NIDSコメンタリー 第393号 2025年8月22日 ロシア・ウクライナの停戦をめぐる在米協議

地域研究部 米欧ロシア研究室長
山添 博史

アンカレッジ米露会談とワシントン米欧会談

2025年8月15日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が米国アラスカ州アンカレッジのエルメンドルフ・リチャードソン統合基地に到着し、米国のドナルド・トランプ大統領が迎えて首脳会談を行った。ロシアは米露関係の正常化やビジネスの発展を含む幅広い関心があったようだが、米国はウクライナにおける戦闘停止を主な関心事とした。会談後、プーチン大統領は「根本的原因」を解決するまでウクライナでの軍事作戦はやめないと述べ、トランプ大統領は平和の実現に向けて進展したと述べた1

16日と17日にもこの会談の結果を受けて、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領はトランプ大統領および欧州各国首脳と電話協議などを重ねた。そして18日にトランプ大統領が迎えるホワイトハウスに、ゼレンスキー大統領が来訪して二国間会談を行い、続いて欧州の国・機関の首脳が参加して協議した。トランプ大統領は、欧州諸国がウクライナの安全の保証で協力し、そこに米国も関わることを表明した。次には、ウクライナ、ロシア、米国による三者首脳会談により、困難な決断ができる場の実現を目指している。

本稿は、8月19日現在で、協議がどのような段階にあるのかを確認するものである。交渉すべき対立する当事者は真の意図についてまだ明かしておらず、各者が協議した内容も多くは公開されていない。明らかなのは、トランプ大統領が、自身の交渉力によって平和的解決の達成に近づいていると見せていることであり、欧州首脳がその方針にあわせて、可能な限りウクライナを含む欧州の安全を守ろうとし、米国を巻き込んでウクライナの安全を保証する具体的な措置を準備していることである。そのように見せている方針どおりに、ロシアが合意していくには、ここからさらに多くの道のりがあろう。

ロシアの要求の経緯

2022年2月24日にロシアがウクライナの「非軍事化」「非ナチ化」を目的に掲げて首都キーウを狙う軍事作戦を開始してから約3年半、ロシアは多大な血を流して戦争を続けてきた。プーチン大統領は2025年にも、目的は変わっておらず、紛争の「根本的原因」の解決を達成すると述べている。大きな犠牲を国民に払わせたにもかかわらず目的を達成したと主張できずに作戦を終了するのであれば、統治の正統性や、のちの歴史記述におけるプーチン氏の評価が危うくなるだろう。このため、戦闘の停止を考察するには、ロシアの利益の分析が必要となる。その手掛かりとして2つを参照する。

第1は、2022年3月~4月のウクライナとの直接協議においてロシアが示した文書である。この時期は、ウクライナの首都が攻撃を受けていて、国家の存立を救うがための大幅な譲歩もありえる状況だった。3月7日にロシアが最初に提示した「ウクライナでの状況解決と中立に関する条約」草案は、当時ロシアが交渉で望んでいた最大の要求を反映していると考えられる2。ここでロシアはウクライナに、永世中立国となって外国との同盟を放棄すること、現状より大幅に小さい軍備に制限すること、クリミア半島のロシア領有とドネツク州・ルハンスク州の独立を承認すること、ロシアへの制裁や裁判を中止すること、ロシア語を公用語化すること、民族主義を禁止することなどを要求し、履行が完了するまでロシア軍がウクライナ領内に留まるとしている。

これをウクライナが受け入れた場合、例えば、孤立無援で無防備になった段階でロシアがウクライナに民族主義が再興していると非難すればロシア軍が進軍してウクライナを占領する事態が可能になる。この草案に対してウクライナは、複数の保証国による安全の保証を定める提案を行った。しかし4月15日に、ロシアではプーチン大統領の提案で、ウクライナの安全が脅かされた場合の支援には全保証国の同意が必要と草案に追記した。これは、ロシアの同意がなければウクライナの中立と安全を守るための行動は実行されないことを意味するものである3。すなわちこの時点でロシアの利益は、ウクライナがロシアに危険を及ぼさないように中立にするよりも、ウクライナの安全がロシアの意思に従属することを優先していたと推測できる。このあと、協議は断絶し、ウクライナは軍事支援を受けてロシア軍への反撃を行い、ロシアの占領地を大きく後退させた。

第2は、2025年6月2日にロシアが要求を記した覚書である。2025年にトランプ政権による外交の推進を経て、5月にプーチン大統領は3年前のウクライナとの直接協議の再開を打ち出し、その第2回会合にあたる6月2日に、ロシアはウクライナに対して戦闘終了に向けた覚書を渡した。ロシアの報道機関がその内容を公表しており、ロシアはウクライナの4州(ドネツク州、ルハンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)からの撤退、外国との軍事協力の終了、軍備の縮小、民族主義の禁止などを要求した4。おおむね、2022年3月7日の最初の要求に戻っており、それに続いて協議されていたウクライナの安全の保証は含まれていない。ロシアの利益が2022年4月15日と同じなのであれば、2025年6月にもウクライナの安全をロシアに従属させることが、ロシアの要求の中核にあると推測される。

ロシアの姿勢の変化と、要求の変化の可能性

もしプーチン政権が、トランプ政権と有利な条件で停戦の妥結を図る意向であれば、ウクライナへの攻撃を加減しながら譲歩を迫る方法をとることができた。しかしロシアはトランプ大統領の電話による停戦要請のあとにもウクライナに攻撃を続け、トランプ大統領はプーチン大統領が攻撃をやめようとしないことに不満を表明するということを繰り返した。7月14日にはトランプ大統領がウクライナへの軍需品の引き渡しに応じ、さらに50日後までにロシアがウクライナと停戦に合意しなければ制裁を発動すると述べるに至った5。同日に『コメルサント』紙は「トランプ、おまえもか」の表題で、トランプ大統領が平和仲介者から戦争党に転じたと記述した6。さらに7月28日、トランプ大統領は停戦合意の期限を10日後か12日後に短縮すると述べ、その後8月8日に設定された7。この頃のロシアは、交渉の断絶の危険をおかしてでも、要求を下げるような交渉よりも戦闘の継続を選択する姿勢に見えた。7月中旬から下旬にかけて、2024年8月から長らく攻撃してきたドネツク州のボクロウスクの北東に大きく進軍することで包囲の形勢を強め8、ウクライナ軍が長く守ってきた防衛拠点の放棄を強いて軍事的成果を達成する段階にかなり近づいていた。

しかし、ロシアが停戦に合意すべき期限の8月8日を前に、トランプ大統領が派遣したスティーヴ・ウィトコフ特使が8月7日にプーチン大統領と会談し、米露の首脳会談に向けた準備が進んだ。ここで、トランプ大統領が求めてきたような和平の協議の次の段階に進むことができるような姿勢をプーチン大統領が示したと考えられる。それでプーチン大統領は対面による会談に応じ、8月15日にアラスカを訪問するに至った。

8月18日の米欧協議には、ウクライナのゼレンスキー大統領、英国のスターマー首相、フランスのマクロン大統領、イタリアのメローニ首相、ドイツのメルツ首相、フィンランドのストゥブ大統領、NATOのルッテ事務総長、EUのフォンデアライエン委員長が参加し、欧州諸国の一致した姿勢と説得力をもってトランプ大統領と対話した。その最中や終了後にも、トランプ大統領はプーチン大統領と電話した。ロシアはウクライナに対する安全の保証がなされることを容認していると、トランプ大統領やウィトコフ特使は解釈しており9、それを前提として欧州諸国および米国によるウクライナ安全の保証の具体策の協議が加速した。ただし、8月18日の時点では、ロシア外務省のザハロヴァ報道官は、ウクライナ領内にNATO加盟国の部隊を認めないという立場を維持していた10。また、ロシアのウシャコフ大統領補佐官(外交担当)は、18日の米露電話首脳会談において米国の和平努力が生産的だったと評価したが、ウクライナとの首脳会談の計画については触れなかった11

この段階で、次の展開の可能性としては大きく二つを想定することができよう。第1は、ロシアが姿勢を変化させ、それには要求の変化が伴っている可能性である。その理由は明らかではないが、ウクライナの独立と安全をロシアに従属させる要求を放棄することと引き換えに、他の要求である支配地の確保などをウクライナから得て、米国との関係改善によって経済・外交の地位を回復するように要求リストを転換したという可能性である。この場合、掲げてきた目的のすべては達成できないまま停止するが、ウクライナからの危険を除去し、ある程度のロシア語話者住民の安全を確保し、米国に認められる大国の地位を軍事力と外交力で獲得したという勝利を主張できるかもしれない。ロシアが利益を得るのであれば、合意した内容を維持する信憑性は高くなる。

第2は、ロシアが姿勢を変化させたが、実際の要求は変化していないという可能性である。特にウクライナの安全を他国が保証することを認めないという要求は、上記で見てきたように2022年4月にも2025年6月にも共通する重要な要素である。また、ウクライナの該当4州の未占領地もすべてがロシア領であるという立場のロシアからすれば、ウクライナが明け渡す地域がドネツク州だけとなるのは大幅な譲歩であり、4州すべての支配は重要な要求である12。これらの重要な要求を放棄することは、8月15日にプーチン大統領が述べた「根本的原因」を解決するという発言と大きく乖離することであり、そのような急な変化の理由は7月から8月にかけて明らかになっていない。ロシアは対話姿勢を示しながらも、実際の要求を放棄せずに条件闘争を続けていれば、その間に戦闘を続けて、ポクロウスクなどで軍事的成果を期待することができる。

現在、トランプ政権は第1の可能性で進む外交成果の展開シナリオをショーとして見せる意向で、欧州諸国もその実現の機会を最大化するようにあわせて行動している。それでも、第2の可能性も想定しておくことは、第1の方向のシナリオからの逸脱を防ぐ措置をとったり、逸脱した場合に必要な対応措置を適時に備えたりする基礎になるだろう。

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  • 山添 博史
  • 地域研究部 米欧ロシア研究室長
  • 専門分野:
    ロシア安全保障、国際関係史