題や南シナ海問題等、GCCにとってはカタール断交、イエメン問題、イランとの関係等、両グループとも域内及び域外の国との間で多くの懸案を抱えていたため、お互いの関係強化を具体化するまでの余裕がなかったことも一因であろう。

こうした中で、2023年にASEANとGCCの首脳が初めて会合を開催する動きが出てきた背景としては、最近、特にGCCが急速にアジアとの経済関係を重視し、強化に乗り出していることがあげられる。「The Middle East Pivot to Asia 2022」(Asia House)によれば、GCC諸国とアジアの新興国、特に中国、インドとの経済関係の深化は急速に進んでいて、中国との貿易は2010年から2021年の間に倍増(1800憶ドル)に達し、米国と欧州との貿易の合計額を凌駕した。中国に続くのはインド(2021年、1210憶ドル)であるが、ASEANとの貿易も着実に増加している(2021年、852.3億ドル)。GCC諸国は、ASEAN地域の中間層の拡大や良好な成長見通しのため、今後10年の間にASEANとの関係の重要性が増すと予測している。さらに、ASEAN諸国とGCC諸国の経済成長構想には、デジタル化、製造業、ロジスティックス関連インフラ投資の面で自然な相乗効果がある[5]。現在、サウジアラビアをはじめとするGCC諸国は、経済の多角化や国民生活の向上を目指して意欲的な経済社会改革を進めており、多くのイスラム人口を擁しながら、急速に経済成長を続けるASEAN諸国への関心と期待は高まっているのである。

ASEANとPIFの関係

PIFは、1980年代より、ASEAN及びその加盟国との間で主に経済関係の強化を目指して、ASEAN各国及び事務局との対話を進めているが[6]、これまでのところ、両グループの協力関係は、全体としてみると、比較的低調にとどまっている。その理由としては、西パプア問題をめぐるインドネシアとの対立といった歴史的政治的な問題に加えて、より根本的には、多くの太平洋島嶼国が経済規模の小さい低開発国であり、ASEAN諸国にとり経済的な魅力に乏しいからであると考えられる。

しかし、最近になって、インドネシアは太平洋島嶼国との外交強化に乗り出している。2022年9月にルトノ外相は、フィジーとソロモン諸島を訪問しており、さらに同年12月にバリで開催されたインドネシア太平洋開発フォーラム(IPFD)において、同外相は、同国が2019年に発表した太平洋政策“Pacific Elevation”に言及し、「この政策は、インドネシアが、太平洋地域への取り組みの向上だけでなく、この地域における共同体の生活の向上をめざし、太平洋地域の一部として一緒に働くためのものである」と述べている[7]。2023年のASEAN外相リトリートのプレス・ステートメントには、このようなインドネシアの積極的な姿勢が反映されていると思われる。

インドネシアの対太平洋地域外交の活発化には次の3つの理由があると指摘されている[8]。第1に、西パプアの人権問題について太平洋島嶼国との信頼関係を構築する必要があることである。第2に、太平洋地域でも激化している米中対立の中で、インドネシアとして、これらの国に代わるパートナーとなり太平洋島嶼国が中立性を維持するよう支援するためである。第3には、太平洋島嶼国との共通の課題である気候変動対策のための協力である。また、太平洋島嶼国にとっても、ASEANの中心性を提唱しARFの場で域外の主要国と安全保障対話を主催しているASEANから、米中対立に対処する方途を探りたいという思惑があるものと思われる[9]

上記プレス・ステートメントに基づき、早速4月には、ASEANとPIFは事務次長レベルのビデオ会議を開催し、関係強化の方途について意見交換を行っており、両グループの動きが加速しているようである[10]

今後の展望と日本外交

GCCとPIFは、構成国の経済状況や安全保障環境が大きく異なっているが、ASEANに接近している背景にはいくつか共通点がある。

まず、ASEANの目覚ましい経済成長である。2018年、ASEAN経済大臣会合でシンガポールのりー・シェン・ロン首相は、人口の60%が35歳以下で、増大する教育された中間層にめぐまれているASEANは、今後5年間にわたり5.4%の成長を遂げ、2030年までに米国、中国、EUに続き世界第4位の経済規模に成長すると明言した[11]。実際、その後、コロナ危機の間も強靭性を発揮し、経済成長を維持している。上述の通り、GCC諸国は、ASEANは貿易投資の相手としてASEANへの関心を高めているし、太平洋島嶼国は、貿易のみならず、気候変動や漁業、海洋ごみ等の分野での支援も期待している。

次に、米中対立は、PIFのみならず、GCCにとっても大きな関心事である。GCC諸国にとり、中国は石油・天然ガスをはじめとする最大の貿易相手国であり、しかも、増強する中国の軍事力に直接晒されていないため、ASEANと比べても、中国に対する警戒感は希薄である。しかし、米中対立は、両国間の経済制裁が中東諸国に波及することが懸念されるなど、GCC諸国とアジア諸国の貿易に大きな影響を与える要因として、注視されている。また、GCC諸国の中には、インド太平洋への関心を急速に高めている米欧諸国が、中東への関心を低下させるのではないかとの懸念もある[12]

ただし、これまで停滞していた3つの地域グループ間の協力が今後一気に進むことは考えにくい。モディ首相が言っている通り、国際秩序は“ゆっくり変化”しているのであり、これら地域グループにとっても、欧米諸国との政治経済関係が高い優先度であり続けるであろうし、特に、多くの国が安全保障について欧米諸国との関係を重視する姿勢は、今後も変わらないだろう。さらに、各地域グループとも、内部に多くの難しい課題を抱えていて、それらを優先せざるを得ない事情もある。したがって、今後を展望するには、今年に予定されているASEAN・GCC首脳会議をはじめとする3つの地域グループの動向を見極めなければならないが、その際、次のような視点を念頭に置く必要がある。

まず、GCC及びPIFへのASEANの接近が、それぞれの地域の平和と安定にどのような影響を及ぼすかという視点である。ASEANのような地域グループは、結束していれば力を発揮するが、分裂すると周囲の大国を利することになる。2017年のカタール断交に始まったGCCの分裂は、その後カタールがイランに接近したこともあり、結果的にイランがイエメン等の中東地域で影響力を伸長することとなった。最近では、PIFも、米中対立が激化する中で、キリバス等のミクロネシア諸国が脱退を表明するという危機に直面した。また、ASEANも常に結束の維持に腐心しており、加盟国のコンセンサスを尊重するあまり、南シナ海問題では明確な立場を打ち出すことが困難になっている。これら地域グループが、米中対立をはじめとする地域情勢について意見交換し、教訓を共有することで、グループ内の結束力が向上すれば、それぞれの地域の安定にも資することになるだろう。更に、そのことによりグローバル・サウスとしての発言力が一層強化され、米中対立も少しずつ相対化される可能性もある。

次に、3つの地域グループ間の協力が、日本のFOIP推進にどのような影響を与えるかという視点である。ASEANは、GCC及びPIFへの接近を、そのインド太平洋政策であるASEAN Outlook on the Indo-Pacific(AOIP)の一環として位置付けている。ASEANとGCCの外相は、2019年にニューヨークの国連総会の機会に会合を持ち、国際情勢について意見交換しており、その共同議長声明にはGCCがAOIPを支持する旨明記されている[13]。また、インドネシアのルトノ外相は、今年のASEAN外相リトリート後の記者ブリーフにおいて、AOIPをASEAN議長国としての3本柱の一つに位置付け、AOIP推進の一環として、ASEANと太平洋との関係を強化すると述べている[14]。AOIPは、開放性(openness)、ルールに基づく枠組み( rules-based framework)など、FOIPと通底する原則に言及しているが、ASEANは米中対立の中でバランスをとることを基本としているため、米中対立に巻き込まれたくないGCCやPIFにとっては、AOIPの方が受け入れやすいと考えられる。AOIPを通じて、日本も重視するこれらの原則が湾岸及び太平洋地域に徐々に浸透していく可能性もあるだろう。

日本は、AOIPを発表当初より支持しており、2022年の日本ASEAN首脳会議に提出されたAOIP協力プログレスレポート[15]では89件の案件が記載されている。日本とASEANが短期間でこれだけの具体的な協力案件を積み上げてきたことは、FOIPとAOIPの間に親和性があることを示している。今年は50周年を記念する日本ASEAN特別首脳会議が予定されており、このようなASEANの新しい動きを視野に入れて日本・ASEANの協力関係を更に深化していくことが望まれる。

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  • 須永 和男
  • 特任上席研究官
  • 専門分野:
    ASEAN及び湾岸諸国の外交・安全保障