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史料のなかの軍人たち ―知られざる素顔―

陸軍中将 井上貞衛 明治19年~昭和36年〔高知〕

-万策ヲ尽シテ神機到ルヲ待ツヘシ パラオ地区集団司令官-

井上貞衛

井上貞衛中将
『戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦〈1〉』325頁から抜粋

主要略歴

明41.5陸軍士官学校卒(20期)、41.12少尉・歩兵第53連隊付、44.12中尉、
大8.2大尉・歩兵第44連隊中隊長、9.10~11.6シベリア出征、
12.8第11師団司令部付、15.3少佐・第11師団副官、
昭和2.12歩兵第12連隊大隊長、4.8歩兵第10旅団副官、
6.8中佐・横浜高工配属将校、8.8独立守備歩兵第3大隊長、11.3大佐、
11.8歩兵第5連隊長、14.3少将・第33師団歩兵団長、16.3台湾軍司令部付、
16.8台湾軍兵務部長、17.4中将・第69師団長、18.10第14師団長、
21.3復員

人物解説

井上は、昭和18年10月1日、第14師団長(満州駐屯)に親補されます。その後、北西太平洋上のパラオ地区集団司令官を命ぜられ、19年4月24日、パラオ本島に到着します。集団司令官となった井上は、中川州男大佐指揮する歩兵第2連隊基幹をパラオ本島から約60キロ海洋で隔てたペリリュー島に配備します。9月15日朝、米第1海兵師団がペリリュー島に上陸、日米の激戦が始まります。井上は、ペリリュー島が遠望できるパラオ本島南部の戦闘司令所で作戦を指導します。この史料は、11月8日、ペリリュー地区隊が同島内において包囲され、最悪の場合は全員飛行場に切り込む覚悟と打電したものに答えた電文で、井上集団司令官は、安易に玉砕することなく、苦しくとも健在し、飽く迄持久に徹することを厳命しています。

関連史料

「S19.6.17~21.2.12 第14師団電報綴 14D」

登録番号:中太-西カロリン-14

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