NIDSコメンタリー 第260号 2023年5月18日 尹錫悦政権と戦時作戦統制権の移管問題

地域研究部アジア・アフリカ研究室
浅見 明咲

はじめに

2023年は、米韓同盟成立から70年の節目の年である。朝鮮戦争の停戦と共に始まった米韓同盟は、70年の間、様々な問題を乗り越えながら今日に至る。戦時作戦統制権(以下、作戦統制権[1])の移管[2]問題もそのうちの一つである。作戦統制権は、特定の任務や課題の遂行のために設定された指揮関係を意味し、当該部隊に対して任務を賦与し指示を行うことのできる作戦指揮の核となる権限と定義されている[3]。韓国の作戦統制権は、1950年、つまり、朝鮮戦争の勃発時に、李承晩大統領からダクラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)国連軍司令官に移譲された[4]。移譲された作戦統制権のうち、平時における作戦統制権については、1994年12月、米韓連合軍司令官から韓国軍合同参謀議長に返還された。残る戦時の作戦統制権については、米韓連合軍司令部(CFC: Combined Forces Command)の司令官を務める米陸軍大将が、有事[5]にその権限を有することになっている。CFCにおける韓国側のトップは、韓国陸軍大将が務める副司令官であるため、作戦統制権行使の権限を保持していないのが現状である。米韓は、将来のCFC(F-CFC:Future Combined Forces Command)体制、つまり、韓国陸軍大将が司令官、米陸軍大将が副司令官を務める指揮系統へと移行し、その司令官に作戦統制権を移管することを目指して、検証作業を進めている段階である。要するに、作戦統制権の移管問題とは、現在のCFCからF-CFC体制への移行と同時に、韓国人司令官の作戦統制権行使を可能とさせるための取り組みである。本稿では、2021年に執筆したブリーフィング・メモ「米韓同盟と戦時作戦統制権の移管問題」の続編として、尹錫悦政権における移管に向けた政策と検証作業を文在寅前政権と比較しながら分析し、韓国が抱える米韓同盟のジレンマと今後の課題について考察するものである。

作戦統制権移管に向けた尹政権の政策

まず、作戦統制権移管問題に対する尹政権の政策について整理する。2022年3月、元検事総長の尹錫悦が、対立候補の李在明を僅差で破り、大統領に就任した。就任前、尹氏は、作戦統制権問題に関する考えを問われ、権限の「帰属をどこに置くかは戦争に勝利するための一番効果的な道が何であるのかによって決定されなければならないものであり、何らかの名分や理念によって決定される問題ではないとみている[6]」と答えた。また、実際に作戦を指揮するため必要な監視や偵察能力が、韓国単独では未熟であり、北朝鮮のミサイル攻撃に対する防衛システムも強化しなければならないとの立場を示した[7]。政権の引継ぎ委員会委員長を務めていた安哲秀も、「作戦統制権は時期よりも条件の問題」であり、「移管問題は政治的事案ではなく政策的事案」であるとの認識を示した[8]。このような方針は、米韓で承認した「条件に基づく戦時作権移管計画(COTP:Conditions-Based OPCON Transition Plan)[9]」に則ったものである。

尹政権の作戦統制権移管問題に対する姿勢は、文前政権とは大きく異なっている。文政権は、COTPによる検証作業を可能な限り早期に進めようとする意図が垣間見えたが、尹政権は、まず目の前の安全保障環境への対応や米韓同盟の強化に重点を置いている。この違いは、『国防白書』にも表れている。まず、文政権下で発表された『2020国防白書』では、「条件に基づいた戦時作戦統制権移管の体系的・積極的推進」とし、積極性に重点をおき、韓国側からの働きかけを行う姿勢をみせていた[10]。加えて、F-CFCの運用能力の検証と強化について強調した。要するに韓国人司令官が、作戦統制権を有するかたちでの任務遂行能力を高めていこうとするものである。一方、尹政権下で発表された『2022国防白書』では、「条件に基づいた戦時作戦統制権移管の体系的・安定的推進」と題し、移管のための条件を充足させることが何よりも重要であるとしている[11]。そのためにも、米韓の協力を強化し、「韓米連合防衛体制を未来志向的かつ補完的に発展」させていくことを重視している[12]。文政権が、F-CFCの創設に重点を置いていた一方、尹政権は、現在のCFC体制を未来志向的に発展させることにその重きを置いているといえる。以上のように、尹政権の作戦統制権移管問題に対する姿勢は、米韓同盟の強化を前提としたものであることを明確に示している。

作戦統制権移管に向けた検証作業の現状

続いて、米韓が進めている作戦統制権の移管作業の現在の状況を確認する。先述の通り、韓国と米国は、COTPに則り、移管のための検証作業を行っている。COTPで示された条件は次の通りである。①「連合防衛を主導するために必要な軍事的能力」、②「同盟による包括的な北朝鮮の核・ミサイルの脅威への対応能力」、③「安定的な作戦統制権の移管に符合する朝鮮半島および域内の安保環境」の三つを充足させることにより、作戦統制権の移管が可能になるとしている[13]。  

一つ目の条件である「連合防衛を主導するために必要な軍事的能力」の充足を図るための検証作業として、米韓は三段階の評価基準を定め、主に米韓合同軍事演習において司令部の運用能力の検証を行っている。この三段階評価基準は、第一段階から「基本運営能力(IOC:Initial Operational Capability)」、「完全運営能力(FOC:Full Operational Capability)」、「完全任務遂行能力(FMC:Full Mission Capability)」の順で検証することが定められている[14]。IOCについては、すでに評価が終了している。2019年に行われた第51回米韓安保協議会(SCM:Security Consultative Meeting)において、米韓の国防長官は、連合指揮所訓練と米韓軍事委員会会議(MCM:Military Committee Meeting)の結果に基づきIOCを検討した後、次の段階であるFOC検証を2020年に行うことで合意した[15]

しかし、FOC検証を行うはずの2020年の米韓合同軍事演習は、新型コロナウイルスの影響により、上半期は延期となり、下半期も規模を縮小しての実施となった。これは単純にコロナの影響だけでなく、文政権下における南北関係の改善や米朝首脳会談の開催などが影響している。2018年、文政権は、戦区レベルの合同軍事演習であるキーリゾルブ(Key Resolve)やフォールイーグル(Foal Eagle)などを廃止した。さらに、南北間の「9.19軍事合意」を契機に、大規模野外訓練(FTX)を中断した。米国のトランプ大統領も米朝首脳会談後に、合同軍事演習を中断することを宣言した。このように、米韓は、北朝鮮を過度に刺激しないよう、作戦統制権移管のために必要な合同軍事演習を中止、または縮小し、連合指揮所訓練(CCPT:Combined Command Post Training)などの規模が限定された訓練のみを行うようになった。

2021年12月に行われた第53回SCMの共同声明によれば、米韓の両国防長官は、FOC検証を2022年に行うことで合意した[16]。したがって、2021年にはFOC検証を充分に行うことができなかった、あるいは、結果が不十分であったと推察される。SCM開催後、文在寅大統領は、ロイド・オースティン(Lloyd Austin)米国防長官との会談において、FOC検証を早期(上半期の訓練)に実施することについて議論した[17]。任期が2022年5月までの文大統領が、下半期(8月頃)ではなく、上半期(3月頃)に検証を実施することで、自身の任期中にFOC検証を終え、次の段階に進めたいとの意図があったとみえる。しかし、上半期の米韓合同軍事演習において、米韓はFOC検証を終えることができず、検証は下半期の訓練に持ち越されることとなった。そのため、文政権が目標としていた任期内での作戦統制権移管は実現しなかったのである。

尹政権発足後、2022年8月22日に始まった合同軍事演習乙支フリーダムシールド(UFS:Ulchi Freedom Shield)では、2018年以降中止していた連隊レベルの野外訓練が復活した。このUFSで米韓は、FOC検証のため、初めて全日程においてCFC司令官と副司令官の役割を入れ替えて訓練を行った[18]。つまり、韓国の安炳錫CFC副司令官が司令官、米国のポール・J・ラカメラ(Paul J. LaCamera)CFC司令官が副司令官として合同演習を指揮したということである。このように司令官と副司令官を入れ替えて行う演習は、2019年から実施されていたが、野外訓練の全日程においては初めてのことであった。これは、FOC検証を進めるための大きな一歩であったといえる。合同演習後の一部報道によれば、米韓の連合評価チームが、FOC検証合格の判断を下したとし、移管の「目標年度」に関する議論がされることを期待する声もあがっていた[19]

しかし、2022年12月に行われた第54回SCMにおいて、米韓の両国防長官は、「未来連合司令部の完全運用能力(FOC)評価が成功的に施行され、すべての評価課題が基準を充足した」としながらも、「完全運用能力(FOC)検証論議に先立ち、条件♯1と♯2の能力および体系確保状況を総合的に検討することとした」と結論づけた[20]。この「条件♯1と♯2」は、先述したCOTPで示されている条件の①と②を指している。つまり、最新のSCMにおいて、FOC検証の結果は検討中となり、次の段階であるFMC検証についても開始時期が言及されずじまいであったのである。このように、F-CFCの運用能力に対する三段階評価は、IOC検証後行き詰まりの状態が続いているといえる。

COTPで示された二つ目の条件である「同盟による包括的な北朝鮮の核・ミサイルの脅威への対応能力」についても、厳しい状況が続いている。北朝鮮は核・ミサイル開発のモラトリアムを宣言した後、2018年には一度も弾道ミサイルの発射実験を行わなかったが、その後の2019年以降は再び発射実験を繰り返している。特に2022年は驚異的な頻度でミサイル発射実験を行い、その種類も多様になり、性能も向上している。このような状況の中で、包括的な対応能力を高めていくことが韓国に求められている。これは韓国だけに求められているものではなく、米韓同盟としての課題でもある。作戦統制権の移管を目指す韓国としては、「3軸体系」を中心とする能力強化を自らの手で実行していく必要があるといえる。「3軸体系」とは、北朝鮮の核・ミサイルを抑止または対応するための態勢を指し、キル・チェーン(Kill Chain)、韓国型ミサイル防衛(KAMD)、大量反撃報復(KMPR)から成り立っている[21]。先述の第54回SCMで「条件♯1と♯2」について改めて言及されたのも、最近の北朝鮮のミサイル開発の加速化が影響しているとみえる。

COTPの三つ目の条件である「安定的な作戦統制権の移管に符合する朝鮮半島および域内の安保環境」の確保も大きな課題となっている。北朝鮮のミサイル開発に加え、中国やロシアの動きも域内の安全保障に危機感を及ぼしている。中国やロシアは、韓国の防空識別区域(KADIZ)への侵入を繰り返しており、そのたびに韓国空軍の戦闘機が緊急発進を行っている[22]。また、中国は台湾への圧力を強めており、台湾有事の際は、地理的に近い朝鮮半島への飛び火も予想される。米韓は、2021年、SCMの共同声明としては初めて「台湾海峡」について言及した[23]。これは、2021年5月に行われた米韓首脳会談後の共同声明において、「台湾海峡での平和と安定維持の重要性を確認した[24]」という文言を踏襲したものである。このような台湾海峡の平和と安定に関する認識は、尹政権下でも大きな変化はなく、米韓首脳会談やSCMの共同声明を通して確認することができる。さらに、尹政権は、2022年12月に「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」を発表し、インド太平洋地域の平和と安定に積極的に関与していく姿勢を示した。これは、当該地域の安全保障だけでなく、経済(もしくは経済安保)や環境・エネルギー問題等の包括的な課題における韓国の政策を示すものである。そのため、インド太平洋地域における韓国の軍事的プレゼンスが急激に高まることに直結するわけではない。しかし、このような尹政権の政策は、COTPにおける「朝鮮半島および域内の安保環境」へマイナスの効果を及ぼす可能性がある。韓国国内、特に野党側からは、尹政権のインド太平洋戦略に対して、否定的な声が上がっている。彼らは、インド太平戦略には、北朝鮮や中国をいたずらに刺激する表現が使われており、東アジア地域の協力関係に悪影響を及ぼすと指摘している[25]。したがって、尹政権、そして韓国政府は、CFCの運用能力や核・ミサイル脅威に対する軍事的な能力の拡充だけでなく、米韓が関与するより広範囲の安全保障問題に向き合うことになるだろう。

このように尹政権における作戦統制権の移管作業は、順調に進んでいるとは言い難い。政権交代によって、米韓は合同軍事演習の規模を拡大し、移管のための検証作業をより実戦に近いかたちで実施できるようになった一方、課題も多いとみえる。加えて、北朝鮮のミサイル開発の加速化や中国とロシアへの懸念も増大している。上記で確認したように、COTPによる移管条件は、曖昧な文言であり、具体的な達成度合いを示しているものではない。特に②「同盟による包括的な北朝鮮の核・ミサイルの脅威への対応能力」は、北朝鮮の核・ミサイル開発の進度に依拠することになり、北朝鮮の開発と韓国の防衛強化のいたちごっことなる可能性がある。また、③「安定的な作戦統制権の移管に符合する朝鮮半島および域内の安保環境」については、韓国または米韓の努力のみでコンロトールできる範疇を越えることも予想される。したがって、すべての条件を同時に満たし、作戦統制権の移管に繋げるのは容易ではなく、さらなる時間と労力を要することになる。

同盟のジレンマと今後の課題

作戦統制権移管に向けた今後の動きについて、尹政権は、国防政策における米韓同盟の強化を最優先とし、作戦統制権については、あくまでも「条件に基づく」移管を目指すことを基本とするだろう。米韓同盟を強化しながら、作戦統制権の移管に向けた条件を満たしていこうとするものである。このような尹政権の姿勢は、文政権の政策よりも、米韓による、より現実的かつ実践的な作戦統制権の運用を目指すことができると考えられる。米韓は、作戦統制権の移管後もF-CFCというかたちで連合司令部体制を存続させることにしている[26]。つまり、作戦統制権の移管が米韓同盟の弱体化や解体を意味するわけではない。したがって、米韓同盟を強化することは、作戦統制権の移管に向けた動きにプラスの影響を及ぼすことになるのである。しかし、FOC検証過程の通り、米韓の合同軍事演習を指揮所訓練から大規模野外訓練に戻したからといって、すぐに検証作業が進展するわけではない。

このように韓国は、米国との間で様々なジレンマを抱えながら、作戦統制権の移管問題に向き合っていく必要がある。同盟が抱える三つの主なジレンマとして、「自立と依存」、「捨てられる恐怖と巻き込まれる恐怖」、「同盟が想定する敵対国とのセキュリティ・ディレンマ」が挙げられる[27]。このうち、文前政権が抱えていたのは、一つ目の「自立と依存」であった。「自主国防[28]」を掲げていた文政権は、作戦統制権の移管によって自律性(autonomy)を確保することと、米国との同盟関係によって提供される安全保障(security)との間でジレンマを抱えていたといえる[29]。一方、尹政権は、三つ目の「同盟が想定する敵対国とのセキュリティ・ディレンマ」に直面することになる。つまり、米国とのジレンマではなく、米韓同盟の強化によって、北朝鮮を過度に刺激し、核・ミサイル開発を加速化させるリスクを抱えているのである。米韓合同軍事演習は、北朝鮮が最も嫌う行動の一つである。北朝鮮は、談話やその他の報道を通して、合同軍事演習が「戦争演習」であり、直ちに中止されるべきであるとの主張を繰り返してきた。作戦統制権の移管のためには、米韓による合同軍事演習が必要不可欠であることは、本稿でも確認した通りである。作戦統制権問題解決のためだけでなく、尹政権は米韓同盟の強化にまい進している。しかし、それはCOTPに掲げられた、移管のための「安定的な作戦統制権の移管に符合する朝鮮半島および域内の安保環境」を危うくする可能性を孕んでいるのである。

以上のように、戦時における作戦統制権の移管には、様々な課題が残っており、尹政権下、あるいは数年内での移管は難しいといえる。したがって、当面の課題としては、運用面と防衛力の強化、外交的努力を追求することで、移管に向けた環境づくりをしていく必要があるだろう。運用面強化の例としては、平時から有事へ事態が変化する場合において、作戦統制権を韓国側から米国側に円滑に移行させるために、作戦レベルでの米韓両軍の協力強化が必要となる[30]。さらに、今後は平時から有事だけでなく、グレーゾーン事態への対応も求められるだろう。防衛力の強化については、尹政権においては「3軸体系」を軸に、国産の戦闘機、艦対地弾道ミサイル、潜水艦、ペトリオットの開発などが挙げられる[31]。しかし、これらの防衛力強化が、北朝鮮に誤ったメッセージを送ることがないよう外交的努力も並行していく必要がある。これらの包括的な取り組みによって、そして、あくまでも米韓両者による課題解決によって、COTPで定められた移管の条件を満たすことが求められるであろう。

(2023年5月2日脱稿)

Profile

  • 浅見 明咲
  • 地域研究部アジア・アフリカ研究室 研究員
  • 専門分野:
    朝鮮半島の安全保障問題