NIDSコメンタリー 第396号 2025年9月9日 露朝軍事技術協力のゆくえ —— ロシア人識者の見方
- 政策研究部 軍事戦略研究室長
- 寺内 真寿
はじめに
2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻以降、ロシアの行動に対して強い支持を表明している北朝鮮は、ロシアとの急接近を背景に、現在、ロシアとの間において過去に前例のない規模での強力な軍事技術協力を模索しているものと考えられている。他方、閉鎖的な国家である北朝鮮からこれらに関する情報の入手は困難であり、その動向はベールに包まれている。
それが「プロパガンダ」の側面を有することには意識的に注意しつつも、もう一方の当事国であり、また北朝鮮の同盟国であるロシア人識者の見方に注目することは、本件を俯瞰的に考察する上で価値がある。そのため本稿では、普段、我々があまり触れることのできない領域で研究を行っているロシア人識者による北朝鮮の軍事力の評価および平壌との軍事技術協力に対するモスクワの課題などに関して概観し、露朝軍事技術協力のゆくえについて考察していく。
露朝接近の要因についての見方
2022年2月24日、ロシアが「特別軍事作戦」と称するウクライナへの軍事侵攻以降、新たな地政学的現実の出現により、特に軍事・政治の領域においてロシアと北朝鮮は急速に接近した。カザン連邦大学アルセニー・S・ニキフォロフによれば、ロシアにとってこの接近は、新たな地政学的状況において志を同じくする同盟国との関係強化の試みであり、北朝鮮にとってはソ連崩壊後により失ったロシアとの同盟関係をできるだけ近い形で取り戻す試みである1。
この両国の急速な接近は、ロシアにとっては「特別軍事作戦」に対する北朝鮮の支援確保がその目的であるが、北朝鮮にとっては朝鮮半島の安全保障の確保にロシアとの同盟関係が重要な役割を果たすということであると認識されている2。ロシア科学アカデミー東洋学研究所朝鮮・モンゴル部長アレクサンダー・V・ヴォロンツォフによれば、近年、朝鮮半島の安全保障環境は悪化しており、その緊張の主な原因は、米韓軍事同盟の存在および近年、継続的に実施されている日米の大規模演習などの露朝周辺における頻繁な軍事・政治活動である。これに対する2024年6月19日のロシアと北朝鮮との間の合意3は、モスクワによる朝鮮半島の安全保障強化のための重要なステップの1つとなったと理解されている4。また、ロシア人民友好大学アリーナ・S・ナウメンコおよび極東連邦大学スタニスラフ・D・サルタノフは、「国力が劣る国家は、より強力な国家に対抗するべく、軍事力を強化するために他の国々と同盟を結ぶ。」5というケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)の勢力均衡論を引用し、この両国の接近は、軍事技術協力を強化し西側諸国に対抗するための行動であると指摘する6。
一方で、極東連邦大学アジア研究所アルチョム・L・ルーキンは、一連の行動は北朝鮮が「戦略的隔離の終焉(End of Strategic Seclusion)」に向けて舵を切った可能性を指摘する7。以上のことからも今回の露朝の接近について多くのロシア人識者は、双方の国益に合致する大きな転換期となる可能性を示唆している。
北朝鮮の軍事力に関する評価
(1)北朝鮮の軍事政策上の脆弱性
ルーキンによれば、「北朝鮮が現有の通常戦力は良い状態にはない。また、朝鮮人民軍の規模は世界第4位にもかかわらず、かなりの軍人は政府によって建設や農業などの労働に従事させられており、その戦闘力には疑問が残る」8。また、北朝鮮は東西を海に囲まれているが、朝鮮人民軍は陸軍主体で構成されおり、空軍と海軍の戦力はかなり脆弱である。このような状況の下、「平壌はミサイル開発競争において量的にも質的にも増強し続けているが、これは北朝鮮の強さではなく、脆弱性の露呈であるといえる」9。つまり、ルーキンの解釈によれば、北朝鮮にとって通常戦力増強のための新たな軍事技術の獲得は途方もなく費用がかかり困難であるため、核弾頭とミサイルの開発は安価な代替手段ということになる10。これは、権威主義的かつイデオロギー化された国家が不利な地政学的環境にある場合に陥る「安全か発展か」というジレンマによるものであり、金正恩政権前半の3分の2は市場メカニズムの導入など、経済成長と社会発展を優先する意向だったものの、2019年頃から安全保障上の懸念が優先されるようになり、これが経済発展の鈍化を引き起こす原因となった11。そして、この経済状況の悪化は北朝鮮の軍事力の発展にも大きな影響を与えている可能性がある12。
(2)軍事活動における北朝鮮の限界
またルーキンは、脆弱な経済力を背景とする「北朝鮮の通常戦力の弱さと後進性は、軍事的緊張下において平壌に自由を与えていない」と指摘する13。北朝鮮の極超音速滑空体を搭載したミサイルは平壌からソウルまで1分以内に飛翔するため、韓国軍のミサイル防衛システムではこの攻撃を効果的に迎撃できない。そのため実際のシナリオは韓国軍による予防攻撃で開始される可能性が高く、これが急激な戦闘拡大を助長する可能性が高いのだという14。また、北朝鮮の通常戦力は米韓同盟(プラス日本)の通常戦力より桁違いに劣っているため、北朝鮮にとって核兵器を使用しない通常戦力による戦争は急速な敗北につながる公算が高く、また通常戦力を補うために平壌が核兵器を使用した場合でも、これは高い確率で報復核攻撃を受け、北朝鮮が国家の終焉を迎える可能性は否定できない。つまり、朝鮮半島で戦争が始まれば、「北朝鮮は通常紛争に負けるか、核エスカレーションによって自らを完全破壊の瀬戸際に追い込むかという苦渋の選択に直面することになる」可能性がある15。これは、北朝鮮による核兵器の使用は、国家とその指導者の存在に直接的かつ致命的な脅威がある場合のみ、すなわち最後の手段ということである16。
(3)核戦力による国家の優位性持続の限界
さらにルーキンは、韓国に対する北朝鮮の経済力と技術力の遅れは両国の軍事力のバランスに影響を及ぼしているとの認識を示す。北朝鮮による核兵器の保有は韓国の軍事力とのバランスの差を埋めるために設計されているが、「平壌の核兵器の優位性は暫定的なものであり、ソウルが核兵器保有を決断するまでの機能でしかない」17。2023年1月、尹前韓国大統領は北朝鮮からの脅威の高まりに、自国が独自の核兵器を作らざるを得なくなる可能性があると公に述べた。ある世論調査では、この尹前大統領の発言に対し、韓国国民の70%がこの考えを支持しているとの結果が出た18。また、ロシア国防省刊行誌「陸軍選集」の記者アンドレイ・V・ペトロチニンは、自身の記事「破壊命令」の中で、尹前大統領は、「北朝鮮が核兵器を使用した場合、韓米同盟の対応は北朝鮮の体制の終焉につながるだろう」19と言及するとともに、2023年7月、核兵器を搭載可能な米海軍オハイオ級戦略原子力潜水艦を40年ぶりに韓国に寄航させ20、さらに、2023年10月には航空宇宙・防衛産業展示会(Seoul ADEX-2023)への参加を名目に共同訓練を行った後、B-52戦略爆撃機の着陸制限を解除し初めて韓国に着陸させるなど21、米国の戦術核兵器を半島に再配備するという尹前大統領の長年の夢を実現させたと述べている22。またルーキンは、「その強大な威力にもかかわらず、従来の核兵器は魔法の指輪ではない」としながら23、「核兵器も他の技術と同様に、科学技術の進歩に直面して徐々に時代遅れとなりその威力を失う。10年後、あるいは20年後にはどれほど北朝鮮保有の核兵器は効果的な戦力であり続けるだろうか」と疑問を呈す24。さらに「もし北朝鮮が新たな『RMA:Revolution in Military Affairs(軍事における革命)』を行うために十分な資金、科学および技術リソースを保有せず、軍事技術の進歩の次の段階に進むことができなければ、核兵器を保有しているにもかかわらず、北朝鮮の安全保障は脆弱になるだろう」25と指摘する。つまり、経済及び技術力の後進性が北朝鮮の安全保障上のボトルネックであると捉えることができる。
(4)北朝鮮による外的バランシングへの転換の可能性
ペトロチニンによれば、地政学上の敵対者であるモスクワを「アジアで挟み撃ち」にしようとしているワシントンが、韓国および日本との軍事同盟を強化する方向に舵を切った現下の状況にあって26、「北朝鮮の核兵器はもはや完全に有効な長期的安全保障の担保とはみなせず、平壌の『戦略的隔離』は終わりを迎えつつあるのかもしれない」27。ルーキンによれば、これは、有事における核兵器の使用範囲が極めて限定的であり、侵略の抑止には有効ではあるが、それ以外にはほとんど役に立たないからである28。前述のとおり、北朝鮮が韓国との通常兵器の差を北朝鮮が単独で縮める能力は、経済規模の低さおよび軍事技術部門の技術的後進性によって制限されている29。「脅威均衡論(Balance of Threat theory)」の観点から、ロシアとの戦略的同盟を模索する北朝鮮の原動力となるのはやはり背後にある外的脅威である30。そして、この外的脅威に対して、「構造的リアリズム(Structural Realism)」31の観点から言えば、北朝鮮が自国の軍事力の強化のみによって他国に対抗しようとする、「内的バランシング(Internal Balancing)」のリソースを事実上使い果たしており、平壌が利用できる唯一の選択肢は「外的バランシング(External Balancing)」32、つまり、他国との同盟や連携で対抗する方策33に頼らざる負えない状況にあるとルーキンは指摘する。「力こそ正義」という概念が世界で俄かに台頭する兆しの中、拡大する米国、韓国および日本の脅威から平壌が保護されることを望むなら、現在の接近を有用し、モスクワとの軍事的・政治的協力を再開しなければならない時を迎えているのかもしれない34。
軍事技術協力におけるロシアの課題
(1)北朝鮮との軍事技術協力と外交的駆け引き
ペトロチニンによると、北朝鮮は「米軍部隊が直接侵攻することを阻止する防衛線となる。また、北朝鮮の核兵器の存在は、朝鮮半島北部を政治的、軍事的、経済的支配下に置こうと夢見るワシントン、東京、ソウルにとって抑止力となっている。こうした拡張主義的プロジェクトの実現にとって北朝鮮軍は深刻な障害となる」35。例えば具体的な軍事協力として、「北朝鮮が誇る最新の大陸間弾道ミサイルについて、もしロシアが偵察衛星からのデータを北朝鮮に提供し始めれば、地域内の敵国の動きを明確に追跡し、攻撃の可能性のある場所をより正確に決定できるようになる」36、あるいは「国連安全保障理事会決議は、北朝鮮の軍事衛星を搭載したロシアのロケットで衛星軌道に投入されることを誰も妨げることはできない」37など、ロシアと北朝鮮の軍事技術協力の有効性をロシア国防省刊行誌の紙面上で強く主張するなど、極東地域における安全保障環境の悪化を背景に、ロシア国防省は北朝鮮との軍事技術協力について前向きであることが窺える。
また、ニキフォロフによれば、ウクライナでの軍事作戦において、ロシアが北朝鮮から供給された弾薬を使用しているという「噂」が2022年9月初めに海外メディアに掲載されたが、ワシリー・ネベンジ・ロシア国連大使によると、北朝鮮がロシアに武器を輸出しているというメディア報道は、関連する国連安保理の制裁専門家グループによってさえ確認されていないと言及する38。また、ロシア科学アカデミー中国・現代アジア研究所朝鮮研究センター主任研究員コンスタンチン・V・アスモロフによれば、おそらく、モスクワと北朝鮮の間の包括的戦略パートナーシップ協定の署名に応じた武器供給は依然として存在しない39。これは、ウクライナへの軍事支援に起因する韓国とロシアの外交的駆け引きの可能性がある。つまり、「韓国がウクライナへ攻撃兵器や装備品の直接供給に関与しなければ、ロシアは北朝鮮の軍事力の開発には関与しない」40という韓国に対するロシア側のメッセージと捉えることもできる。韓国にとって重要なのは、ロシアから北朝鮮への近代兵器の供給や技術移転を防ぐことであり、「『特別軍事作戦』に向かうとされる北朝鮮の砲弾は迷惑ではあるが、それでも大惨事ではない」41。また、北朝鮮が技術でなく最新のロシア兵器を必要としているのではないかという韓国及び西側諸国の疑問については、「北朝鮮にとって提供される技術を基に独自生産する方がはるかに容易であり、また、国産化ではなく、借用した兵器を使用することは北朝鮮の『チュチェ思想(主体思想)』に反する」42と、これらの疑問を否定していることは注目に値する。このことからも、韓国にとって、ロシアから北朝鮮への技術移転は、朝鮮半島の安全保障上、重大な脅威となり得ると捉えていることが窺える。
(2)国連安全保障理事会決議の壁
韓国国民大学校上級研究員フョードル・テルティツキーは、2024年6月に締結された「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」に従って北朝鮮が自国の軍人をウクライナ侵攻へ参加させた後も、例えば、北朝鮮が望んでいる核兵器開発や航空技術の支援など、現時点においてロシア側はこれらの技術の提供を急いでいるようには見えないと指摘する43。またアスモロフによれば、ロシアにとって北朝鮮との軍事技術協力の強化を難しくしている要因は国連安全保障理事会決議の対北朝鮮制裁の履行義務であり、安全保障理事会常任理事国の地位は国際政治における最も重要な成果と考えるロシアにとって、安保理決議を公然と損なう行為は国連における自国の影響力低下につながる可能性があり、この件については多くのロシア人識者も同様に指摘する。つまりロシアにとって、現実的には安保理制裁決議のあいまいな表現を利用して対北朝鮮制裁をどの程度無視または回避するか決定していくという難しい選択肢しか残っていないのである44。
ルーキンが指摘するように、北朝鮮に対しロシアから核兵器以外の特定の兵器技術の供給、合同軍事演習の実施および軍事情報共有は、北朝鮮の安全保障の強化に大きく貢献し、平壌がソウルに対してより自信を持てるようになることを可能にするとモスクワは確信している45。
今後、少なくとも短期的には、ロシアの「国連安保理によって禁止されていないものは許可される」46というロシアの原則に従って、双方の国益と地域の安全保障のために、両国で「一体何ができるか」という課題について、両国間の高官交流などを通じて模索していくことになるであろう。
おわりに
ロシア人識者からは、「朝鮮半島有事に際して、北朝鮮は通常紛争に負けるか、核エスカレーションによって自らを完全破壊の瀬戸際に追い込む」可能性への言及や47、またロシアにとっての最優先事項は朝鮮半島における国境の安定であり、軍事紛争、人道的大惨事、ましてや「大朝鮮」は、いずれもロシアにとって有益ではないとする見解もある48。
さらに北朝鮮の「核の問題」については、ロシアとしては北朝鮮の核ミサイル能力そのものを懸念しているのではなく、それが地域の安全保障に及ぼす可能性のある影響を懸念しており、ロシアは北朝鮮の核‧弾道ミサイル計画を意図的に強化したり、朝鮮半島の⾮核化に対する⻑年の⽴場を根本的に変えたりすることはないというロシア人識者の意見もある49。それは恐らく、世界のいかなる形態でも、いかなる場所でも、核拡散は、ロシアの戦略的利益にかなうことはなく、「朝鮮半島の非核化」という従来の考え方には変化はないということであろう50。
また、「ロシアの戦略的目標は北東アジアの平和と安全である」とするロシア人識者の見方があるが、その具体的な行動内容は不明である。もし、ロシア人識者の見方のとおり、現在の露朝の接近がこの戦略的目標達成のための第一歩となる戦術的目標であるとすれば、今後、まずはロシアの最優先事項である「国境の安定」のための様々な協力が顕著化してくる可能性がある51。一方で、朝鮮半島とその周辺の戦略的状況が明らかに大きな変化の瀬戸際にあるとしても、こうした変化が時間をかけて徐々に起こるのか、それとも急激かつ劇的に起こるのかについての疑問は残ることから52、引き続き両国関係の動向に注目していく。
Profile
- 寺内 真寿
- 政策研究部 軍事戦略研究室長
- 専門分野:
軍事政策等