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真珠湾攻撃

真珠湾攻撃

【史料①】コマ1~2「機密戦争日誌 其4 昭和16年12月8日~17年12月7日」(請求記号:中央、戦争指導重要国策文書、1174)
【史料②】コマ3~4「真珠湾攻撃アルバム」(請求記号:⑧参考、写真、287)

「機密戦争日誌 其4 昭和16年12月8日~17年12月7日」
「機密戦争日誌 其4 昭和16年12月8日~17年12月7日」
「真珠湾攻撃アルバム」
「真珠湾攻撃アルバム」

昭和16年(1941年)12月8日、日本はアメリカ、イギリス、オランダの3カ国に対して、宣戦布告(=正式に戦争を始める宣言)をしました。
【史料①】は、戦争が始まったまさにその日の、参謀本部の記録です。そこには、歴史的な奇襲作戦がついに成功した、日本中の国民が興奮で血が沸き立つような思いでいる、といった言葉が並んでいます。これらの記述からは、開戦の知らせを受けた当時の指導部や社会が、どれほど熱狂し、興奮に包まれていたかという生々しい雰囲気を感じ取ることができます。
【史料②】は、日本海軍の飛行機がハワイ真珠湾を攻撃した時の様子を記録したものです。攻撃はまず、海面スレスレから魚雷を放つ雷撃隊(らいげきたい)が敵の戦艦を狙うところから始まりました。続いて、戦闘機が飛行場を襲って敵の飛行機を撃ち抜き、さらに、高い空から一気に突き進む急降下爆撃隊や、高い高度から爆弾を落とす水平爆撃隊が次々と攻撃を加えました。このように、役割の違うさまざまな飛行機がチームを組んで、波状攻撃を仕掛けました。

年代 アジア・太平洋地域 欧米地域
1941
11.5
御前会議(帝国国策遂行要領の決定)
.20
日本、対米交渉最終提案
.26
米国、ハル・ノート提示
12.1
御前会議(対英米開戦の決定)
.8
日本軍、マレー半島に上陸開始
ハワイ真珠湾攻撃
.10
英東洋艦隊を撃破(マレー沖海戦)
12.11
独・伊、対米宣戦布告
1942
1.2
日本軍、マニラ占領
2.15
シンガポールの英国軍の降伏
3.9
ジャワの蘭印軍の降伏
4.18
米軍機、日本本土初空襲
5.7
マニラ・コレヒドール島の米軍の降伏
6.5
日本海軍、ミッドウェー海戦で敗北
8.13
マンハッタン計画の開始
1943
2.1
日本軍、ガダルカナル島から撤退開始
4.18
連合艦隊司令長官・山本五十六の戦死
5.29
アッツ島の日本軍守備隊の全滅
11.5
大東亜会議の開催
2.2
スターリングラードの独軍降伏
11.22
カイロ会談
1944
3.8
インパール作戦の開始
7.4
インパール作戦の中止
7.7
サイパン島の日本軍守備隊の全滅
10.12
B-29、サイパン島へ進出
10.20
米軍、フィリピンのレイテ島に上陸
10.24
日本海軍、レイテ沖海戦に敗北
10.25
海軍神風特別攻撃隊の出動
6.6
米英軍、ノルマンディー上陸
1945
3.9〜10
B-29による東京大空襲
.25
硫黄島の日本軍守備隊の全滅
4.1
米軍、沖縄本島に上陸
6.23
沖縄の日本軍守備隊の全滅
8.6
米軍、広島に原子爆弾を投下
.8
ソ連の対日参戦
.9
米軍、長崎に原子爆弾を投下
.14
日本、ポツダム宣言の受諾を決定
.15
天皇、「戦争終結」の詔書を放送
2.4
ヤルタ会談
4.30
ヒトラー自殺
7.17
ポツダム会談

*年表は主として、山川出版社『詳説日本史図録第10版』295頁を参照