「昭和100年」特設Webページ
ミッドウェー海戦
ミッドウェー海戦
【史料①】コマ1~4「昭和17年6月1日~30日 佐世保鎮守府戦時日誌」(請求記号:④艦船・陸上部隊、戦闘詳報‐戦時日誌、418)
【史料②】コマ5~12「昭和17年6月1日~30日 ミッドウェー海戦 戦時日誌戦闘詳報」(請求記号:④艦船・陸上部隊、戦闘詳報‐戦時日誌、38)
1942年(昭和17年) 7月、日本海軍はミッドウェー海戦において、主力空母4隻を失うという壊滅的な大敗を喫しました。海軍上層部はこの事実を国民、さらには陸軍にも明かしませんでした。
【史料①】は、海軍の重要ポストから各部隊へ送られた機密電報です。そこには、公式発表以外の情報は一切漏らさないよう厳重に命じるとともに、陸軍に対しては、作戦に失敗したのではなく、あくまで戦争遂行上の理由で「延期」したとの説明をしていた事実が記されています。
【史料②】は、空母「飛龍」の戦闘記録(戦闘詳報)です。主力空母である「赤城」「加賀」「蒼龍」がつぎつぎと撃沈されていく中、「飛龍」は孤軍奮闘しました。しかし、最終的には米軍機の猛攻を受けて航行不能となり、機密保持のために味方の駆逐艦の手によって沈められます。
| 年代 | アジア・太平洋地域 | 欧米地域 |
|---|---|---|
| 1941 |
|
|
| 1942 |
|
|
| 1943 |
|
|
| 1944 |
|
|
| 1945 |
|
|
*年表は主として、山川出版社『詳説日本史図録第10版』295頁を参照