「昭和100年」特設Webページ

ペリリュー島の戦い

ペリリュー島の戦い

【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)

【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)
【史料】コマ1~8「大東亜戦争 電報綴 第十四師団」(請求記号:中太、西カロリン、14)

1944(昭和19)年9月15日、米軍はペリリュー島に上陸を開始します。ペリリュー島地区隊(歩兵第2連隊・部隊長中川州男大佐)は、パラオ地区集団(=第14師団)による指揮の下、徹底的な持久作戦によって、米軍に多大の損害を与えました。
掲示している史料は、あくまで徹底的な持久を厳命したパラオ地区集団司令官の電報と(コマ1~5)、ペリリュー島地区隊長・中川大佐から発せられた最後の電報です(コマ6~8)。ペリリュー島地区隊は米軍上陸以来、約2ヶ月にわたって戦っていたとわかります。

年代 アジア・太平洋地域 欧米地域
1941
11.5
御前会議(帝国国策遂行要領の決定)
.20
日本、対米交渉最終提案
.26
米国、ハル・ノート提示
12.1
御前会議(対英米開戦の決定)
.8
日本軍、マレー半島に上陸開始
ハワイ真珠湾攻撃
.10
英東洋艦隊を撃破(マレー沖海戦)
12.11
独・伊、対米宣戦布告
1942
1.2
日本軍、マニラ占領
2.15
シンガポールの英国軍の降伏
3.9
ジャワの蘭印軍の降伏
4.18
米軍機、日本本土初空襲
5.7
マニラ・コレヒドール島の米軍の降伏
6.5
日本海軍、ミッドウェー海戦で敗北
8.13
マンハッタン計画の開始
1943
2.1
日本軍、ガダルカナル島から撤退開始
4.18
連合艦隊司令長官・山本五十六の戦死
5.29
アッツ島の日本軍守備隊の全滅
11.5
大東亜会議の開催
2.2
スターリングラードの独軍降伏
11.22
カイロ会談
1944
3.8
インパール作戦の開始
7.4
インパール作戦の中止
7.7
サイパン島の日本軍守備隊の全滅
9.15
米軍、ペリリュー島に上陸開始(〜11.27)
10.12
B-29、サイパン島へ進出
10.20
米軍、フィリピンのレイテ島に上陸
10.24
日本海軍、レイテ沖海戦に敗北
10.25
海軍神風特別攻撃隊の出動
6.6
米英軍、ノルマンディー上陸
1945
3.9〜10
B-29による東京大空襲
.25
硫黄島の日本軍守備隊の全滅
4.1
米軍、沖縄本島に上陸
6.23
沖縄の日本軍守備隊の全滅
8.6
米軍、広島に原子爆弾を投下
.8
ソ連の対日参戦
.9
米軍、長崎に原子爆弾を投下
.14
日本、ポツダム宣言の受諾を決定
.15
天皇、「戦争終結」の詔書を放送
2.4
ヤルタ会談
4.30
ヒトラー自殺
7.17
ポツダム会談

*年表は主として、山川出版社『詳説日本史図録第10版』295頁を参照