NIDSコメンタリー 第261号 2023年5月23日 米韓ワシントン宣言——抑止戦略における自立と統制

地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官
渡邊 武

宣言において韓国の尹錫悦大統領とジョセフ・バイデン米大統領は核協議グループ(NCG: Nuclear Consultative Group)の設置に合意した。それは米国との同盟における韓国の自立性が北大西洋条約機構(NATO)加盟国に近似していく動きと、その限界を示している。米国はワシントン宣言において、尹錫悦政権が基盤とする保守勢力が目指してきた自立性の向上に応えつつ、一定の制約をかけたのであった。

韓国の関与拡大、核配備の回避

NATOの核共有制度の中核たる核計画グループ(NPG: Nuclear Planning Group)は、政治レベルにおいて核に関わる政策決定(decision-making)を行う。各国の代表はNPGを通じて、軍指揮官に核使用の判断を委譲しないようにしているのだという[1]。つまりNPGにおける政策決定には、核使用の判断基準まで含まれる。

対照的に米国は、米韓NCGを直接的な決定機能を持たないものと定義している。米政府の説明によれば、NCGは「核の緊急事態と同盟の核抑止へのアプローチに関する協力に向けて、どのように計画していくかを議論」するのである[2]。どのように計画するかを議論することは、NPGのような核使用の政策決定とは違う。韓国はNPG参加国ほど主体的に核戦略に関わることができない。

韓国保守が独自の核武装の代替物として追求してきた[3]米国による核兵器の朝鮮半島への再配備も実現しなかった。米国の重力落下型核爆弾(B-61)を受け入れるベルギー、ドイツ、イタリア、オランダは、自らの核搭載可能航空機(dual- capable aircraft)[4]でそれを運搬し投下する役割を持つ。朝鮮半島への配備が実現しなかったことは、韓国がこれらNATO諸国を基準に目指してきた核共有には至らなかったという事実のもう1つの現れである。

ただし、ポーランドやチェコなど核兵器が配備されていないNATO加盟国もNPGには参加し、核共有制度の枠内にある。これらの国々は、核搭載可能航空機の運用の代わりに「通常航空戦術による核作戦支援」(SNOWCAT: Support for Nuclear Operations with Conventional Air Tactics)を担っている[5]。米韓ワシントン宣言は韓国にNPG参加国ほどの地位を与えなかったものの、SNOWCATと似た役割を負わせる方向は示している。それは「米韓同盟は米国の核作戦に対する韓国による通常支援の共同執行と企画が可能なように協力していく」と述べる部分である[6]。韓国軍は、核兵器が配備されないNATO諸国に類する形で、核戦略への関与を深めることになった。

他方でNATOが公に想定するSNOWCAT、つまりB-61を運搬する航空機を通常の戦闘機で護衛する作戦[7]は北東アジアで実施できない。この地域には米国のB-61も、それを運用する盟邦の航空機もないからである。それを踏まえると韓国に適用可能な形式は、例えばポーランド空軍機による米国の戦略爆撃機B-52の護衛のように、米国が直接運用する戦力を支援するものとなろう。

これまでも韓国空軍機がB-52と編隊飛行をすることはあった。ただ、B-52には非核の精密誘導爆弾を運用する任務もあるため、それとの編隊飛行が必ずしも核作戦への支援を意味したわけではなかった。ワシントン宣言に基づき、韓国の核作戦への「通常支援」が具体化していったとき、米国がB-52などの戦略アセットを核作戦として展開し、韓国軍と連携する可能性がある。米国防省はワシントン宣言の実行に向けて、韓国軍の人員を通常戦力と核戦力を統合する訓練に参加させる方針である 。[8]

自立と統制

ワシントン宣言は核抑止のほかに、韓国が新設予定の「戦略司令部」をめぐっても同国の自立性に関する合意を示している。宣言によれば、戦略司令部は米韓連合軍司令部(CFC: Combined Forces Command)との間で能力と計画活動を緊密に連結していくことになる[9]。これは、プリ・エンプション[10]戦略(キル・チェイン)と大量膺懲報復(KMPR: Korea Massive Punishment and Retaliation)のための司令部であり、そこにも韓国保守の定義する国防における主体性の確保が反映されている。

キル・チェインにつながる概念は保守系の李明博政権期に提起された(2010年3月の韓国哨戒艦「天安」撃沈後)。当時の議論によれば、「米国との同盟」のもとで北朝鮮の攻撃に対する「拒否能力」を担っていた韓国軍の役割は、「武器を発射する兆候があれば事前にその拠点を破棄する」方向に拡大すべきであった[11]。つまり従来の韓国軍の役割は攻撃を受けた後の撃退(拒否)だったが、それよりも前の段階(攻撃が差し迫った段階)であるプリ・エンプションを主体的に実施すべきとする主張であった[12]

また、KMPRは延坪島砲撃(2010年11月)後である2011年3月25日、当時の韓民救・合同参謀本部(JCS)議長が「挑発」時、自衛権に基づき「原点と支援する勢力まで」徹底膺懲すると発言したことに始まる[13]。続く31日、国防部長官であった金寛鎮は「積極的抑止戦略」が必要だとして、各級の指揮官が攻撃原点への反撃を上部への報告なくできるようにするとともに、攻撃の原点だけでなく「支援勢力まで」報復対象に含むと表明している[14]。これはCFCなどに諮る前に現地部隊が報復する戦略であり、それを通じて韓国軍の米韓同盟における主体性を向上させる動きだった。

つまり、尹錫悦政権が基盤とする保守系が目指してきた国防における自主とは、北朝鮮を標的にする軍事戦略をより主導的に進めていくことである。これに対して、進歩系勢力が捉える自主の向上とは、韓国軍の任務における焦点を米韓同盟上の役割である北朝鮮を標的とするものから移行させることを意味している。進歩系であった前任の文在寅政権期に、キル・チェインとKMPRの用語は国防部の概念からいったん消えていた。

韓国国防部が再びキル・チェインとKMPRを公言するようになったのは、尹錫悦氏の大統領当選後である[15]。その後、国防部はこれらに韓国型ミサイル防衛(KAMD: Korea Air and Missile Defense)を加えた「韓国型3軸」を指揮統制するものとして、戦略司令部の設置方針を固めた[16]。米韓ワシントン宣言が戦略司令部とCFCの連携を深めるとしていることは、韓国軍が主体として実行されるキル・チェインとKMPRの同盟における役割をより公式化する合意である。

他方で戦略司令部の機能がCFCとの連携を前提とするのなら、連携できないとき、つまり米陸軍大将たるCFC司令官が同意しないときには、キル・チェインとKMPRの実施が困難になる。米国はこれまでも、キル・チェインとKMPRを受け入れつつ、一定の統制も図ってきた。

まず、KMPRにつながる主張が現れて約半年後、2011年10月に米韓の国防長官は北朝鮮による局地的な軍事行動に共同で対応する「連合局地挑発対処計画」(CCPP: Combined Counter-Provocation Plan)の構築を進めことで合意している[17]。CCPPに基づくなら、韓国がKMPRを実行できるのは米軍との連合できる範囲、言い換えれば米国側が決断したときである。

また、キル・チェインとKAMDに関わる能力は韓国航空宇宙作戦本部(KAOC: Korea Air and Space Operations Center)が運用することとなったが[18]、KAOCには米軍の将兵も参加している[19]。その所在地は米空軍の烏山基地であり、米軍が韓国によるキル・チェイン実行の判断にも介在していくことになる。

尹錫悦大統領は就任後はじめてのバイデン大統領との首脳会談の際(2022年5月)、KAOCを共に訪問し、米側に向かって韓国型3軸の中心としてその重要性を強調した[20]。韓国は米国に、米軍との連携を前提としていることを示しつつ、軍事的な主体性の向上を受け入れさせようとしてきたのである。

米韓ワシントン宣言は、KAOCに続いてその上位機関となる戦略司令部についても米軍との連携を進める合意だった。韓国軍が主体的な戦略を実行する体制を整えるにつれて、米軍と連携する範囲、すなわち米国が介在する範囲も広がっていく。韓国の戦略司令部はCFCとの連携強化の一環として、米戦略軍司令部(U.S. Strategic Command)とも新たな図上演習を通じて関係を構築していく予定である[21]

韓国と欧州NATO加盟国

韓国による主体性向上の形式は、欧州NATO諸国との類似性がある。核共有によって欧州NATO加盟国の核戦略における主体性は高まっているが、実際に核使用を許可するのは所有者たる米国である。米韓同盟でもNATOでも、米国が実行のトリガーを確保する形で、米国の盟邦による主体的役割が公式化している。

米国は核配備の可否について、欧州との比較のなかで韓国の主張を捉えていたのかもしれない。ロシアによるウクライナ侵攻後、ポーランド政府からも米国の核兵器配備を促す主張が表面化していたからである[22]

米国は以前から、ポーランドなどが主張する拡大核抑止の信頼性不足を相殺する必要に直面し、その際に核兵器の配備拡大を回避しようとしてきた。2011年から2012年のNATOにおける「抑止と防衛態勢に関する見直し」(DDPR: Deterrence and Defense Posture Review)にそれが伺える。当時、ドイツなどがB-61核爆弾の配備を継続しない方向を示唆したのに対し、冷戦後のNATO加盟国は拡大抑止の信頼性のため配備継続を求める姿勢が強かった。そうしたDDPRの過程で新たな核配備をせずに不安を相殺する手段と見られていたのが、SNOWCATであった[23]。米国はSNOWCATと類似した役割を韓国に与えることで、盟邦への全般的な立場として、新たな核配備による拡大抑止の担保はしないとの方針を示したと言えよう。

米国の対ロシア戦略で重要になったポーランドが核配備を主張したように、韓国も米国の戦略への協力と引き換えに核に関わる主張を実現しようとしたのかもしれない。尹錫悦大統領は、徴用工問題への対応方針の発表から間もない3 月10日、拡大核抑止に関する韓国の主張を改めて公にしている。「米韓核企画および実行体系」を確立し拡大抑止を強化する方針なのだという[24]

それは尹錫悦大統領が、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA: General Security of Military Information Agreement)正常化を表明することになる訪日を前に、米国に向けて発した要求であった。こうした経緯を経て、新たな核協議の枠組と韓国軍の役割拡大を約する米韓ワシントン宣言が発表されたのである。

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  • 渡邊 武
  • 地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官
  • 専門分野:
    朝鮮半島をめぐる政治と安全保障