NIDSコメンタリー 第259号 2023年5月11日 台湾に対する懲罰か?米国に対する挑戦か?——ホンジュラスと国交を樹立した中国の狙い

地域研究部中国研究室
五十嵐 隆幸

はじめに

2023年3月14日、ホンジュラスのシオマラ・カストロ大統領は、中国との国交樹立に向けて動くよう外相に指示したことを明らかにした。カストロは大統領選挙戦中に中国と外交関係を結ぶ考えを打ち出していたが、2022年1月の当選後に台湾との外交関係を維持する意向を示していた[1]。しかし2023年3月26日、中国外交部はホンジュラスとの国交樹立を発表した[2]。2016年5月の蔡英文政権発足以降、7年間で台湾と断交した国は9か国に上り、外交関係を維持する国は13か国と過去最少となった。

今回のホンジュラス切り崩しについて、蔡英文が中米2か国歴訪の途中で米国に立ち寄ることを前に、蔡英文とその訪問を認めた米国に対するけん制だとの見方が強い[3]。断交発表の翌日、中国共産党機関紙『人民日報』傘下の環球時報は、「ホンジュラスは台湾との最後の“断交”国家ではない」と題する社説を掲載し、「さらなる“断交”の波が待ち受けるであろう」と警告のメッセージを発した[4]

総統選挙まで1年を切り、これから繰り広げられる選挙戦の過程で、中国は「断交カード」をちらつかせて影響力工作を活発化させてくるかもしれない。しかし、陳水扁政権8年間の10か国、蔡英文政権1期目4年間の7か国と比べ、2020年5月からの蔡英文政権2期目の3年間で断交は2か国とペースが落ちている。陳水扁政権や馬英九政権は2期目に入ると支持率が急落し、任期満了まで2年を切る頃にはレームダック化していたが、蔡英文政権は40%台の高い支持率を維持している。にもかかわらず、中国が「断交カード」を切ったのは、2021年12月のニカラグアと今回のホンジュラスのみであり、2022年8月にナンシー・ペロシ下院議長が台湾を電撃訪問した際も「断交カード」は切られなかった。なぜ、中国が「断交カード」を切って外交圧力をかける頻度が減っているのであろうか。もしかすると、中国にとって「断交カード」を切る狙いが変わってきているのではなかろうか。本稿では、蔡英文政権期における断交の背景を振り返り、中国が「断交カード」を用いる傾向について分析したうえで、ホンジュラスと国交を樹立した中国の狙いについて考察し、今後の「断交」をめぐる米中台関係を展望する。

第1期蔡英文政権(前半:2016.5~2018.5)―トランジット訪米時期

2016年5月20日、蔡英文は総統就任式典において、中台関係の「現状維持」を堅持する考えを明確に示した[5]。台湾では総統候補として党の公認を受けると、あたかも「面接試験」を受けるように訪米し、米国政府などの要人と意見交換をするのが慣例となっており、1年前に民進党の総統候補に決まった蔡英文が訪米した際、米国側は蔡の対中姿勢を前向きに評価していた[6]。いわば、就任演説で蔡英文が掲げた対中政策は、米国の「お墨付き」を得た内容であった。

そして総統就任の翌月、パナマのファン・カルロス・バレラ大統領から運河拡幅の竣工式に招待された蔡英文は、総統就任後初めての外遊に先立ち、「金銭外交」と批判されていた過去の一方的な援助外交の転換を表明し、二国間の対話を通じて互恵互助を追求する「堅実な外交」を新政府の外交思想として示した[7]。往路、トランジットのためマイアミに降り立った蔡英文一行を米国在台協会(AIT)ワシントンオフィス所長のジョセフ・ドノバンらが出迎え、連邦議会の上下院議員らと会談したのち、パナマへと飛び立った[8]。パナマに続き、蔡英文はパラグアイを訪問し、復路はロサンゼルス経由で帰途に就いた[9]。このように外交関係を有する中南米諸国を訪問する際、米国に立ち寄って台湾に友好的な連邦議会議員らと会談していたのだが、それは全て控えめに行われ、報道にも制限がかけられていた。

ところが、蔡英文の総統就任から半年後、米台関係に変動の兆しが見え始めた。米国大統領選挙に当選したドナルド・トランプがツイッターに「今日、台湾の総統から当選を祝う電話があった。ありがとう!」と書き込み、蔡英文と電話会談を行ったことを明かした。1979年の断交以来、米国の大統領や次期大統領と台湾の総統とのやり取りが公になったのは初めてのことであり、驚愕した中国政府は、米国政府に対して「一つの中国」原則の堅持を求めると同時に[10]、台湾側の行為を「小細工」と批判した[11]。さらに、トランプが「『一つの中国』原則には縛られない。維持していくか否かは中国の対応次第だ」と述べると、中国は強い懸念を表明し[12]、それから間もなくサントメ・プリンシペが台湾との断交を発表[13]、中国がサントメ・プリンシペとの国交樹立を発表した[14]。トランプ政権の誕生によって台湾では、米台関係発展への期待が高まったが、反対に中台関係が悪化するのではないかとの不安も入り混じっていた。

年が明けて2017年1月、蔡英文は大統領就任式出席のためニカラグアを訪問し、あわせてホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルを歴訪した。その際、往路は米国のヒューストン、復路はサンフランシスコをトランジット訪問した[15]。この中南米歴訪は、ちょうど米国の政権移行期と重なっていた。トランプは選挙後も中国に対して挑発的な言動を繰り返していたのだが、大統領就任から間もなく習近平国家主席との電話会談が設定され、4月には習近平をフロリダの別荘に招き、両首脳は北朝鮮の核開発を共通の問題と捉えて良好な関係を築いていった[16]。首脳往来が表すように米中関係が安定的に進展するなか、6月13日にパナマが台湾に対して電撃的に断交を通知してきた。パナマとは建国以来107年にわたって外交関係を維持してきただけに、台湾にとっては衝撃的な外交上の敗北であった[17]

蔡英文政権発足以降、中国が台湾の友好国の切り崩しを進めていくなか、習近平は10月に中国共産党第19回全国代表大会を終え、第2期政権をスタートさせた。その閉幕から4日後、蔡英文はマーシャル諸島、ツバル、ソロモン諸島の歴訪に出発し、往路はホノルル、復路はグアムを経由した[18]。2012年の習近平政権発足以降、中国は太平洋島嶼国とのハイレベル交流を活発化させており、2014年に習近平がフィジーを訪問した際、太平洋島嶼国8か国との首脳会談で「一帯一路」構想と太平洋島嶼国が結びつけられていた[19]。蔡英文は、南太平洋の友好国のつなぎ留めに奔走していた。

他方、米中間には、経済や貿易に関する問題が積み重なっていた。11月にトランプが初訪中を終えて帰国すると、年末に米国政府が「国家安全保障戦略」を発表し、中国を「現状変更勢力」と批判したうえで、過去の政策が間違いであったと記された[20]。米国政府が中国への警戒感を顕わにするなか、2018年4月に蔡英文はエスワティニ建国および外交関係樹立50周年に参加するためアフリカを訪問した[21]。そして、蔡英文の帰国から10日後、中国政府はドミニカ共和国との国交樹立を発表した[22]。5月24日には台湾の外交部が緊急記者会見を開き、ブルキナファソから外交関係断絶を通告されたことを発表した[23]。台湾が1か月以内に2か国と断交するのは、李登輝政権下の1998年以来20年ぶりのことであった。

第1期蔡英文政権(後半:2018.5~2020.5)―米国「台湾旅行法」成立後

2018年5月に「断交ドミノ」に見舞われた2か月半後、蔡英文はパラグアイ大統領の就任式に参加するため、8月12日に中南米諸国歴訪へ向けて出発した。総統就任後4回目となる外遊では、パラグアイのほかベリーズの訪問が計画されていたのだが、慣例となっている米国トランジット訪問の際、歴代総統が為し得なかったほど大きな外交成果を収めることとなった。往路では、レーガン大統領図書館で講演を行い、帰路では、連邦政府機関である航空宇宙局(NASA)を公式訪問したことが大々的に報じられた。3月に米台双方の政府高官による往来の促進を定めた「台湾旅行法」が成立しており、蔡英文の訪問にそれが適用され、米国滞在期間中の報道規制も解除された[24] 。そして、蔡英文が台湾に戻った翌21日、中国はエルサルバドルが台湾と断交し、中国と国交を樹立したことを発表した[25]。蔡英文訪米への「懲罰」のタイミングであったが、それ以上に蔡英文を厚遇した米国に対する「警告」の意味が込められていた。

こうして中国が台湾に外交面で圧力をかけていくなか、米国では中国に強硬な意見が強まっていた。10月4日にマイク・ペンス副大統領がハドソン研究所でトランプ政権の対中政策について講演した際、「これまでの政権が中国にかけてきた期待は実現しなかった」と中国を厳しく批判した [26]

2019年1月2日、米中国交樹立を機に鄧小平が発表した「台湾同胞に告げる書」の40周年を記念して習近平が重要演説を行い、「一国二制度による台湾統一」を強調すると、蔡英文は2時間後にそれを拒否する談話を発表した。このレスポンスが高く評価され、台湾では蔡英文の支持が広がった。習近平の決意表明は、前年11月の統一地方選挙で大敗し、次の総統選挙に向けて劣勢に立たされていた蔡英文にエールを送る形となった。蔡英文が中国の統一攻勢に屈しない姿勢を強く打ち出していくなか、蔡英文は3月21日にパラオ、ナウル、マーシャル諸島の歴訪に出発、復路ハワイ経由で26日に台湾に到着した[27]。その5日後、中国軍機が台湾海峡の中間線を越えた。2017年10月の第19回党大会以降、中国軍機による台湾の周回飛行など威嚇的な活動が増えていたが[28] 、事実上の停戦ラインを越えるのは極めて異例の事態であった。そして、6月に香港で「逃亡犯条例」に反対する大規模な抗議活動が起きると、台湾の住民はメディアを通じて映し出される香港に「明日の台湾」を想起し、中国への警戒を強めていった。

香港の大規模抗議活動から約1か月後の7月11日、蔡英文は2016年の総統就任以来未訪問であったハイチ、セントクリストファー・ネイビス、セントビンセント・グレナディーン、セントルシアの歴訪に出発した。往路でニューヨークに立ち寄った蔡英文は、コロンビア大学で講演を行うほか、連邦議会議員が主催するレセプションに参加した。帰路、デンバーに立ち寄った蔡英文一行は、米エネルギー省に隷属する国立再生可能エネルギー研究所(NREL)などを訪問した[29] 。2018年3月の「台湾旅行法」成立後、最初の訪米でのNASAに続き、政府機関を公式訪問し、それが大々的に報じられた。

こうして中国への警戒感の高まりや、外交上の成果を背景に、総統選挙に向けた世論調査で蔡英文の支持率がトップに上がった。しかし、9月16日にソロモン諸島、20日にキリバスから相次いで断交が伝えられた。わずか4日で友好国を2か国失い、残り15か国と総統選挙にも影響しかねない苦しい立場に立たされたのだが、蔡英文は「中国の金銭外交とは張り合わない」と述べ、中国を批判した[30] 。この頃になると、台湾の外交官からも、「金銭的な援助で国交相手を乗り換える国を繋ぎ止める必要は無い」、「価値観を同じくする友好国に外交資源を集中するほうが得策だ」といった声が上がり始めていた。

第2期蔡英文政権(初期:2020.5~2021.12)―米国の政権移行期

2020年1月の総統選挙において、蔡英文は史上最多得票で再選を決めた。2期目が決まった蔡英文政権は、新型コロナウィルスが世界中に広がるなか、外交関係がある15か国のほか、日本や欧米諸国に医療物資を贈るなど、国際社会に台湾の存在感を示していった。そして、5月20日の就任演説で蔡英文は、「我々は引き続き国際機関への参加を目指し、国交を有する国々との共栄と協力を強めていくとともに、米日欧など価値観を同じくする国々とのパートナーシップを深めていく」との外交方針を掲げた[31]

国際社会が新型コロナウィルスの感染拡大で混乱するなか、7月30日に李登輝元総統が亡くなると、米国政府はアレックス・アザール厚生長官とジェームズ・モリアーティAIT理事長を弔問外交という形で台湾に派遣し、これを機に防疫協力強化の覚書(MOU)を締結した。米台間で覚書が交わされたのは、1979年の断交後初めてのことであった[32] 。9月17日には、李登輝元総統の追悼式参加のため、キース・クラック国務次官が台湾を訪問し、蔡英文との会談で今後の交流拡大を確認した[33]。米国政府高官の相次ぐ訪問の間、8月30日にはチェコのミロシェ・ビストルチル上院議長率いる訪問団89名が中国の圧力を受けながらも台湾を訪問し、蔡英文総統らと会談したほか、経済貿易分野の覚書を締結した。同時期、訪欧中の王毅中国外交部長がビストルチルの訪台を批判したところ、スロバキアのスザナ・チャプトヴァー大統領がその発言を受け入れられないと表明し、これに欧州諸国の政府や議会関係者も続いた[34]。新型コロナウィルスに対する防疫や積極的な対外支援が功を奏し、台湾を支持する声が高まっていた。

その後、米国大統領選挙で台湾側が「親中」と見ていたジョー・バイデン候補の勝利が固まるなか、トランプ政権は台湾に対して友好的な政策を取り続けた。政権交代まで2週間を切った2021年1月8日には、国連大使就任以降台湾の国連加盟に支持を表明し続けたケリー・クラフトの訪台が発表された[35]。クラフト訪台は、政権交代の引継ぎが優先されたために中止となったのだが、トランプ政権4年間における米台関係は、「台湾旅行法」が成立し、米台双方の政府高官による公式訪問が実現するほど、その進展は目を見張るものがあった。そのため、台湾では「親台」のトランプ政権から、バイデンへと政権交代することに不安が広がっていた。しかし、2021年1月20日のバイデン政権発足からわずか3日後、国務省が中国に対して台湾へ軍事的、外交的、経済的圧力をかけるのをやめるように呼び掛けると同時に、台湾との関係を深化させ、インド太平洋地域の平和と安全の維持のため、台湾の自衛能力維持を支援する考えを表明した[36]。バイデン政権が発足直後に前政権の台湾に友好的な政策を踏襲する姿勢を示したことは、台湾側の不安を払拭させる効果があったが、反対に中国側の反発を招くことを意味していた。

ソロモン諸島とキリバス以降、太平洋地域で中国による台湾の友好国切り崩しは起きていない。ツバルなどが手を組み、中国の圧力に抵抗しているのであろう[37]。その太平洋島嶼4か国と台湾との結束を前に、中国の照準は中南米に移っていた。2021年3月には、中国がパラグアイに対し、ワクチン提供の条件として台湾との断交を迫っていた[38]。また、6月にグアテマラのジャマティ大統領がロイターの取材で、隣国ホンジュラスがワクチン提供をカードに中国から揺さぶりをかけられていることを明らかにした[39]

このように中国がワクチン外交を展開するなか、米国は「民主主義サミット」を開催することを発表した[40]。そして11月23日、国務省が公表した参加リストでは、アルファベット順で101番目に「Taiwan」と記されていた[41]。こうして迎えたサミット初日の12月9日、ニカラグアが台湾と断交し、中国と国交回復することを発表した[42]。ニカラグアでは、11月に現職大統領が4選を決めていたが、欧米諸国はこれを公正な選挙とは認めず、経済制裁を課していた[43]。さらにバイデン政権は、中南米諸国のうち台湾と外交関係を持つグアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、ハイチの4か国を民主主義サミットに招待していなかった。中国は、12月4日に「中国の民主」と題する白書を発表するなど、米国が掲げる民主主義を批判するキャンペーンを繰り広げてきたが、「米国の裏庭」で反米色を強めるニカラグアに接近し、台湾との「断交カード」を切ることで、ニカラグアと対米共闘を演出することに成功したのである。

第2期蔡英文政権(中期:2022.1~)

2022年1月25日、頼清徳副総統は、蔡英文総統の特使としてホンジュラスの大統領就任式に出席するため、台湾を出発した。頼清徳一行は、往路でロサンゼルス、復路でサンフランシスコに立ち寄り、米国政府高官と意見を交換し、30日に帰国した[44]。ホンジュラスで頼清徳は、同じく大統領就任式に参加したカマラ・ハリス米副大統領と会話を交わし、中国外交部はそれを批判する声明を発した[45]。頼清徳は、2020年1月の総統選挙後、5月の副総統就任を前に訪米した際、大統領が出席する大規模な朝食会に招待され、最前列のポンペオ国務長官の隣に席が用意される「異例の厚遇」で迎えられていた[46]

2月24日にロシアがウクライナに侵攻を始めると、台湾社会に「今日のウクライナは、明日の台湾」という言葉が広がり、中国の台湾侵攻への警戒感が高まりを見せた。3月下旬に行われた世論調査では、「米軍が台湾の防衛を助けるために参戦すると思うか?」との質問に対し、「すると思う」が前回10月の65%から34.5%に急落し、「しないと思う」が28.5%から55.9%に急増する結果が示された[47]。3月初旬にバイデン政権が「台湾を安心させる」ためにマイク・マレン元統合参謀本部議長が率いる超党派訪問団や、ポンペオ前国務長官らを台湾に派遣し、蔡英文らに「アメリカは西太平洋地域と台湾海峡の安全保障を重視している」とのメッセージを送ったが[48]、その効果は期待するほど大きくなかったようである。

その後も米国からは、重量級議員が陸続と台湾を訪問し、蔡英文ら要人と会談を繰り返しているが、中国のみならず国際社会にインパクトを与えたのは、ペロシ下院議長の電撃訪台であろう。アジア歴訪中のペロシは、8月2日22時過ぎに台北に到着、翌3日午前に蔡英文総統ら要人と会談、午後には立法委員と懇談し、夕方には台湾を離れた[49]。ペロシ訪台を受け、中国は台湾を取り囲むように設定した6か所のエリアにおいて「重要軍事演習」を行うと発表した[50]。ペロシらが台湾を離れた4日以降、人民解放軍は台湾周辺で11発のミサイル発射を行い、一部のミサイルは台湾上空を超えて台湾東部海域に着弾したと報じられた。また、空軍機が台湾海峡の中間線を超えて飛行する事例が激増し、国防部は5日までの統計で延べ68機が中間線を越えたと公表した。また、中国メディアが、演習期間中に米軍の偵察機7機が台湾周辺を飛行したと報じるなど、台湾海峡をめぐり米中台の間で緊張が高まる様子が報じられた[51]

ペロシの訪台後も解放軍による軍事的な圧力が続くなか、台湾で広がる「疑米論」を払拭するかのように米国議員の訪台が続いた。一方、対米外交のみならず、蔡英文政権が掲げる「堅実な外交」も繰り広げられていた。頼清徳は10月5日から10日までの間、新型コロナウィルスの感染拡大で観光業に大打撃を受けているパラオを訪問した。ホイ・シュレン大統領らと会談した頼清徳は、パラオの観光や衛生分野に対する協力を約束した[52]。このように蔡英文政権は、2期目の3年目を迎えても米国との良好な関係を保ち、その支持率も40%台を維持していたが、11月下旬に実施された統一地方選挙では与党・民進党が惨敗し、蔡英文は兼務していた党主席を辞任した。そして、2023年1月15日に実施された党主席補選で頼清徳が当選し、18日に新主席に就任した。民進党の総統候補は、頼清徳に絞られつつあった[53]

こうして台湾の政局に落ち着きが見られる頃、米国でも2022年11月の中間選挙後、下院議長に選出されたケビン・マッカーシーが訪台の意向を示していた。しかし、台湾側はペロシ訪台時のような軍事的緊張を避けるため、蔡英文が4月初旬に中南米諸国を歴訪する際に立ち寄る米国国内での会談を提案し、マッカーシーがそれを受け入れたことが3月上旬に報じられた[54]。この報道に対し、中国外交部は3月8日の定例記者会見において、米国政府に対して厳重に抗議し、説明を求めていることを明らかにした[55]。それから約1週間後の14日、ホンジュラスのカストロ大統領が中国との国交樹立に向けて動くよう外相に指示したことを明らかにし、26日に中国外交部はホンジュラスとの国交樹立について談話を発表した。

ホンジュラスが台湾と断交して中国と国交を樹立したことについて、月末から始まる中米諸国歴訪に合わせて訪米する蔡英文への「懲罰」であり、蔡英文と会談予定のマッカーシー下院議長に対する「警告」でもあるとの見方が強い[56]。だが、蔡英文の訪米と同時期、第2回「民主主義サミット」が開催されることが決まっていた。3月22日に国務省は、サミットには第1回会合よりも8か国多い120か国・地域を招待し、前回同様に台湾の代表も参加予定であることを説明していた。ただ、台湾と外交関係を持つグアテマラとハイチの2か国は前回同様に招待されておらず、一方でホンジュラスは新たな招待国として名を連ねていた[57]。1月には、米国の国際開発庁(USAID)とホンジュラス政府が進める「ホンジュラス学校再建プロジェクト」に台湾の参加が決まっていた[58]。ホンジュラスのカストロは、選挙戦で中国との外交関係樹立を公約として掲げており、米国も台湾も繋ぎ止めのために経済協力など進めてきた。民主主義サミットへの招待にも、繋ぎ止めの意図が込められていたのであろう。ところが、ホンジュラスは、蔡英文の訪米と民主主義サミットの直前というタイミングで台湾との断交を発表した。

3月20日、中国は『2022年における米国の民主状況報告書』を発表し、「米国流の基準で世界を『民主主義』と『非民主主義』の二大陣営に区分し、公然と分裂や対立を扇動している」と第2回「民主主義サミット」の開催を前に米国を批判した[59]。ホンジュラスとの国交樹立は、訪米する蔡英文への「懲罰」ではあったが、それ以上に民主主義サミットに水を差し、米国の面子を潰す意図が込められていた。

むすびにかえて

2023年4月8日、中国人民解放軍東部戦区は、台湾周辺で3日間にわたって軍事演習を実施すると発表した。「“台湾独立”分離勢力と外部勢力の挑発に対する厳重な警告で、国家主権と領土を守るための必要な行動だ」と説明されている[60]。これを聞く限り、蔡英文の訪米とそれを受け入れた米国に対する「警告」であることは明白である。3日間で延べ100機以上の作戦機が台湾の防空識別圏に侵入し、そのうち50機以上が台湾海峡の中間線を越えた。特に注目すべきは、空母「山東」が初めて太平洋へ進出し、台湾の東側海域でJ-15戦闘機の発着艦を繰り返したことである。2022年8月の演習よりも期間、範囲、規模は小さかったが、台湾包囲作戦の総合的なシミュレーションとして位置づけられてい[61]

蔡英文の中米歴訪とほぼ同時期、台湾の馬英九前総統が中国を訪問している[62]。また、4月5日から7日に訪中したフランスのエマニュエル・マクロン大統領は、習近平との会談において台湾問題に触れ、「最悪なのは、欧州が米国のリズムや中国の過剰反応に追従しなければならないと考えることだ」と述べた[63]。さらに演習最終日の4月10日、中国共産党序列第4位の王滬寧が、両岸企業家サミット台湾側理事長との会談において、経済交流の促進について提起した[64]。蔡英文の訪米に対する中国の対応は、「懲罰」というよりも、軍事のみならず外交や経済の手段を組み合わせた複合的かつ総合的な圧力であった。

一方でそれは、「断交カード」効果の低下を意味している。岸川毅は、80年以上の外交関係があったホンジュラスとの断交は政府や外交関係者にとってはショッキングな出来事であったが、台湾社会に与える影響は限定的であったと指摘する。以前は断交が大々的に報じられ、政権を糾弾する材料になっていたが、今回は主要紙や市民の間で政権を責める雰囲気はなかった。「金銭外交を続けてまで、外交関係を維持する必要はない」という世論は強く、台湾の人々は過大な援助要求への嫌悪感を募らせている[65]

たしかに蔡英文政権の初期は、蔡英文の外遊から概ね半年後に「断交カード」が切られ、米国の「台湾旅行法」成立後には即座に対応する傾向が見られるようになり、台湾に対する「懲罰」や訪米した総統らの公式的な活動を認めた米国に対する「警告」の意図があったと言えよう。だが、2021年12月のニカラグアとの断交に際しては、台湾側の訪米とは重なっておらず、むしろ今回のホンジュラスと共通しているのは、米国が主催する「民主主義サミット」に合わせて切った「断交カード」であった。

4月30日に迫るパラグアイの大統領選挙では、その結果次第で台湾との外交関係の見直しがあるのではないかとの予想が出ている。今後、米中対立がエスカレーションする過程において、台湾の友好国を切り崩す中国の「断交カード」は、「米国の裏庭」で繰り広げる中国の米国に対する「挑戦」としての意義が強くなっていくのではなかろうか。

(2023年4月19日脱稿)

【参考資料】

時期 訪問国 往路(訪問地) 復路(訪問地)
断交国
2016.6.24-7.2 パナマ
パラグアイ
マイアミ ロサンゼルス
2016.12.21 断交:サントメ・プリンシペ
2017.1.7-15 ニカラグア
ホンジュラス
グアテマラ
エルサルバドル
ヒューストン サンフランシスコ
2017.6.13 断交:パナマ
2017.10.28-11.4 マーシャル諸島
ツバル
ソロモン諸島
ハワイ グアム
2018.3 米国:「台湾旅行法」成立
2018.4.17-21 エスワニティ
2018.5.1 断交:ドミニカ
2018.5.24 断交:ブルキナファソ
2018.8.12-20 パラグアイ
ベリーズ
ロサンゼルス
(レーガン大統領図書館)
ヒューストン
(NASA)
2018.8.21 断交:エルサルバドル
2019.3.21-26 パラオ
ナウル
マーシャル諸島
ハワイ
2019.7.11-22 ハイチ
セントクリストファー・ネイビス
セントビンセント・グレナディーン
セントルシア
ニューヨーク
(コロンビア大学)
デンバー
(国立再生可能エネルギー研究所)
2019.9.16 断交:ソロモン諸島
2019.9.20 断交:キリバス
2021.12.9 断交:ニカラグア
2021.12.9-10 第1回「民主主義サミット」開催
2023.3.26 断交:ホンジュラス
2023.3.29-30 第2回「民主主義サミット」開催
2023.3.29-4.7 グアテマラ
ベリーズ
ニューヨーク
(ハドソン研究所)
ロサンゼルス
(レーガン大統領図書館)

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    東アジア国際政治史